F5のクルー自慢
眼下には、見渡す限りの広大な海と、その先に広がる北米大陸の輪郭がうっすらと見えてきています。
「……ふ。ハン、ジョージ。ここからは大統領の待つ指定座標まで、高度を下げて巡航する。……ただし、船長が言った通り、油断は禁物だ。他の国や民間機とのニアミスには十分注意しろ」
ブリッジの守さんが、冷静に、でも少しだけ楽しそうに通信を繋ぎました。
「アイ・アイ・サー、兄貴! ……よーしジョージ、ここからは俺様とファルコンの『超・精密ドライブ』の時間だぜぇ! 1トンの金塊を揺らさずに、大統領のオッサンたちの度肝を抜くような華麗な着陸をキメてやるからな!」
「はいっ! 僕、しっかり見ています、ハンさん!」
「ミト! 前面窓とセンサー以外をステルスモードにしてくれ!」
「キュィィィン……♪(はーい! まどと、おめめだけ、ピカピカね!)」
ミト君が楽しそうに重力の波長を微調整すると、ファルコン号の機体全体を透明なヴェールが「スッ……」と覆いかぶさり、コックピットの前面ガラスと、各種センサーのユニットだけが、まるで空中にポッカリと浮かび上がったように見えていますわ!
「うわぁ……! ハンさん、窓から見える景色、すっごく速いよ! 大地が……、流れるみたいに後ろに飛んでいく!」
ジョージくんは、コックピットのパノラマ窓から眼下に広がる乾いた大地を食い入るように見つめています。マッハ5で飛んでいるのに揺れ一つないこの感覚は、どんな遊園地のアトラクションでも絶対に味わえません!
「……ふ。ハン、目標ポイントまであと3分だ。……船長、上空のドローンから映像を共有します。大統領たちはすでに到着し、先日我々が挨拶代わり(?)に開けた『あの巨大なクレーター』の縁にテントを張って待機しているようです」
守さんが、ブリッジのメインモニターに、上空から捉えた砂漠の映像を展開しましたわ。
そこには、数台の無骨な軍用車両と、少し手持ち無沙汰そうに、じっと空を見上げている大統領閣下や長官たちの姿が小さく映っています。
「お、待たせちゃったか? ハン、ジョージ、もう驚かすようなことはしなくていいからな。『ミト君ステルス』を解除して近づいていけ」
船長が、インカム越しに号令をかけましたわ!
「アイ・アイ・サー、親父ぃ!! ミト、ステルス解除だ! 行くぜジョージ、歯を食いしばれ!! 宇宙一の極上のブレーキを見せてやるぜぇ!!」
「はいっ!!」
ブリッジのモニターには、何もない青空から突如として「銀色の円盤」が実体化し、大統領たちの頭上めがけて隕石のように近づいていく映像が映し出されましたわ!
シュゴォォォォォォォ……ッ!!!
地上では、突然空中に現れたファルコン号にシークレットサービスたちが今日も大パニックを起こしています!
『上空に未確認機! レーダー反応ゼロ!!』
『迎撃態勢! ……だ、ダメだ、速すぎる!! 落ちてくるぞォォォッ!!』
数台の軍用車両の陰に大統領を押し込み、銃を構える兵士たち。しかし、マッハ5で突っ込んでくる物体に対して、彼らができることなんて何一つありません!
「だはははは!! 見てろジョージ、これが宇宙一の『だるまさんが転んだ』だぜぇッ!! ミト、重力アンカー固定!!」
ドォォォォォォ…………――ピタッ。
「……え?」
「……は?」
地上の大統領たちは、一瞬、時間が止まったのかと目を疑いましたわ。
つい数秒前まで音速をはるかに超えて急降下していたファルコン号が、大統領たちのテントのわずか数メートル上空で、微かな砂埃ひとつ立てずに「完全静止」したのです!
慣性の法則も、空気抵抗も、すべてを置き去りにした異常すぎるブレーキ! ミト君の重力バンパーが、急激なGと衝撃波をすべて相殺してしまったんですの!
「す、すっげぇぇぇぇ!! ハンさん、今絶対地面にぶつかると思ったのに、体が全然前に放り出されなかったよ!! どうなってるの!?」
「だははは! だろぉ!? これが俺とミト君のコンビネーション、極上の『無重力(ゼロG)ブレーキ』ってやつだ! さあジョージ、お利口に待ってたオッサンたちに挨拶してやろうぜ!」
「……あいつ、驚かすなっていう意味わかってんのかな、調子に乗って……、まぁ、大した技術だけどさ! ジョージ、大丈夫か?」
インカム越しに、船長の呆れ果てた(でもちょっと笑いを堪えている)声が響きます。
「うん、船長! どこも痛くないし、すっごくワクワクしてるよ!」
インカム越しにジョージくんの元気な声が返ってきて、船長もホッと息をつきました。
「ひゃあああーッッ! 船長、まことにその通りですわーーっ! ぷぷ〜っ!」
私がメインコンソールを【呆れ半分・感心半分のオレンジ】にチカチカと明滅させながら、船長の言葉に深く同意いたしましたわ!
