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寄せては返す波のように〜妻は目の前から消えては何度もまた現れる〜  作者: ことりおと


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17 前進


 茉尋が…またいなくなった。


 仕事から帰ると茉尋はいなかった。


 また…


 俺はあと何度これを味わえばいいんだ?


 喪失感が半端ない。

 空虚感に苛まされる。


 ああ…そうか…


 俺がいけないんだった。

俺が現実から目を逸らし続けているから、茉尋は現れては消えてを繰り返してるんだ。


 俺が…いけないんだ…。


 いつもの場所に座ると俺は着替えもせずに脱力していた。


 茉尋…俺に教えてくれないか?俺はどうすればいい?どうすればこんなことが繰り返されなくなる?茉尋を見つければ終わるのか?でもどこにいるかなんてわからない。


 終わらせないと…


 わかってる。


 でも…


 終わらせたくない…


 クソ…


 クソクソクソ…


 茉尋に会いたい…



 季節はもうすっかりと秋になっていた。


 今回茉尋は、1週間経っても帰って来なかった。

 俺は毎日朝と晩に海へと向かった。


 ある日の仕事帰り、また俺はあの海へと向かい砂浜に座った。

 俺はまた茉尋とのことを思い出していた。


「ねえっ。枯葉で焼き芋作りたい。千明くんは作ったことある?」


 茉尋は目を輝かせながら俺にそう聞いてきた。

俺は子どもの頃しょっちゅう、秋になればじいちゃんと焼き芋を作っていたからそのことを話した。


「そしたらさ、琥太郎くん誘ってやろうよっ。私1度でいいから枯葉で焼き芋やってみたかったんだあ」


 ワクワクした様子で茉尋はそう言った。


「じゃあシンちゃんも誘おっか。あの人自分がハブられるといじけるタイプだし。この前の水遊びの時もすごかったじゃん」

「ははっ。確かにっ」


 あの時のシンちゃんは「楽しそうな声が聞こえてきたから覗いてみたらっ。なんで俺を誘わないんだよっ」といいながらいじけていた。

 茉尋は続けてこう言った。


「それで帰ったと思ったら食器用洗剤の空き容器に水入れて戻ってきてさ」

「そうそう。しかもその水、全然俺らに届かなかったよな」

「あはははっ。そうそうっ。そうだった、そうだったっ」


 …あの時の茉尋、畳を叩きながら大笑いしてたな。


「あの人子どもっぽいんだよ。俺が子どものころさぁーーー」


 そう言って、俺は昔話をしはじめたんだ。

 あれはまだ俺が小学生の高学年だった頃。

俺はしょっちゅうシンちゃんに遊んでもらっていた。トランプなんかのアナログゲームはもちろん、テレビゲームなんかも一緒にしていた。

 シンちゃんは格闘ゲームなんかが得意で、いつも俺は負けていた。でもこっちは小学生だ。社会人のシンちゃんと違って時間はある。だから俺は母の目を盗んではゲームをし、どんどんと上達していった。子どもだから飲み込みも早かったんだろう。すぐにコツを掴み強くなった。

 そんな時、久々にシンちゃんからゲームに誘われ遊んでみると、何回目かの勝負で勝つことができた。その時シンちゃんはすごく悔しそうにして、最後の方は本気になってゲームをしていた。

