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「あなたが乾の補佐である龍壬を消そうとする理由と関係しているのでしょうか。――全ての通信機器が本部に繋がらないよう術を掛けたのはあなたでしょう。その身体で、随分と無理をなさいますね」


「そんなことを知ってどうする」


 弱々しい声で、挑発的な台詞を口にする盃の瞳の奥からは、威圧が感じ取れました。


「真実を聞いたところで、この共存陰陽隊の危機は変わらん。お前は輝夜を支えてくれさえすればいい」


 そこまで言うと、盃は目を見開いて背を丸くしました。そして、激しく咳き込んだかと思うと、口から吐き出された紅い液体が真っ白なシーツを染めます。


「……人を呼んできます」


「待て」


 盃の制止を聞くと、ベッドから離れかけた時雨は再び盃と向き直りました。


「お前には……全てが視えているはずだ。……なぜここに来た。……私を見舞いに来たわけではないだろう」


 鮮血は盃自身の服や手を汚し、シーツの上に血溜りを作っていました。盃は荒く息をしながら、血で汚れた口角を片方だけ上げて嘲笑しながら時雨を見上げます。


「仰るとおり、私が本部護衛を引きつけてここへ来たことは間もなく無駄になるでしょう。それでもここに足を運んだのは、あの方のためです」


「……ほう、あの狸に期待をしているわけではないということか」


「ええ。あれには、運命を変えることはできません。ただ、輝夜様が大変気に入っておられるので、信頼を損なわぬよう利用しただけのことです。――全ては、あの方のために」


「……それでいい」


 再び苦し気に咽込む盃に向かって、時雨は恭しく一礼し、病室を出て行きました。



     *



 高速を降りると、そこは都会でした。車窓から見えるビルはどれも天高くそびえ立っていて、近くのビルはその天辺を見ることが困難でした。交差点では、これだけたくさんの人を見たことがないと思うくらいの人を見掛けました。


その人たちの服装は、いずれも近所では見掛けないようなおしゃれなものばかりでした。これが都会。山も川もない環境に、琴音は息が詰まりそうな感覚に陥りました。


 しばらく都会の道路を進むと、車はとあるビルの地下駐車場に入って行きました。薙斗は手慣れたように駐車券書込機になにかを通し、駐車場の奥へと車を走らせます。


「ねえ、ここって会社だよね?」


「ああ。オフィスビルだな」


「一応聞くけど、オフィスビルの地下に共存陰陽隊の本部があるってことは……」


「本部はもう少し先にあるんです。この駐車場が入口の一つみたいなものなんですよ」


 朱里曰く、このオフィスビルが共存陰陽隊の息がかかった人間のものであることには間違いないが、完全に隊のものというわけではないようでした。


「このオフィスビルのオーナーさんのご先祖様が、陰陽隊創始者の清才様と深く関わりがあった方みたいで、ここはそのご先祖様の遺言でお借りしているんです」


「清才の女房だったお前なら、その先祖のことも知ってるんじゃないか」


 薙斗に言われて、琴音は必死に記憶を辿ってみます。といっても、考えてみれば清才の友人は指で数えられるほどしかいなかったため、その人を思い出すのに時間はかかりませんでした。


橘次(きつじ)様のこと?」


「凄い! 妖は前世の記憶があるって話、本当だったんですね!」


 朱里は妖と話したのは琴音が初めてなのか、感激したと言わんばかりに手を叩いてはしゃぎました。その様子からして、どうやら当たったようです。


「本部で保管されている橘次の遺書には、清才に力を貸すよう書かれていた」


 琴音は、橘次という清才の友人の姿を思い出しました。改めて思い返すと、あの人も不思議な人であったような気がしてきます。だからこそ、清才と折が合ったのかもしれません。


彼は行商人で、珍しい品が入る度に清才の所にやって来てはそれを勧めていました。品の中には宋からの輸入品が含まれていることもあり、清才が陶磁器を興味深そうに眺めていたのを琴音は鮮明に覚えていました。


しばらく顔を出さないと思っていたら、地方に赴いていたり宋相手に船で私貿易を行っていたりと、とにかく行動力のある方でした。


 琴音はふと、その橘次がある宋の品を清才の家に持って来たことを思い出しました。橘次が持って来た品は、冷たくて硬い銀色に光る素材――鉄で作られた扇でした。


大きさは、開くと扇面が琴音の顔を全て覆い隠すくらいで、その扇面には宋の国の花である牡丹が描かれていました。二本で一組のそれは、橘次が護身用武器として琴音のために仕入れた物でした。


当然、鉄でできているため多少は重たかったものの、扇面画の美しさに惹かれた琴音は、その鉄扇を一目で気に入ってしまいました。


清才は橘次から琴音のためにわざわざ仕入れたと言われてしまった上、琴音自身が気に入っているということもあって、それを即決で買い取りました。


その際に払った対価は、清才が教えてくれなかったため琴音が明確に知ることはありませんでしたが、思えば馬が一頭いなくなったのはあの日からだったような気がしてきます。


 それから、その鉄扇は琴音の武器となりました。というのも、鉄扇を買ってから、清才が何者かに命を狙われることが多くなったのです。琴音は清才の女房兼護衛となり、清才を護衛する中で、その鉄扇を用いた戦技を磨きました。


その甲斐あってか、昨日の制圧作戦では扇子だったものの、少なからず戦闘に役に立つことができたのでした。


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