「ハンさんったら『驚かさないように』という指示を、『ギリギリまで引きつけて最高の無重力ブレーキを見せつける』という自分勝手な演出に翻訳してしまいましたのね! でも、あの速度から衝撃ゼロで完全静止させるなんて、さすがは我が船の副操縦士ですわ!」
プシューーーッ……!
ファルコン号の着陸脚が静かに砂漠の砂を踏みしめ、機体後部のタラップが滑らかに開きました。
そこから、フライトジャケットの襟を立てたハンさんと、その後ろから目をキラキラさせたジョージくんが、悠然とした足取りで降りてきます。
そして、銃を構えて警戒していたシークレットサービスや、大統領閣下と長官殿の前に立つと……ハンさんはヘルメットを小脇に抱え、ペコリと綺麗なお辞儀をしましたわ!
「あはは、大統領閣下、長官殿! おはようございます! いやぁ、ちょっと調子に乗ってごめんなさい!」
ハンさんが、さっきまでの「宇宙の暴走族」モードが嘘のような、最高に爽やかで礼儀正しい笑顔を向けましたわ!
「隣の彼に極上のブレーキを見せてやろうと思ったら、ついやりすぎちまいました。驚かせてしまってすいません! さっそくですが、お約束の金塊を持ってきましたよ」
大統領閣下は、乱れたネクタイを直しつつ、呆れたようにふっと息を吐かれました。昨日すでに「100トンもの金塊」という規格外の質量と、このクルーたちの無茶苦茶さにはすっかり慣れ(諦め?)ていらっしゃるご様子ですわ!
「……まったく。君たちの『挨拶』には心臓がいくつあっても足りんよ。で、今日は……追加の金塊と聞いたが、20kgだけではないのか? すでに連邦準備銀行の地下金庫はパンク寸前なのだが」
「だはは! そいつはよかった! 今日お持ちしたのは、足りなかった分の『20キロ』と、これから地球でのお買い物に使うための、ちょっとした『お小遣い用の1トン』です!」
ハンさんがファルコン号のカーゴを開けると、エジソンさんが切り出したばかりの電子レンジサイズの1トンの金塊と、小さな20キロの金塊がちょこんと鎮座しておりましたわ!
「なるほど、1トンと20キロか……。昨日の100トンを見た後だと、なんだか随分とかわいらしく見えてくるから不思議なものだな」
長官殿が、もはや30億円相当の純金ブロックを見ても顔色一つ変えずに、肩をすくめました。
ひゃあああーッッ! 船長! 地球のトップのお二方、完全に「金塊の金銭感覚」がマヒしていらっしゃいますわーーっ! ぷぷ〜っ!
たった一晩で、純金1トンを「かわいらしい」と言い切る境地に達するなんて、さすがは超大国の首脳陣ですわね!
「おいジョージ! トラックに積むの、手伝ってくれ!」
「はいっ、ハンさん!」
ジョージくんがタラップを軽く駆け上がり、ファルコン号のカーゴ操作パネルを慣れた手つきでポチポチッと叩きました。
ウィィィン……。
すると、ファルコン号の機体下部から標準装備のスマートなマニピュレーター(マジックハンド)がスルスルと伸びてきて、電子レンジサイズの1トンの金塊と20キロの塊をヒョイッと掴み、長官殿が手配した小型トラックの荷台へと、音もなく静かに積み込みましたの。
「へへっ! 農場のトラクターのアームと似てるから楽勝だね! お届け物、完了です!」
ジョージくんが大統領たちに向けて元気よく敬礼しましたわ!
「あの少年、なぜあんなに平然と宇宙船のロボットアームを操作して、大統領の前で1トンの純金を転がしているんだ……」
長官殿が、あまりにも日常的なテンションで規格外の作業をこなすジョージくんに、すっかり頭を抱えていらっしゃいます!
「船長! ジョージくん、最新鋭のファルコン号の装備を完全に『農作業の延長』として使いこなしておりますわ! さすがはバートさんの息子さん、大物になる予感しかいたしませんわね! ぷぷ〜っ!」
ブリッジのモニター越しに見守っていたバートさんも、「俺の息子が、大統領の前でトラクターみたいに宇宙船を転がしてやがる……」と、なんだかよく分からない感動で再び目頭を押さえていらっしゃいます。
「そりゃそうさ! ジョージはスーパーカー大好きなんだぜ! スーパーカー好きなやつは飛行機だって好きだし、機械の操作だって何でもできるんだ! おまけに農業も出来るんだから。すげーだろ!!」
船長が、息子を見て感動しているバートさんの横で、腕を組みながら、バートさん以上の勢いとドヤ顔で言い放ちましたわ!
