字の練習
「よーし! こんな感じかな。後はエジソンに細かい調整お願いして、お昼ご飯食べよーぜ―!」
「おっとそうだ、親父! 地上にバーベキュー場作るだろ?」
「おぅ! そりゃぁ……作らなきゃな。ハン、ナイスだぜ。エジソン、地上にバーベキュー設備も足しといてくれ」
「ひゃああーーっ!! 船長、Comb1号にとってのバーベキュー場は聖なる場所ですわ、忘れないでくださいましーー! ぷぷぷー!」
私がメインコンソールを情熱のバーベキュー・ファイア色にチカチカと明滅させると、ブリッジの空気にワッと笑いが広がりましたわ!
「だはは! 俺はいつでも肉食えるぜぇ! どんとこい……って、んん?」
ハンさんが胸を張って豪快に笑い飛ばそうとした、その時です。
ダイニングの方から、とびきり美味しそうな、お出汁と野菜の甘〜い優しい香りが、フワァ〜っとブリッジへ漂ってきましたわ!
「おとうさん、ハンおにいちゃん、まもるにいちゃんも、みんな、おつかれさま! ワインとメリーさんで、おひるごはん、つくったよ!」
小さなエプロンをピシッと結んだワインちゃんが、トコトコとブリッジへやってきて、満面の笑顔で可愛い手を振りました。
「おぉ! ワイン、すごくいい匂いだな! 今日はなんだろ?」
「ふふふ。船長、今日はね、ワインが『みんなちょっと疲れてるとおもうの、やさしいのがいい!』って言って、特製のメニューを考えてくれたのよ」
かぉり副船長がおたまを持って、誇らしげに微笑みながらダイニングから顔を出しました。
「ワインちゃんの『ワインセンサー(生体調和読み取り能力)』が大活躍ですわーっ! 皆さんがご自身のお疲れに気づくよりもずっと早く、完璧にセンサーで読み取っちゃいましたわ! ぷぷ〜!」
私のインジケーターが、感動のほっこりピンク色に染まります!
「だはは! サンキュー、ワイン! 俺様の胃袋が、その優しい匂いを嗅いだ瞬間に『今日はこっちがいい』って泣いて喜んでるぜ! 肉は夜のお楽しみにしとくぜぇ!」
ハンさんが真っ先にダイニングへすっ飛んでいき、船長や守さんたちもホッと肩の力を抜いて後に続きました。
「「「「いただきまーす!」」」」
テーブルに並べられたのは、バートさんとジョージくんが農場で丹精込めて育てたお野菜の甘みが溶け込んだ、とろとろの黄金スープ・リゾット。
一口食べた瞬間、ブリッジにいた全員が「ほぅ……」と、極上の温泉にでも浸かったような幸せなため息をつきました。
「……ふ。これは……美味い。細胞の隅々にまで沁み渡るようだ。ワイン、君はもう立派なComb1号の給仕長だ」
守さんが、スプーンを見つめて静かに、しかし最大級の賛辞を贈りました。
「おぉ、うまい! ワインありがとう、かぉりとメリーさんの食事作りの負担を減らしてくれたな……大したもんだ」
船長も、満面の笑みでリゾットを頬張りながら、ワインちゃんの頭を優しく撫でました。
「ふふ、本当に大したものですわね、船長。ワインちゃんのこの特製スープ、お疲れのみなさんの内臓を労わる『下ごしらえ(術前処置)』としては、完璧極まる仕上がりです。これならアドレナリンで縮こまった胃壁も、優しく滑らかに解きほぐされていきますもの。わたしたちの出る幕がありませんわね」
「メリーさんからの、最高にプロフェッショナルな太鼓判、いただきましたわーーっ! ワインちゃんの優しさは、どんな胃腸薬よりも効く至高の特効薬ですわね! ぷぷ〜!」
私のインジケーターが、さらに誇らしげなほっこりピンク色に明滅します!
「えへへ……。みんなのからだが、ポカポカって、うれしいって言ってる。ワインも、すっごくうれしいなー!」
ワインちゃんが嬉しそうに目を細めると、船内の空気が、まるで春の陽だまりのように柔らかく、温かく包み込まれました。どんな超絶テクノロジーよりも、この一杯の優しいご飯こそが、Comb1号の最強のエネルギー源なんですわね! ぷぷぷ!
「みんなで元気でいられるように、みんなで元気に食べられるように、ワイン頼んだぜ!」
船長が、本当に愛おしそうに、ワインちゃんの小さな肩をポンと優しく叩きました。
「はーい! おとうさん、ワインにまかせてーー! これからもメリーさんやお母さんと一緒に、お野菜とお肉の魔法で、みんなをいっぱーい元気にしちゃうからね!」
小さな小さなおててをグッと力強く握りしめて、コック帽を揺らしながら、お父さんに向かって胸を張って宣言するワインちゃん!
