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道なりに吊るされている赤い提灯を眺めながら、石畳の上を歩いて旅館の玄関口へ向かいます。
夫婦役だというのに一言も会話が交わされない二人の様子は、第三者から見ると実に不自然ではありましたが、幸い二人以外に旅館の外を歩いている者はおらず、その不自然さを気に留めるような人間もいませんでした。
木製の広い玄関口を跨ぐと、前方には受付が見えます。と、二人の姿を目に止めた受付の仲居が愛想のいい笑顔で駆け寄って来ました。
「いらっしゃいませ」
「予約をしていた松本です」
「はい、只今確認して参りますので、お靴を脱いで受付までお越しください。荷物はこちらでお預かりいたしますね」
琴音と薙斗は、予め宿泊客と偽装するために用意していた旅行鞄を仲居に預け、言われたとおり靴を脱ぎスリッパに履き替えました。
「高そうな旅館」
受付に到着するまでに辺りを見回していた琴音は、受付に到着すると思わず本音をこぼしてしまいました。琴音は自分の発言に仲居が笑みを浮かべるのを見て、自分の失言に気づきます。
「結婚記念日くらい贅沢したっていいだろう」
と、その失言に対してすかさず薙斗が補います。薙斗の口は弧を描いていましたが、目は全く笑っていませんでした。
「そ、そおね……」
琴音は薙斗の咎めるような目から逃れるため、顔を逸らします。
「お待たせいたしました。本日から一泊でご予約の松本隆様でお間違いございませんか」
「はい」
「只今、係りの者がお部屋へご案内いたします。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
係りの男性は既に琴音と薙斗の荷物を持ち、待機をしていました。
部屋へ向かう間、気さくに話し掛けてくる男に対し、琴音はびくびくと怯えているだけでまともな会話もできず、全て薙斗が受け答えをして難を逃れていました。部屋に着くと、男は温泉の場所や食事処の説明を一通り済ませ、
「なにかありましたら、気軽にお声かけください」
と、言い残して部屋を去って行きました。しばらくして、琴音は一気に脱力して畳の上に寝転びます。
「緊張したあ」
「今からそんなんじゃ身が持たねえぞ」
「だってえ――あーあ、本当に旅行だったらなあ」
琴音はごろごろと転がりながら、八畳ほど広さの部屋の中を眺めます。
高い天井。箱根の山を表したような荘厳な山々を描いた掛け軸に、華やかな生け花。窓の外には日本庭園が見受けられます。琴音と静が監禁されていた物置きを模した地下牢への入口は、ちょうど木々に阻まれて客室からは見えないように工夫がされていました。
「ほら、さっさと立て。百均で買った物は持ってるな」
「ええ、ちゃんと持ったわよ、あなた。――はあ、こんな人相悪い夫やだ」
「自分で言っておいて落胆してんじゃねえ」
肩を落として立ち上がる琴音を見た薙斗は、軽く舌打ちをして部屋を出て行きました。
部屋を出て地下の拠点へと繋がるエレベーターへ向かうと、エレベーターはちょうど一階で止まっていました。そのため、ボタンを押すと扉が直ぐに開きます。
薙斗は乗り込むと扉を閉め、監視カメラがないことを確認すると、階のボタンをめちゃくちゃに押し始めました。全て押し終えると、エレベーターは降下し始めます。どうやら、地下へ行くためのパスワードのようでした。エレベーターは、無言のままの二人を地下一階へと運びます。
扉が開くと、目の前には群青色の軍服を着た一人の大柄の男が立っていました。琴音はあまりの驚愕に声も出ません。大柄の男も突然の事態に思考がついていかず、琴音と同じような表情を浮かべていました。
と、そこで薙斗が素早く琴音の前へ出て行き、男の鳩尾を殴り、更に蹲った男に手刀を振り下ろしました。男はそのまま崩れるようにして気絶してしまいます。その速さ、僅か三秒。琴音はただ唖然とその様子を見守っていました。




