23
返す言葉もねえな。乾は苦笑いを浮かべました。すると、
「それは違う!」
基己を拘束した隊員が声を荒らげます。そして、隊員は乾と向かい合って真っ直ぐ見下ろしました。
「隊長は、確かに共存陰陽隊の掟は犯しました。けれど、隊長にはそんな掟を破ってでも守りたいものがあったんですよね。隊長が俺たちにその存在を公言しなかったのは、信用していなかったんじゃなくて、組織に所属してる俺たちを巻き込みたくなかったからなんじゃないんですか」
「……そんな綺麗なもんじゃねえよ」
乾は自分を庇った隊員の目を見ることができませんでした。
なにがあっても、琴音と静を陰陽隊から守る。それが、乾の掟でした。そのせいで陰陽隊の掟を破ることとなり、隊員たちの信頼を失ったとしても、乾は全てを受け入れるつもりだったのです。
公言をしなかったのは、自分の掟に関係のない人間を巻き込みたくはなかったからでした。それは、隊員を気遣ったのではなく、間違いなく乾の利己的な判断からでした。龍壬にだけ、琴音と静の存在を明かしたのも同じです。
龍壬を琴音に救ってほしい。そんな自分勝手な考えに基づいた行動でした。全ての責任は、自分にある。乾は言い逃れをするつもりはありませんでした。
「どうだろうと、俺はお前らに迷惑を掛けた。謝って許されようとは思っちゃいねえ。いざとなれば責任を取って辞任するつもりだ。――だが、それでも、まだこんな俺について来てくれるのであれば、俺はこの身体で命を懸けてお前らを率いる覚悟がある。それだけは、覚えていてくれ」
その言葉を聞いた隊員たちは、しっかりと頷きました。
妖を相手にする特殊部隊の妖に対する想いは、どの部隊よりも強いものでした。だから、この場に共存陰陽隊として残っている特殊部隊員たちは、みな妖を保護した乾の気持ちが理解できるのです。
乾が築き上げた特殊部隊は、組織という垣根を越え、絆のようなもので結ばれているのでした。
そんな様子を見ていた基己は、ふと龍壬のことを思い浮かべました。共存陰陽隊を出て乾と対峙する組織の総隊長となった龍壬に同行したものの、龍壬の心が別のところにあることに気づいていたのです。
己の信念のため、多少の犠牲もいとわない。そんなところが、乾と重なります。
「……やっぱ、あんたらは似てるんすね」
基己の台詞の後、まるで見計らっていたかのように天井からは水が降って来ました。火災用のスプリンクラーだと思うものの、それにしては水量が異常です。時間が経つごとに水量が増しているような気さえしました。
「これは!?」
この異常事態に、周りの隊員たちも戸惑っていました。ただ一人、基己を除いて。
「お前、なにをした?」
「俺じゃないっすよ。水と言えば、あの人しかいないじゃないっすか」
確かに、乾には心当たりがありました。しかし、信じ難いことです。
「龍壬さんは、本気っすよ。もう、後戻りはできないっすからね」
龍壬の姿を思い浮かべるかのように、基己は目を伏せます。乾は慌てて自分のイヤホンマイクの電源を入れました。
「こちら乾。恐らくこの水は龍壬の仕業だ。龍壬と出会ったら、迷わず逃げろ!」
叫んだ途端、再び心臓が大きく脈を打ち痛みだしました。乾は呻き声で、これを聞いているであろう琴音に心配を掛けまいと、直ぐに電源を切ります。
「ぐはぁっ……!」
「隊長!」
乾負傷と謎の洪水で、地下一階の指揮系統は混乱を極めるばかりです。乾はこんな時、龍壬がいたらと心から思うのでした。
「やれやれ、ざまあないですね」
と、やけに耳につく声が水と共に上から降ってきます。乾は霞む目でその声の主を見つめました。
「捕獲者を外で待機している後方支援のバスへ連行しなさい。残りは引き続き地下一階の警護を」
自分の元弟子であり、今回の作戦の総指揮官が、目の前で自分の隊に指示を出していました。隊員はちゃんと伝達をしてくれたようです。
自分がいなくても、隊は動ける。こんなに頼もしいことはないと思いました。苦しみの中、嬉しさと同時に情けなさが込み上げてきます。
「まだこんな俺について来てくれるのであれば、俺はこの身体で命を懸けてお前らを率いる覚悟がある――そう言ったのは、どこの誰でしたか」
時雨の嫌味に答える気力はありません。冷たい壁にその身を預けることしかできない自分を呪いました。
「あの子は、あなたの補佐を助け出そうとしているんですよ。自分の子どもにすべてを任せて、親はそこでへたばっているつもりですか」
冷めた表情と瞳を向けてもっともなことを諭された乾は、奥歯を噛みしめ、今も優しい龍壬の姿を追って地下を走り続けているであろう琴音を想います。しかし、本気になった龍壬には恐らく慈悲も情けもありません。
そんな龍壬に、琴音一人で会わせるわけにはいきませんでした。
「……必ず行く。琴音を頼んだ」
藁にも縋る思いでした。今だけは、時雨を頼るしかありません。乾は持っていた短刀を鞘に納めて時雨へと渡します。
時雨はそれを受け取ると、その言葉を待ち受けていたかのように笑みを浮かべこう言いました。
「お任せください」
乾は時雨のその台詞に、一抹の不安を覚えるのでした。




