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 やがて、マグカップの底が見えた頃、その時を待っていたかのように時雨が口火を切りました。


「――今日の夜、旅館地下にある敵の拠点地を攻めます」


「えっ」


 あまりに突然の宣言に、琴音は時雨の顔をまじまじと見つめました。


「龍壬さんは、どうなるんですか」


「捕縛します。その場で殺しはしません。――そこで、君はどうしたいですか」


「あたし、ですか?」


「確か、家族を助けてくれと僕に頼んだのは、琴ちゃんでしたね。ですが、君は静も乾も自分の手で助け出した」


 琴音は時雨の言葉の意味がわかりませんでした。眉を潜めて問い掛けます。


「ちょ、ちょっと待ってください、なんの話ですか? 二人はあたしが助けたわけじゃ……」


「おや? 薙斗くんからは琴ちゃんが静を旅館から救出し、病院から脱出した乾を氷月から身を挺して守ったと聞きましたよ?」


「あたし、そんな大そうなことしていません」


「謙遜する必要はありませんよ。琴ちゃんは家族二人だけでなく、隊員たちの命も救ったじゃないですか」


 時雨の言うとおり、仮に琴音の幻術がなく本部隊をそのまま突撃させていたら、隊員の多くは間違いなく死んでいたでしょう。琴音は自分の幻術に重大な責任が課せられていたことを知ると、今更ながら額に冷や汗が滲みました。


「残るは龍壬さんだけです。琴ちゃん、龍壬さんを助けたくはありませんか」


「あたしが、ですか?」


「はい。もちろん、僕も協力は惜しみません。琴ちゃんには、敵の拠点地制圧作戦に参加してもらう形になると思います」


 拠点地制圧作戦と聞いた琴音は、今日の光景を思い出しました。きっと、その作戦は今日よりもたくさんの隊員たちが動員されて、もしかしたら死人もたくさん出るかも知れない。そう考えると、直ぐには答えを出せませんでした。


「やっぱり、さっきのような戦いになるんですよね。あたしが行って、足手まといにはなりませんか」


「まあ、敵の人数は遥かに多いですね。足手まといになるかは、琴ちゃん次第ですよ。君が、どれだけ龍壬さんを助けたいと思っているかが重要です」


 そう言われて、琴音は龍壬のことを思います。辛い時も悲しい時も楽しい時も嬉しい時も、いつもそばにいてくれた龍壬。乾の過保護から琴音を自由にしようとしてくれた龍壬は、きっと誰よりも琴音のことを理解していました。


仮に、龍壬にとって琴音が家族でなかったとしても、琴音にとって龍壬は本当の家族だったのです。そのことも踏まえて、琴音は龍壬ともう一度ちゃんと目を見て話しがしたいと思っていました。


龍壬の過去を知った今なら、龍壬の本当の気持ちがわかるような気がするのです。


 もし、龍壬さんが誰かに脅されているのだとしたら、今度はあたしが助ける番だ。琴音は真っ直ぐ、時雨の目を見つめました。


「参加、させてください。龍壬さんを、絶対に助けたいです」


「さっきのようなことがあったとしても、ですか」


「……正直、怖いです。でも、今回のことがあって、龍壬さんはあたしのことを誰よりも理解してくれている家族だったんだって、気づいたんです。こんな形ではあったけど、龍壬さんはあたしのことを自由にしてくれました。だから、決めたんです。今度はあたしが、どんなことがあっても龍壬さんを自由にします」


 時雨は、琴音の真っ直ぐな目を見て満足気に微笑みました。


「いい答えですね。ただ、一つだけ約束してください」


「なんでしょうか」


「身の危険を感じたら、戦わずに逃げてください。たとえ、目の前に龍壬さんがいたとしても。いいですね?」


「……わかりました」


 そう答えつつも、目の前に龍壬がいるのに逃げられるかどうか、琴音には少し自信がありませんでした。しかし、その約束ができなければ連れて行ってはもらえないと感じた琴音は、首を縦に振ります。


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