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寄せては返す波のように〜妻は目の前から消えては何度もまた現れる〜  作者: ことり おと


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21/38

21 夢と現実


 春が来た。


 うちの近くにある桜の木の蕾が膨らみ始めた。


 俺はそれを確認すると、家に帰りすぐに交換日記を開いた。

 去年茉尋が描いた桜の妖から生まれた妖の絵…


 かわいいな…


 こんなのが飛び回ってるんだもんな…。

 そんな世界を茉尋は見てたんだよな…。


 茉尋。


 茉尋…。


 茉尋とまた…桜が見たかったな。

あの桜並木にまた一緒に行きたかったな。

屋台で色々買って、去年と同じあのベンチに座って買ったものを食べて…そんで茉尋はここに来るまでに見た妖の話をして…

俺はそんな茉尋の話を聞いては頭の中で想像して…でも俺の想像力では具現化できないものを、茉尋は絵に描いて教えてくれて…

 そうやって、今年の春も過ごしたかった。


 やっぱりこの桜の小鳥、可愛いな。


 俺は茉尋が描いた絵を指でなぞった。

 色もキレイに塗られている。本当に…この鳥可愛いな。俺にも見えればよかったのに。

 チャッピーは話すことができないのに、この小鳥は話せるんだもんな。本当に色んな妖がいるんだな…。

 俺も…妖が見えれば…

そうすれば茉尋のことを探し出すことができるかもしれないのに。

 章司さんに協力を頼もうにも、あの人は視る力がそんなに強くないし、SNSで繋がれた視える人は物理的に距離が遠い人だし…。

 この町限定でもっと探してみるか?

俺はそう思い、SNSに投稿してみた。それを毎日続けた。するとちらほらとコメントがつくようになった。俺はその人たちに海の画像を送って見てもらった。でもその人たちの返信は“何も視えない”、“この海は呪われている”、“キレイな海ですね”、“除霊が必要です”…そんなんばかりだった。

 その中で“この海は呪われている”というコメントが気になり、少しやり取りをした。でも結局、その人は俺の投稿を面白がっていただけのようだった。


 クソ…


 こっちは真剣だっていうのに…。



 ある時俺はまた、茉尋の夢を見た。

 それはコタツで茉尋とトランプでスピードをしている夢だった。


「ひゃっはーっ。また私の勝ちぃっ」

「たまたまだ」

「違うでしょ?私もう3連勝したよ?」

「俺が手加減してたからな」


 嘘だ。全力を出しても勝てなかった。


「うっそだぁっ。千明くんの顔、必死だったもんっ」


 全くもってその通りだ。


「次は本気出すから」

「ははぁーん。んじゃ私も本気とやらを出すとしますか」

「はーん?お前もまだ本気じゃなかっただと?」

「ええ、ええ。そうでございまっせ。あちきはまだ本気をだしてねーんですぜ?」

「ほほう。ならばその本気とやらを見せてもらおうじゃないか」

「ええんか?ええんか?あちきが本気をだしたらお前さん、ボロクソに負けっちまうのだぞ?」

「受けて立つ。ってか何だよそのしゃべり方」

「ははっ。千明くんだってっ」


 茉尋は笑いながらそう言った。

 俺は茉尋のそんなところが好きなんだ。遊びに本気で、いつも俺を笑わせてくれる。

茉尋の笑顔を見るのが俺は好きなんだ。茉尋のこんな小芝居に付き合うのが俺は好きなんだ。


「んじゃ、俺が勝ったら今日の夕飯は茉尋が作れよな」

「いいよ?私が勝ったら千明くんは唐揚げ作ってよね」

「おうおう。それでいい。本気で来いよな」

「へえへえ。こちとら負ける気はしないんで」

 

 結局、この賭けは俺が負けた。

 夕方になると俺はキッチンに立ち、唐揚げの仕込みをした。


「やったぁ。唐っ揚げっ唐っ揚げっ」

「にんにく増し増し?」

「にんにく増し増しっ」

「明日は休みだからいいよな?」

「いいよいいよっ。やったれやったれっ」


 茉尋は嬉しそうにしていた。


 そこで目が覚めた。


 あれ…?


