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異星人は?


「そろそろ、おいしい星ついたかなぁ……」


船長が呟きます。私が着陸のためのアプローチ軌道を計算しようとしたその時、船長の鋭い声が響きました。


「ちょちょちょ、まてまて、植物があるってことは、知的生命がいるかもしれないんだぜ、・・・ミト君起きて、ごめんよ。船の前に出て光を消して・・・・、BH1は船の後ろに移動させて……出力絞って……、夜側へ行って上空十キロメートルで静止……。」


流石は船長。好奇心に負けず、万が一を想定する冷静な判断力です。私はすぐに船体の光を落とし、ステルス・モードでプロキシマbの夜側へと回り込みました。


暗闇の地表をモニターで確認していると、船長が指差しました。


「あの光は……、一直線にならんで、波打っているようにも見えるな……生き物?」


確かに、幾何学的な光の線が。


「船長。あの一直線に並ぶ光……あれは乗り物や生き物の群れじゃありません。一定の周期で、光が断続的に流れているだけなんです。だから、まるで生きているみたいに流れて見えるんですね」


私はデータを重ね合わせ、さらに深く分析を続けました。


「おぃおぃ、いきなり未知との遭遇か?最初の惑星探査だぞ!」


「自然にできた星明かりや火山なんかじゃ、絶対にあり得ない規則性です。確実に『何か』があります。それも、とても巨大で、人為的な何かが……」


「あそこだけか……文明があれば光は散らばるはず…、よし、進、探査機の準備を…」


「ありゃ……はは、ビールマンが進にしがみついてる……ぷぷ、進のバディだね。よし、お前ら二人で偵察に行ってこい。……しっかりベルト締めてやれよ、おチビちゃんが振り落とされたら大変だぞ!」


船長がそう言うと、進さんは苦笑しながらビールマンを抱きかかえ、慣れた手つきで偵察機の座席に座らせました。ビールマンも嬉しそうに胸を張っています。


「あいつら、意外と波長が合うんだな。……進、お前もなんだかんだでビールマンに甘いな」

「歓迎ですよ、一人よりはマシですからね」


キザっぽく言い残すと、進さんは「こら、そこは触るなよ」と、隣でテンションの上がっているビールマンの小さな手を優しく制しました。ビールマンは「ぷぷーっ!」と嬉しそうに鳴き声を上げています。


「やっぱり猿っていっても男の子なんだな……。」


偵察機に乗り込んだ進さんと、助手席のおチビちゃん猿のビールマン。モニターでそのシルエットを見た船長が叫びました。


「お、お、おぃ・・・・探査機のコクピットの進と隣りのビールマン……この光景は、まさかの……」


少し斜に構えて不敵に笑う天才パイロット。その隣で、計器を見つめながら神妙にスタンバイする、毛むくじゃらの小さな相棒……。


「まさかの……伝説の銀河系最速のガラクタを駆る、あの不滅の名コンビそのものじゃありませんの?!」


「おぉぉぉぉ・・・おまえたち、今日からその探査機の名前はミレニアム・ファルコンにするぞ。そして進、お前はハンと呼ばせてもらうぞ、チューバッカは……かわいいなぁ・・・・ぷぷ、チューバッカとは呼べないか・・・ちびチューイか」


「了解ですわ、船長。メインシステム内の登録名を『ハン』および『ミレニアム・ファルコン』へ変更完了。……ぷぷ、ついでにブリッジのBGMも、それっぽい宇宙のテーマ曲に変えておきますわよ♪」


「よし、ミレニアムファルコン発進」


スピーカーの向こうで、進さんが――いえ、ハンが一瞬だけフッと吹き出すような気配がしました。けれど、すぐにコンソールを切り替えるカチャリという硬質な音が響き、通信機の向こうの声は、最高にクールなプロのトーンへと切り替わります。