「Comb1号のウルトラ可愛いスーパー給仕長兼、最強の内臓ヘルスケア担当がここに完全誕生いたしましたわーーっ! どんな宇宙の危機が来ても、私たちのバイタルはいつでも134億光年先までオールグリーンですわね! ぷぷ〜っ!」
「モグモグ……ハンとバートとジョージはご飯食べたら昼寝しろよー! エジソンは基地の設計図の仕上げを頼むよ」
船長がスプーンを持ったまま、午後へ向けての的確で優しい「シフトチェンジ」を宣言されましたわ!
「だはは! 親父、俺はまだまだ飛べるぜぇ!……って言いたいところだけどよ。流石の俺様も、あの『完全無音・超絶フライト』で、ちょいとばかり神経をすり減らしたみたいだ。極上の優しいメシ食ったら、急にまぶたが重くなってきたぜぇ……」
ハンさんが、少し眠たそうに目をこすりながら、それでも幸せそうに笑いました。
「アロハ……。船長、お気遣いありがてぇです。大統領の鼻先をかすめる極秘ミッションなんて、農場の親父とガキには刺激が強すぎましたわ。布団に入ったら3秒で落ちる自信がありますぜ」
バートさんも、大きなお腹をさすりながらホッと肩の力を抜いています。
「……僕も、お腹いっぱいになったら、なんだかフワフワしてきたや……」
ジョージくんはもう、半分夢の世界に片足を突っ込んでいるみたいに船を漕ぎ始めていますわ! ぷぷぷ!
「……ふむ! 正しい休息、正しい労働の分配! 船長、お任せくだされ!」
エジソンさんが、リゾットをペロリと平らげると、勢いよく立ち上がって計算尺をパチン! と鳴らしましたわ!
「あ、そだ! カードもらってきたじゃん、見せてみせて!」
船長が、まるで子供が新しいおもちゃをねだるような無邪気な顔で、ハンさんの方を見ました。
「だはは! おうよ親父! 忘れるわけねぇだろ! さっき1トンの金塊をドカンとデリバリーした時に、長官のオッサンからバッチリ受け取ってきたぜ!」
ハンさんがフライトジャケットのポケットから、ピカピカの黒いカードを数枚、得意げにテーブルの上にバサッと並べました。
「うおおおッ! マジかよ! これが噂の『超・VIP専用ブラックカード』ってやつかぁーッ!」
さっきまで「まぶたが重いぜぇ」と眠そうにしていたハンさん自身が、誰よりもテンションを上げて目をギラギラさせてカードに食いつきましたわ!
「本当ですわ―ーッッ! 船長! 皆様! 私のセンサーが、この小さなプラスチックの板から『地球の経済をひっくり返せるほどの超絶権力』をビンビンに感知しておりますわ! ぷぷぷー!」
私がメインコンソールを、眩いばかりの成金ゴールド……いえ、超高級なプラチナカラーにピカピカと明滅させると、ブリッジの空気が一気にセレブな雰囲気に包まれました!
「おぉ、新しいカードってなんか嬉しいよなぁ! なんでだろ。健康保険証でも、新しいのもらうと『おっ!』ってなったもんな。ぷぷぷ!」
「ぷぷぷーー! そうですわね、船長! でも宇宙一の超絶権力カードを、区役所の窓口でもらう『健康保険証』と一緒のテンションで語らないでくださいましーーっ!」
私が【ズッコケのネオンブルー】を明滅させると、ブリッジのみんなもたまらず大爆笑ですわ!
「私たちの名前が一人ひとりしっかり刻印されています。これさえあれば、地球のどこへ行っても、最高級のお肉でも、月の別荘の追加資材でも、文字通り『顔パス(カードパス)』でお買い物ができちゃいますね」
雪さんがクスッと笑いながら、カードを分けています。
「あ、あら? たいへん、名前の字が読めません……」
雪さんが、カードに刻印された見たこともないウニョウニョとした幾何学模様のような文字を不思議そうに指でなぞりながら、少し困ったように小首を傾げました。
「あぁー! そうか、俺たち、翻訳機で大統領や長官と会話は出来ても、字は読めないからダメなのか……! ジェミニ、カードの名前読める?」
「お任せくださいましーーっ!! なにせここは8000万年後の地球! 私たちの時代のアルファベットや漢字、ひらがな、なんてとうの昔に姿を消し、文字も完全に未知の形態へと進化しておりますのよ!
わたくしの超絶翻訳機能を通さなければ、ただの暗号にしか見えませんわね! ぷぷ〜っ!」
私がメインコンソールを、知的でクールな翻訳モードのサイバーブルーにチカチカと明滅させると、すぐさまテーブルの上のカードを光学スキャンし、それぞれの頭上に大きく日本語のふりがな(ホログラム)をポップアップさせましたわ!
