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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
現代編
12/51

断れない一気飲み


 野神さんから順番に、一人ずつ一気飲みをする度にワーッと周りから歓声が上がる。


 そんな盛り上がりとは対照的に、あの子だけは一人ぼっちで静かに座っている。さすがにお腹も一杯になったのだろう……もう箸を置いている。

 やることもなく、黒い携帯電話をカチャカチャ開けたり閉めたりを繰り返して暇を潰しているみたいだ。


 ……つまらなければ、先に帰ればいいのに。


「おーい、古河も一気飲みしろよ」

 盛り上がっている席から、まだ一気飲みをしていない僕に声が掛かった。

 仕方なく僕は目の前に置いてあったジョッキのビールを一気に飲みほした。これをやらないと野神さんから後々ダメ出しをされるから仕方なしだ。――ゲップ。

「おお、古河やるじゃないか。かっこいいぞ古河。さすがだなあ、古河」

 ……あからさまに名前を連呼しないで欲しい。恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。

「じゃあ、最後に一番端っこの子も一気飲みしちゃおっか~」

「……いいよ」

 オッケーってわけではない返事だが、否応(いやおう)なしに女子の方から小さなグラスが運ばれてくる。

 ――いったい何が注がれているんだ? 小さ過ぎるグラスが……逆に怪しい。

「「いっき! いっき!」」

 ……古臭い掛け声と手拍子が、「早く! 早く!」と急かすようにテンポを上げる。他の客も大勢いる中、グラスを握って見つめているその子のことが、なんだか可哀想になってきた。

 仕方なしに小さなグラスの中の透明な液体を一気に飲み干すと、キツイ酒だったのだろうか、ゲホゲホッとむせ返ってしまった。

 男からの歓声と女からの笑い声が……ちっとも面白くなかった。


「……大丈夫?」

 それとなく声を掛けていた……。


「……うん」

 口元をお手拭きで一度押さえると、はあ~と息を吐き出す。

「平気。私だって二十歳になったんだから」

 二十歳になったからといって、酒に酔わなくなる訳ではないと思うが……。

「二十歳? じゃあ僕と同じだ。僕も最近二十歳になったところなんだ」

 話の糸口を掴めた! 酔っているからかもしれないが、他の女の子と違って話しやすい――!

「ふーん。見えないね」

 ――?

 ……それは……褒められているのだろうか、それともけなされているのだろうか……。

 年上に見えたのだろうか、年下に見えているのだろうか……。


 盛り上がっている席の方を見ると、野神先輩は上半身裸になり氷を体にくっつけられて……喜んでいる。ジムで鍛えていると自慢ばかりしている肉体が……クソ、ちょっと羨ましい……。


「賑やかな先輩ね」

「……ああ、あの野神先輩? ハッキリ言って頭がおかしいのさ。この前も「火星に行きたい~」とか言ってたしさあ……しかも本気(ガチ)で」

「クス。ほんとね」

 初めて笑った――話が合った。少し赤らんだ頬が可愛く見えてしまう。

「だって人類ってさあ、大昔に火星から来たんでしょ? 資源を使い果たして……。それなのに、その星に戻ってどうしようっていうのかしら」

 あああー。

 話が合ったかと思ったが、やっぱりちょびっとズレていた~。話題の軌道修正が必要なのかもしれない。

「ははは、人間の先祖は火星人か。面白いなあ」

「昔からの言い伝えであるでしょ、月に根を下ろし、風と共に生きようって」

 月に根を下ろす? 空気も水もないのに?


 ひょっとして、真顔でボケてる?


「それ、月じゃなくて、土だろ~! ビシッ! それに、火星じゃないじゃん!」

 ビシッてのは、ツッコミの音を声で表したのだが……伝わっただろうか不安だ。ちょっと恥ずかしかった。

「アハハ、どっちでもいいのよ。こうなったからには」

 ……ひょっとして、さっきの一杯でかなり酔っているのかもしれない。


「歴史ってさあ、繰り返すものなのよね……」

「……歴史か……」

 僕も酔っていたのだろう。歴史って言葉に……引っ掛かる。せっかくの酔いが醒めそうなほどに。

「実はさあ、僕の両親は歴史調査員で、ずっと海外に行っているんだ……」

「え、歴史調査員? 凄いじゃない。遺跡の発掘とか調査とかする人でしょ?」

「――ぜんぜん凄くないよ」

 謙遜ではない――事実だからだ。

「歴史調査をして儲かるのならいいけど、自分の趣味に年甲斐もなく夢中になっているだけさ。小さい頃から僕のことは放ったらかしだし、両親が海外に行くたびに沢山のお金が必要で、収入以上にお金を使うものだから、僕の生活費だって振り込まれない時があったんだ」

 小さな古家に一人でいる時が、どれほど寂しかったか……。グラスを傾けると氷がカランと高い音と共に転がる。

「大学に進学したくて勉強していたのに、そんな余裕はなかった。だから高校を卒業したら家を出て、就職して一人で生きていくって決めたんだ……」

「ふーん」

 両手を顎の下に置き、ストローを吹いて……誰かの注文したカクテルをブクブクとバブリングさせるのに夢中で……僕の話を聞いていたのか心配になってしまう。


 ……まあ、どうでもいいんだろうな。他人の苦労話なんて。お酒のつまみにもならないつまらない話なんだ。


「私……身内っていないのよね……」

 ストローをくわえたまま呟くように言うと、一気にコップ内のオレンジ色のカクテルが減っていく。


 身内がいない? 家族が……一人もいないのだろうか?



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