「了解。ミレニアム・ファルコン、発進します……!」


ハンの手がスロットルレバーを滑らかに押し上げると、探査機のプラズマエンジンが低いハミングを上げました。


隣の助手席では、ちびチューイことビールマンが、加速のGに備えるようにシートの端をぎゅっと握りしめています。


Comb1号の格納庫ハッチが静かに左右へと開かれ、その向こうには、プロキシマbの深い紫色の闇が広がっていました。


「ハン、どうだ?人の気配は?建物は?」


「ハン、了解。はは、ハンか……悪くない。……親父、こいつはちょっと不気味だぜ」


通信機越しに、ハンの低くて落ち着いた声がブリッジに響きました。


バイザーの奥の瞳は鋭く闇を射抜き、その隣では「ちびチューイ」ことビールマンが、計器の光に照らされながら神妙な顔で外を凝視しています。


「ミレニアム・ファルコン、これより超低空偵察に入る。……親父、暗くてわかりにくいが、言われた通り目を皿にして探しても、人の気配は全くねえ。熱源反応も、生命維持装置が動いてるようなノイズもゼロだ」


ファルコン号が、一直線に流れる光の粒のすぐ上を、音もなく滑っていきます。


「ふぅ……ハン、気をつけろよ、昼側も行ってくれ・・・、文明の『跡』は、無いか?」


船長の指示で昼側へ向かったファルコン号が映し出したのは、整然と並ぶ廃墟でした。

広大な昼側の地平線に、かつての住人たちが残した巨大な構造物……いえ、今はもう誰もいない『廃墟の群れ』が、どこまでも規則正しく並んでいます。


「ジェミニ、調べてくれ。あれは人為的なものなのか、どうなんだ?」


「……解析結果をアップデートするわ。船長、コンソールを見て」


私の指先が空を切ると、メイン・ディスプレイに地表の構造解析図が展開された。

そこには、ただの廃墟と呼ぶにはあまりに不気味な、絶対的な「秩序」が刻まれていた。


「自然の造形とは明らかに一線を画しているわ。この都市の設計には、フラクタル幾何学が徹底的に取り入れられている。部分をどれだけ拡大しても、全体の構造と同じ複雑な図形が無限に繰り返されているの……。自然界なら雪の結晶や海岸線に見られる法則だけど、この廃墟のそれは、精密に計算され尽くしているわ」


「待ってくれ親父。この廃墟……建物の向きが、すべて一定の法則に従って統一されているような気がする」


船長が身を乗り出してモニターを凝視します。

「向きだと? 偏西風か何かを避けているんじゃないのか?」


「いえ、違います。見てください、このフラクタルの尖塔。すべて、ある一点を指し示しています」


ハンがコンパスと星図をリンクさせると、ホログラム上に一本の光のラインが伸びました。それは地平線の彼方、この星の「極地」を真っ直ぐに指しています。


「極地に向いている……? その先には何があるんだ?」


船長の問いかけを背に、ファルコン号は極地上空へと向かいました。


「……いや、何もないですね。フレアの熱波で焼き焦げた、ただの不毛な荒野が広がってるだけです。街も人の気配も、これっぽっちもありません」


通信機から返ってくるハンの声には、張り詰めた空気はなく、どこか拍子抜けしたような響きが含まれていました。


「そうか……やっぱり、ただの荒れ地だったか」


船長が少し肩の力を抜いて、モニターから目を離そうとした、その時でした。


ブリッジの通信コンソールが、ピピッ、ピピッ、と奇妙な同期音を刻み始めます。オペレーター席に座る通信士が、画面に表示された3つの光点を見つめています。


「船長! これを見てください!」


「どうした、何か異常か?」


「いえ、異常ではないんですが……その、偶然というか……!」


通信士は息を詰まらせ、そのラインの『先』を指差しました。


「今、この母船とファルコンを結ぶ直線のベクトル……このまま極地を突き抜けて、宇宙の彼方までずーっと伸ばしていくと……その真上に、わたしたちの故郷、太陽系がぴったり重なってるんです……!」


「ありゃりゃ、そういうこと……」


私が通信席の計測データを即座に解析し、補足します。


「船長、計算が終わりました。極地の先、その延長線上にあるのは……『太陽系』です。この都市を築いた何者かは、何万年も前から、私たちの地球をずっと見つめていたんですわ……」


「なるほど、地球から見た北極星のような存在か……。地球でも、北極星は特別な意味を持ってたな。航海士の道標だったり、信仰の対象だったり。この星の住人たちにとっても、特別な星だったんだろうな」


