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「あとはあれを納得させるだけですね」
と、時雨は座敷の方に目をやりました。座敷からは、複数の人のいびきが聞こえてきます。その中に乾のものも含まれていました。琴音も時雨も、琴音が拠点制圧に参加すると聞いた時の乾の様子は、恐ろしいほど容易に想像できました。
「パパ、暴れなきゃいいんだけど」
父と言えどあれだけ過保護だと、説得するには相当な苦労を要するでしょう。
「まあ、それは僕がなんとかしてみましょう」
「大丈夫ですか」
「一応、薙斗くんをそばに置いた上で刃物がないところを選んで話します」
琴音は、時雨にここまで危惧させる乾を、自分の父親ながら恐ろしく感じました。
そんな会話をしているうちに、ホットミルクのおかげか琴音の身体はぽかぽかと温かくなり、やがて睡魔に襲われ始めました。自然と、欠伸まで込み上げてきます。
「そろそろ眠れそうですか」
「ふぁい……おかげ様で、眠れそうです」
「部屋に戻りましょうか」
そう言う時雨は、本当に全く眠気など感じないらしく、変わらず平然としていました。二人は台所へ寄り、ビール缶を捨てたりマグカップを洗ったりと用事を済ませます。
台所から部屋へ行く途中、座敷の隣の和室の方へ視線を向けましたが、明かりは点いておらず、もう物音もしていませんでした。どうやら、涼香も眠ったようです。
「制圧には、涼香も連れて行くんですか」
琴音は涼香意外に医療部の人間を知りませんでした。もし、制圧作戦に涼香を連れて行くのだとしたら、過労死してしまうんじゃないかと涼香の身を案じたのです。
「いいえ、涼香にはここで静と留守番をしてもらって、作戦には医療部の病院勤務担当を派遣してもらいます。先ほど新しく簡易の結界を張り直したのですが、やはりここを留守にするのは心許ないので」
「二人だけなのも、返って危なくないでしょうか」
「涼香もあれで陰陽隊員ですから、静を連れて逃げて僕たちに現状報告することくらいはできるでしょう」
「嫌われていても、涼香のこと信頼してるんですね」
琴音は仲よきことは美しきかなと言わんばかりに、にこにこと笑顔を見せました。時雨も同じような笑顔を見せて答えます。
「ええ、信頼していますよ。誰よりも」
しかし、なぜでしょうか。笑顔には変わりはないのに、口調はどこか冷たいように思えたのです。
「どうかしましたか」
いつの間にか時雨の顔をじっと見つめていた琴音は、慌てて目を逸らしました。
「いえ、なんでもないです」
「十時には乾を交えて軍議を開始します。それまでに、しっかり身体を休めて置いてくださいね」
「はい。――おやすみなさい」
「おやすみ」
廊下で時雨と別れた琴音は、静の枕元を通って自分の布団に入りました。
「……嫌な予感がする」
琴音の中の恐怖は、龍壬のためを思えば少なからず払拭されたものの、代わりになにやら不穏な空気が漂い出していました。時雨たちと長くいたせいか、琴音の感性は日に日に鋭くなっているようです。
琴音は睡魔に襲われながら、その予感について考えてみるも、ついには睡魔に屈してそのまま眠りについてしまいました。
思えば、その予感はあの方が鳴らした警鐘だったのかも知れません。あの方は、死してなおこの女を案じていたのです。




