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乾は行く当てのなかった琴音を引き取ると、まず現代の知識を教え込みました。それは、時雨にはしてやれなかった過去が後押ししていたためでもあります。琴音こそは、自分が守ってやらなくてはいけない。
その想いから、人間の脅威となる可能性がある妖術を使用することは禁じました。
もし、その妖術が隊員の誰かの目に触れることでもあったら、間違いなく今の共存主義陰陽隊は琴音に目をつけるだろう。琴音や静をこんな物騒な組織に入れるわけにはいかない。
身近な人間を亡くすことが日常茶飯事であるこの世界にいれば、いつかあの時雨のように、心からの笑顔を忘れてしまうだろう。乾は琴音や静がそうなることが、なにより恐ろしかったのでした。
そんな想いを汲み取ってくれたのが、補佐となった龍壬でした。隊長には自分の補佐官任命権が与えられているものの、乾は自分が隊長となってから一度もそばに人を置いていたことがありませんでした。
それは、他人に対する不信感がそうさせたのかもしれません。しかし、琴音と出会って家族のような温かみを感じて乾は変われたのです。
そんな矢先に起きた龍壬の妻子殺人事件。龍壬は特殊部隊の中でも能力が高く、周りからの人望も厚い男でした。しかし、いざ妻子を亡くした時、手を差し伸べてくれる人間は誰一人としていませんでした。乾もその一人に含まれていたのです。
乾は初め、龍壬からの要請に気づいてやれませんでした。本来、要請は本部の広報係を通して伝わります。風の噂で事件の話を聞きつけた乾は、本部へ駆け込み即座に要請依頼の確認をしました。
しかし、広報係はそんな要請依頼は出ていないの一点張りでした。ならばと、乾は自身で特殊部隊の要請依頼を出すことにしたのです。すると、向こうは物的証拠がない上、隊員一人のために無駄な労力は使うべきではないと言い出し、要請依頼を拒みました。
妖がしたことに物的証拠もなんてものあるはずがない。現に人が二人死んでいる。事実の解明は早急にするべきだ。乾は広報係の人間を怒鳴り散らしましたが、向こうも頑として要請依頼を受け入れることはありませんでした。
部隊を動かすことができなかった乾は、一人で苦しみ続ける龍壬を放って置くこともできず、龍壬を補佐に任命することに決めました。そして、家へと招き妖である幼い琴音と静に引き合わせたのです。
たとえ偽物の家族であったとしても、自分は変われた。龍壬も自分のように変わってくれたらいい。乾のその願いは叶い、龍壬は徐々に琴音と共に心からよく笑うようになりました。
その龍壬の笑顔が、嘘であったとは思えません。入院中、薙斗から詳細を聞いた乾は一番にこう思いました。共に琴音と静を陰陽隊から守る。二人はそう決めていたのです。だから、龍壬に疑念など少しも抱いていませんでした。
その代り、病室で日を追うごとに龍壬に対しての怒りは沸々と込み上がりました。一人で琴音と静を守ろうとした龍壬が、どうしても許せなかったのです。
いえ、それ以前に、龍壬の様子が近頃おかしかったことや、家の近くから感じる殺気に気づいていたにも関わらずなにもできなかった自分に対して、一番腹が立っていました。
自分は、その代償として身体の健康を捧げた。時雨とは違いもう若くはない。手の込んだ術を使うのは難しいだろう。それでもこの場へ来たのは、龍壬と琴音のためでした。乾はなにかを企んでいる時雨を危惧していたのです。
目を離せばなにを仕掛けて来るかわからない。乾にとって時雨は元弟子であると共に、誰よりも信用できない相手でした。まだあどけない少年だった頃の時雨の目の輝きは、今では見る影もなくなっています。
それなのに、困ったことになにも知らない琴音はそんな時雨に懐いていました。琴音は清才という人間を幼い頃から崇拝していました。表現が大袈裟かも知れませんが、本当にそれ程までに清才を敬っていたのです。
陰陽隊が清才によって創られたと知れば、共存陰陽隊に踏み込みかねないと思った乾は、琴音と清才絡みで何度か衝突したことさえありました。非常に心苦しかったものの、琴音のためだと思えば耐えることができました。
しかし、時雨の存在はそんな苦労も水の泡に変えてしまいます。今回は仕方なく琴音の任務協力を許可しましたが、これが終わったら、なんとしてもあの男の手から琴音を引き剥がそうと、乾は心の奥底で時雨に対し敵意の炎を燃やすのでした。
白を基調とした拠点に深緑の軍服を着た隊員が押し寄せ、たちまち群青色の軍服の隊員を捉えていきます。その様は、水を自らの栄養として吸収する植物のようでした。
が、そんな植物にも吸収できない物があるらしく、地下へ向かおうとする隊員たちの前に、たった一人で立ちはだかる男がいました。
「久しぶりっすねえ、元隊長」
その男が顔なじみの者であったために、隊員たちはためらったようでした。乾はその男の顔を見て、その男が自分の元部下であることを認識しました。