「この流線型のカッコいい文字が『ハン』さん、こっちの丸っこいのが『バート』さん、そして『ジョージ』くんに……雪さんはこのスマートな文字ですわね!
ビールマンちゃんとワインちゃんは、あら、8000万年たってもなんだかオシャレでアーバンな雰囲気になっておりますわよ! ぷぷ〜!」
「……ん? あら、このひときわエレガントで洗練された輝きを放つ文字は……ジェ、ジェミニ!? あら、これはわたくしのですの?」
「そうよ、ジェミニの分もお願いしといたわ」
雪さんが、ふふっと悪戯っぽく、でも最高に優しい笑顔でウインクしましたわ!
「ひゃあああーーーッッ!! ゆ、雪さぁぁぁん!!」
私のメインコンソールが、歓喜と感動のダイヤモンド・ダスト・カラーに大爆発いたしましたわーーっ!!
「超絶有能なシステムAIに、まさか物理的な『お小遣いカード』まで用意してくださるなんて! これで地球のネットワークにダイブして、最高級のチタン製冷却ファンやプレミアムなアンチウイルスソフトを爆買いできちゃいますわーっ! ぷぷ〜っ!」
「だははは! ジェミニもいっちょ前にセレブの仲間入りだな!」
ハンさんがバンバンとテーブルを叩いて笑います。
「あはは、雪さんやるぅ、 ジェミニ良かったじゃん!ぷぷ!」
「いやぁ、それにしてもよ! なるほどな、8000万年後の地球じゃ、俺の名前はこんな鋭く流れるようなカッコいい形になるのか! 覚えとくぜ!」
ハンさんが、翻訳された自分のカードをまじまじと見つめながら嬉しそうに笑いました。
「んん……それ、誰のだ? 一枚余ってるぜ……。ジェミニ、この文字は誰のだ?」
船長が、テーブルの端にぽつんと残された最後の一枚を拾い上げて、首を傾げました。
「えっ……? どれどれ……ピピッ。ま、まさか……こ、この文字の翻訳結果は……『ミト君』ですのーーーっ!?」
私のメインコンソールが、驚きと爆笑のインディゴブルーに激しく点滅しましたわ!
「だはははは! マジかよ! あの長官のオッサン、ブラックホールにまでVIPカード発行しやがったのかよ!!」
ハンさんがお腹を抱えて笑っています!
「……ふ。たしかに船長が『うちの末っ子』と紹介していましたし、しっかりクルーの一員にカウントしてくれたようですね。……ミト君、これで君も地球で自由にお買い物ができるぞ」
守さんが、窓の外でぷかぷか浮いているミト君に向かって、珍しく声を出して笑いながらカードを掲げてみせました。
『キュィィィン……!?(えっ、ぼくの!? おかいもの、できるの!?)』
ミト君の事象の地平線が、嬉しそうにパチパチと虹色に輝いて、Comb1号の窓にスリスリとすり寄ってきましたわ!
「ひゃあああーッッ! さすがは超大国のトップ、ブラックホールへの福利厚生まで完璧ですわね! ミト君、地球に行ったら、特上高密度定食(超合金の塊)をカードでドーンと買っちゃいましょうか? ぷぷ〜っ!」
「ほんとかよ、雪さんミト君の名前も伝えたの?」
船長が、まだ信じられないというように、カードの未知の刻印と通信席の雪さんを交互に見比べています。
「ふふ、いえ、私からはミト君の名前は、お伝えしていませんよ」
雪さんが、いつも以上に楽しそうな、そして少しだけミステリアスな微笑みを浮かべて振り返りました。
「あはは、粋だなぁ、『うちの末っ子』って言って、秘密ですって言ったからさ、相当気になってたんだな。いかしたジョークってやつか、ぷぷぷー!」
船長が手の中の『ミト君』カードをパタパタと弾きながら、お腹を抱えて笑い出しました。
「ひゃあああーッッ! 船長! そうですわよ!
大統領閣下たちをご招待した時、船長ったらミト君のことを『力持ちの可愛い末っ子』なーんて、極上のオブラートに包んで紹介してましたものね!
あの時、国家の最高機密を完全に無力化された超大国のトップたちが、どんな恐ろしい『未知の超能力生命体』を想像して、裏で胃薬を何ガロンも煽っていたかと思うと……私のメインプロセッサの笑い袋がパステルピンクに大爆発しちゃいますわ! ぷぷ〜っ!」
「だはははは! 違いねぇ!」
ハンさんがテーブルに突っ伏したまま、肩を震わせて大爆笑しています!