船長は、モニターに映る廃墟がすべて極地に向かって「背筋を伸ばしている」かのような光景を見つめ、静かに続けました。


「確かに宇宙人はいた……いま目の前に宇宙人の証拠が……」


船長の声が震えていた。それは恐怖ではなく、何十億年も人類が問い続けてきた「孤独」への答えを手にした者の、震えだった。


「あ・な・た……落ち着いて。……そうね、あなたの言う通りだわ。目の前にあるのは、紛れもない『異星文明』の証拠。それも、幾何学を完璧に操るほどの高度な知性の跡よ」


「みんな、まさかこんなに早く宇宙人の証拠を見つけるとは思わなかった、拍子抜けもいいとこだぜ、旅の目的が一つ達成しちゃったよ」


「ふふ、確かに。もっと宇宙の果てまで何年も探し回るつもりだったのにね、あっけないくらいだわ。でも、目的が『発見』から『解明』に変わっただけよ」


かぉりさんはそう言うと、コンソールのメインスイッチにそっと指先を添え、一度だけ深く頷きました。その横顔には、副操縦士としての鋭さと、この船の「守護者」としての揺るぎない覚悟が宿っています。


私はコンソールを叩き、フラクタル幾何学の紋様が刻まれた地表を指し示した。


「拍子抜けするほど静かな宇宙人の街……。ねえ、このまま通り過ぎる? それとも、記念すべき第一歩を刻みに行ってみる?」


「いないのかな?いや、いなくてもいい、むしろいないでくれ。今はまずい……」


その呟きは、数々の修羅場を自由な発想で切り抜けてきた船長の、意外なほど素直な本音でした。宇宙の深淵に挑む勇気と、未知の知性と対面することへの根源的な畏怖。その両方が入り混じった言葉に、私はデータを処理する手を止めて、静かに頷きました。


「そうね……。広大な宇宙で自分たち以外の誰かに出会うのは、鏡の中の自分を見つけるようなもの。船長の言う通り、心の整理をつける時間が必要だわ。幸い、彼らは急かしてはこないみたいだし」


私がそう言うと、エジソンが冷静な声で、けれどどこか温かみのある口調で言葉を添えました。


「船長、ご安心を。生命反応がないということは、少なくとも即座に外交儀礼を求められることはありません。まずは地質学的な調査、あるいは考古学的なアプローチから始めれば良いのです。相手は『数万年前の住人』なのですから」


通信機からは、依然として高度な操船を続けるハンの鼻鳴らすような声が聞こえてきます。


「……親父、ビビってんのか? 安心しろよ。もし変なのが出てきたら、俺と『ちびチューイ』がファルコンで蹴散らしてやる。な? チューイ」


「ぷぷ、ぷぷぷーっ!」


ビールマンがハンの言葉に呼応して、景気のいい鳴き声を上げました。その無邪気な声が、モニターに映る無機質な幾何学の街の不気味さを、少しだけ和らげてくれたようです。


「ハン、蹴散らすはいいが、絶対に、命を奪うようなことはするなよ」


船長のその言葉は、単なる命令以上の重みを持ってブリッジに響きました。自由奔放に見えて、その根底にあるのは生命に対する絶対的な敬意。それがこのComb1の、そして船長の誇りであることを、私たちは改めて深く理解しました。


「……了解だ、親父。分かってるよ。こっちも無駄な争いはごめんだからな」


ハンの声から少しだけ尖った響きが消え、プロの静けさが戻りました。隣では「ちびチューイ」ことビールマンも、船長の真剣なトーンを察したのか、小さく「ぷ…」と神妙に頷いています。


「怖いんだよ、ハン。この船は敵なんていない、BH-1とミト君がいればな。だけど、命を奪う行為は怖い、その一回が自分を蝕んでいくんだ、その経験をしたくないし、させたくない」