 その他もトランプでスピードとかをやると、当時小学生の俺相手に、よく本気になってやっていた。

 そこまで話すと茉尋は笑い出した。


「あっはははっ。そっ、それって、千明くんそのものじゃんっ。はははっ」

「えー?そんなことないだろ?」

「もーっ、なんでわかんないかなぁっ。千明くんも琥太郎くんにそんな感じだよ?気づいてなかった?」


 茉尋は目に溜めた涙を指で拭っていた。


「俺は琥太郎に優しいだろ?」

「優しいけど、うちで琥太郎くんとゲームやってる時の千明くん、結構ムキになってるよ?」

「えー?そうかぁ?」


 俺はそう言ってとぼけたけど、本当はわかってる。相手が琥太郎だろうが茉尋だろうが、俺は負けたくなくていつも大体本気でしていた。

 子どもっぽい…茉尋にそう思われてしまっただろうか。確かその時の俺は、そんなことを思った。


「あー、焼き芋楽しみだな」

「そうだな」

「やっきいもっ、やっきいもっ、あっま甘っ、ほっくほっくぅのぉあっちっちぃっ」

「ははっ。また歌作ったのかよ」

「ほらっ、千明くんも一緒に歌うよ?せーのっ」

「歌わねーよっ」


 あー…やっぱり茉尋と一緒にいるのは楽しかったな。

 

 茉尋…まだ焼き芋やってないぞ?

あんなに楽しみにしてたんだから早く帰って来いよ。俺、庭の枯葉集めたんだぞ?もう準備はできてるからさ。あとはサツマイモを買えばいいだけなんだ。

 だから早く戻って来いよ。

琥太郎も焼き芋を楽しみにしてるからさ、帰って来い。早く帰って来い。

 


「千明、ちょっといいか?」

「ん?」


 今はシンちゃんがうちに来て一緒に酒を飲んでいた。


「ちょっと言いづらいんだけどさ、茉尋ちゃんがいなくなってからもう1年以上が経っただろ?」

「…うん…」

「葬式やってあげよう?その方が千明の気持ちも整理できるんじゃない?」


 そんなことしたくない。

 もしそんなことをしたら茉尋はもう戻って来なくなっちゃうかもしれないじゃんか…。

何がきっかけで茉尋が成仏するかなんてわからないのに、そんなことしたくない。


 成仏…


 酷いな…俺…


 本当にそれで茉尋が成仏するのならその方がいいはずなのに。

 俺はまた茉尋が姿を現すと…戻ってくると信じて待っていた。


「まだ…しない」

「でも…」

「いいんだよ。まだしない。俺はまだする気になれない」

「だってあの嵐の中じゃーーー」

「わかってるっ…ちゃんとわかってるから…」


 ついムキになって大きな声を出してしまった。

シンちゃんはまだ何か言いたげだったけど、俺は無理に話題を変えた。



 ある日の夜、小百合さんが家に訪ねてきた。

小百合さんは神妙な面持ちだった。そんな小百合さんを部屋に通し、お茶を出した。

 

「突然来てしまって申し訳ありません。あの…少しは落ち着きましたか?」

「…ええ…それなりには」


 そう返事をすると、小百合さんは俺が出したお茶を見つめ黙ってしまった。俺もそのまま黙っていたけど、ついに痺れを切らして話しかけた。


「今日は何か用があって来たのでは?」

「はい。ちょっと気になることがありまして…」


 小百合さんはポツリと小さい声でそう言った。


「…茉尋ちゃんが行方不明になって、その…こんなこと…こんなことを千明さんに話すのはどうかと思ったんですが、でもやっぱり相談というか、話してみようかと思って…」


 そう言う小百合さんの口調は歯切れが悪かった。こんなに言いづらそうにしてるってことは、俺が聞きたくないような内容なのか?茉尋の話には変わりないんだろうけど…それに相談…?小百合さんの表情は困惑しているような感じだった。

