18 海にいる妖
日曜日になり待ち合わせ場所に向かうと、すでに小百合さんと60代くらいのご夫婦がいた。
俺はそれに気づくと走ってそこへ向かった。
息を切らしながら挨拶を済ませると、早速海へと向かった。その視える人は浜辺章司さんという人だった。
海に着くと俺は章司さんに話しかけた。
「ここです。この海です。何か手掛かりになるようなことはわかりますか?」
「ちょっと待ってね」
章司さん目を凝らすようにして海を見ていた。
それからしばらくすると口を開いた。
「…この海に来たのはすごく久しぶりだけど、以前と変わらず力の強い妖がちゃんとこの海を守っているよ」
…ならなんで…
なんで茉尋は波に飲まれたんだよっ。
俺はそれを聞いて悔しくて仕方がなかった。ちゃんと海を守ってるなら、なんで茉尋のことを守ってくれなかったんだよ。
俺は怒りと悲しみでおかしくなりそうになった。握り込んだ拳がフルフルと震えていた。
「他には何かわかりますか?」
「んー…」
章司さんはそう言いながらまた海をじっと見た。
「あ…今、手が一瞬だけ見えたような気がした。波でできた大きな手…それが何かを掴んですぐに海に引き摺り込んでた…そんなふうに見えた」
海に引き摺り込んで…?
「何を?一体何を引き摺り込んでたんですかっ?」
「…そこまではわからない。本当に一瞬だったから」
「この海は力の強い妖に守られてるんですよね?」
「守られてるよ。でももしかしたら他にも同じように強い力を持った妖が、この海にはいるのかもしれないね。今の妖、一瞬で気配を消したからよくわからなかったけど、そいつがそうなのかも」
もしかしたらそいつが茉尋を…?
俺は海の浅瀬に入り、チャッピーを呼んだ。
お前じゃないよな?チャッピー。
お前が茉尋を連れ去ったんじゃないよな?
以前田宮さんから聞いた話だと、チャッピーにはそんな力はなさそうだった。でも…なんだかチャッピーに会う気分になれなくて俺は海に近づかなかった。
だけどこの際だ。章司さんに視てもらおう。
俺はチャッピーを呼び続けた。
すると足元で水面が跳ねた。
「チャッピー。お前なのか?」
俺がそう聞くと、また水面が跳ねた。
すぐに俺は章司さんの方を見た。
「章司さん。今の視えました?俺の足元…」
「…ぼんやりだけど視えたよ。残念ながら俺にははっきりと視えないけど、確かに千明くんの足元に力の弱くて小さい妖がいるね」
章司さんはそう言っていた。
だから俺はすかさず聞いてみた。「この妖が茉尋を攫った可能性はありますか?」と…。
でも章司さんの答えはこうだった。「この子は力が弱すぎる。とてもそんなことをするようには思えないよ」と…それを聞いて俺は少し安心した。
よかった…
チャッピーはそんなことしてない。
だとしたらやっぱり…力を持った妖…?
手の形をした波が茉尋を掴み海に引き摺り込んだのか…?それともただたんに自然の仕業か。ただ茉尋の運が悪かっただけ…とか…
この日得た情報はそれだけだった。
でもそれは俺にとって大事な情報だった。
茉尋が戻って来た。
今回はいなくなってから2週間後だった。
またいつものような日常が始まった。
俺は茉尋に聞いてみた。茉尋も妖の“力”を感じることができるのかと。でも茉尋からの答えはこうだった。
「私は視る力は強いみたいなんだけど、妖の力やら何やらはよくわからないんだ。そういう力を感じやすい人もいるみたいなんだけどね」
どうやら茉尋は視えるだけのようだ。
それもそうか。今まで茉尋からそんな話を聞いたことないもんな。もしもそういうのを普段から感じているのなら、きっと茉尋は俺に教えてくれるはずだから。
なにか茉尋から情報を得られればいいんだけど…。
とにかくまた茉尋が戻って来てくれたから、茉尋との日々を大切にしていこう。
「千明くんっ。今度の土曜日焼き芋しよっ?」
「準備はできてるからいいぞー」
「ん?準備?」
「そ、枯葉」
「えー、いつの間に?」
茉尋が消えてる間に…。
「ないしょー」
「私よりも全然忙しいのに。ねえいつ?いつ枯葉集めたの?」
「もう別にいつだっていいだろ?茉尋が楽しみにしてたからこっそり集めてただけなんだから」
「そういうのも含めて焼き芋なのっ。一緒に枯葉集めしたかったぁ」
そうだな。茉尋はそういうタイプだもんな。
「悪かったよ。茉尋を喜ばせたかったんだよ」
本当は願掛けだ。焼き芋の準備をすれば茉尋が戻ってくるんじゃないかと思ってそうした。
「もーっ。千明くんは私のこと大好きなんだから」
…そうだよ。大好きだよ。だからこんなに情けない男になってるんだ。今やっとこの不思議な現象に目を向けるようになったけど、それまでの俺はただただ、こうやって俺の前に現れる茉尋にすがっていただけだ。
