表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄せては返す波のように〜妻は目の前から消えては何度もまた現れる〜  作者: ことり おと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/38

24 海が…波が狙ってる…


 しばらくすると茉尋はひょっこりと戻ってきた。

 それは海から家に帰ってる時だった。

海を眺めた後、商店街を通ってる時、背中から茉尋の声が聞こえてきたのだ。


「ちーあっきくんっ」


 茉尋はそう言っていきなり現れ、いつもの調子で俺に話しかけてきた。それから俺の背中に抱きついき、寄りかかってきた。


 ああ…茉尋の重みだ。俺はそれがすごく嬉しかった。


「んだよもう。おーもーいーっ。歩けねーし」

「ははっ」

「それにここ外だぞ?」


 俺はそう言いながらも嬉しかった。


 また…茉尋は戻って来てくれた。


 茉尋が戻って来るたびにいつも思う。

 何度でも思う。

 

 もう…二度と消えないでくれ。


 このままずっと俺と一緒にいてくれ。


 毎回そう思うのに、茉尋は必ず消えてしまう。今までメモをしていた記録を見ると早くて3週間程度。長くて4ヶ月くらいするといなくなる。

 戻る期間もまちまちだ。いなくなってから次の日に姿を現すこともあれば、1ヶ月以上経ってからの時もある。


「千明くんだって外なのに、ベタベタしてくることあるじゃんっ」


 茉尋はそう言うと、そのまま俺の背中に飛び乗ってきた。だから俺はそれを支えるように茉尋をおぶった。


「どうしたん?」

「…甘えたくなっただけ…なんかね、今から変なこと言うかもだけど…こうやって千明くんにくっつくの久しぶりな気がする。毎日一緒にいるのにおかしいよね…」


 茉尋…


 そうだよ。久しぶりだよ。

茉尋の中でもなにか違和感を覚えているのか…?


「…茉尋…もういなくなるなよ」


 俺は呟くようにポツリとそう言った。


「え…?」

「ううん。何でもない。最近、俺の仕事が忙しかったからかな?」

「あー…それでか」


 茉尋は納得してくれたようだった。

 でも文句を言ってきた。


「寂しい思いさせやがって」


 寂しい…茉尋はそう感じているのか。


「悪かった」

「寂しい」

「悪かったって」


 茉尋は俺を抱きしめるようにぎゅっと腕に力を込めた。

 

 寂しい…か。

 

 俺も茉尋が消えちゃって寂しかったよ。

 だってお前急に消えちゃうんだもん。あの日、仕事から帰ったらお前いなくなってたんだぞ?何の前触れもなくさ。また海に行ったんだろ?

 その時の茉尋の心境はわからない。

 前みたいに苦しくなって海に行ったのか、ただたんにふらっと海に行ったのか、それはわからないけど海に行ったことには変わりないだろう。


「寂しいよ千明くん」


 その言葉を聞いて、俺は胸がチクリとした。

 茉尋は…海の底で“寂しい”と、そう思っているのか?そりゃそうだよな。寂しいよな。だからこうやって戻って来るのか?


「…どうしたの?らしくないぞ?」

「わからない…」


 茉尋の乾いた声が耳元に届く。

 元気ないな…茉尋…。


「千明くん…」


 不安なのかな?

 また茉尋の腕に力が入った。


「茉尋、俺首絞まってる。苦しい」

「うん、ごめん」

「帰ったらいっぱいハグしてやるから」

「うん」

「ついでにちゅーも30回してやるよ」

「ははっ。それはいーや」

「なんだよ。遠慮すんなよ」

「じゃあお返しに私は膝カックンしてあげるねっ」


 茉尋の楽しそうな声が耳元で響いた。

 どうやら少し気が紛れたようだった。


「あ、そういえば駄菓子買っておいたぞ?帰ったら見てみ」

「やったぁ。さすが千明くんっ」

「だろ?」


 もう少しで茉尋が戻って来るかもと思って、俺は数日前に駄菓子を買って帰っていた。

 いや…焼き芋の枯葉を集めた時みたいに願掛けのつもりで買ったんだ。“このゴミを投げて、ゴミ箱にちゃんと入ったらいいことがある”みたいな願掛けだ。


「どんなの買ったの?」

「それは帰ってからのお楽しみ」


「おっ、なんだ茉尋ちゃん。足でも挫いたか?」


 商店街の八百屋のおっちゃんが、そう声をかけてきた。八百屋の名前が“ヤマザキ”だから、俺はそのおっちゃんのことを“やっちゃん”と昔から呼んでいた。

 やっちゃんもシンちゃん同様、俺が子どもの頃から知っている馴染みのある人だ。

 茉尋ともすでに仲良くなっている。


「ははっ。違いますー。千明くんがどうしてもおんぶしたいって言うから、仕方なくですよー」

「なんだ千明。茉尋ちゃんにベタ惚れじゃねぇか」


 茉尋はそうやって嘘をついていたけど、もう好きに言わせておこうと思った。


「やっちゃんだって、奥さんにベタ惚れだろ?」

「うちはただの腐れ縁だ」


 やっちゃんは少し照れくさそうにしながらそう言った。


「あれ?千明くん、本当のこと言わないの?」

「別にいーよ」

「なんで?」

「なんでも」


 だってベタ惚れなのは本当のことだし。

 茉尋は今、俺に甘えたいみたいだし。


「なーんだ。つまんないの」

「なんだよそれ」

「つまんないのっ」


 茉尋はそう言いながらも、楽しそうな声だった。きっと茉尋は今、笑っているんだろうなという声だった。


 家に着くと、座った俺の上に茉尋を向かい合わせるように座らせ抱きしめた。


「どう?少しは安心する?」

「…うん。安心する」

「ならよかった」


 茉尋もしっかりと俺を抱きしめていた。

 こういう茉尋を今まで見たことがなかった。

いつも茉尋は笑ったり、冗談を言ったり、ふざけてばかりいたから。

 こんな不安そうな茉尋を初めてだ。


「千明くん…私変じゃないよね?おかしくないよね?」


 なんでそんなふうに思うんだ?


