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『――報告します。これより指揮官の男にイヤホンマイクを装着させます』
「了解」
時雨は窓ガラスを失い、枠だけが残った西向きの窓から外を見つめます。それに習い、琴音もそちらへ視線を向けると、一人だけ軍服の色やデザインが違う男が隊員二人に連行されてこちらへやって来るのが見えました。
「あの人が、敵の指揮官ですか?」
「移し形からあの男が偉そうに指揮を執っているのを見ましたから、間違いありません」
「隊員の方たちはどうしてあの人が指揮官だってわかったんでしょうか」
「指揮官の服装は見分けがつくよう、隊員とは異なるものを着なくてはいけない決まりですから、直ぐにわかりますよ」
そう言われて、琴音は時雨の服装に目をやりました。時雨の場合はもはや軍服ではなく、着流しを身に纏っています。
「前から気になってたんですけど、どうして時雨さんは和装なんですか」
「涼香と静も和装ですよ」
「いや、聞きたいのはそういうことじゃなくて……」
「おや、薙斗くんが到着したみたいですね」
和装について話すつもりはないらしく、時雨はすぐに話を逸らしてしまいました。琴音は唇を尖らせつつ、外に視線を戻します。
薙斗を見つけた指揮官見張り役の隊員二人は、その場で立ち止まって指揮官を座らせました。指揮官の手には手錠が掛けられており、その姿は囚人そのものです。薙斗が指揮官の目の前まで近づくと、隊員は指揮官の後ろへ下がって指揮官を見張りました。
ぴりぴりとした緊張感が、見ているこちらにまで伝わってきます。
『――主戦力部隊総隊長補佐の薙斗だ。お前が今回の指揮官だな』
マイクの電源を入れている薙斗の声が伝わってくるも、指揮官の声は聞こえてきません。どうやら答える気はないようです。
『言っておくが、この隊には敵に黙秘権はない』
琴音は、薙斗の声を聞いて薙斗と初めて会った時の詰問場面を思い出しました。あの時も有無を言わさぬような態度でしたが、今耳から伝わってくる声からは、あの時とは比ではないほどの威圧を感じます。
答えなければ殺される。そんな思いに駆られるような声でした。
『もう一度問う。お前が指揮官だな』
『……ああ。だが俺は部下に騙されたんだ! ……俺は直ぐに撤退しろと命じたが、それに激怒した鎌利に気絶をさせられ――』
「……鎌利」
時雨は指揮官の口から出た名前に心当たりがあるらしく、顎に手を当てて少し考える素振りを見せました。
『鎌利とは誰だ』
『俺の部下として最近配属された術者だ。特殊部隊総隊長の家の結界破りも、ここの結界の札の複製もあいつがやった』
『お前が命じたのか』
『違う! あいつが全て勝手に動いたんだ! 今回のことも俺はあいつに騙されてこんな羽目に……!』
『龍壬という男を知っているな。あいつがお前たちに協力する理由はなんだ』
『鎌利はなにか知っているようだったが、俺は上からなにも聞いていない!』
二人のやり取りを聞いていた琴音は、どうやら指揮官よりも鎌利という男を捕まえなければならないらしいことを察します。結界破りを行い、龍壬の裏切りにも関与している鎌利は、重要人物のように思われました。
『最後の質問だ。お前の言う上とは、誰のことだ』
薙斗がそう問うと、指揮官は途端に口を閉ざしてしまいます。これまで情けなく鎌利に責任転嫁をしていたものの、上への忠誠心は多少なりともあるようでした。
『手荒な真似はしたくないんだが』
そう言いつつ、薙斗は拳銃をホルスターから引き抜きます。琴音は思わず、縋るようにして時雨の後ろへ隠れました。薙斗が指揮官を本気で撃つとは思えませんでしたが、ここまで伝わってくる殺気に耐えかねたのです。
『ま、待ってくれ! ちゃんと言うから! 俺たちを率いているのは……』
そこまで言うと、指揮官は再び黙り込んでしまいました。琴音は不思議に思って、時雨の後ろから顔を出して指揮官の様子を窺います。
『ぐっ……うぅ!』
先ほどまで健康そうだった指揮官は、薙斗の目の前で苦悶の唸り声をあげのたうち回っていました。かと思えば、突然大量の血を吐き出し、自分の軍服と地面を真っ赤に染めます。
「……呪術ですね。ああなっては、どうすることもできません」
『た……すけ……う、がはっ……』
琴音は外に背を向け、指揮官の断末魔の叫びを伝えるイヤホンを投げ捨てました。琴音の身体はがくがくと震え、息は荒くなり、鼓動がうるさいくらいに鳴っています。
辺りは、静寂に包まれました。そんな中、口火を切ったのは自軍の指揮官である時雨でした。
「遺体を車へと運び、見張り隊員は明日の朝、病院へ移送せよ。――ご苦労でした」
琴音は隊員たちに指示を出す無感情な時雨の声を聞きながら、自分の震える身体を抱きしめました。指示を終えた時雨は、そんな琴音にいつものような口調で声を掛けます。
「琴ちゃんも、もう下へ行って寝る支度をしなさい」
琴音は震えつつもこくりと頷くと、無言のまま覚束ない足取りで部屋を出て行きました。




