大家族
朝の食事で、一番大切なのは全員へ同じ量を配ることだと、美帆は思っていた。
「同じではありません」
セティは、8つの食器を前にきっぱりと言った。
リリー、チャオ、チャコ、クー、ムー、よしお、白、りゅう。
8匹の家族は、同じ場所で保護され、今も看板猫として一緒に暮らしている。しかし、必要な食事まで同じとは限らない。
「年齢、体重、体調、食べ方によって量や内容を調整します。年齢によってごはんの種類も変えます」
リリーは灰褐色のキジ柄。チャオは茶色のキジ柄。チャコは銀灰色の縞。クーは丸みのあるキジトラで、ムーは白い胸元が目立つ。よしおはキジ柄に褐色が交じり、白は青い目のポイント柄。りゅうは黒い体の胸元に、小さな白い毛がある。
写真と見比べれば分かる。動き始めると、また分からなくなる。
「食器を置いたら、別の子が食べてしまいませんか?」
「そのために見守ります」
扉を開けると、8匹が一斉に自分の食器へ向う――わけではなかった。
チャオはりゅうの皿へ行き、クーは途中で座り込み、白は入口から動かない。リリーだけが、決められた場所へまっすぐ歩いた。
「全然、名前どおりに並びません」
「猫ですから」
セティは平然としていた。
美帆はチャオを抱いて移動させようとしたが、背中へ触れる前に思い直す。
「持ち上げてもいいですか?」
「今日は食器を動かしましょう。その方が負担が少ないです」
猫を人間の都合へ合わせるのではなく、食器の方を猫へ合わせる。
美帆はチャオの前へ正しい皿を置き、りゅうの皿を少し離した。
クーは食べ始めたが、途中でまた止まった。
「具合が悪いんでしょうか」
「一度止まっただけでは判断できません。食べた量、口の動かし方、吐き気がないか、普段との違いを見ます」
食べないという事実だけで、すぐ病名を決めない。ただし、見逃してもいけない。
セティはクーの食事量を記録し、紬へ報告した。
「お昼まで様子を見て、ほかにも変化があれば治療師さんへ相談しましょう」
紬はクーの顔に手を近づけ、匂いを嗅がせてから頬へ触れた。
やがてクーは残りも食べた。
美帆は安心したが、記録は消さなかった。心配がなくなったように見えても、起きたことは残しておく。
開店後、昨日来た女の子が母親と一緒に再び訪れた。
「リリーに会いに来たの」
けれど、その日のリリーは棚の上で眠っていた。
「起こしたら駄目なんだよね」
女の子は自分から言った。
「はい。今日は別の子が来てくれるかもしれません」
二人で床へ座っていると、チャコが近づいてきた。女の子の手の少し手前で止まり、匂いを嗅いでから離れていく。
「行っちゃった」
「でも、挨拶はしてくれました」
「そっか」
女の子は追いかけなかった。
その様子を、棚の上のリリーが片目だけ開けて見ている。
午後、別の客がリリーの紹介カードを読んで尋ねた。
「この8匹は、里親になれないんですか?」
「はい。この子たちは譲渡対象ではなく、ここで暮らす看板猫です」
美帆が答えると、客は少し残念そうにした。
「かわいいから、連れて帰りたかったな」
「気に入っていただけたなら、会いに来てください。それから、里親を待っている別の猫たちのことも知ってもらえたらうれしいです」
紬に教わった言葉だった。
すべての保護猫が譲渡を目指すわけではない。年齢や健康、性格、猫同士の関係、店での役割。事情は一匹ずつ違う。
閉店後、リリーはようやく棚から降りた。
美帆が休憩用の椅子へ座ると、当然のように膝へ乗ってくる。
「今日はずっと寝ていたのに」
「寝るのも長老の仕事ダ」
横を通ったデンが言う。
「デンも、ほとんど寝ていましたよね」
「ワシは店を守っていた」
「目を閉じて?」
「気配で分かる」
リリーが膝の上で喉を鳴らす。
8匹は同じ家族でも、八匹とも違う。
美帆はようやく、それぞれの顔と名前が少しずつ結びつき始めていた。