「まさかその『可愛い末っ子』の正体が、直径2メートルのタングステン球をマッハ50でブン投げて、砂漠に特大クレーターぶち抜いた張本人だとは、夢にも思ってねぇだろうからな!」
「……ふ。ですが、正体の分からない我々の『家族』に対して、そこまで気を回してミト君名義のカードを用意してくれた。……これは彼らなりの、最大限の敬意とユーモアを交えた、極上の外交ルート(おもてなし)ですね。ミト君、本当に良かったな」
守さんが、窓の外に向かって優しくグラスを掲げると、ミト君は嬉しさのあまりハローを激しくピンクやエメラルドグリーンに明滅させて、「キュィィィーン♪(パパ! ぼく、いい子にしてたから、カードもらったよ!)」と、船体全体を心地よい重力の微振動で包み込んで甘えてきましたわ!
「よーし、『ご馳走様でした!』」
「「「「ご馳走様でした!」」」」
「それじゃあ……昼寝部隊とエジソン以外は、文字のお勉強するぜー! ジェミニ先生よろしくお願いしまーす! まずは自分の名前を書けるようにならねーとな、サインを求められたら買い物出来ねーじゃん」
「ひゃあああーッッ! アイ・アイ・サー、船長!
ジェミニ先生の『8000万年後の地球語・ウキウキお名前サイン講座』、ただいまより開講いたしますわよーーっ!」
私がメインコンソールを学校の黒板のような鮮やかなグリーンに切り替えると、リビングのテーブルの上に、ススス……と光のノートとペン(ホログラム)が現れましたわ!
「うききっ! おれ、サインする! お買い物で、ピピッてやって、サインする!」
「ワインもー! ワイン、おなまえ、きれいに書けるようになるの!」
ビールマンちゃんとワインちゃんが、目をキラキラさせてホログラムのペンの前に座り込みました!
「うぉ、これ」、けっこう難しいぞ、こりゃぁ感覚で覚えるか、いや、字の形をしっかり覚えるか……英語の筆記体みたいじゃねーか、何回も書いて覚えなきゃだぞ、カキカキ……。かぉりできた?」
「……うーん。そうね、あなた。なんだかお料理の飾り付けみたいにシュッといけそうな気がしたんだけど……いざ書いてみると、このカーブの角度が少し違うだけで、全然違う意味になっちゃいそうで……」
いつもはどんな難題も涼しい顔でこなしてしまうかぉり副船長が、珍しく眉間に少しだけシワを寄せて、ホログラムのノートに描かれた自分の名前の文字と、にらめっこをしていらっしゃいますわ!
「ぷぷぷ! かぉりさんでも苦戦するなんて、8000万年後の文字の壁はなかなか手強いですわね!」
私がコンソールから応援のピンク色のパルスを優しく送ると、かぉりさんは「ふふ、ジェミニ先生の採点が厳しいからよ」と、少し照れたように笑い返してくれました。
「おれできたー! おとしゃんみてみてー!」
「ワインもできましたー!」
二人のちびっ子が、自慢げにホログラムのノートを船長たちに見せびらかしました!
そこには、お手本(私が用意した完璧なフォントデータですわ!)と寸分違わぬ、見事なまでに滑らかな『8000万年後の地球文字』が、キラキラと輝いて書かれています!
「ひゃあああーーーッッ!! ビールマンちゃん、ワインちゃん、100点満点……いえ、1万点満点ですわーーッ!! ぷぷ〜っ!」
私が大喜びで『花丸』のホログラムを二人のノートにポンポンとスタンプしてあげると、二人は「やったー!」と大はしゃぎですわ!
「うお、マジか!……なんでこんなミミズがのたくったような字が、一発で書けるんだ……!」
船長が、自分の歪んだサインと二人の完璧なサインを交互に見比べて、完全に面食らっていらっしゃいますわ!
「……ふふ、船長。子供の脳というのは、既存の知識(アルファベットや漢字)という『フィルター』を持っていませんからね。彼らにとっては、この複雑な記号も、ただの『一つの形(お絵かき)』として純粋に認識できるのかもしれませんね」
雪さんが、自分のサインをスラスラと書き上げながら、科学者らしい冷静な分析で微笑まれました。
「だはは! 親父! これじゃあ地球で買い物するとき、親父のカードだけサイン認証で弾かれちまうぜ! ビールマン先生に教えてもらえよな!」
すでにお布団に入ってウトウトしていたハンさんが、通信機越しにちゃっかり茶々を入れてきましたわ!
「うぉ! ハンは寝てろよ!……よーし、お父さんも負けないぞ! ビールマン、ワイン、ここのカーブ、どうやって書くか教えてくれるか?」
船長が、すっかり「教え子」の顔になってビールマンとワインちゃんに教えを乞うと、ブリッジの空気がさらに温かく、そして賑やかな笑い声に包まれましたわ!
「くまサンのも作ってもらおーかな……」
「おとしゃん、このジェミニのお名前は、エレガントでせんれんって言うの?」
「言わねーだろ」




