穴埋め
照度を抑えた落ち着いた感じの店に、男十人と女十人がテーブル越しに座る。
僕が見る限り、ほぼ全員年上に見える。落ち着いた服装と綺麗な顔。笑い方からも上品さを感じてしまい、なんか……レベルの違いを目の当たりにされた気分で落ち着かない。
いつものことだけど、あまり場の雰囲気に溶け込めない。僕には社交性がないんだ……。初対面の女の人と、何をどう話していいのか分からない。世間話などを聞いていても分からないことが多く、せめて最近のニュースぐらいはスマホで読んでこればよかったと後悔していた。野神先輩は、「合コンなんて、どうでもいい話をしていればいいのさ」と言ってたけれど……。
そもそも、どうでもいい話なんて、する必要があるのだろうか……。
野神先輩が声を掛けていた男の方は、ほとんどが大卒や高専卒で、高卒は僕だけだった。同じ会社にいるのに僕は野神さんしか知らない。二十歳になったばかりの僕が一番若いのだろう。
「ねえねえ、すみれさんって彼氏いるの?」
「いませんよ。だから今日もここに来たんです」
「絶対嘘だー。すみれさんに彼氏がいないんなら、ミクスカスで働く男共の目は、節穴ばっかりだ」
「ハハハ、言える言える!」
野神先輩はさっそく盛り上がっている。彼女がいるのに今日は来ていないからって、平気で一番可愛い女子と肩を並べて盛り上がっている。
すみれさんと呼ばれていた綺麗な女性の周りには、男が五人席を占拠していて、とても割って入れそうにない。
周りの女子は楽しくないだろうが、いつものことなのだろうか……普通に女子同士で飲んで盛り上がっている。話に聞き耳を立てていると、どうやら女子の半分ほどは、彼氏がいるようだ。
彼氏がいるのに合コンに参加できるのが……考えられない。そう思うのは僕だけなのだろうか。
誰に見向きされるわけでもなく、一人で飲んでいる僕の隣に野神さんがショットグラスを持ってドサッと座った。
「おいおい、せっかくのチャンスなのに、なに一人でおっさんみたいに渋く飲んでんだよ」
頬っぺたと鼻がかなり赤い。かなり飲んで酔っ払っている。
「どうせ僕なんか誰も相手にしてくれませんよ。未成年かと思われているかもしれません」
学歴が物を言う社会なのだ。誰も給料の安い男なんて興味を持つはずがないじゃないか。
「そんなネガティブなことばっか考えているから、お前はいつまでたっても彼女ができないんだ」
「ほっといでくださいよ」
入社してから二年間、何度か女子との出会いの場を野神先輩が作ってくれた。だが、ことごとくそれを裏切る形になってきたのだった。
そして、それは今日も同じなんだろうと考えると……ハア~。ため息が出る。
「そうだ、席の端でずっと食べている、あの女を狙えよ」
「え?」
横長のテーブルの端で、言われるまで気付かないような地味な女子が、いまも箸でせっせと皆が手を付けていないオードブルを食べている。
「この場を……社員食堂と間違っているんじゃないのか」
「さっきからずっと食べてるみたいですけど……そんなに太ってませんね」
頬張って食べているのにもかかわらず割と小柄だ。箸の持ち方にいささか違和感を抱く。
自分が小さい頃にトラウマになるくらい怒られて直させられた箸の正しい持ち方……。過剰に意識してしまい、ついつい目がいってしまう。自分の中で、箸の持ち方が悪い人は、男であれ女であれ自分よりも下に見てしまうのだ。
そんなことぐらいでしか優越感に浸れないのだ――。
野神先輩が近くに座っている女の子に声を掛けた。
「ねえねえ、あの端っこでさっきから食べてばっかりの地味な子って、ちゃんと二十歳越えてるの?」
「え、あの子? いちおう二十歳になったから呼ばれたんだと思うわよ。確かあの子だけ……中卒よ」
声を小さくして先輩の耳元で小さく囁く。
「ここだけの話だけどお、その中学もほぼほぼ行ってないって噂よ」
