第44話 日が短くなった日
閉店の看板を出しに外へ出ると、思っていたより空が暗いことに、美帆は驚いた。
「もうこんな時間なのに、こんなに暗いんですね」
紬も一緒に外へ出て、空を見上げた。
「日が短くなってきましたね。こういう移り変わりは日本と変わらないので、違う世界にいるとは思えませんね」
「本当ですね。まだそんなに寒くないのに、暮れるのだけは早くなって」
「気温と、日の長さは、必ずしも一致しません。先に短くなるのは、たいてい日の方です」
「気づかないうちに、少しずつ変わっているんですね」
「はい。だからこそ、こうして時々立ち止まって、空を見上げる時間が大事なんだと思います」
美帆は看板を戻しながら、少し前まで同じ時間でもまだ明るかったことを思い出した。ほんの数週間の間に、確実に何かが変わっている。
「分かってはいても、こうして暗くなっているのを見ると驚きますね」
「ええ。一日ごとの変化はわずかですが、積み重なると、こうしてはっきり気づくようになります」
店に戻ると、窓辺のテプが、いつもより早く訪れた薄暗がりの中で目を細めていた。
「テプも、暗くなるのが早いのに気づいてるんでしょうか」
「猫は、光の変化に敏感です。日の長さに合わせて、行動の時間も少しずつ変わっていきます」
紬はそう言いながら、店内の明かりをいつもより少し早く灯した。
「明かりを点ける時間も、変わるんですね」
「はい。記録帳には、点灯した時刻も書いておきます。日の長さの目安になるので」
窓際のハンモックでは、ジョーとベスがいつもより早く目を覚ましていた。薄暗さに反応してのことなのか、二匹とも、普段より落ち着かない様子であたりを見回している。
「あの二匹、今日はいつもと違いますね」
「猫は、薄暗くなる頃に動き出す子が多いんです。暗くなるのが早くなった分、そわそわし始める時間も早くなっているんだと思います」
美帆は紬に倣って、その日の記録帳に時刻を書き込んだ。数字だけを見れば些細な違いだが、並べてみると、確かに毎日わずかずつ変化している。
夕食のため家に帰る道すがら、美帆は空の色に目を留めた。夏の間は、この時間でもまだ十分に明るかった。今は、すでに藍色が空を覆い始めている。
「ミュルネ、最近、日が短くなったと思いませんか」
「思います。この時期になると、夕食の支度も少し早めに始めるようにしております」
「そんなところにも、影響があるんですね」
「日が落ちる前に、灯りを準備しておきたいので。少しの工夫で、慌てずに済みます」
「去年も、同じ工夫をしていたんですか」
「はい。毎年、この時期になると同じことをしております。おかげで、慌てた記憶はございません」
ミュルネの落ち着いた口調に、美帆は少しだけ安心した。誰かが毎年同じように備えていてくれるというだけで、変化への戸惑いが和らぐ気がした。
夕食の後、美帆は窓の外を眺めた。まだ宵の口だというのに、外はすっかり暗くなっている。
「この暗さにも、そのうち慣れるんでしょうか」
「慣れると同時に、また変わっていきます。冬が深まれば、もっと早く暗くなりますから」
「冬至まで、まだしばらく続きますね」
「はい。こちらにも、一番日の短い日があります。それを過ぎれば、また少しずつ長くなっていきます」
紬の言葉を思い出しながら、美帆は今日の空の色を、記録帳とは別に、自分の記憶にもそっと書き留めておいた。
布団に入る前、もう一度だけ窓の外を見た。星が思っていたより早い時間から見え始めている。日が短くなるということは、同時に、夜の景色を見られる時間が長くなるということでもあるのかもしれない。そう思うと、少しだけこの変化が楽しみになった。
美帆はしばらく星を数えてから、そっとカーテンを閉めた。明日もまた、今日より少しだけ早く、夜がやってくるのだろう。




