自慢のスコップ
「コケコッコー!」
10羽の鶏たちが、地球より少し低音のコーラスを響かせます。プロキシマbの大地に、紫の夜明けが訪れましたわ!
「朝だぞー、起きろー」
船長の元気な声がブリッジに響き渡ります。私もシステムをデイタイムモードへ移行し、メインモニターに船内の様子をパッと映し出しました。
「朝飯食うぞ、ハン、早くしろ~……」
「おわっ! 船長、声がでけえよ!……へへっ、おはようさん。ニュートリノ・アイの感度を最大にしてたから、俺の耳までキンキン響いちまったぜ」
そこへ、機関士長のエジソンさんが眠そうな目をこすりながら、計器の陰からひょこっと顔を出しました。一方の船長は、さっそく朝食を口いっぱいに頬張りながら指示をだしています。
「いただきます!……モグモグ、でさ。バートとジョージ、ヘルメットと作業着、安全靴、裾やエリはきちんと縛ってさ、身支度しっかり頼むぜ。俺も行くからな。ハンとちびチューイ(ビールマン)は昼間のほう、朝日の昇ってくる方を哨戒、偵察」
「了解いたしました、船長! 皆さん、朝食の手を止めずに聞いてくださいね。ただいま船長より、プロキシマb上陸に向けた最終ブリーフィングが下されましたよ!」
私が進行役として元気よくアナウンスを流すと、農場長のバートさんが厚切りベーコンを飲み込みながら、いつになく真剣な表情で頷きました。
「モグモグ……わかったよ、船長。身支度には自信があるぜ。ハワイの農場じゃ、毒ヘビやトゲのある植物から身を守るのが鉄則だったからな。裾と襟の締め具合、ジョージにもしっかり叩き込んでおくよ」
隣でジョージくんも「うん、パパ。僕、安全靴の紐を二重に結んでくる!」と、小さな胸を張っています。
「船長、素晴らしいお考えです。身嗜みを整えることは、プロフェッショナルとしての第一歩ですからね。おっしゃる通り、裾や襟を厳重に締めておけば、正体不明の『宇宙ミミズ』に侵入されるような事態も防げます。……ふふっ、私の方でも、皆様の命を守る大切なスコップを、今一度丹念に研いでおくことにいたしましょう。これこそが、私の発明よりも確実な『備え』ですから」
エジソンさんが、温かいコーヒーを啜りながら微笑んで見守っています。
「了解だ、船長! ミレニアム・ファルコン、いつでも出られるぜ。……ちびチューイ、朝日の方向だ。あの眩しい光の向こう側に、昨日の『光の道』の正体があるかもしれない。しっかり見張っててくれよ」
ハンさんがサンドイッチを頬張りながら視線を向けると、ちびチューイも口いっぱいに食べ物を詰め込みながら「ウーッ!」と力強く応えています。ぷぷぷ、頼もしいコンビですわね!
