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「本部の狙いは、あたしじゃなかったんですか!」
「ええ、そのとおりです。これは最終通告ですよ。直ちに共存陰陽隊へ入隊せよ。さもなければ、死刑執行人の乾によって龍壬は殺されるぞ、というね。静は乾が死刑執行人となることを拒んだ場合の保険。つまり、君が入隊をしなければ、龍壬さんか静が死ぬということになります」
共存陰陽隊のあまりに非道なやり方に、琴音はいよいよ吐き気さえしてきました。
時雨は顔を青くしたまま黙り込んでしまった琴音の肩に手を置き、優し気な口調で問い掛けます。
「聞かなかったことにして、隠世に帰りますか」
そんなこと、できるはずがない。琴音はぐっと拳を握りしめ、時雨を見つめます。
「あたしが入隊すれば、みんなは助かるんですね」
「そのはずです」
時雨の答えを聞いた琴音は、すうっと息を吸い、もう一度時雨を真っ直ぐ見つめました。
「入隊します」
「配属先によっては、今までどおりの生活はできなくなりますよ」
「いいです。それで、家族が守れるなら」
共存陰陽隊の思いどおりになることは非常に気に入らない琴音でしたが、家族の命が関わっているのであれば逆らうことはできません。
「覚悟はできたようですね。――薙斗くん」
と、時雨が薙斗の名を呼ぶと、ずっと部屋の外で待機していたらしい薙斗が琴音の部屋の襖を開けて顔を出します。
「家族想いな狸さんが入隊を希望していると、本部へ連絡をしてください」
「……わかった」
薙斗は一瞬、琴音に目を向けるも、なにも言わずに去って行きました。
「薙斗くんも、あれで心配しているんですよ。涼香なんて、今朝は目も当てられないくらい憔悴していました」
琴音は涼香の様子を思い出しました。罪悪感と琴音への心配から、いつも以上に気を遣っていた涼香。朝食ができたことを呼びに来てくれた今朝も、涼香は琴音のことを案じている様子でした。
しかし、それでも許すことができなかった琴音は、その言葉に返事をすることもしませんでした。
琴音は自分の枕元に置かれた、お盆の上のおむすびに目をやります。それは涼香が本部へ出掛ける前、琴音のために握ったものでした。
「あまり恨まないでやってください」
「……はい」
琴音はおむすびに手を伸ばし、「いただきます」と一口齧りつきます。
これで、なにもかも終わった。配属次第ではもう前のような生活はできないものの、生きていれさえすればいつだって会える。案じることや考えることに疲れた琴音は、楽観的に捉えることにしました。
「お茶でも淹れましょうか」
と、時雨が立ち上がった直後のことでした。
突然、空気が重くなり、淀んだように感じられたのです。
時雨もなにやら違和感を覚えたらしく、真剣な表情で辺りを見回しています。
「時雨」
と、本部に連絡を入れていたはずの薙斗が戻って来ました。
「通信機器がどれも使い物にならない」
薙斗の言葉を聞くと、時雨は直ぐさま自分の端末で本部へ連絡を試みます。しかし、薙斗の言うとおり、一向に繋がりません。琴音が持っていた端末を貸して試みてみるも、やはり同じように繋がることはありませんでした。
「電波妨害ですか。……どうやら、もう一働きする必要があるようですね」
「誰がこんなことを?」
「どっかから情報を仕入れた他主義陰陽隊か。そうなると、まだ共存陰陽隊に内通者がいることになるが――いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。時雨、どうする。……時雨?」
薙斗の呼び掛けに答えず、時雨はしばらく顎に手を当て、難しい顔をして思案していました。なにやら思う所があるようです。
「……そうですね、今は考えてる場合ではありません。しかし、こうなってしまっては、自ら本部へ赴いて、直接輝夜様に会うしかないでしょう。正式な手続きを待っていては、とても三時の死刑執行時間に間に合いませんから」
琴音は端末で現時刻を確認します。時刻は間もなく午後十二時になろうとしているところでした。
「どうしよう、あと三時間しかない」
「一つだけ、方法があります。薙斗くん次第ではありますが」
「なんだ」
「僕が本部護衛を引きつけている間、琴ちゃんを輝夜様の所へ連れて行ってもらいたいんです。地下四階への入場許可の手続きを取っている時間はありません」
「つまり、強行突破か」
「はい。なにかしらの処罰は免れないでしょう」
「構わん。――琴音、今すぐ支度しろ!」
「は、はい!」
琴音は薙斗に急き立てられ、食べかけのおむすびを置いて布団から飛び出ると、慌てて着替えをタンスから漁り出しました。時雨と薙斗はその間に別の場所へと移動をして、作戦会議を始めます。
ただ、みんなでまたお花見がしたい。望んでいるのは、それだけなのに。
琴音はままならない現実に、歯噛みしながら支度を進めるのでした。




