↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/53

第45話 市場の匂いが変わる日

 買い出しのため市場へ出た美帆は、通りに漂う匂いが、少し前と違うことに気づいた。


「紬さん、市場の匂い、変わってきていませんか」


「本当ですね。瓜の匂いが薄くなって、代わりに根菜の匂いが強くなっています」


 言われてみると、露店に並ぶ品物も、輪飾りの季節に見た瓜や豆とは違っていた。土のついた根菜や、丸々とした芋が、籠いっぱいに積まれている。


「あの瓜、もう並んでないんですね」


「瓜の時期は終わりました。今出ているのは、これから寒くなる時期に向けた野菜です」


 顔なじみの八百屋が、通りかかった二人に気づいて声をかけてきた。


「今日はいい大根が入ってるよ」


「瓜の季節は、もう終わりですか」


「とっくにな。今はもう、腹に溜まるものの季節だ」


 八百屋は笑いながら、大根の葉を軽く叩いて見せた。太くしっかりとした根に、瑞々しい葉がついている。


「季節ごとに、扱う品物が全然違うんですね」


「そうさ。同じ場所に立っていても、並べるものは毎月変わる。それが市場の面白いところだ」


「覚えるの、大変じゃないですか」


「大変というより、楽しみだな。次に何が並ぶか、こっちも毎年少し忘れた頃にやってくる」


 二人は大根と、ついでに見つけた根菜をいくつか買い求めた。袋の重さが、瓜を買っていた頃より確実に増している。


「持ち帰るのも、少し大変になりますね」


「その分、日持ちもします。今の時期の野菜は、保存が利くものが多いんです」


 市場の奥では、乾燥した豆やきのこを扱う店も増えていた。夏の間は見かけなかった品揃えに、美帆は物珍しさを感じながら足を止めた。


「これも、この時期だけのお店ですか」


「はい。乾物は、寒くなる時期に向けて需要が増えます。今のうちに仕入れておく家庭も多いんです」


 店主らしき老人が、乾燥きのこの束を手に取り、匂いを嗅ぐよう勧めてきた。


「嗅いでみな。天日干しにすると、生とはまるで違う匂いになる」


 言われた通り鼻を近づけると、確かに濃く、香ばしい匂いがした。


「本当だ、全然違う匂いです」


「乾かすことで、旨みが凝縮するのさ。この時期の楽しみの一つだよ」


 店に戻ると、ガルネオが早速買ってきた大根を手に取り、匂いを確かめていた。


「今年の大根は上出来だな」


「匂いだけで分かるんですか」


「長年やってりゃな。土の匂いが濃いほど、味も詰まってる」


 昼の賄いには、早速大根を使った汁物が並んだ。瓜を使った料理とはまるで違う、しっかりとした味わいだった。


「大根のお汁、日本の冬を思い出しますね」


「ええ。こちらでも、寒くなると根菜の季節です。市場が変われば、食卓も変わります」


 夕方、片付けをしながら、美帆はふと、輪飾りを飾った日に嗅いだ瓜の匂いを思い出した。あのときはまだ夏の名残があったが、今はもう、すっかり違う匂いに包まれている。


「今度、瓜の匂いを嗅げるのは、来年の秋なんですね」


「はい。それまでは、今の季節の匂いを楽しんでください」


 紬の言葉に頷きながら、美帆は買ってきた大根を棚に並べた。市場の匂いが変わるたび、この世界の季節が、また一歩進んでいくのを感じる。次にどんな匂いに出会えるのか、少しだけ楽しみになった。


「来月には、また違う匂いになるんでしょうか」


「はい。市場は、この店の記録帳よりもずっと正直に、季節を映し出してくれます」


 美帆はその言葉を心に留めながら、大根の葉についた土を、丁寧に払い落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。