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「琴音さん、龍壬はあなたと出会っていなければ、もっと早く自らの意思で死んでしまっていたかも知れない。だから、謝る必要などないのです。どうか、自分を責めないでください」
龍壬の父親の声は、どこまでも温かく、そして、切ないものでした。
しばらくして、龍壬の両親は火葬までの時間、少し休憩を取るため席を外しました。時雨も気を失っている龍壬の母親を運ぶのを手伝うために一緒に出て行きました。今ここにいるのは、琴音と乾、静、涼香、そして龍壬の五人です。
「本当に、呑気に眠ってるみてえだな」
乾は龍壬の死に顔を見て、琴音と同じことを思ったようでした。その姿を、琴音はなにを思うでもなくパイプ椅子に座って眺めます。その両隣には、静と涼香が座っていました。
「琴音、龍壬に言うことがあったんだろ」
「……うん」
すっかり泣き止んだ琴音は、しっかりと床を踏みしめて再び棺桶の前に向かいました。そして、昔、眠る前に龍壬が絵本を読んでくれた時のように、優しい口調で語り掛けます。
「龍壬さん、あたしね、強くなるよ。これからは、守られるだけじゃなくて、大切な人を守れるように。だから、安心して、眠ってね。……でも、寂しいから、たまには会いに来てほしいな。その時は、向こうの話をまたあたしが眠るまで聞かせてね。……今まで、本当にありがとうございました」
琴音は、棺の中、色とりどりの花に囲まれて横たわる龍壬に深々と一礼しました。龍壬と過ごして来た日々を思い浮かべながら、その全てに感謝して目を閉じます。
その様子を後ろから見ていた涼香は涙を流しながら見つめ、静さえも目を潤ませていました。しかし一人、乾だけは琴音の隣で人知れず険しい表情を浮かべていたのでした。
龍壬の葬儀から一週間が経った頃。多くの桜の木は既に満開を迎えていました。桜たちは自らの美しさを人々に見せつけるかのように咲き誇り、そして人々の心を魅了します。
未だ乾や静と共に時雨の屋敷に身を寄せる琴音も例外ではなく、その桜の美しさに魅了されるのでした。琴音は居間の縁側に腰掛けて、涼香が用意してくれた団子を頬張りながら、庭先に植えられた満開の桜を眺めます。
そんな琴音の膝の上には、赤い薔薇とチューリップのブリザーブドフラワーが置かれていました。
龍壬の葬儀から二日が経った頃、未だ息子を亡くした心の傷が癒えず、寝込んでしまっている龍壬の母親の代わりに、遺品整理の手伝いで龍壬の家に赴いた乾が、龍壬の父親から預かったのです。
「これは私が持っているより、琴音さんが持っている方が相応しいでしょうから」
と、龍壬の父親は、はにかみながらブリザーブドフラワーを乾に託したのでした。龍壬の父親は、龍壬が個人で研究していた資料なども時雨に譲渡していました。受け取った時雨は、今日もその資料を読み進めているようで、部屋から出て来そうにありません。
乾と静は朝から結界の張り直しを行うため、今日は家に帰っていました。乾は滅多に発作を起こすことはなくなったものの、術を使うとなるとどうなるか心配だということで、運を操れる静も乾と一緒について行ったのです。
乾は結界破りにあったことで相当懲りたらしく、これを機に媒体を使った強固な結界を張り直すと言って意気揚々と出て行きました。
因みに、この屋敷を守っていた鳥居を媒体とした結界は、龍壬の葬儀の次の日には既に新しい鳥居を東西南北に設置し、時雨によって新しく張り直されていました。肝試し感覚で山を訪れる若者もいるため、随分と急いだようです。
そんなわけで、今は乾と静は屋敷にいません。涼香はいつものように家中を掃除しており、時雨と薙斗は相変わらず部屋に籠っているため、琴音は一人でお花見を堪能していました。
三人を誘おうとは思いましたが、お団子を食べて桜を見るだけのために呼ぶのも申し訳なく感じ、結局一人ぼっちのお花見となってしまったのです。
「君は花より団子が似合いますね」
と、急に笑みを含んだ声がすぐ後ろから飛んできます。気配に気づかなかった琴音は、驚きの余り串刺しの団子を加えたまま時雨の方を振り返ってしまいました。
「ご一緒しても?」
着流し姿の時雨は、湯呑二客を手に微笑んでいました。琴音は団子を咥えたまま慌てて少し席をずれます。そこに時雨が腰を下ろし、琴音に湯呑を手渡しました。
「あ、ありがとうございます」
「乾から聞きました。毎年、家族全員で花見を行っていたそうですね」
「……はい。あたしの作ったお弁当を持って、近くのコンビニでお酒を大量に買って、公園で周りの見物客を巻き込んでパパも龍壬さんも大騒ぎしてました」
「二人とも年甲斐がありませんね」
「本当に。でも、そこが好きなんです」
琴音は、照れ隠しにぶらぶらと足を振りました。と、風に吹かれて、優美に一枚の桜の花びらが宙を舞います。その花びらはやがて、音もなく静かに地へと落ちました。その姿が、龍壬と重なります。
「好きだから、守りたかった」
地へ落ちた花びらは、再び吹いた風によってどこかへと行ってしまいました。琴音はそれを、視界から消えるまで見つめていました。




