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寄せては返す波のように〜妻は目の前から消えては何度もまた現れる〜  作者: ことり おと


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22 邪悪な気配


 去年と同様に今年も桜を見に来た。


「あ、財布忘れた」

「俺持ってるから大丈夫だよ」


 そういえば忘れないようにってコタツの上に出してたよな?そうまでしてたのにまんまと忘れたのか。

 

「桜キレイだね。あ、わたあめ。お、射的っ。ねえねえ、帰りにまた射的しようっ?」

「今お前、とにかく目についたものを口に出して言ってただろ」

「あははっ。そうかもっ」


 茉尋は楽しそうにしていた。

 屋台で色々と買い、桜並木を歩く。

 茉尋はまた桜の妖に声をかけ、並木道を抜けるとベンチに座る。桜を眺めながら2人で買ったものを食べ、去年の話なんかもしたりした。


「よしっ。食べたいもの食べれたし、桜も堪能したし、あとは射的で私が勝つだけだね」

「いんや。勝つのは俺だ」


 俺たちはそんな会話をしながら、また並木道を通り、屋台の方へと向かった。

 2人で射的を3回ずつやったけど、結局茉尋は俺に負けた。


「もう1回やろっ?」

「えー、もういいだろ」

「お願いお願いお願いっ」


 茉尋は顔の前で手を合わせるとそう言った。


「だーめ」

「お願いっ。あと1回だけ」

「お前もちっちゃいお菓子2個取れたじゃん。それに茉尋が欲しがってたぬいぐるみも獲ってやっただろ?」

「私も自分で獲ってみたいーっ」

「下手なんだからやめとけ」


 本当はやってもいいんだけど、茉尋とのこういう掛け合いが好きで俺は拒否し続けた。


「お願いお願いっ」

「もうお金ない」

「おうおう兄ちゃん。金持ってることは知ってるんだぜ?」


 茉尋の中のヤンキーが出てきてしまったようだ。


「だからもうないんだってば」

「はぁん?じゃあジャンプしてみ?」

「しないです」

「ポッケじゃらじゃら鳴らしてみ?」

「しないです」

「てめぇ生意気だなっ。どこ中だぁ?ああん?」

「あははっ。もうそういうの似合わないからやめろって」

「だってお願いしても無理なら、もう脅すしかないじゃんよー」

「全然脅せてねーよ。じゃあこれで最後の1回な」


 俺のその言葉を聞き、茉尋は喜び勇んで射的に挑んだが、結局獲ることはできなかった。

 ぶーぶー文句を言う茉尋をなだめながら帰る道のりは、俺にとってはとても楽しかった。


 よかった…今年も茉尋と桜が見れた。

半ば諦めていたけど、茉尋が戻って来てくれたから、今年も茉尋と楽しめた。



 どうにかしないと…と思いながらも、やっぱり俺はこうやって茉尋と過ごす毎日を望んでしまう。茉尋が隣にいる日常を強く望んでしまう。

 茉尋が消えていなくなってしまえば、調べることにも力を入れていたが、こうやって現れてしまうと、これがもう最後かもしれないと思い、茉尋との日々を大事に…大事にしようとする。

 どうかこのまま茉尋が消えていなくなってしまわないようにと、どうすれば茉尋がいなくならなくて済むか、そればかりに考えを巡らせるようになる。

 

 ある日、SNSで気になる投稿を見つけた。それはこの土地に旅行に来た人の投稿だった。ここから少し離れた所に温泉街がある。どうやらこの投稿者は温泉目当てでこの土地に来たらしかった。それからあの海にも来たらしい。


“この海は水難事故が十数年ないとか言われてるらしいけど本当かな?なんか一瞬だけすげー邪悪な気配を感じたんだが。もしかしてあれが海の守り神か?”


 そんな言葉と一緒に、あの海の写真が投稿されていた。


 邪悪な気配…?

こいつは妖が見えるのか?それとも気配だけを感じるのか?俺はそいつの投稿を遡って色々と見てみた。でも他の投稿は日常の呟きで、たまに“この場所はやばい”とか、“ここはエグかった”との投稿はあった。

 ただ具体的に姿形を見ているようではなかった。

 後日その投稿をまた見てみた。するとその投稿にコメントがついていた。


“自分も最近その海行ったことあります。なんか一瞬だけ海から人?のようなものが出てきて、そいつからただならぬ気配を感じました。”


 海から人…?ただならぬ気配…?


 そうコメントをした人は“おもちもちもち”さんという人だった。この人は視えるのか…?