 今は茉尋がいるんだっけ?


 俺は隣を見た。


 そこには誰もいなかった。


 もう…夢と現実の境界線がない感じだ。

茉尋が戻ってきては消えて…と…そんな生活を繰り返していたから、俺はだんだんとわからなくなる日が増えていった。

 それに茉尋の夢をよく見るようになったことも原因のひとつだろう。

 なにが現実で、なにが夢なのか…毎朝目が覚めるとまず隣を確認する。それが日課になっていた。

 茉尋が戻ってきている時に、いるはずなのに、いない時がたまにあって、そういう時はすごく焦った。でもそれはただ、茉尋が先に起きているだけだった。先に起きてシャワーを浴びたり、朝ごはんを作っていたりとそんな感じだった。そういう時はなんとなく気配を感じるからすぐにわかるけど、そうじゃない時はすごく焦って飛び起きた。でもそれもただ、茉尋がリビングで二度寝をしているだけのことだった。


 そもそも…戻ってくる茉尋は現実なのかなんなのかもわからない。


 あー…


 あーー…


 会いたい。

 茉尋に会いたい。


 会いたい会いたい会いたい会いたい。


 茉尋に…会いたい…


 茉尋の…作ったご飯が食べたいな…


 茉尋が作った餃子が食べたい。

 茉尋が作ったハンバーグが食べたい。

 茉尋が作った…名もなき料理が食べたい…。



 茉尋に…会いたい…。

 


 そんなことを思っていると、インターホンが鳴った。

 モニターを確認する。


 …。


 そんなわけがない。

 

 そんなはずはない…。


 目の前のモニターには…


 茉尋が映っていた。


 なんで…


 なんで…?


 俺は走って玄関に向かいドアを開けた。


「鍵忘れちゃってさぁ」


 茉尋はそう言っていた。

俺はすぐに目の前の茉尋を抱きしめた。


「んー?どうしたの?」

「…おかえり…どこ行ってたの?」

「ちょっと散歩してた」


 そっか。散歩か。

 供養できたと思ってた茉尋が帰ってきた。

 

 嬉しいけど…


 そんな気持ちと同時に複雑な気持ちにもなった。


 なんとかしてやりたい。

波のように繰り返されるこの現状から、茉尋のことを助けてやりたい。


「ねえ、もう離してよ」

「…ううん。もう少しこのまま」

「せめて家に入ってからにしよ?」


 俺は玄関先で茉尋を抱きしめていた。

 それもそうだな…。俺はそう思い、そっと離れると、茉尋は玄関に入り靴を脱いで家に上がってきた。そんな茉尋のことを俺はまた抱きしめた。


「もうどうしたの?」

「…おかえり…」

「…ただいま。今日は何食べたい?」

「餃子かハンバーグ」

「じゃあ、今日は餃子で明日はハンバーグでいい?」


 明日…


 明日も茉尋はいる…


 本当に俺はダメだな。明日も茉尋がいると思うと嬉しくて仕方がなかった。

 本当は何とかしてやらないといけないのに。


「千明くん?」

「うん。それでいい。それがいい。後で一緒に買い物いこ?今食材全然ないから」


 少し家でゆっくりとしてから、茉尋とスーパーに行った。


 何で戻ってきた?