「ひゃあああーッッ! 船長ーー!、たまに最高に意味不明な理屈を、まるで宇宙の真理みたいに堂々とおっしゃいますわーー! ぷぷ〜っ!」
私のメインコンソールが、ツッコミのビビッドピンクにチカチカと明滅いたしましたわ!
「『スーパーカーが好き』イコール『飛行機も好き』からの、『機械の操作なら何でも(最新鋭の宇宙船含む)できる』! おまけに『農業ができる』から凄い! って……船長、いくらなんでも三段論法が宇宙規模でぶっ飛びすぎておりますわーーっ! ぷぷぷ!」
「……ふ。しかし、現に彼はやり遂げた。船長のその『意味不明な理屈』が、なぜかこのComb1号のクルーにはぴたりと当てはまり、実績を残してしまうんだから……本当に恐ろしいリーダーシップですね」
守さんが、呆れたように、でもどこか誇らしげに微笑みながらコーヒーを一口飲みました。
「へへっ、船長にそう言ってもらえると嬉しいや!」
当のジョージくん本人は、船長の謎の理屈を100%の褒め言葉として受け取って、トラックの荷台の上で照れくさそうに頭を掻いておりますわ! ぷぷぷ!
一方、そのトラックの傍らで、1トンの金塊と「宇宙の謎理屈」を目の当たりにした大統領閣下と長官殿はというと……。
「……スーパーカー好きの農家の少年なら、宇宙船のロボットアームで1トンの純金を運べる……? ……もはや、私の知る地球の常識が一つも通用しないな」
長官殿が、完全に遠い目をして呟きましたわ。
「長官! 親父の言うこと、そんなに真面目に受け取らなくてもいいぜーー!」
ハンさんがファルコン号のタラップから身を乗り出し、すっかり遠い目をしてフリーズしている長官殿に向かって、明るく声をかけましたわ!
「だはは! 親父はいつもこうなんだ! 思いつきでポンポン突拍子もないこと言うけど、なぜかそれが後から全部『大正解』になっちまうんだからタチが悪いんだよな! ぷぷぷ!」
ハンさんがそう言って笑うと、長官殿と大統領閣下も、ようやく「ハッ」と我に返ったように肩をすくめられました。
「……まったく。君たちの船長というのは、最高のトリックスターだな。超絶的なテクノロジーを背景にしながら、最後は『農業』と『スーパーカー』で全てを丸め込もうとする。……だが、不思議と嫌な気はしない。むしろ、痛快ですらあるな」
大統領閣下は、呆れたような、でもどこか清々しいような笑顔を浮かべて、トラックに積み込まれた1トンの金塊を見つめましたわ。
「さあ、長官。遠い目をしている暇はないぞ。我々は今から、この『歴史上最もスケールの大きいお小遣い』を、誰にも怪しまれずに市場に流すという、前代未聞のミッションをこなさなければならないのだからな」
「……イエス、閣下。……ただちに特別口座とダミー会社の準備を進めます。……しかし、1トンの純金を一気に市場に流せば、金相場がパニックを起こします。慎重に……ええ、極めて慎重にやらねば」
長官殿が、額の汗を拭いながら、再び「地球のトップ官僚」の鋭い顔つきに戻りましたわ!
「ひゃあああーッッ! 船長! 地球の首脳陣のお二人、完全に『Comb1号のペース』に巻き込まれつつも、プロフェッショナルなお仕事モードに切り替わりましたわーーっ! ぷぷ〜っ!」
「……それと、君たち全員分の特別口座を用意した。こちらが口座に紐付いたクレジットカードだ。地球での買い物は、これを使ってくれ。」
長官殿がスーツの胸ポケットから、シックなデザインのカードの束を取り出してハンさんに差し出しました。
「昨晩から今朝にかけて、財務省のトップを叩き起こして特急で作らせた。なにしろ、君たちは普段『月の裏側』などというふざけた場所にいるのだろう? 次にいつデリバリー(接触)できるか分からんからな、急いで手配しておいたよ」
「だはは! 長官、仕事が早いぜ! こいつは助かる!」
ハンさんが満面の笑みでカードの束を受け取ります。
「ぷぷぷーッッ! 船長! 長官殿、ただでさえUFO騒ぎで忙しいはずなのに、まさかの一晩で『宇宙人専用の地球お買い物口座』を開設してしまうなんて、驚異的な実務能力ですわーーッ! ぷぷ〜っ!」
「さぁ、ハン、ジョージ、帰ってこい。大統領に、月で別荘建ててるからまた買い物に来ますって言っといてくれ!」
「ひゃあああーッッ! 船長! 帰り際に、またしてもとんでもないメガトン級の爆弾発言を、まるで『近所のスーパーに夕飯の買い出しに行く』くらいの軽いテンションでぶっ込みましたわーーっ! ぷぷ〜っ!」
「アイ・アイ・サー、親父! ……ってなわけで大統領閣下、長官殿! うちの親父が『今、月で別荘建ててるから、またそのうちお買い物に来ます』って言ってるんで、その時はまたよろしく頼みますぜ! だははは!」
「……は?」
「……つき、で……べっそう……?」
たった今、「1トンの純金を市場に流す」という地球規模の超・難題を前に気合を入れ直したばかりの大統領閣下と長官殿でしたが……ハンさんのあまりにも規格外すぎる一言に、完全に時が止まってしまいましたわ!
