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「基己か。――ここは俺がやる。先に行け」
乾が基己と対峙すると、地下二階と三階担当の隊員たちは命令に従い基己の脇にある階段を下って行きました。基己は階段を下る隊員たちを眺めるだけで、止めようとはしません。
地下一階を制圧し終えた一部の隊員たちは、乾と基己を取り囲むように集まり、事の成り行きを見守っています。その場には、一触即発の空気が流れていました。
「基己、なにが不満だった」
乾は自分の部下には、厳しくも寛容な態度で平等に接してきたつもりでした。それは、元部下に対しても同じです。間違っていると思うことは、その横っ面を引っぱたいてでも正しい方へと導く。乾は特殊部隊員たちにとっても父のような存在なのでした。
「元隊長は心臓が弱っても変わんないっすねえ。敵に寝返った元部下に対しても、攻撃しようとせずに諭そうとする」
基己はそんな乾を嘲笑し、まるで、乾の全てを否定するかのように首を横に振ります。それから胸ポケットに手を突っ込み、そっと小瓶を取り出しました。蓋を取って瓶を傾けると、小瓶の中身の白い粉はさらさらと床にこぼれていきます。
「俺は、そういうあんたが気に入らないんすよ!」
基己が声を張り上げた瞬間、粉は重力に逆らい空中で集い、鋭利な刃物に形状を変えて乾に襲い掛かります。
刃物は乾の左腕を掠ると、またブーメランのように戻って乾を再び襲いました。
左腕からはじわりと赤い血が滲み、軍服を汚します。
「乾さん!」
「手を出すな!」
周りの隊員の助太刀を止める乾。自分のせいで基己が裏切ったのであれば、これは自分でつけなくてはならないけじめでした。乾は左腕を右手で押さえながら、何度も襲い掛かってくる刃物を避け続けます。
「星砂の切れ味はどうっすか」
やがて、刃物は意思でもあるかのように基己の元へと戻って行きます。
星砂でできた刃物のせいか、左腕の怪我は見た目大したことがないのに異様なほどズキズキと痛みました。
「基己、こんなことをしてなんになる」
基己は構わずにもう一つ小瓶を取り出します。
「――千本突貫穿」
今度は星砂を宙に向かって撒き散らすと、星砂は細い針となり雨のように乾の頭上へと降り注ぎます。
乾は咄嗟に身を翻しながら短刀を抜刀し、自身に襲い掛かる針を払いました。しかし、全て払いきることはできず、星砂の針が数本乾の左肩を突き刺します。突き刺さった針はそのままずぶずぶとのめり込むように肩の中へ沈んでいきました。
「ぐがぁっ!」
鳥肌が立つような痛みに顔を歪め、沈んでいく針を指で摘まんでは抜きました。
星砂は針を摘まんだ指先さえも傷つけます。
「俺はどれだけあんたのその顔が見たかったか」
苦痛に顔を歪める乾に、基己は不気味な笑みを浮かべて近づきました。
「クソガキが。俺にはそんな趣味ねえんだよ」
乾はその瞬間を狙っていたかのように呪符を取り出し、自分の足元に落としました。
ひらひらと木の葉のように舞い落ちる呪符。床へと到達すると、基己の足元に輝く五芒星が現れました。
「なに――!?」
基己が気づいた時には、既に手遅れでした。
基己が立つ床には青白い光で五芒星が描かれており、その五角の頂点から鎖が植物のように生え、基己に絡みつきます。
「おまけだ」
乾は低い声でこう言うと、基己に近づき呪符を基己の額に当てます。呪符から放たれた眩い光に、誰もが目を細めました。
その光が次第に薄れ、再び基己の姿を目の当たりにすると、隊員たちは驚愕します。
「なっ!」
「子どもだと!?」
乾と基己を取り囲む隊員たちはみな、自分の目を疑うように基己を凝視していました。鎖で捕らえられている基己は、琴音と同い年ほどの少年に姿を変えていたのです。その姿は、開発部から事前に預かっていた写真の少年そのものでした。