 

 嬉しい…


 早く何とかしてやらないと。


 嬉しい…


 茉尋はきっと俺に助けを求めてるんだ。


 嬉しい…


 だったらちゃんとどうにかしないと。


 嬉しい…


 また茉尋は苦しくなってしまうかもしれないから、その前にどうにかしてやらないと。


 嬉しい…


 嬉しい嬉しい嬉しい。

 茉尋が戻ってきた。

 嬉しさと困惑と、俺は複雑な気持ちになっていた。

 

 でもやっぱり嬉しい感情の方が大きかった。


「きょーは餃子っ。にんにく増し増し美味しいなっ」


 スーパーからの帰り道、茉尋は楽しそうに歌っていた。そんな茉尋に俺は質問した。


「明日は休み?」

「んー?違うよ。バイトだよー」

「じゃあにんにく増し増しじゃダメなんじゃない?接客業なんだから」


 俺がそう言うと、茉尋はあからさまに残念そうにしていた。


「そうだよね。クサクサになっちゃうもんね」

「ははっ。そうだぞ?にんにくでクサクサになっちゃうぞ?」

「じゃあ程々にしておきます」


 またこんな会話ができるだなんて。

 また茉尋の隣にいれるだなんて…。


 もう少しだけこの幸せを噛み締めてから、また色々と調べることにしよう。


 家に帰ると茉尋キッチンに立ち、早速餃子のたねを仕込んでいた。それが終わると茉尋はそのたねと皮をコタツの上に置いた。

 俺はそれを見て手を洗いにいった。


「さあさあ、包むぞ包むぞ」

「よーし。やるか」


 俺は餃子を包むのが得意だ。小さい頃、母に散々手伝わされた。母が「上手上手」と褒めるもんだから、そのうちに包むのが好きになった。

 結局、母にまんまと乗せられただけなんだけどな。

 

「お前包むの下手くそだな」

「この家には包むのが上手い人がいるから、別にいいのだ」

「ははっ。それもそうだな」

「それにこんなにぶちゃいくな仕上がりでも、味は同じだもん」

「そうだけどさ、茉尋はたねを入れすぎなんだよ。これなんかもそう」

「んじゃそれ“あたり”ね」


 あたりか。いい考えだな。茉尋のそういう考え方、俺好きなんだよな。

 

 この日は餃子パーティーになった。


 こんな感じでまた茉尋との生活が始まった。


 休みの日は図書館に行くことが増えた。茉尋が休みの時は2人で行くこともあった。茉尋は漫画を読み、俺は妖の本を読み漁った。


「何で妖の本ばっかなの?」

「茉尋から色々話を聞いて興味を持ったから」


 そういうことにしておいた。

 色々と読み進めていると、今読んでいるものは挿絵の入った本だった。


 わっ。かわいい。

その絵はわた毛のようにほわほわとしていて、クリクリの目に小さい口ばしがついていた。手足や羽なんかはないようだ。

 俺は茉尋に話しかけた。

 

「茉尋、これ見て。こういう妖見たことある?」

「あ、ケモケモだ」


 ケモケモ?


「そう名乗ってたの?」

「ううん。私がつけた。この子たちはね、風に乗ってふわふわと旅をするんだって。前に物知りな妖からそう聞いた」


 ケモケモ…


 茉尋はそう言うと、すぐに漫画に目を戻した。どうやらちょうどいいシーンらしい。


 …ケモケモ…?


 それからも俺は本を読み進めた。

挿絵が出てくるたびに、その絵が可愛くて茉尋に見せた。

 結局今日読んだ本の中には手掛かりになるような情報は見つからなかった。


 手を繋ぎ帰りながら茉尋に聞いてみた。


「なんでケモケモ?」

「ん?なにが?」

「名前」

「あー、毛玉みたいにモフモフしてたから?」


 それならモフモフでいいじゃないか?

…“毛”玉の“モ”フモフでケモケモか…。

チャッピーの時も思ったけどネーミングセンスないな。チャッピーなんてあんなにキレイだし仲が良いんだから、もっとちゃんと名前を考えてあげればよかったのに。チャプチャプ跳ねるからチャッピーって…安直すぎるだろ。

 でもまぁ、いっか。茉尋が楽しそうにしてるんだから。


 家に帰ると今度はSNSを確認した。今日も特に有力な情報はなしか…。


 それから何事もなく穏やかに日々は過ぎていった。

 

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