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「世は定めなきこそいみじけれ」
そう呟いた時雨の方を向くと、時雨は和やかに琴音を見つめていました。
「徒然草です。知っていますか」
琴音は首を横に振りました。兼好法師の徒然草は乾から少しだけ教えてもらったような気はしましたが、内容まではほとんど覚えていませんでした。
「世は無常であるからこそ素晴らしい、という意味です。時の中で生きている限り、変わらないものなんてこの世には存在しません。花も人も同じですね」
風は無抵抗な桜花を揺らして花びらを乱舞させます。桜花の命が失われて行くことも構わず時は流れ、そして、木はまた新しい花を咲かせる。
そう考えれば、確かに世が常に移り変わることは美しく尊いことのように思えます。しかし、琴音の中では未だそれが儚いように感じられ、同感することはできませんでした。
「わたしは、変わらない物があってもいいと思います」
「変わらない物などありますか」
「はい」
琴音は自信に満ちた笑顔で頷きます。時雨は珍しく興味深い様子で琴音の言葉を待ちました。
「あたしは、清才様の女房です。そして、パパに龍壬さん、静はあたしの家族。この想いは、何度生まれ変わったって絶対に変わったりしません」
そう、きっぱりと断言した琴音。しかしそれを聞いた時雨は、途端に肩を揺らして笑い出しました。
「なっ、なんで笑うんですか」
「いえ、すみません。……そうですね、君だけはどうかそのままでいてください」
時雨の言っている意味がよくわからず、琴音は不満そうに首を傾げます。しかし、時雨はその真意を教えようとはしませんでした。
「お前らは、隠居した老人か」
と、またふいに後ろから声が聞こえたかと思うと、にゅいっと腕が伸びて来てその手は皿から串団子を取っていきました。振り返ると、もぐもぐと呆れ顔でその団子を咀嚼する薙斗がいます。左腕はまだ首から吊られていました。
「この歳になると、言う事が歳より臭くなっていけませんね」
時雨は振り返りもせず、湯呑の茶を啜ります。と、時雨の着流しの袖から電子音が聞こえてきました。時雨は袖口から端末を取り出すと「失礼」と一言断って居間から去って行ってしまいます。
「ねえ、薙斗。時雨さん、最近よく誰かと連絡取ってること多いよね」
龍壬の葬儀の後、時雨は誰かとしきりに連絡を取り合っているようでした。最初は仕事関係だと思っていましたが、それにしてはあまりにも頻度が高いのです。琴音は団子を口にしながら、時雨が出て行った居間の扉を見つめていました。
「あいつも男だ。あの容姿だったら女の一人や二人いるだろ」
「……ごふっ!」
薙斗の口からそんな台詞が出るとは思っていなかった琴音は、食べかけの団子を喉に思わず詰まらせ、慌てて湯呑に手を伸ばしました。
渋めのお茶を喉に流し込み一息ついてから、ふと以前涼香が口にしていた、時雨と次期総指揮官である輝夜が恋仲だという噂が隊内で広がっているという話を思い出します。
「ま、ま、まさか、輝夜様と?」
「考えられないこともねえな」
「で、でも、時雨さん、恋愛とか興味なさそうだし……」
「ああ見えて、乾さんの元弟子だぞ」
「うっ」
そう言われると、なにも言い返せない琴音でした。
「ほう、ガキが嫉妬か」
「が、ガキって言わないで! それに嫉妬なんてしてません!」
意地悪気ににやにやと笑う薙斗を睨み、琴音はまた茶を一口飲みます。なぜ、ここまで動揺しているのか、琴音自身にも理解ができていませんでした。時雨が清才に似てるからなのか、それとも……。
「なにを騒いでいるんですか」
突然居間の扉が開き、時雨が戻って来ました。時雨は訝しげに琴音と薙斗を眺めています。
「なんでもないです!」
琴音は熱くなる顔を隠すため、再び桜に視線を向けました。
「薙斗くん、後でじっくりお話しをしましょうか」
「なんで俺なんだよ」
「どうせ君が余計なことを言ったんでしょう。琴ちゃんに嫌われたらどうしてくれるんですか。僕が乾に殺されますよ」
時雨は乾に殺されたくないから、嫌われたくないのか。琴音は軽く傷つき、項垂れます。




