16 幸せなひと時
土曜日になり、2人でゆっくりと過ごしていた。
茉尋は今、隣であの本を読んでいる。ふと茉尋の顔を見てみると険しい顔をしていたが、しばらくすると茉尋は本を閉じた。
「読み終わったの?」
「うん…」
「どうだった?」
「怖かった。それに知らなかった。そんな妖がいるだなんて…人を殺して魂を…」
最後の方の言葉は呟くように言っていた。
「魂を…魂…」
「茉尋?」
茉尋の顔は青くなっていた。
「どうしたの?」
「…ううん。なんでもない」
なんだ?何か隠してるような気がする。なんでもないような表情ではない。
「言えよ」
「え?」
「今考えてることちゃんと言って」
「考えてるっていうか、なんだか胸がざわついただけ。なんかゾッとするというか…」
茉尋はそう言っていた。
「気分転換にどっか出かけるか。まだ昼前だし。外で飯食ってドライブでもする?」
「おっ、いいね。なんか気落ちしちゃってごめんね」
「茉尋は元気なのが1番だからな」
「ははっ。千明くんやっさしいっ」
それから俺たちは外食をして、道の駅に行くと色々な物を買った。久しぶりに庭でバーベキューでもしようということになり、その食材も買った。
「茉尋、シンちゃんと琥太郎に連絡しておいて」
「ラジャーッ」
茉尋は元気に返事をすると、すぐにスマホを手に取り連絡していた。すぐに2人ともいい返事をくれた。
家に着き早速準備を進めていると、シンちゃんと琥太郎が来て一緒に準備をしてくれた。
全て整ったところで肉や野菜を焼き始め、みんなそれぞれに焼き上がったものを食べ始めた。
「あーっ、ちー兄、肉ばっか食ってるっ。ちゃんと野菜も食えっ」
「食ってるぞ?ほら玉ねぎ」
「ピーマンも食えよ」
俺と琥太郎はこんな感じで言い合っていた。
「いいぞいいぞ、琥太郎くん。もっと言ってやって」
茉尋が琥太郎に加勢した。だから俺は反撃体制に入った。
「だったらお前も椎茸食え。ほら美味いぞ?椎茸」
俺は琥太郎の口元に椎茸を近づけながらそう言った。
「やだーっ。キモイッ。裏のヒダヒダがキモイッ」
「ほら食ってみろって。ジューシーで美味いぞ?」
「ガチでムリッ。匂いもムリッ」
琥太郎は俺から逃げながら茉尋の後ろに隠れた。
「あいつ大人のくせに子どもいじめてるっ」と、そう言いながら茉尋に甘えていた。茉尋は琥太郎の味方をして甘やかしていた。
「無理に嫌いな物食べさせないでよ」
「お前も俺にピーマン食わせるだろ?」
「千明くんは大人じゃん」
いつも通りのやり取りだ。たったそれだけで俺は胸が締め付けられた。
茉尋がいなくなってから、俺は何度胸が痛くなったり、締めつけられただろう。
ここにいる茉尋は茉尋であって茉尋ではない。こんなに茉尋なのに茉尋ではない。ここにいる茉尋は海に触れると泡となって消えてしまう。
本当の茉尋はきっと…海の中だ…。
違うだろ俺…
このままでいいわけないじゃないか…
ちゃんと茉尋を探さないと…
嫌だ…
探したくない…
見つけてあげたい…
帰ってきて欲しい…
いなくならないで欲しい…
消えないで欲しい…
見つけてあげないと…
今も…
茉尋は苦しんでいるのだろうか…
いやだ。
見つけたくない。
終わらせたくない…この日常を…
「千明くん?どうしたの?そんなにピーマン食べたくないの?」
茉尋は心配そうに俺を見た。
「いや…」
俺はそう言うので精一杯だった。
「ごめんごめん。最近ちょっとピーマン料理多かったよね。今日は食べなくていいから」
もう…
おかしくなりそうだ…
「酒取ってくるよ。茉尋もまだ飲むだろ?」
「…うん…私も行くよ」
