第52話 冬支度と三通の便り
秋の間使っていた薄手の敷物を片付け、代わりに厚手の敷物を棚に敷き直す。それが、この店の冬支度の模様替えだった。
「今年もこの作業、来ましたね」
「ええ。毎年、この入れ替えをすると、冬が近づいてきた気がします」
紬はそう言いながら、丸めた敷物を紐で縛っていく。美帆も見よう見まねで、隣の棚の敷物を片付け始めた。
薄手の敷物には、この秋に丸まっていた猫たちの毛が、まだうっすらと残っている。それを払い落としながら、美帆は一匹ずつの秋の過ごし方を思い出していた。
「敷物にも、その子たちの秋が残っているみたいですね」
「そうかもしれません。片付けながら、この秋を振り返るのも、この作業の一部です」
作業の途中、水曜の音がした。角馬の荷車が店の前に止まる。
「今日はやけに荷物が多いな」
ドーウィンはそう言いながら、いつもより厚みのある紙束を運び込んできた。
「季節の変わり目は、あちこちから便りが増えるんだ。紬さんの分も、まとめて三通ある」
「三通も、珍しいですね」
「みんな、季節の変わり目に近況を書きたくなるんだろう。俺の配達も、この時期だけは倍になる」
ドーウィンは荷台の陰でひと息つきながら、道中で見た町の様子を話して聞かせた。どこの家の庭先にも、同じような季節の便りが届いているらしい。
紬は珍しく手を止め、差出人の名前を確かめた。美帆も気になって覗き込む。どれも、以前に見た譲渡先の名前とは違う、新しい名前が並んでいた。
「もしかして、あの子たちの」
「ええ。よもぎとこごみ、わらびとフキ、それからつくしの、それぞれの家からです」
紬は敷物の作業を一旦止め、カウンターで一通ずつ丁寧に開いていった。
最初の一通には、よもぎとこごみが同じ寝床で丸くなっている様子が綴られていた。「二匹一緒でなければ、うちには迎えられなかったと思います」という一文に、美帆は思わず頬を緩めた。手紙の端には、二匹が並んで日向ぼっこをしている簡単な絵も添えられていた。
「絵まで描いてくださったんですね」
「几帳面な方でした。譲渡の面談のときから、細かいところによく気がつく方だったのを覚えています」
二通目には、わらびとフキが、相変わらず互いの毛づくろいを欠かさないこと、母猫が違うと伝えたときは驚かれたが、今では「血のつながりより、二匹の様子の方がずっと納得できる」と書かれていた。
「あのときの説明、ちゃんと伝わっていたんですね」
「はい。血縁ではなく、その子たちの様子を見て組み合わせたことは、間違っていなかったと思います」
美帆は、あの日わらびとフキを見送ったときのことを思い出した。血のつながりがないと知った家族が、それでも二匹をそのまま迎え入れてくれたことが、こうして手紙になって返ってきたのだと思うと、胸の奥が少し温かくなった。
三通目は、つくしのものだった。犬との距離は少しずつ縮まり、今では同じ部屋で並んで昼寝をすることもあるという。「一匹で過ごす時間も、まだ大事にしています」という一文が、つくしらしいと美帆は思った。
「一匹も、寂しくなさそうですね」
「はい。ほかに猫がいないおうちだったから、つくしは自分のペースで、犬と仲良くなれたんだと思います」
手紙の最後には、犬の隣で香箱座りをするつくしの様子が、短い言葉で書き添えられていた。血のつながりも、猫同士の関係もない相手と、こうして距離を縮めていったのだと思うと、美帆は当時の面談記録を思い出さずにいられなかった。
紬は三通の手紙を、いつもの引き出しにそっとしまった。美帆が前に見た、あの重なった封筒の一枚に、また新しい三通が加わったことになる。
「五匹とも、それぞれの場所で元気にしているんですね」
「ええ。二匹一緒の子も、一匹の子も、それぞれ合うおうちに行けたみたいです」
「二匹一緒、二匹一緒、一匹。あのときの形が、そのまま続いているんですね」
「ええ。でも、猫も家族も、毎日少しずつ変わっていきます。手紙に書いてあるのは、そのうちのほんの一日分です」
窓の外では、厚手の敷物に入れ替えられた棚の上で、ハンが新しい布の感触を確かめるように爪を立てていた。季節が変わるたびに、店の中の景色も、少しずつ形を変えていく。
美帆は敷物をしまう手を止め、もう一度、引き出しの方を見た。まだ知らない誰かの便りが、これからもここに積み重なっていくのだろう。それを思うと、模様替えという地味な作業さえ、少しだけ特別なものに感じられた。
片付け終えた薄手の敷物を棚の奥にしまいながら、美帆は来年の夏にはまた別の猫たちがそこで涼んでいるのだろうと思った。今日届いた三通の手紙も、いつかは今年のものとして、静かに引き出しの奥へ収まっていく。
「来年もまた、こうして手紙が届くんでしょうか」
「分かりません。でも、届いても届かなくても、あの子たちがそれぞれの場所で過ごしていることは変わりません」
紬の言葉はいつも通り控えめだったが、美帆にはそれが、精一杯の願いのようにも聞こえた。