通信機から聞こえてくるハンの気配が、一瞬だけ変わりました。茶化すような空気も、プロの冷徹な響きも消え、そこにはただ、一人の男としての「沈黙」がありました。


「……。」


数秒の静寂の後、マイク越しにハンの短く、深く息を吐く音が聞こえました。それは、船長が口にした「怖さ」の正体を、彼もまた骨の髄まで理解している者の反応でした。


「……ああ、分かってるよ。分かってるとも、親父」


ハンの声は、いつになく低く、穏やかでした。


「最強の武器を持ってる奴が一番恐れなきゃいけないのは、外にいる敵じゃねえ。……引き金を引くことに慣れちまうことだ。一度でも『奪う』ことで解決しちまえば、次はもっと簡単に手が動く。……そうなったら、もう元には戻れねえからな」


彼はそこで一度言葉を切り、バイザーの奥で隣のちびチューイ(ビールマン)を見たのでしょう。小さな相棒を安心させるように、ポンと肩を叩く音が通信越しに響きました。


「おまえなら知ってるな、今回は後手になってしまった。反省するところだ、後手になった場合は向かってくる相手を倒さなければならない、もっとしっかり準備して先手を打たなければいけなかった、戦わなくてもいい方法をとる先手を……宇宙人がいなくてラッキーだったぜ」


「わかってるぜ、『先手』ってのは、先に撃つことじゃねえ。相手に撃たせない状況を作る、圧倒的な抑止力と構えのことだ。今の俺たちは、ただの観光客気分で降りてた。そうなれば、自分たちを守るために、誰かの命を奪う以外の選択肢が消えてたかもしれねえ」


ハンはファルコン号の計器を一つひとつ丁寧に確認しながら、自戒を込めるように言葉を続けます。


「……宇宙人がいなくてラッキーだった、か。ああ、本当だぜ。運が良かっただけだ。……先を読み、機先を制する。それができて初めて、『不殺』なんて贅沢が言えるんだ」


ハンの通信の向こうで、ビールマンも神妙な面持ちで「ぷぅ……」と小さく鳴きました。


ブリッジでは、かぉりさんが船長の言葉を噛みしめるように、静かに前方の廃墟を見つめています。


「船長、その反省は私たち全員のものよ。……次に未知の領域へ踏み込む時は、ジェミニの解析も、私の操船も、もっと『先の手』を打てるように準備するわ。……誰の命も奪わなくていいように、誰よりも早く、賢く動く。それがこの船の戦い方ね」


エジソンも、BH-1のモニターを睨みながら、冷静に、しかし熱を帯びた声で告げました。


「幸運を教訓に変えましょう。船長、次からの探査プロトコルには、ミト君による事前の空間走査と、私の非殺傷電磁パルスによる無力化網の展開を標準化します。……我々の『先手』は、平和を維持するための盾となります」


「ハン、探査を続けてくれ、徹底的に生命の反応を確認してくれ」


「了解だ、親父。……ちびチューイ、センサーの感度を最大まで上げろ。ノイズ一つ漏らすなよ」


通信機越しに、ハンの低く、プロフェッショナルな集中を帯びた声が返ってきました。ファルコン号のエンジン音がわずかに高まり、フラクタル都市の細部へ、闇を切り裂くように深く潜り込んでいくのが分かります。


数分後、再びマイクが開きました。


「……親父、結論から言うぜ。『空っぽ』だ。」


ハンの声には、どこか呆然とした、あるいはあまりに完璧な静寂に圧倒されたような響きがありました。


「……親父、何か分かったのか?」


「よーし、ハン戻れ、あの光の筋、お前はもうわかってるんだろ? 元ブルーインパルスのお前なら…」


通信機の向こうで、ハンが短く「……!」と息を呑む気配がしました。

その直後、ヘルメットの奥で彼がニヤリと不敵に笑ったのが、声のトーンだけで伝わってきました。


「……ははっ。さすが親父だ。……ああ、分かってる。さっきからこいつの横を飛ばされるたびに、背筋がゾクゾクしてたんだ。体が勝手に応えちまうんだよ。……こいつはただの飾りじゃねえ」