今度はその人の投稿を色々と見てみた。

 どうやら“おもちさん”は視える人のようだった。

 俺はおもちさんに相談したいことがあるという内容のDMを送った。

 おもちさんが返事をしてくれたから、これまでの経緯を話してみた。すると興味を持ってくれた。

 でもおもちさんはここから随分と離れた所に住んでいて簡単に会うことは難しそうだった。本当は直接会って、あの海をもう一度見て欲しかった。

 だからDMでやりとりを続けた。


ー「この海は力の強い妖に守られてるんですよね?」

「守られてますよ。でももしかしたら他にも同じように強い力を持った妖がこの海にはいるのかもしれないですね。一瞬で気配を消したからその妖がどこにいるのかも、もうわからないです」ー


 章司さんのそんな言葉を思い出した。

 

ー「あ…今、手が一瞬だけ見えたような気がした。波でできた大きな手…それが何かを掴んですぐに海に引き摺り込んでた…そんなふうに見えた」ー


 そんなことも思い出した。

だから俺はそのことについても聞いてみた。章司さんが言っていた“手”のことを。すると返事は有力なものではなかった。章司さんが言う通り、“一瞬で気配を消した”ようで詳しくはわからないらしかった。


 やっぱり…あの海には“なにか”いるようだ。


 旅費を出すから、もう一度こちらに来ることはできないか聞いてみたけど、仕事の都合でそれは無理そうだった。

 試しに画像からでも妖が視えたり、何か感じたりできるのか聞いてみると、どうやらおもちさんは力が強いようでそれができるらしかった。

だから俺は迷惑にならない程度に、おもちさんに海の画像をたまに送ることにした。

 でも…返ってくるメッセージはどれも“問題ない”という内容だった。



 気分転換も兼ねて、今日は茉尋と琥太郎とシロの4人でピクニックをしようということになった。ピクニックと言っても、車で15分くらいの場所にある原っぱだ。

 琥太郎はバドミントンと、キャッチボール用にグローブとボールも持って来てくれた。


「ちー兄っ、あとでキャッチボールやろっ」

「いいぞー」


 日差しは暖かいし、風もなくていいピクニック日和だ。

 俺はシロを撫でくりまわして可愛がっていた。

 ふと茉尋を見てみると、何やらひとりでわちゃわちゃとしていた。


「こらこら、もうっ。今からここにシートを敷きますって言ってんの。なーんでみんなシートの下に行っちゃうかな」


 妖が茉尋の邪魔をしているらしかった。


「みんな潰れちゃうよー?それは嫌でしょ?…そうそう。これを敷いて、その上に座るものなの。

…うん…そうそう。そういうこと」


 どうやら邪魔をしているわけではなく、レジャーシートの意味がわかっていなかっただけのようだ。


 足元一面に広がった緑の絨毯に、レジャーシートの淡い黄色が映えていた。そのシートの柄は控えめな白い花の柄だった。

 俺は早速寝転ぶと、思い切り伸びをした。


 うわー…気持ちいいな。


 青い空に白い雲がうっすらとあった。緑の匂いに暖かい日差し。

 俺がそうやってくつろいでると、琥太郎が声をかけてきた。


「俺ちょっとシロの散歩してくるねっ」

「おう。迷子になんじゃねーぞ」


 琥太郎が少し遠くに行ったのを確認すると、俺は茉尋に声をかけた。


「ねえねえ茉尋ちゃん。膝枕して?」

「そんな甘えてる姿を琥太郎くんに見られてもいいならいいけど」

「まだ戻ってこねーよ」


 茉尋は俺のその言葉を聞くと、「はいどうぞ」と言ってくれた。俺はすぐにその言葉に甘えさせてもらった。


 ああ…幸せだ…。


 茉尋はそのまま俺の頭を撫でてくれた。

それが心地よくて、俺はいつのまにか眠ってしまった。

 

 …話声が聞こえてくる。

茉尋と…琥太郎だ。俺はゆっくりと目を開けた。


「あ、ちー兄が起きたよ?まーちゃん」


 琥太郎がそう言っていた。


「やっと起きたか。この大きい甘えん坊が」

「ちー兄、大人なのに甘えん坊なの?変なのーっ」


 茉尋と琥太郎がそう言った。

 俺は起き上がらずにそのまま琥太郎に話しかけた。


「なにも変じゃないんだぞ?この前も言っただろ?琥太郎。お前も大人になったらわかるんだって。好きな女の膝枕ほど至福なものはないんだから。柔らかいながらも弾力があってーーー」

「ちょっとっ、琥太郎くんに変なこと吹き込まないでよ。ほらほらもう起きて。膝枕はもうお終い。お弁当食べよ?」


 茉尋はそう言いながら俺のことをあしらい、弁当を食べる準備をしていた。


「さっ、食べよ食べよっ」


 茉尋は俺たちにそう言った。


 青空の下で食べる弁当は本当に美味くて、時間も普段よりゆっくりと流れているように感じた。

 食後は少し休憩したあと、俺たちはバドミントンやキャッチボールなどで遊んだ。それが思いの外楽しくて、またいつかのように童心に帰ってはしゃいでしまった。


 不安ばかり抱えていた気持ちが、少しだけ軽くなった。


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