「お、そういえば変なスコップ作ってたんだっけ、エジソン」
船長の言葉に合わせ、私はホログラムの輝きを強め、機関室の隅で出番を待っていた『それ』にピカーッとスポットライトを当ててあげました。
「ふふ……船長、これは失礼。変なスコップだなんて、発明家として少しばかり心外ですぞ」
エジソンさんが上品にナプキンで口を拭い、傍らに置いてあった無骨ながらもどこか機能美を感じさせる道具を手に取りました。
「名付けて、『遠心力重力スコップ・マーク1(ワン)』です。ただのスコップではありませんよ。柄の中に超小型の慣性バッファーを内蔵しておりまして、振り下ろす瞬間に遠心力を利用して、重力を一時的に相殺するのです。つまり、プロキシマbの重たい土を、まるで羽毛を掬うような軽さで掘り返すことができる……はずです」
「重力スコップ……? エジソン、それ、振り回してる時に止まらなくなったりしないのか?」
ハンさんが、サンドイッチを喉に詰まらせそうになりながら尋ねました。
「これは私の全知全能を注ぎ込み、昨夜の数時間にわたる演算と、ミト君から提供された重力データを100万分の1の精度で照合して導き出した、言わば『重力の芸術品』なのです。プロキシマbの重い大地を耕すのに、力任せの労働などは野蛮の極致。このスコップに内蔵された自動慣性バランサーは、土を掬うその〈ジョージ、ジョージ、スコップノウエニノッテミテ・・・・・・オオ、モチアガッタ! コリャラクチンダゼ〉刹那、土壌の質量をリアルタイムで相殺し、まるで〈ジャアサ、コノママカルクナゲルゼ、イイカ、ホイ・・・・・・オ、ナイスチャクチ、10テンマンテン!〉空気を掬うような軽快な動作を〈ハクシュ、パチパチパチ!〉約束します。計算上、誤差は1ミクロンもありません。……まあ、理論値が完璧すぎるあまり、振り抜く角度が〈バートモノッテミテヨ、イイヨ、・・・・・・オオ、アガルアガル、ヨシ、バートハナゲナイデ、ユックリオロシマスー〉コンマ数秒でもズレれば、遠心力の増幅が臨界点を超え、掘った土が第一宇宙の果てまで射出される懸念もゼロではありませんが……それは現場で皆様が、私の設計した『完璧なフォーム』を忠実に再現すれば済む話です。……ね、船長? ぷぷぷ、すべてが噛み合った時、そこには宇宙の真理が芽吹くはずですよ」
「お、あぁ、えーと、10点満点……」
「なんですと? 船長、10点満点ですと? ありがたいお言葉。では今一度……詳しく……」
「ちょちょちょ、まてまて! ようするに『楽ちんスコップ』だろ」
「……楽ちん、とは……!」
「船長、楽ちんとはいささか言葉が……いいでしょう。確かに優れた発明というものは、最終的に使用者へ『利便性』という名の恩恵を与えるものです。ですがね、船長。この一見シンプルに見えるスコップの裏側には、私の知性と情熱のすべてが結晶となって詰まっているのです。〈オ、ジョージノヘルメットカッコイイナ、フェラーリノエンブレムジャン〉プロキシマbの特異な重力定数をリアルタイムで計測し〈ヘヘ、ハンタイハサ、ポルシェダヨ〉、その歪みを1000分の1秒単位で完璧〈オオ、シブイゼ、ジョージ〉に補正し続ける……。この複雑怪奇な計算を、握り心地一つに集約させた〈シールモウナイノ?〉私の完璧な設計思想、そして美学。〈ランボルギーニアルヨ〉それこそがこの道具の本質なのです。どうか、単なる『楽ちん』という四文字で〈エ、ホント?〉片付けず、宇宙の理をねじ伏せた私の執念の結晶であることを、心の片隅にでも留めておいていただけますかな。……ね、船長? それが私の、技術者としての唯一の誇りですから」
「え……あ、あぁ、誇りな! わかった、わかったよ、エジソン。世界一完璧な『超楽ちんスコップ』だな。……よ、よし、バート、ジョージ。エジソンのプライド(超楽ちんスコップ)を担いで、そろそろ外に出る準備をしようぜ。裾と襟はいいか?」