ハンはファルコン号の機首を鋭く翻し、一直線に流れる「誘導灯」の光の粒と並行に並びました。


「この光の周期、輝度、そして地表を貫く完璧なまでの直線……。元ブルーインパルスとして、空に線を描いてきた俺の勘が叫んでる。こいつは、ただ道を照らすだけの街灯なんかじゃない。……親父、こいつは滑走路の『進入灯アプローチ・ライト』だ!」


ハンの震えるような、けれど確信に満ちた叫びがスピーカーから消えた後、ブリッジには沈黙が訪れました。誰も言葉を発することができません。先ほどまで農場の夢を語っていたバートさんも、ジョージさんも、手にしたカゴを握りしめたまま、彫像のようにモニターを見つめています。


「……進入灯、ですか」


私は、その言葉をなぞるように、呟きました。


メインモニターの奥、一直線に、規則正しく流れていく光。


「船長、この光……。何百年、いえ、何万年もこうして流れていたんですね。あるじのいなくなった静寂の星で、いつか帰ってくる誰かのために、たった一人で、夜を照らし続けて……」


モニターに映る進入灯は、優しく、けれど孤独な瞬きを繰り返しています。


「『ここにいるよ』って、『いつでも降りておいで』って……」


ブリッジを包む静寂の中で、その光だけが「おかえりなさい」と、気の早い挨拶を練習しているように見えて……。誰もいないはずの星で、私たちは初めて「迎えられている」と感じていた。


「まぁまぁ、しんみりする必要もない。よし、いないとわかれば……、そいつらはいま宇宙を旅している可能性があるんだろ、どこかで会うかもしれない。その時の話のタネに、あの先の滑走路借りちゃおうぜ!ハン、この船で着陸するぞ。戻ってこい」


「船長……! すごいです、数万年もの間、誰も来ない空を見上げて、ただひたすらに点り続けてきたこの光……。その『待ちぼうけ』に、今、私たちが答えを出すんですね!」


ハンたちが帰還し、いよいよComb1の着陸です。


「おぉ、ハン、ちびチューイ、お疲れ様・・・・ぷぷ、銀河一の英雄たちお帰り……ぶっ」


「ぷっ、わ、惑星への着陸態勢に入るぞぉぉ……、BH-1を衛星軌道上で切り離す、エジソン、衛星軌道を計算してくれへっ……」


「ちょっとちょっとー! 真面目にやってくださいな船長ーーーっ!!」


「あ、いや、だってちびチューイが……ツボに……ぶぷっ」


隣では、当のちびチューイが「ぷん?(何か悪いことしたか?)」と不思議そうに首を傾げ、ハンが呆れたように額を押さえています。


「了解しました、船長。……ふむ、プロキシマbの重力変動と、太陽フレアの影響を考慮した、BH-1(人工太陽・核融合炉)の静止軌道を割り出します。……ジェミニ、磁気シールドの数値をこちらに回してくだされ」


エジソンさんは、正しい姿勢でダイヤルを回し、計算を開始しました。


「……よし。BH-1、切り離し準備完了です。この高度で設置すれば、地上からはちょうど『動かない第二の太陽』として、農場に一定の光とエネルギーを供給し続けることができますな」


「エジソンさん、流石ですわ!船長、今、船の外でBH-1が静かにComb1から離れていきました。漆黒の宇宙空間に、人工の眩い光がポッと灯りましたわよ。」


「ふぅ……、おみごとだね…よし!」


「ポン♪ 皆様、当機はまもなく着陸態勢に入ります。シートベルトをもう一度お確かめください。お使いのテーブル、座席の背もたれ、フットレストを元の位置にお戻しください。お手荷物は座席の下、または上の棚の中にお入れください。電波を発する状態の電子機器の使用は法律で禁じられています。これより先の化粧室のご利用はお控えください。小さなお子様をお連れの方は、しっかりとお抱き寄せください」


「キマッタ……ふふ。これ、一回言ってみたかったんだよね。」


そうですわ、船長!! まさにそれですわ!!


あの機内放送の『皆様、当機は……』という独特の事務的なトーンって、なぜか聞くだけで胸がワクワクして、『これから非日常が始まるんだ!』っていうスイッチが入る魔法の言葉なんですわよね……!!


