1
肆
三月も中盤に差し掛かったある日の午前。昨夜のことを忘れ、一時の安らぎを得た琴音は、日が差し込む和室で布団に包まり心地よく眠りについていました。――が、
「おーい、こっちまだ穴空いてんぞー」
「スコップ持って来い、スコップ」
「へいへい――ったく、敵が勝手に攻めて来たくせに、なんで俺たちがこんなことしなきゃなんねえんだか」
「おい、そっち、時雨さんの部屋があるって話だぜ」
「やべ……聞こえたかな」
外から入って来るのは、温かな春の日差しだけではないようでした。
話し声や騒音などによって安眠妨害をされた琴音は、忌々しげに枕を自分の頭に乗せて耳を塞ぎます。しかし、耳を塞いだところで土を掘るかのような騒音は少しも止みません。琴音は苛々と目を硬く瞑って耐えます。
――ザクザクザクザク
「うぅ……」
――ザクザクザクザク
「うぅ……うるっさい!」
とうとう、騒音に堪えかねた琴音は、枕を縁側の方へ放り投げました。しかし枕は縁側に届くことなく、繋がっている隣の和室の中央で止まります。琴音は続けて騒音が聞こえてくる外に向かって、安眠妨害された恨みを込めて怒号を放ちました。
「朝からザクザクザクザクうるさいわ! 何時だと思って――ふごっ!」
「うるさいのはあんたよ」
琴音の顔面に枕をぶつけたのは静でした。静は既に寝間着の浴衣ではなく着物に着替えていました。いつの間にか布団も綺麗に畳まれて、琴音の隣に置いてあります。
「な、なんか今、屋敷の中から聞こえなかったか?」
「そりゃ、人が住んでんだから聞こえてきて当たり前だろ。いいから、さっさと終わらせて帰るぞ」
静に枕を顔面にぶつけられ目が覚めた琴音は、ようやく外でテントを張っていた隊員たちのことを思い出しました。そして、自分が投げた枕と隊員たちの話し声で、自分がどれだけの愚行を犯したかということを思い知ります。
琴音は思わず自分の口を両手で押さえました。
「目が覚めたみたいね」
「ねえ、隊員さんたち、外でなにしてんの?」
琴音は声をできるだけ潜めて静に問います。
「ほら、昨日の戦いで土壁とか作っちゃって地面がぼこぼこになっちゃったでしょ。そのままだと足場が悪いから平らにしてるのよ」
「朝から重労働させられてるのか」
静から理由を聞いた琴音は、布団から這い出てそのまま四つん這いになりながら枕を回収し、外に向かって両手を合わせて拝みます。その姿を、静は怪訝そうに眺めていました。
「なにしてんの?」
「謝罪。――朝から整備をしてくれている隊員さん、怒鳴ってすみませんでした」
「くだらないことやってないで、さっさと布団畳んでしまいなさいよ。十時から軍議なんでしょ?」
「――はっ! そうだった! 今何時!?」
静は露骨に呆れた表情を琴音に見せつけました。何時だと思ってんの! と、怒鳴りかけた妖の台詞とは思えません。
「九時よ。どうせ端末のアラームも掛けてなかったんでしょ。時雨の言うとおり、起こして正解だわ」
琴音は静が時雨から自分を起こすように頼まれていたことを知り、時雨にズボラを見抜かれていたことに動揺しつつ布団を畳むのでした。
身支度を軽く済ませた琴音は、静と一緒に居間へと向かいます。しかし、居間には誰の姿もなく、代わりに隣の座敷からうるさいくらいのいびきが聞こえてきていました。視線を襖が開け放たれている座敷に向けると、見慣れた寝姿が目に入ります。
片足と腹を出して眠っているのは、間違いなく乾でした。座敷には乾以外にも怪我をした隊員たちがいたはずですが、今は乾一人が座敷の中央に寝かされています。
「怪我人は朝早く病院に運ばれたわ。涼香さんの見立てでは、みんな命に別状はないみたいだったけど念のためにね」
「そっか、よかった」
琴音と静は乾に近づき、その寝顔を二人で覗き込みます。涼香の治療のおかげか、顔色も昨夜より随分とよく見えました。




