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「行くぞ」
薙斗は踵を返すと、琴音の手首を掴んでエレベーターへと走って行きました。それに連れられ慌てて乗り込んだエレベーター内で、琴音は電話口に怒鳴っている朱里さんを見ました。エレベーターの扉は、静かに閉まります。
「朱里さん、大丈夫なの? 滅茶苦茶なこと言ってたけど」
「大丈夫なわけねえだろ。味方の隊員に危害を加えた時点で処罰もんだ。……だが、あれだけで死刑になることはない。――お前は龍壬さんを助けることだけ考えてろ。後は俺たちがどうにかする」
琴音は薙斗の言葉を聞いて、思わず泣きそうになってしまいました。そこまでして、家族を助けることに協力してくれるのが嬉しかったのです。しかし、今は感動している場合ではありません。琴音はその想いに応えようと、力強く頷いて見せました。
エレベーターは、途中で止まることなく地下五階に到着しました。地下五階は地下一階と違い、なんだか陰気な雰囲気が漂っています。エレベーターを降りると、龍壬、乾、静の三人と早朝に本部へと外出した涼香の匂いが、微かに琴音の鼻を掠めました。
この先にみんながいる。琴音は気合いを入れて床を踏みしめます。
「あれが本部護衛の駐在場所か」
薙斗自身、地下五階に下りるのは初めてのようでした。一般の隊員では入れない場所にいる時点で、薙斗は処罰ものなのかもしれません。しかし、今更そのことを心配しようとは思いませんでした。
「執務室までの道は覚えてるんだろうな」
「うん」
駐在場所を通り過ぎて、一つ目の角を右に曲がって真っ直ぐ行った所。そこに輝夜はいる。琴音は時雨から言われたことを思い返します。
受付のようなカウンターが設置された駐在場所の向こうに続く廊下には、血のように紅い絨毯が敷き詰められています。琴音は思わず固唾を飲みました。
「さて、あいつの電話がどう効果を発揮してくるか楽しみだな」
薙斗はなんだか楽しそうでした。こういう状況を楽しめるところは、時雨に似ているような気がします。そんなことを思いながら前を歩く薙斗について行くと、駐在所からは軍服を身に纏った屈強な男二人が待っていたと言わんばかりに出て来ました。
「主戦力部隊補佐の薙斗。お前はここでお引き取り願う。化け狸は我々が責任を持って輝夜様の元へお連れする」
「……悪いが、妖捕獲令が出ている今、お前らの言葉を信用することはできない。それに、こっちは一刻を争う事態なんだ。そこを通せ」
「主戦力の補佐ごときで調子に乗るなよ」
一触即発の空気が流れ出します。琴音は薙斗の後ろで立ちはだかる男を睨みつけました。
「調子に乗ってるかどうか、試してみるか?」
薙斗は挑発するようにこう言い放ちます。その挑発に、もう一人の男が乗りました。
「事によってはお前もただじゃすまないぞ!」
「処罰が怖くて仲間が救えるかよ。行け、琴音」
「……は、はい!」
突然名前を呼ばれ、琴音は一瞬だけ反応が遅れました。直ぐに立ち直して、返事と共に薙斗の背から飛び出します。
「止まれ!」
琴音は立ちはだかる屈強な男の目の前で術を解き、狸の姿となって足の間をすり抜けました。男の目の前には、抜け殻となった服だけが残ります。
「この化け物が!」
後ろから聞こえる言葉が、まるで弓矢のように琴音の心を突き刺しました。しかし、その後直ぐに、鈍い音が追って聞こえてきます。走りつつ振り返ると、本部護衛の一人が薙斗の足元で倒れ込んでいました。
「俺に言わせりゃ、家族を守りたい一心でここまで来たあいつを利用したがるてめえらの方が化け物だ。もういっぺん言ってみろ、二度と口が開かねえようにしてやる」
どすの利いた、低い声。感謝の気持ちより恐怖が先行するほどの迫力の声に、鳥肌が立つほどでした。