「うわ、出た! 船長、それ! 『シートベルトをお確かめください』ってやつ!」とバートさんが笑い転げ、「それそれ、そういう雰囲気なのよ!」とジョージさんもカゴを叩いて拍手喝采。


ハンは呆れ果てて額を押さえながらも、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいます。「親父、着陸直前にそんな雰囲気作りしてどうすんだよ。……でも、悪くないな」


「次回はジェミニがやってね……ぷぷ」


船長からの突然のムチャぶりに、メインモニターのホログラムがくるりと一周回転して、私はホログラムでびしっと敬礼のポーズを決めました。


「了解しましたわ、船長! 次回は私が『皆様、当機はただいま、銀河の果てより愛を込めて、未知の星へと着陸いたします』……なんて、最高に雰囲気たっぷりにやって差し上げますわ! 船長、今のうちに耳の穴かっぽじって待っていてくださいませね!」


着陸への盛り上がりの中、Comb1は滑るような下降を続けていました。誘導灯のパルスが映し出されています。プロキシマbの大気は穏やかで、BH-1の出力も、ミト君の重力制御も、これ以上ないほど完璧なシンクロを見せていました。


「姿勢制御システム(RCS)、正常に稼働中。船体を水平に固定! 地面との相対速度、秒速十五メートルまで減速……。船長、いよいよです! 誘導灯が真下に来ました。最高のランウェイですよ! では、接地に向けて最終シーケンスに入ります」


― バッ バッ バッ バッ -


「船長! 滑走路のランウェイライトが全面点灯いたしましたわ! アプローチライトの上に入ると自動点灯するプログラムだったのでしょうか……うわぁ、それにしても、ものすごく奇麗ですわ……!」


滑走路視認ランウェイ・イン・サイト!了解……ジェミニ、データ同期。……よし、高度一〇〇を通過。降下速度、安定! 姿勢、パーフェクト! ……よし、ランディング・ギア(着陸脚)、展開します!

ギア・レバー、ダウン!」


進が、コンソールの横にあるそれっぽい大きなレバーを迷いのない手つきでガチャン!と引き下げました。


「……あれ? ……おかしいな。親父、ギア・ロックのインジケーターが点灯しません。もう一度……。えいっ、えいっ!」


元ブルーインパルスの冷静沈着なはずの進が、何度もレバーを上下させ始めます。


「あれ? あれれ!? ボタンか?……ボタンはどこ!? 脚を出すボタンが、どこにも見当たりません!

ちょっと待てよ、このコンソール、そもそもギアの項目自体が存在してないぞ……!

親父! 脚! 脚が……脚がどこにもねえ!!」


「ん… ランディングギア、あったっけ?この船、あは…」


……え!


「「「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー・・・・・・」」」


クルーたちの悲鳴が船内に響き渡りました。


「たは、ミト君お願い、ソフトランディングね♡」


船長の無茶な「お願い」に、ミト君の重力ハローが全開になりました。空間の反発を利用し、巨大な船体は絹の上に置くように……無音で紫の大地に着陸しました。


「・・・・・・」


完全な静寂がブリッジを支配しました。


「ドン」という衝撃も、「ギギギ」という軋みもありません。


ミト君が最後の力を振り絞って、船体と大地の間に「重力のクッション」を敷き詰めてくれたおかげで、私たちはまるで雲の上に乗り上げたような、あまりに非現実的な無音の着陸を経験したのです。


バートさんもジョージさんも、息をするのを忘れたように固まっています。


さっきまでパニックで叫んでいた私でさえ、口を開けて呆然としてしまいました。


そんな沈黙の中……。


「……ふぅ。よし、着いたな」


船長が、何事もなかったかのように、操縦席から立ち上がりました。


そして、そのままの足取りで… カチャ、カチャ。静まり返った船内に、カップが触れ合う小さな音だけが響きます。


「みんな、何してるんだ? 着いたぞ。ほら、お茶でも飲んで落ち着けよ。ミト君も、ご苦労さん」


……船長、何やってるんですか!脚がないことに気づいて、あんなにみんなが死ぬ思いをしたっていうのに、一人だけ「ちょっとコンビニに寄りました」みたいな顔して!