「まあ、茉尋ほどじゃないけどな」
「うそうそ。千明くんの方が私のこと好きだもん。10回も告白してきてさ」
「7回だ」
「えー?そうだったっけ?15回じゃなかった?」
「さっきより増えてんぞ」
「あははっ」
茉尋は笑いながら、こたつの上に置いてあったみかんの皮を剥き、「あーん」と言いながら俺の口を開けさせ、みかんを一粒放り投げた。
「どう?酸っぱい?甘い?」
そのみかんはとても甘かった。でも俺は顔をしかめてみた。すると茉尋はまた笑い出した。
「ははっ。何その顔っ。また酸っぱかったのー?じゃあもうこれあげる」
茉尋はそう言いながら、俺にみかんを手渡した。俺は茉尋の隣に移動すると、「あーん」と言って口を開けさせようとした。
「やだよ。酸っぱいんでしょ?今度は前のように道連れになりませーん」
そう言う茉尋の顎を掴み、無理やり口を開けさせると、みかんを一粒ねじ込んだ。
「んっ?なんだ甘いじゃんっ。うんまーっ」
「ははっ。今回はあたりだったな」
「うんっ。美味しいっ。もっとちょーだいっ」
俺はそれを聞き、自分の唇にみかんを咥えると、茉尋の唇に近づけた。
「…普通にちょうだいよ」
「んー」
俺はそう言いながら、みかんを咥えたまま、茉尋に向かって顎をを突き出すようにした。茉尋はそっとそのみかんを唇で受け取り食べた。食べ終わったのを見届けると、俺は茉尋の頭を抱き寄せキスをした。
「本当に甘いな。このみかん」
「もー…なにやってんの…」
少し照れた茉尋が可愛くて、俺はそのまま茉尋を押し倒すと、また茉尋の唇を塞いだ。
焼き芋当日。茉尋と琥太郎ははしゃいでいた。シンちゃんは慣れた手つきで準備を進めていた。
「やっぱ俺がいないとな。こんなにスムーズに進まないよな?俺がいないとな。な?そうだよな?千明」
シンちゃんはそう言いながらやっぱり手際よく準備をしていた。俺はその方が楽だから適当にシンちゃんをおだてていた。
「やっぱ頼りになるのはシンちゃんだな。さすがシンちゃんだな」
「だろ?だからこういうイベントごとには必ず俺を誘うんだぞ?」
「そうだね」
俺がそう言うと、シンちゃんは満足そうに笑っていた。
焼き芋が焼き上がると、シンちゃんは茉尋に声をかけていた。
「茉尋ちゃん、これ焼けたから琥太郎に渡してやって」
「はーい。琥太郎くん。これ焼けたって。アツアツだから気をつけて食べるんだよ?」
茉尋はシンちゃんから焼き芋を受け取ると、琥太郎に渡していた。
「熱いからちゃんとフーフーするんだよ?」
「わかってるって」
茉尋と琥太郎はそんな会話をしていた。
俺も焼き上がったサツマイモを受け取ると、半分に割り食べた。
「あっつっっ」
「だから言ったじゃん。アツアツだよって」
熱さに悶えている俺に茉尋は笑いながらそう言った。
「上顎ヤケドした」
「もう本当バカ」
「ヤケドしたんだから、もっと優しくしろよ」
「口の中の傷はすぐに治るよ」
「心配して?茉尋ちゃん」
「はいはい。大丈夫?」
「ううん。大丈夫じゃない」
「じゃあどうしろと?」
「心配して欲しかっただけ」
俺がそう言うと、琥太郎がこう言った。
「ちー兄って大人のくせに甘えん坊だな」
「お前も大人になったらわかるよ。大人になったらな、甘えられる人が少なくなるんだよ」
「えー?そうなの?じゃあ俺、ずっと子どものままでいいや」
「でも大人になったらいいこともたくさんあるぞ?」
「例えば?」
琥太郎がそう言うと、シンちゃんは俺の肩を組んできてこう言った。
「琥太郎。俺と千明は、琥太郎と千明みたいな関係なんだ」
「それで?」
「琥太郎も大人になったら千秋と酒が飲めるぞ?」
「別にいーよ。うちしょっちゅう親戚が集まってみんなで酒飲んでるけど、臭いしうるさいだけだもん」
「いーや。お前もあの家の子なんだから、将来はきっと酒飲みになるぞ?」
「だならそれの何が楽しいんだよ」
琥太郎は興味なさそうにしていた。
「琥太郎。大人になったら千秋と酒飲んでやれ。きっと楽しいから。そんで今日のこととかをさ、話すんだよ。“あの時はこうだったよな”とか、“こんなことして遊んだよな”とか。きっと千明は喜ぶから。俺がそうだったから」
話の主旨は少し変わっていたが、俺はそれを聞いてなんだかくすぐったい気持ちになった。
シンちゃん…そんなふうに思ってたんだ…。なんだか嬉しいな。
俺は大人になった琥太郎を想像した。琥太郎が大人になったら今日のことを覚えているかはわからないけど、もし忘れてしまっていたら俺が教えてあげよう。
そんなことを考えていたら少しだけ、そんな未来を楽しみに思った。