 それからカバンから何かを出すと、俺にそれを見せてきた。


「これ見てください」

「…タイムカード?」

「はい。日付を見てください」


 タイムカードを手に持ち確認してみると最近の日付が打刻されていた。そのタイムカードには“一ノ瀬茉尋”としっかりと書かれていた。

 茉尋はちゃんと存在し、働いていた証拠だ。

そうして確認をしていると、今度は一冊のノートを取り出しテーブルの上に置いた。


「それにこのノート。仕事の連絡用として使用してるんですが、これ…茉尋ちゃんの字なんです」


 俺はそのノートも確認した。

そこには茉尋の字で引き継ぎ事項などが書かれていた。


「…何が言いたいのかというと、その…私に記憶はないのですが、茉尋ちゃんは今も出勤しているのかも…と…」


 俺に気を遣いながら話しているのがすごく伝わった。それもそうだよな。妻を亡くしてる相手にこんなことを言うんだから。


「小百合さん…ありがとうございます。話してくれて。実は俺も見てもらいたいものがあるんです」


 俺はそう言うと立ち上がり、交換日記を手にするとテーブルに置き「見てください」と小百合さんに言った。小百合さんはノートを手に取るとペラペラとページをめくりながら見ていた。


「これって…最近の日付…」


 小百合さんは小さくそう呟いた。

日付はちゃんと西暦も書くようにしていた。

 ここで俺は今までのことを全て話した。小百合さんは驚きながらも俺の話を信じてくれた。


「こんなことって…」

「なんでかわからないけど、俺だけは記憶に残ってるんです。確かに茉尋は現れて、触れることもできて…この家で過ごし、仕事にも行き、本当に存在していたんです。ですが海に触れると泡となって消えてしまう。でもまた突然現れる」

「…もっと早くに話していればよかった。でもこんなこと、とても千明さんには言えなくて…」


 どうやら前からタイムカードには気付き、不思議に思っていたそうだった。

 それから俺は田宮さんの話もした。もしかしたら妖が茉尋を攫ったかもしれないということも話した。


「妖が…?」

「はい。田宮さんの話を聞いて、その可能性もあるのかと思うようになりました」


 それを聞いた小百合さんは何か考え込んでいた。


「田宮さんて方はご高齢な上にここから遠い所に住まわれているんですよね?」

「はい」

「あの…私の夫の母…えっと…義母の友達のご主人が視える人らしいんです。少しここから離れてはいますが、同じ町に住んでいるので、茉尋ちゃんがいなくなってしまった海を見てもらってみませんか?」

「え…」

「手掛かりが見つかるかもしれないし、何もわからないかもしれない。でもやってみる価値はあると思うんですよ。もしも妖が関係しているのなら。あー…でもそのご主人はそこまで視る力が強いわけではないみたいなんですけどね」


 確か前に、茉尋もそんなことを言っていたな。妖からそう教えてもらったらしかった。

人間側の視る力が弱いと、力の弱い妖は視えなかったり、ぼんやりとしか視えないらしいと。

茉尋はその力が強い方のようだった。

 それにしても嬉しい申し出だ。

俺は小百合さんの提案をありがたく受けた。

 それから俺たちは互いに連絡先を交換し、日程は後日擦り合わせましょうということになった。


「茉尋ちゃんは亡くなってると思いますか?」

「…はい…でも、心のどこかではまだ生きていると信じてる部分もあります。信じているというよりは、受け入れられない…という方が正しいのかもしれませんが」

「…辛いことをお聞きしてしまってすみません」

「小百合さんはどう思われますか?」


 意地悪な質問返しだったかな…。

でも俺以外の意見が聞きたかった。初めて今俺が置かれている状況を共有できる人ができたから…

今まではずっと1人で抱え込んでいたから、自分以外のの意見を聞きたかった。


「急なことでまだ頭の中は混乱しています。ただこのタイムカードと、見せていただいたこの交換日記が存在する以上、茉尋ちゃんが実体化して現れていることは信じざるを得ません。でも海に触れると消えてしまう…の…なら…」


 小百合さんはここで言葉を止めた。

きっと茉尋はもうこの世にいないという考えなのだろう。


「ははっ。すみません。答えづらい質問をしてしまいましたね。言いたいことはわかりました」

「…いえ…」


 この後も少しだけ会話を重ねてから小百合さんは帰って行った。


 小百合さんはすぐに話をつけてくれたらしく、次の日曜日に早速会うことになった。

 

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