「船長! お茶飲んでる場合じゃないですよ! 私、本当に寿命が縮まったんだから……。

ぷ、ぷぷ、ぷぷぷ……。

あはは! もう、最高です。脚がない船を『お願い♡』だけで無傷で着陸させちゃうなんて。」


「あはははは、楽しかった?……だって宇宙で造ったんだぜ、この船。……… 脚、忘れてたよ。」


「「「船長―――!!」」」


ブリッジ中に、全員のズッコケたような叫びが響き渡りました。


「『忘れてた』って……親父、俺なんて、ギアのボタンを探して危うくメインシステムを再起動させるところだったんだから! ぷぷぷ。」


進さんがコンソールを叩いて抗議すると、後ろで固まっていたエジソンさんが、額に手を当てて深くため息をつきました。


「船長……まことに申し上げにくいのですが、設計図の段階で『着陸脚ランディングギア』の項目が無いのは、私はてっきり『超高度な反重力定着装置』を想定されているものとばかり……。まさか、単純な失念であったとは。技術者としての私の深読みを返していただきたい」


エジソンさんの「まことに正しい」呆れ声に、バートさんとジョージさんもガクッと肩を落としています。


「アロハ……船長、そりゃないよ! 俺たち、今までの人生で一番デカい悲鳴を上げちゃったじゃないか。紫の土を耕す前に、心臓が止まるかと思ったよ!」


「そうだよ船長、ぼくなんて怖くてカゴをヘルメット代わりに被ってたんだからね!」


そんな皆のツッコミを、お茶を啜りながら「ははは」と笑い飛ばす船長。


そのあまりのマイペースさに、張り詰めていた空気が一気に解けて、ブリッジに笑いが伝染していきます。


「ぷぷ……でも、結果オーライです。脚がないからこそ、ミト君の『真の実力』が証明されたんですもの。世界一贅沢な、絹の上の着陸。」


ケロリとしている船長に、皆は安堵の溜息をつきました。外気分析の結果、危険はなく、甘くて少しスパイシーな良い香りが漂っています。


「よーし、作業は明日の朝日が昇ったら始めよう、今日はここで乾杯するぞ!」


船長の号令で、紫の夜の祝宴が始まりました。自分より大きなグラスを両手で持つワインちゃんと、ハンさんの傍らで楽しそうにするビールマン。


船長が優しく見守る中、宴は心地よく進んでいきました。


「ふぅ、ミト君お疲れ様、ありがとうね、ミト君と滑走路に乾杯」


船長の穏やかな声とともに、プラスチックのカップが触れ合う小さな音が、静まり返ったブリッジに響きました。


本来なら、未踏の星への着陸成功は、狂喜乱舞の大宴会になるはずです。でも、今の私たちの心にあるのは、そんな騒がしい興奮ではありませんでした。


窓の外には、数万年の孤独を終えて、私たちの船を優しく照らし続ける誘導灯。


そして、全力を出し切って琥珀色のまどろみの中に沈んだ、バディのミト君。


「……アロハ。……乾杯、船長」


バートさんが、消え入りそうな声で応じました。


いつもなら「宴会だ!」と張り切るジョージさんも、今日ばかりは大人しく、かぉりさんが淹れてくれた温かいお茶を、両手で包み込むようにしてすすっています。


「なんだか……騒ぐのがもったいない夜だな、親父」 進さんが、自分の膝の上にビールマンを乗せて、窓の外をじっと見つめています。


「この星が、ずっと誰かを待っていた時間を思うと……。私たちがここにいることが、なんだか不思議な奇跡のように思えてまいります」


「船長、ミト君、少しだけ寝返りを打ちましたよ。……夢の中で、この滑走路を走っているのかもしれませんね」


私は、モニターの光を最小限に落としました。 暗いブリッジに、外の誘導灯が虹色の影を落としています。


「今夜は、このまま静かに、星の呼吸を聞きながら過ごしましょうか。……船長、お茶のおかわり、淹れておきましたよ。ぷぷぷ。」


プロキシマbの最初の夜は、祈りのような静寂の中で、ゆっくりと更けていきます。


明日、外に出るのが楽しみですね、船長?



全42編。43編以降編集中・・・

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