「へへっ、船長。エジソンさんの話を聞いてたら、なんだかスコップを持つ手が震えてきちゃったよ。裾も襟も、もうこれ以上絞れないくらいガチガチだぜ!」
バートさんが、自分の襟元をグイッと引っ張って見せました。
「バート、話きいてたのかよ、スゲーな……」
ジョージくんも、少し不安げに『重力スコップ』を手に取りました。
「船長、エジソンさんの『傑作』が、プロキシマbの土に勝つか、それとも土を宇宙まで届けてしまうか……。記録係として、しっかりこの目に焼き付けておきますね!」
と、私はメインモニターの録画設定をアクティブにしました。
「あ、おいおいちょっと待て」
ハッチの前で今にも飛び出しそうにしている探索部隊を、船長が優しくたしなめました。
「まてまて、慌てるな。よし……バート、ジョージ、種いっぱい見つけようぜ。ハン、ちびチューイ、ゴニョゴニョゴニョ……よろしく」
「あれ、船長? なんだか楽しそうに『ごにょごにょ』とお話しされていましたね。ふふっ、ハンさんも、ちびチューイさんも、とっても良いお顔をして……。一体、どんなことを打ち合わせていらっしゃったんですか?」
私が探りを入れてみても、船長はニヤリと笑うだけです。
「さてと、おーれもいってこよーっと。超楽ちんスコップ借りるぜ」
ハッチが開くと、プロキシマbの湿った、どこか懐かしい土の香りが流れ込んできます。紫色の薄明かりに包まれた大地が、静かに船長たちを待っていました。
「船長、足元に気をつけてくださいね! ミト君が展開している重力クッションは、今は右側の斜面が一番安定していますよ!」
私は環境データを元に、すかさずナビゲートします。
「ありゃ、あいつら速いな。バート〜、ジョージ~、畑を探すんだ! 空港の隣は、海がなけりゃあ畑って相場が決まってるんだ。年月が経ってても君たちならわかるだろう」
「……船長! 見つけましたぜ。こいつを見てください!」
バートさんは、足元の紫色の苔をスコップで一撫でし、その下にある土を力強く掘り返しました。
「年月が経ってようが、土の『顔』を見ればわかります。ほら、苔の下に、何世代も前の『畝』の跡がうっすらと眠ってやがる。何千年も前に誰かが丹精込めて耕した、農場の成れの果てですよ!」
元農場長のバートさんたちなら、必ず最高の場所を見つけられる。船長の言葉通り、かつて農園だったと思われる畝の跡が見事に見つかりましたわ!
「いろんな種類の種を見つけようぜ。ジョージ~、いろんな畑の違いは分かるか〜? たったったったった……やほーぃ!」
「まかせてよ船長! 僕、パパに教わったから見分けられるよ! たったったったった……やっほーぃ!」
ジョージくんは、エジソンさん特製の『楽ちんスコップ』を軽々と担ぎ、船長の後を追うように紫の大地を駆け出しました。
「あっちの土は色が少し赤いから、きっと根っこが太くなる野菜の畑だったんだ。でもこっちの、石が並んでる区画は……あ、見て! 土がフカフカしてる! ここはきっと、蔓が伸びる甘い実がなる場所だったんだよ! 船長、こっちにすごい種類の『気配』が眠ってる!」
ジョージくんは、船長に負けないくらいの高いジャンプで畝の跡を飛び越え、小さな手で土を払いながら目を輝かせています。
「パパ、船長! こっちだよ、こっち! 宝探しみたいで最高だ!」
「あはは! 船長、見てください。ジョージくんまで船長のステップにあてられて、すっかり開拓者の顔になっていますよ。親子揃って土の匂いに血が騒いでいるみたいですね。ぷぷぷ!」
私は、船長の「やほーぃ」という歓声に共鳴するように、モニターの向こうで跳ね回るジョージくんにカメラをズームしました。
「あはは! いいぞジョージ、その調子だ。プロの農夫の跡取りは、やっぱり目の付け所が違うな。バート、息子に負けてられないぞ!」