「え。そうなの」
声は小さいが、僕の耳にもしっかり聞こえてしまった。
中学もほとんど行っていない? そんな子もミクスカスで働いているのか……。いったい何の仕事をしているのだろう。
「いつも一緒に遊んでるの?」
「まさかー。今日はメンツが足りなかったから誰かが仕方なく呼んだのよ。「奢り」って言ったら絶対に来るらしいわ」
「うわ、がめつい! ……て、私達も一緒か」
「キャハハ、マジでウケル~」
他の女子達も一斉に笑い出した。お酒が入るにつれ少しずつ、最初の上品さと呼ばれるメッキが剥がれかけてきている気がした。ミクスカスのご令嬢とはいえ、うちの会社の女子と本質的には何も変わらないんだろうなあ。奢りなら来る……か。
……じゃあ、あの子の分は、誰か他の女子が出すのだろうか……。いや、それはないだろう。だとすると、男が割り勘で払うことになって、気付かないパターンなのかもしれない。
しばらく内緒話をしていた野神さんが、また僕に近づいて来る。
「メンツの穴埋めって、どこかにもいたような……うお!」
……。
「……なんか、腹立ちます」
「ハハハ、冗談だって」
バシバシと背中を叩かれた。
「それよりもさあ」
グッと近づいてくる。顔も近い。頬と鼻も近い。そして赤い。
「あの女、今晩、誘ってみろよ!」
「なんでですか!」
誘う? 誘うって……なにを、どう? ホワイ、ドゥー?
「いや地味だからさあ、お前にピッタリだぜ。へへへ、それと」
いっそう耳元に口を寄せてくる。近すぎでドキッとしてしまう――。耳たぶにチュウされそうで鳥肌が立つ――!
「あの子は……一人暮らしらしいぜ」
――一人暮らし?
野神先輩、話を聞き出すのが上手い。そして早い。一人暮らしのキーワードに、なぜかピクンと引っ掛かる。少し僕も酔っているのだろうか。
「逆持ち帰りされろよ、ハッハッハ―」
野神さん、声が……大き過ぎるっス。
「ハハハ、メンツの穴埋めは穴埋めらしく穴埋め同士で穴埋めすりゃあいいじゃねーか、ハッハッハー」
くそお……自分から誘っておいて~穴埋め穴埋めと……? ひょっとして、酷い下ネタなのだろうか。
――聞かれてしまったんじゃないだろうか。あの子にも……。
野神さんが立ち上がって別の席へ移ると、また僕は一人になった。
……なんか、妙に意識してしまう……。横顔が……割と可愛いと思うが……ノリは悪そうだなあ。僕と同じで誰とも話していない。みんなが盛り上がっていても一人だけ食べてスマホを触っている。お酒もほとんど飲んでいないみたいだ。最初に注文したグラスビールがそのまま置いてあり、コップの水ばかりを飲んでいる。
よーく見ると、触っているのはスマホじゃなくて黒色の携帯電話だ。
数合わせ……か。友達も少なそうだ。――僕は違うぞ!
男にまったく興味がなさそうにも見える。他の女子に比べると、まるで部屋着のような服装だ。ジーンズに白色のTシャツからは色気というものは一切感じない。
そのTシャツも襟の部分が少し緩く、かなり着古して味が出ている。ひょっとすると古着ショップで買ったのだろうか……。流行りの服装ではないが、白Tシャツは……嫌いじゃない。
「奢られて当然」って言いだすようなタイプにも見えないが、ご飯を食べ終えたら真っ先に帰ってしまいそうだ。
隣の席では彼氏がいる女達が、気兼ねなく飲んで盛り上がっている。野神さんも彼女が来ていないからか分からないが……上機嫌ではしゃいでいる。彼女がいるのに――女子に挟まれて笑顔で飲んでいるのが理解できない……。見つかったら怒られること疑いなしだ。
なんであんな先輩がモテるんだろうか……。
「よーし、それじゃあ一気飲みしよーぜ!」
「「いーねー」」
野神さんの……いつもの悪い癖が始まってしまった。
飲み放題じゃないんだから勿体ない。そう思う僕は、次の日の二日酔いよりも財布の中身を心配していた。




