第34話 新米入荷
市場の一角に「新米入荷」と書かれた札が立っていたのは、朝の仕入れに出た日のことだった。
「新米って、この世界にもあるんですね」
「毎年、この時期になると出回ります。地球のものとは品種が違いますが、似たようなものです」
紬は米俵の一つに手を触れ、匂いを確かめた。
「今年の出来はどうだい」
顔なじみの米屋が声をかけてくる。
「いつもより粒が大きい気がしますね」
「今年は日照りが少なかったからな。水を吸った分、大きくなるんだ」
「毎年、出来が違うんですか」
「当たり前だ。天気も畑も、去年とまったく同じにはならない。だから毎年、味見が欠かせないのさ」
米屋は袋の口を開け、一握りを紬の手に乗せた。粒の間から、炊く前とは思えないほのかな甘い香りがした。
紬は少しだけ多めに米を買い、ついでに近くの魚屋も覗いた。銀色に光る魚が、氷の上に並んでいる。
「この魚も、秋にしか出ないんですか」
「ええ。脂が乗るのは、この時期だけです」
店に戻ると、ガルネオが早速、買ってきた魚を捌き始めた。
「今日から賄いが変わるゾ」
デンは今にもつまみ食いをしそうな距離で捌かれた魚を見ている。
「猫たちのご飯も、変わるんですか」
「一部はな。骨を抜いた身を、少しだけ混ぜてやる」
昼の給餌の時間、いつもと違う匂いに気づいた猫たちが、次々と鼻を上げた。クッキーは真っ先に皿へ近づき、テプもゆっくりと後に続いた。ハンは匂いを確かめただけで、いつもの場所から動かなかった。
「ハンは、興味なさそうですね」
「好みは猫それぞれです。無理に勧める必要はありません」
窓際のハンモックでも、いつになく鼻を動かす気配があった。ジョーが匂いの元を探すように顔を上げ、ベスもそれにつられて身を起こす。二匹とも降りてはこなかったが、しばらくの間、揃って厨房の方角を見つめていた。
「二匹とも、匂いには弱いんですね」
「食べ物の匂いだけは、警戒より興味が勝つみたいです」
夕方の賄いには、炊きたての新米が並んだ。従業員一同で囲む食卓に、いつもより湯気が多く立ち上る。
「今年の新米、うまいだろう」
ガルネオの言葉に、美帆は頷いた。口に運ぶと、いつもより粒がしっかりしていて、噛むほどに甘みが広がる。
「毎年、この味を楽しみにしているんです」
紬がそう言うのを聞いて、美帆は少しだけ意外に思った。
「紬さんにも、楽しみにしていることがあるんですね」
「ええ。特別なことではありませんが、季節の中で、いくつか決まった楽しみがあります」
「新米以外にも、あるんですか」
「はい。今の時期なら、初物の果物や、市場に並ぶ焼き栗の匂いもそうです。毎年同じものでも、その年の最初の一口は、少し特別に感じます」
美帆はその言葉に、自分にも似たような感覚があったことを思い出した。地球でも、秋の初物には、どこか気持ちが浮き立つようなところがあった。
食事を終え、後片付けをしながら、美帆は今年初めて食べた新米の味を思い出した。地球で食べていた新米とは、品種も土も違うはずなのに、噛んだときの甘さだけは、どこか似ている気がした。
「来年も、同じ時期に食べられるんでしょうか」
「はい。季節が巡れば、また同じものが出回ります」
紬の返事はいつも通り素っ気なかったが、その言葉には、確かな見通しが含まれているように聞こえた。
窓の外では、市場帰りの人々が、それぞれの荷物を抱えて家路についていた。今年の新米の匂いは、きっとどの家の台所にも、同じように漂っているのだろう。美帆はそんなことを思いながら、最後の皿を棚へしまった。
来年もまた、この時期になれば同じ札が市場に立つ。そのときの自分が、今日と同じ気持ちで新米を味わえるかどうかは分からない。それでも、今年初めて味わったこの甘さだけは、しばらく忘れずにいられそうだった。