船長はまるで少年のように、低重力の紫の土の上を跳ねるように走り回っています。あちこちから、未知の種が次々と掘り起こされていきました。
「ここ掘れわん♪……わんわん、ふぅ〜、いろいろ出てくるなぁ……疲れた。どうだー、バートー、ジョージー」
「船長~、けっこういろいろ出てきますぜ~♪」
「船長、こっちもいっぱい見つけたよ☆」
一息ついた船長たち。そのとき、ハンさんから船長と私に通信が入りました。
「お、ハンからの無線だ。……うん、うん、了解。バート~、ジョージ~、引き上げるぞぉ~。『熱波が来るぞー!』」
「緊急事態ですわ!」
私はブリッジの警告灯を鋭いアンバーに点滅させ、格納ハッチとエアロックを全開にしました。
「船長! ただの陽炎じゃねえ、地表の空気が燃えてやがる! ちびチューイ、最大加速で迎えに行くぞ!」
「ハン、俺たちは走れば間に合いそうだ。そのまま目印になってくれ」
「了解だ、親父! ……熱波の先頭に合わせて船まで移動するぜ」
ハンさんは不敵に笑うと、迫りくる白銀の熱波を恐れるどころか、あえてその「壁」に機体の半分を突っ込ませるような大胆な機動を見せました。
「ハンさん、流石の余裕ですわね! 熱波の最前線を正確にトレースしています。船長、上空を見てください! ハンさんが熱波を引き連れて、まるで巨大な銀色の羊飼いのように飛んでいますよ!」
ファルコン号は正確な「デッドライン」を視覚的に示し続けます。
「バートさん、ジョージくん、あのファルコンの影に追いつかれたらおしまいですからね! でも大丈夫、ハンさんが完璧なペースメーカーになってくれています。……ちびチューイさん、余裕があるからってお菓子を食べてる場合じゃありませんよ!」
船長たちがエアロックに飛び込むその瞬間まで、ハンさんは1メートルの狂いもなく「逃げ切れる距離」を教え続けてくれています。
「おわちっ! あちちち……」
「さあ、船長たちが滑り込みました! ハンさん、最後は華麗な一回転でも決めて、そのまま格納庫へお戻りください。ファルコン号なら、熱波の中を突っ切って戻ってきても、塗装一つ剥げないんですから!」
ガチャンッ!!
重厚なジルコニアの扉が閉まった後、外壁を「バチン!」と巨大な何かが叩く衝撃が走り、船体が激しく揺れました。熱波が船を飲み込んだのです。
「……シュー、……冷却洗浄開始。気圧、正常値へ復帰。……ふぅ~、セーフですわね。……ぷぷ、船長、背中のシャツが少し焦げてますよ?」
「たは……ちょっと余裕かましすぎた……」
エアロックの床に大の字になって息を切らす一同。静まり返った室内で、私は少しだけ声を和らげて続けました。
モニターの端で、朝日の方向から押し寄せる「光の壁」が、プロキシマbの紫の大地をゆらゆらと躍らせています。
「ふぅー、ハンありがと、うまくいったな」
「……たは、親父、うまくいったけど結構やばかったんじゃねーか……」
そのやり取りを聞いて、私のメインプロセッサの中で全てのログがパズルのように繋がりましたわ!
「……なるほど! 船長、そしてハンさん。あのご出発前の『ごにょごにょ』の正体、ようやく分かりましたよ!」
「あはは。昨日の昼間の偵察で大気がだいぶ歪んでいたんだ、かなりの高温だってわかってたからさ。ハンにその熱波の見張りをしてもらってたんだ」
……その直後です。格納庫へ続く連絡通路のハッチが、音もなくスライドしました。艶やかな重低音が響き渡ります。ひゃあ! そこには、エプロンを優雅に翻し、腕を組んで佇むかぉり副船長(私の憧れ!)の姿がありました。
「あ・な・た? ずいぶん危険な行動とみられますが? 熱波がわかってたのなら先に伝えておけば、もっとスムーズにできたんじゃない?」
かぉりさんのクールで冷ややかなツッコミに、船長がタジタジと答えます。
