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そんな昔のことを思い出していると、車はやがて地下駐車場の監視カメラの死角となっているコンクリート製の壁の前で止まりました。と、右上の方の壁の窪みからカメラのような物が顔を出し、赤い光を放ち出しました。
しばらくするとその光は緑色に変わり、カメラもコンクリートがフィルムカバーのように隠してしまいます。それから車は、なんの躊躇もなく壁に向かって進んで行きました。
「ちょ!」
完全に衝突すると思い込み身構えるも、車はコンクリートの壁をすり抜けて向こう側の道に出ていました。そして、何事もなかったように走り続けます。琴音は今起きたことに対する理解が及ばず、後ろを振り返ってコンクリートの壁を凝視しました。
「術……じゃないよね?」
「あれは開発部の発明品だ」
「前は結界を張っていたんですけど、結界破りが発生すると困るので開発部総員で制作したんだそうです。成長剤を基己さんに盗まれた一件以来、開発部はセキュリティシステムに特に力を注ぐようになったみたいですね」
琴音は開発部の失敗を教訓とする姿勢に、素直に感心しました。それでいて、術を遮断する短刀などという新しい発明にも取り組んでいるのですから、その探求心は計り知れません。
「着いたぞ」
ようやく到着した本部は、地下駐車場の奥を十分程度走った先にありました。
本部の駐車場に車を止めて降りると、目の前には高級ホテルのエントランス並に豪奢な空間が待ち構えていました。入口付近には、受付カウンターが設置されています。
「お前はただ俺の話に合わせていればいい。余計なことは話すなよ」
「わかった」
薙斗に釘を刺され、琴音は大人しく頷きます。こんな所で手間取っていては、とても地下五階まで辿り着けません。三人は、自動ドアの向こうのエントランスへと踏み込みました。
エントランスは、受付に一人女がいるだけで、辺りは不自然なくらいしんと静まり返っています。
「いつもいるはずの本部護衛がいませんね」
どうやら時雨の作戦はうまくいっているようです。朱里は笑顔で琴音に目配せをしました。その間、薙斗は受付の女に声を掛けます。
「お疲れ様です。報告書の提出ですか?」
受付の女は、口調からして薙斗と朱里の顔なじみのようでした。
「いや、俺と朱里一士は龍壬に面会希望だ」
「龍壬三佐に?」
薙斗の台詞を聞いた途端、女の顔色が変わりました。その様子に、薙斗も嫌な予感がして眉を寄せます。
「どうした。龍壬の刑執行は午後三時のはずだろう。面会時間にはまだ十分……」
「聞いていらっしゃらないんですか? 龍壬さんの刑執行時間が、盃様のご意向で変更されたんです。あと十分ほどで執行されます」
女の言葉を聞くと、薙斗はすかさず舌打ちをしました。
「やられたな」
「龍壬さん!」
琴音は悲鳴に近い声で龍壬の名を叫ぶと、近くのエレベーターに向かって駆け出そうとします。が、薙斗によって腕を掴まれ、それは阻止されてしまいました。
「一人で行動するな!」
薙斗の一喝に反論しようとするも、女の訝しげな視線に気づいて口を噤みます。
「あの、その方は?」
「わたしたちの関係者です。そんなことより、どうにか刑の時間を遅らせることはできませんか」
「無理です。盃様のご意向ですので」
「それじゃあ、仕方ないですね」
朱里がひらりとカウンターを飛び越えたかと思えば、着地とほぼ同時に受付の女の身体はぐらりと傾き、朱里の腕の中で眠ってしまいました。
「お前……!」
「罰は受けます。早く行ってください、ここはなんとかしておきますから」
朱里さんは早口にこう言いながら、カウンターの電話に番号を打ち込んで誰かと電話をし始めました。
「あ、もしもし、後方支援の者ですが。輝夜様にお客様がいらしています。――アポ? 取ってます取ってます。――お客様? 主戦力部隊の薙斗士長と入隊希望者です。――え? そんなの聞いてないって? 今さっきアポ取ったばっかりなんですって」
琴音は朱里の台詞に首を傾げます。アポイントメントなんて取った覚えがないのです。朱里は電話口の相手と話しながら、しっしっと手を振り払って見せました。