「大丈夫だよ。ちょっとキッチンに行くだけだから」
「でも…」
結局茉尋は俺についてきた。そんな茉尋を俺は抱きしめた。
「…どうしたの?」
「茉尋…」
「ん?」
このままずっと、俺と一緒にいて…
そう思ったけど、口に出すことができなかった。
そんなことを言ったら茉尋のことを裏切ることになるんじゃないかと思った。
今の俺は現実から目を逸らし、この生活にすがっている。真実から目を背け、茉尋のことを探すことも、調べることもしていない。
庭の方からはシンちゃんと琥太郎の楽しそうな声が聞こえてくる。
夜だとはいえ、外の空気は湿気を含み、体がじっとりとしていた。
今の俺…汗臭いかもな。
ふとそう思いながらも、さっきよりもさらに茉尋のことを抱きしめた。
「どうしたの?千明くん。やっぱりなんか変だよ」
「…俺汗臭い?」
「んー…酒臭い」
「ははっ。ごめんな」
「私は汗臭い?」
「うん」
「ひどいっ。そんなはっきりと」
「うそだよ。いつもの茉尋のいい匂い」
茉尋は「暑い」と言いながら俺から離れようとした。でも俺は離さなかった。
「もうなに?酔っちゃったの?」
「そうかもな」
「じゃあちょっと横になってな?」
「ううん。戻るよ」
酒が入ったからか、急激な不安に襲われた。
怖い…怖くて怖くて仕方がない。
明日の俺はどう思ってるんだろう。今のように不安でいっぱいなのか、手掛かりを探そうと色々調べるのか、また現実逃避をするのか…。
明日の俺は何を思って茉尋と過ごすのだろう。
最近、ずっとそんな感じだな。頭の中で葛藤してはそばにいてくれる茉尋のことを選ぶ。それで自分に嫌悪する。しまいには考えることも嫌になり放棄する。
こんなんじゃ茉尋に合わす顔がないな。
こんな俺が茉尋に愛してるだなんて言う資格はない。
こんな俺を…茉尋に知られたくない。
8月最後の日曜日。
俺と茉尋は、部屋を涼しくして2人でカーレースゲームをしていた。
「あーっ。今私にアイテムぶつけたの千明くんでしょっ?」
「えー?俺じゃねーよ?」
「嘘っ。私ちゃんと後ろ向いて見てたもんっ」
「なんだよ、見てたのかよ」
「やっぱり千明くんなんだっ。後ろなんて見てないよっ。どのボタンで見れるのかも知らないもんっ」
茉尋はカーブのたびに、コントローラーも傾けていた。このゲームをやるといつも茉尋はこうなるんだよな。
「別にコントローラー傾けなくてもちゃんと曲がるぞ?」
「わかってるってばっ。もういちいちうるさいなぁ。こうなっちゃうんだもん。仕方ないでしょっ…とっ」
そう言いながら茉尋は、隣に座る現実世界の俺に肩をぶつけてきた。
「あぶねーな」
俺は先にゴールすると、茉尋の脇腹を指でつついた。
「あはははっ。やめいやめいっ。ほらもう最下位になっちゃったじゃんよーっ」
茉尋はそう言うと、俺のことをくすぐってきた。俺はそんな茉尋を捕まえるとそのまま抱きしめた。
温かい。茉尋はちゃんとここにいる。
「いやー、暑いよくっつかないでー」
「はははっ」
ああ…楽しいな。
「はーなーしーてーっ」
「やだよー」
「私汗かいてるからっ」
「俺も」
「もう離してってばっ」
「最下位の罰ゲームだよっ」
俺がそう言うと、茉尋は俺のことを抱きしめ返してくれた。予想外のことで俺は少し驚いた。
「…こんなの罰ゲームなんかじゃないよ」
茉尋はそう呟いた。
俺は茉尋を抱きしめたまま後ろに寝転ぶと、今度は脚でも茉尋のことをガッチリとホールドした。
「これでもかっ」
「あははっ。いやーっ、やっぱり離してーっ。あーつーいーっ」
笑いながらそう言う茉尋の声が、俺の耳元で響いていた。