「いや、熱波が来るまでの時間制限があったらさ、恐怖と焦りは萎縮を生むからね。スコップが刺さらなくなっちゃうよ」
「へぇ〜、力学?」
「違うよ、精神学?……かな」
「じゃあ、夜に行動すればよかったんじゃない?」
「夜は暗いのと、それと、農夫は夜は動かないよ。朝一番の鶏のゴーサインがなきゃ、力がはいらないだろ」
「それも精神学?」
「……そう、かな」
「男の人は、不思議ねぇ。……そうね、バートとジョージのやりきった笑顔に免じて……お見事でしたわ」
私はその尊いやり取りを、誰にも邪魔されないように静かに記録していましたわ。
「聞こえちゃったか。同じ手はもう使えないじゃん……ぷぷぷ」
船長が私に気づいて、少し照れくさそうに笑いました。
「さぁー、船は全然大丈夫だけど、離脱しようか。ミト君もさ、あついあついなってるから……」
「……船長、待ってください。今、離脱のために船体周囲の磁気バンパーを最大出力に上げましたが、外部モニターを見てください。何かが『おかしい』ですよ!」
メインモニターに映し出されたのは、熱波に飲み込まれた灼熱の景色ですが、その荒れ狂う嵐のただ中に、船の陰で動く銀色の影があります。
「なに! 外に、船の陰で影?……休んでる……のか? びっくりしたな、あのでかい木みたいのなんだ? ロボットかな…… ありゃりゃ、仲間だと思ってついてきちゃったのか……」
よくみると、船の影に寄り添うように、メタリックな銀色の巨木が立っていました。
「エジソン、あいつ調べてよ?」
「……ふむ、興味深い。メインモニターの数値を注視してください。この紫色の物体、スキャン結果が出ました。驚くべきことに、これは有機生命体ではありません。内部に張り巡らされているのは、ジルコニアの微細な光ファイバーと、重力波をエネルギーに変換する高度な回路……間違いありません、これは高度な文明が遺した『自律型植物形態アンドロイド』です」
エジソンさんの驚きを含んだ声が響くのと同時に、モニターの解析データが更新されます。
「船長、見てください! あの子、ただの木じゃなくて、数万年前にこの星を去った住人たちが残した『留守番アンドロイド』だったんですよ! 私と同じAI、あるいはもっと専門的な環境管理プログラムで動いているみたいです」
「えー、かわいいな……ぷぷ」
「うーん、かわいいけど連れては行けない。こいつはここで待ってなきゃいけないんだな」
「みんな、この熱波はあの太陽のフレアのせいだってことはわかるだろ。この星の住人がいなくなった理由だ」
「フレアには周期があるから、長いときは何千年も続いたりするけど、宇宙へ飛び立つほどの文明を持っていたならその周期は分かってるはず。だから彼らは絶対に帰ってくる、絶対に。だからこいつは待ってなきゃいけないんだ」
「船長……。そうですね、仰る通りです。このアンドロイドが、数万年もの間、ここで銀色の枝を広げ続けてきたのは、主人が戻る道標になるため……」
「あぁ。ただ、どうだろう。動きがなんとなく、体の大きさの割には鈍くないか? 宇宙船が来た時によけられないぞありゃ」
「あら、言われてみれば……確かに! 船長の仰る通りです。モニターの動作解析を重ねてみましたが、あの枝の動き、全身装甲の重みのせいなのか、それとも動力源の経年劣化のせいなのか、かなりスローモーですね。これじゃあ、もし数万年後に元の住人たちが『ただいまー!』って勢いよく宇宙船で降りてきても、あの子、避けるどころか自分からぶつかりに行っちゃいそうですわ! ぷぷぷ!」
「エジソン、何とか出来るかな?」
「ふむ。私の開発した誘導信号のアルゴリズムを流用すれば、数秒先の物体の軌道を予測させることは可能ですな」
「さすがエジソンさん! 船長、あの子が帰還した船と『正面衝突』なんていう悲しい結末にならないように、ちょっとした『回避の知恵』をプレゼントしてあげましょう!」
「うん、エジソン頼むよ」