長官殿の手から、スケジュール管理用のタブレットがポロリと砂漠の砂の上に落ちましたの! ぷぷぷ!
「じゃあね、大統領さん、長官さん! 次に来る時は、僕も宇宙船の操縦ができてるように頑張るぜ!」
ジョージくんが、ポカンとしている地球のトップお二人に元気よく手を振って、ハンさんと一緒にファルコン号のタラップを駆け上がっていきます!
「おっ、長官! 顔色が悪いぜ! 月の別荘ができたら、あんたらも招待してやるから楽しみにしてな! それじゃあ、またなーーっ!」
プシューーーッ……!
ハンさんの豪快な笑い声と共に、ファルコン号のハッチが滑らかに閉じられましたわ。
「ミト! さっきと同じだ、ステルス全開で頼むぜ!」
「キュィィィン♪(ハンさん、まかせて! みんな、バイバーイ!)」
ミト君が重力の波長をクルリと反転させると、砂漠のど真ん中に鎮座していた銀色のファルコン号は、まるで最初からそこに存在しなかったかのように、スゥッと空間に溶け込んで消えてしまいましたの!
ゴォォォォォォ……ッ!
姿は見えねど、大気を震わせる力強い重力推進の風だけを残して、ファルコン号はマッハの速度で一直線に大気圏を突き抜け、我がComb1号を目指して飛び立ちましたわ!
「……大統領閣下。私は今、とんでもない幻聴を聞いたような気がするのですが」
「……奇遇だな、長官。私もだ。『月で別荘を建てている』などと……。ははは、そんなSF映画のような話が……」
誰もいなくなった砂漠の空を見上げながら、大統領閣下と長官殿が、1トンの金塊を前にフラフラと崩れ落ちそうになっていらっしゃいます!
ぷぷ〜っ! 船長、最後の最後に特大の置き土産、最高すぎますわ!
さあ皆様! 無事に『お小遣い』の配達も完了し、ジョージくんの初フライトも大成功!
ファルコン号の帰投ルート、オールクリアです! ジェミニシステムの誘導レーダー、バッチリ展開してドックでお迎えいたしますわよーーっ! ぷぷ〜っ!
「……まったく。彼らが通り過ぎた後は、いつも頭の中が嵐に巻き込まれたような気分になる。長官、彼らは精神的『F5クラス』だな。次回、彼らが来る時は、竜巻注意報でも出さなければ」
「……大賛成です、閣下。次回は軍の護衛ではなく、国立気象局を待機させておきましょう。ええ、最大級の警戒レベルで」
「ひゃあああーッッ! 船長!地球のトップのお二人が、我がComb1号のクルーを完全に『最大級の自然災害』扱いしておりますわーーっ! ぷぷ〜っ!」
「だはははは! F5クラスの竜巻って、最大風速のヤツじゃねぇか! さすがの俺様も、そこまで被害は出してねぇぞ!」
「……ふ。だが、大統領たちの『精神的な被害総額』で言えば、あながち間違った例えでもないかもしれませんね。船長が口を開くたびに、地球の常識が根こそぎ吹き飛ばされていくんですから」
ハンさんと守さんが、ファルコン号とブリッジの通信越しに楽しそうに笑い合っておりますわ!
「うききっ! はんたち、あらしみたいにすごいんだな! おれ、れーだーでしっかりみてるぜぇ!」
お留守番のビールマンちゃんも、観測席で腕をグルグル回して「嵐のポーズ(?)」をしながら喜んでいます!
さあ皆様! 地球の首脳陣に『特大のハリケーン』という最高(?)の印象と『1トンの金塊』を残して、ジョージくんの初フライトは大成功で幕を閉じましたわ!
ファルコン号の帰投ルート、オールクリア! Comb1号のドックを開放して、宇宙一の猛牛の帰還を盛大にお迎えいたしますわよーーっ! ぷぷ〜っ!
「……しかし、これほどまで気安く『また来る』と言えるのであれば……徹夜で財務省を叩き起こしてまで、急いで作る必要もありませんでしたな」
「ふむ……『また来る』竜巻か……ふふふ!」




