老猫クッキー
クッキーの体重は、先週と同じだった。
紬は小さな秤の数字を確認し、記録帳へ書き込んだ。
「減っていないなら、元気ということですか?」
「体重は大切な目安ですが、それだけでは決められません」
今日はクッキーの定期的な健康確認の日だった。
2005年9月1日生まれ。地球にいたころの記録どおりなら、2027年4月の時点で21歳になる。
クッキーは秤から降りると、美帆の膝へ移動した。初対面でも、顔なじみでも、空いている膝を見つけるのが早い。
「食欲、水を飲む量、尿や便、吐く回数、歩き方、毛づくろい、口の状態。高齢になるほど、いつもとの小さな違いを見ます」
紬はクッキーの頬へ触れ、嫌がらないのを確かめてから口元を見る。
無理に口を開けない。嫌がったら止める。詳しい診察や治療は治療師へ頼む。
「水をたくさん飲むのは、いいことじゃないんですか?」
「暑い日や食事の内容でも変わります。ただ、急に増えた場合は体調変化の手がかりになることがあります。反対に、飲まなさすぎるのも心配です」
大切なのは、一回の行動だけで決めつけず、普段と比べることだった。
クッキーは説明に飽きたように、美帆の腕へ顎を乗せた。
「この子、本当に21歳なんですか?」
「地球の記録ではね」
紬が写真帳を持ってきた。
最初の写真には、東京の店で膝に乗るクッキーが写っている。次は異世界へ来た直後。その次は一年前。そして先週。
背景や膝の持ち主は違うのに、クッキーの姿はほとんど変わっていなかった。
「全然変わっていませんね。若々しいです」
「老化が遅くなっている可能性があります。血液の状態や動きに、少しずつ変化があります。ただ、地球にいたころより、老化が極端にゆっくりになっています」
不死身ではない。
病気にもなる。怪我もする。食べなければ弱る。年を取らないように見えるからといって、世話が不要になるわけではない。
「原因は?」
「分かりません」
紬は写真帳の最後に、一枚の紙を挟んでいた。
王宮の調査記録だった。
店と一緒に転移した猫の一部に、老化の遅れが見られる。ただし全頭ではない。若い猫では変化を判定しにくく、個体差も大きい。
「転移した場所と関係があるんでしょうか」
「店そのものかもしれません。デンの力かもしれない。猫たちが持っていた何かかもしれない。まだ、どれも仮説です」
名前を呼ばれたデンが、受付の奥から顔を出した。
「ワシのせいにするナ」
「デンは何も知らないんですか?」
「知らん。だが、猫の時間は昔から人間とは違うからナ」
「そういう難しい話ではなく、魔法の影響を聞いています」
「難しい話なら、昼寝の後にしろ」
デンはその場で丸くなった。体が大きすぎて、受付への通路が半分ふさがる。
午後、初めて店を訪れた老婦人の膝へ、クッキーが乗った。
「まあ。ずいぶん人なれした子ね」
「クッキーといいます。21歳です」
美帆が紹介すると、老婦人は驚いた後、クッキーの頬をそっと撫でた。
「長生きなのね」
「はい。でも、長生きだから元気と決めつけず、毎日様子を見ています」
以前の美帆なら、そんな説明はできなかった。
閉店後、クッキーの記録へ今日のことを書き込む。
体重変化なし。食欲あり。水分、排泄とも普段どおり。歩行に目立つ変化なし。来店客の膝へ自分から乗る。
最後の一行だけ、少し迷ってから加えた。
『デンの尻尾を踏み、怒られた後も気にせず昼寝』
「それも書くのカ?」
「いつもどおり元気だった記録です」
クッキーは受付の椅子で丸くなり、デンは不満そうに太い尻尾を抱えている。
三十年の時間差。
猫との関わり。
異世界で変わった、クッキーの時計。
謎は増えた。それでも明日の朝になれば、水を替え、食事を量り、トイレを掃除する。
答えが見つかるまでの日々も、猫たちにとっては、いつもの一日なのだった。