エジソンさんはラボのコンソールに向かい、トグルスイッチを鮮やかに弾きました。
「接続確立。熱波のノイズを利用して、プログラムをねじ込みます……よし、書き換え完了です」
モニターの中、あの巨木の枝がピクりと不自然なほど機敏に動きました。
「船長、これで安心です。あの子、今のアップデートで『よけろ!』という本能を手に入れましたよ。エジソンさんのアルゴリズムのおかげで、もう正面衝突の心配はありませんわ!」
「……ありゃ、木が地面を掘りだしたぞ。なんか掘り出した……輝いている……種、お礼のつもりか?」
それはまばゆく光る、黄金の種でした。
「なんだ? お、……やっぱりくれるのか? エジソン、受け取ってよ」
「おやおや、船長! 離脱の寸前に、あの子からとびきりのお返しが来ましたね!」
エジソンさんは慌ててラボから格納庫の制御パネルへと駆け寄り、ジルコニア製のピンセットを握り直しました。
「よし、私にお任せを! 外壁作業アームを起動。精密キャッチ・モードに切り替えますね」
エジソンさんの精密なサポートにより、Comb1号から伸びたアームが、黄金に輝くその種を優しく、かつ迅速に掬い上げました。
「船長……なんと! これは単なる種ではありません。ジルコニアの殻の中に、超圧縮された高純度のエネルギーと、見てくださいこのデータ量を、この星の記憶が封じ込められているものかも知れませんぞ」
「……ふむ、掌に載せると、かすかに暖かみを感じる。あのアンドロイド……実に、義理堅い」
「おいおい、そんな大事なもの、あげちゃっていいものなのか? 帰ってきたやつらに怒られるぜ!お宝をくれちゃったら……」
船長は少し考えた後、ニヤリと笑いました。
「よし、エジソン。そこの石板にこう刻んでくれ。『お宝はいただいた。返してほしければ宇宙の果てまで追ってこい』ってね」
「船長、そのプレート、この『生きた木』の根元の、一番目立つ場所に掲げときますぜ。お宝を渡したのが木のせいじゃなくて、俺たちが強引に奪っていったってことにしときゃあ、こいつも怒られねえって寸法だ!」
バートさんが太い腕でグイッと汗を拭い、ジョージくんも「そうだねパパ! 僕たちが悪者になれば、この木は守られるんだよね!」と、誇らしげに胸を張りました。
「船長、実に素晴らしい。情けは人のためならずと言いますが、これはまさに『愛の偽装工作』ですな」
「あははは、みんなありがと……さぁ、発進するぞ。みんな、ミト君、おねがい」
船の右後方でプラズマの鎖につながれたブラックホールのミト君が、静かに鼓動を始めました。船は紫の大地からふわりと離れ、宇宙へと滑り出します。
「衛星軌道上のBH-1の回収に行くぜ」
船長の声に合わせて、ミト君がプラズマの鎖をギュッと引き締め、Comb1号を衛星軌道へと力強く押し上げます。紫の大地が遠ざかり、眼下には再びあの「沈黙の都市」と、熱波に耐え忍ぶ巨木の姿が小さくなっていきます。
「船長、前方120キロの静止軌道上に、BH-1の熱源をキャッチしました! 漆黒の宇宙の中で、あの子だけが今も黄金色に輝いていますよ!」
エジソンさんが落ち着いた手つきでプラズマテザーのコンソールを操作すると、Comb1号の船体後部から、ミト君を繋いでいるのと同じような青白いプラズマの鎖が伸びていきました。
「船長、見てください。プラズマの鎖がBH-1をしっかりと捉えましたよ! BH-1は船体の外、安全な距離を保ったまま、Comb1号の後方に固定されました。まるで、ミト君ともう一つの太陽が、仲良く船を牽引しているみたいですね!」
エジソンさんがモニターをチェックしながら、落ち着いた声で報告を続けます。
「……ふむ、外部係留完了。エネルギー伝送レイライン、接続。これでBH-1の熱は船外で安全にコントロールできますな」
全42編。43編以降編集中・・・