「なにかあったの?」

「私…ちゃんとここにいるよね?」


 …なんでそんなこと…


「大丈夫だよ。ちゃんとここにいる。俺の体温伝わってる?」

「うん。あったかいよ?」

「なら大丈夫。なんでそう思ったの?」

「わかんない。こうするのがすごく久々な感じがしちゃって」

「ごめんな。俺の仕事が忙しかったからだな」


 この日は長いこと、お互いにこうやって抱きしめ合っていた。

 


 ある夕食時、俺は茉尋に忘れていたことを聞いてみた。


「そういえばさ、ずっと前に海の風景を描いてって言ったの覚えてる?」

「…そう…だったね。確か元気になったらって…」


 茉尋の様子が少し変だった。


「ん?どうしたの?」

「なんか…そのへんの記憶が曖昧で…というか最近そういうことが多い気がする」

 

 やっぱり違和感を覚えてるのか。


「俺もそういうことあるぞ?1週間前の夕飯だってもう覚えてないし」


 茉尋が不安そうにしてたから、俺はわざとそう言って茉尋の違和感を和らげようとした。


「それは私もそうだけど、そういうんじゃないんだってば」

「大丈夫大丈夫。よくあることだから」

「…でもいつ元気になったか覚えてないだよ?」

「それってそんなに重要なこと?」

「いや…なんか大事なことを忘れてる気がして…」


 大事なこと…

 でもやっぱり茉尋は思い出すことはできないようだった。


「ほらほら。いつまでそんな顔してんだよ。茉尋は元気だけが取り柄なんだろ?」

「…それもそうだねっ。じゃあ早速明日一緒に海行こう?絵描くよ」


 いつもの茉尋に戻ったようだった。


 次の日、昼を食べ終わると海へと向かった。

 風が弱く、波も穏やかだった。

 波から離れた砂浜に座ると、茉尋はノートを広げ、色鉛筆を自分の横に置くと絵を描き始めた。

 俺はそんな茉尋の隣に座り、海を眺めたり、茉尋の絵を覗き見したりした。そうして過ごしていると、波が砂浜を撫でるようにサァーっと俺たちに近づいた。

 すぐに俺はそれに気がつき、茉尋を横向きに抱き上げるとその場から離れた。


「びっくりしたぁ…」


 茉尋が呟くようにそう言った。

 

 なんだ今の波…


 波から離れた所に座ってたのに…

 

 偶然か…?それとも…


 また波がサァーっと来て、砂浜に置いていた色鉛筆が攫われていった。


「あ…色鉛筆…」


 また茉尋は呟くようにそう言った。


「色鉛筆は買って帰ればいいから」

「うん…」


 やっぱり…海には近づいちゃダメだ。

 

 迂闊すぎんだろ俺…。

 

 波から離れてれば大丈夫だとか、今日の波は穏やかだからとかなんて関係ない。

 

 海が…波が茉尋を狙っている…。


「もう帰ろう」


 俺がそう言うと茉尋は俺の首に腕を回し、ぎゅっと抱きしめるようにしてきた。


「うん…帰る」


 茉尋…?


「怖かったの?」

「…ううん。大丈夫」


 本当か?


「怖かったなら怖かったってちゃんと言うんだぞ?」

「ふふっ。たかが波だよ?大丈夫だって」


 茉尋はそう言っていたけど、いつもの声色と少し違った。

 家に帰ると、茉尋はすぐに抱きついてきた。

 やっぱり変だ。

 もし不安になっているなら、それを取り除いてあげたい。できるだけのことをしてやりたい。


「どうしたの?」

「夕飯じゃんけんしよ?」

「誤魔化すなよ。お前、前までこんなに甘えん坊じゃなかったじゃん」

「千明くんが作ったチャーハンが食べたいな」

「…じゃんけんするんじゃないのかよ」


 俺がそう言うと茉尋はさらに腕に力を入れた。


「どうした?言ってみろよ」

「だからチャーハンが食べたい」

「わかった。この前作った餃子も冷凍してあるから、それも焼くか」

「中華スープも。あと春雨サラダ」

「わかったよ」


 茉尋が言いたくなさそうだったから、無理やり聞き出すようなことはやめておいた。

 俺は茉尋のお尻の下に腕を回すと、そのまま持ち上げた。


「あははっ。千明くん危ないよっ」


 茉尋がやっと笑った。

 だから俺はそのままクルクルと回った。


「やだーっ。危ないってばっ」


 笑いながら、茉尋はまたそう言った。

 俺はそれが嬉しくて、調子に乗って回り続けた。すると少しバランスを崩し、壁に茉尋の頭を軽くぶつけてしまった。


「いったぁー」

「ははっ。ごめんごめん」

「笑ってんじゃんっ」

「ごめんて」

「もうっ、だから危ないって言ったのに」

「ごめんごめん。どこぶつけた?」


 茉尋を下ろすと、俺は茉尋の頭を調べた。


「大丈夫。こぶにはなってはい」

「ほんとー?」

「ホントホント。どこが痛い?」

「ここ…あれ?こっちだっけ?んー?ここかな?」


 もうどこが痛いのかわからないらしかった。

 それに気がつくと、茉尋は笑い出した。


「あははっ。もうどこをぶつけたか忘れちゃった」と、そう言いながら、いつもの調子で笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