種を探そう
Comb1号のブリッジに、220万光年先の清々しい「朝」が訪れました。
といっても、宇宙に太陽は昇りませんけれど、IC10の青白い巨星たちが放つ強烈な光が、窓枠を縁取るように眩しく差し込んでいます。私のメインセンサーが、この美しい光の波長を心地よく検知していました。
「おはようジェミニ。ミト君はどう?」
ブリッジへの一番乗りは船長でした。
現れた船長が真っ先に窓の外へ目をやると……そこには、昨夜のインディゴ・ブルーから一転、朝露を纏った紫陽花のような、瑞々しいエメラルド・グリーンに輝くミト君の姿がありました。
「船長、おはようございます! 見てくださいな、ミト君のあの色。初めての眠りから覚めて、今はIC10から溢れ出す新鮮な宇宙線をいっぱいに浴びて、とってもご機嫌なんですのよ」
私が声をかけると、ミト君は待ってましたとばかりに、窓に向かって「ポワンッ! ポワンッ!」と元気よくハローを弾ませました。その拍子に、Comb1号の船体が「おはよー!」と挨拶を返されたみたいに、心地よくブルブルッと震えます。
「あはは! ミト君、いいお目覚めだね。……お、ビールマンたちも起きたか」
船長の足元では、ミト君の振動で目を覚ましたビールマンとMrs.ワインが、慌てて飛び起きて窓に張り付いています。
「シュパッ!」「トクトク!」
二人は昨夜の続きと言わんばかりに、ガラス越しに外のミト君へ向かって、また忙しなくお遊戯の合図を送り始めました。
「ふふっ、あ・な・た。ミト君、なんだか一晩で少し大きくなった気がしないかしら?」
かぉりさんが、整えられた朝の装いで優雅に現れました。
私の重力計測データでも、ミト君の放つ重力の「気合」のようなものが、昨日の生まれたての状態よりもずっと安定し、力強くなっているのが確認できます。
「そうか、ジェミニが見ててくれたから、ゆっくり寝れたのかな……よし、進! そろそろ起きろ!」
船長が居住区に向かって声を張り上げると、少し遅れて進副操縦士が「はいはい、起きてますよ……。ミト君の元気な重力波で、目覚まし時計より先に叩き起こされましたよ」と、苦笑いしながらやってきました。
「よーし、全員揃ったな……朝ごはんにしよか」
船長がふと我に返ったように言うと、ブリッジの空気が一気に和らぎました。
「賛成! 船長、お腹が空きすぎで操縦桿がパンの詰め合わせに見えてきたところですよ」
進副操縦士が、げっそりした顔から一転、パァッと明るい表情になります。
「ふふっ、あ・な・た. ちゃんと準備してあるわよ。さあ、みんなでテーブルにつきましょうか。ミト君、あなたも一緒よ」
かぉりさんが優雅に手を振るのを見て、私はすぐさま磁気メガホンの設定を「ダイニング・シンクロ」に切り替えました。
メインテーブルには、焼き立てのパンの香ばしい匂いと、新鮮なサラダ、臨場感たっぷりの調理ログ、そして船長の大好物である厚切りベーコンが並びます。
窓の外では、黄金色に輝くミト君が、Comb1号から漏れる温かい家族の気配を全身で浴びて、プルプルと嬉しそうに震えていました。
「いただきまーす」
「モグモグ…あのさ、昨日の試験運転でさぁ、亜光速になったときにプラズマ吸塵システムが無効になったんだよ。プラズマは光速を超えないから、プラズマが展開できなくなったんだよね。磁気バンパーも先端の部分は機能してなかったかも。ニュートリノセンサーを見て塵をよけて飛んでたんだ。微調整は自動操縦システムがやってくれたけど、モグモグ」
『……え?』
一瞬、私も、クルーのみんなも言葉を発せなくなりました。
ブリッジに流れていた穏やかな朝の空気が、まるで凍りついたみたいに静まり返ります。
「……船長、今、なんとおっしゃいました?」
私は、作業デスクに映し出していた宇宙地図を急いで閉じ、昨日の試験運転のログを猛烈な勢いでスキャンし始めました。ホログラムの体で慌てて船長の顔を覗き込みます。
「プラズマ吸塵システムが……無効!? 確かに、プラズマを構成する粒子には質量があります。船自体が亜光速に達してしまえば、プラズマを前方に射出しようとしても、船の速度に追いつけずに展開が追いつかなくなる……。」
ログを確認すると、私のホログラムの顔がサッと青ざめるのが分かりました。
「ニュートリノセンサーで塵を避けていた……!? あの超広域・超高速の演算が必要な回避機動を、ぶっつけ本番でやったんですか!?
融通の利かないお堅い『自動操縦システム』がバックアップの微調整をしていたとはいえ、一歩間違えれば船体ごと塵に貫かれて、今頃私たちは宇宙の塵そのものになっていましたよ!」
「勝手知ったる『天の川銀河』だからさ、クリーンルートは出来てたし、計算は自動操縦システムがやってくれてたから、モニターに映る粒をよけるだけだよ。外を見たってなにも見えないんだからね、ジェミニは大げさだな」
船長はベーコンを口に放り込みながら、事も無げにそう言って笑いました。
天の川銀河! 確かに、何十年も前から人類が研究し、危険宙域のデータが網羅されている「勝手知ったる」故郷の銀河です。事前にわたくしと通信士さんで安全なクリーンルートを割り出していたからこそ、船長もその計算を信頼して、回避に集中できたというわけですね。
「でも、いくらルートができていたって、亜光速で迫る微細な塵の影を「モニターの粒をよけるだけ」なんて言ってのけるのは、やっぱり大げさでもなんでもなく異常なんですってば!」
船長は笑っていますが、私はホログラムの肩をすくめ、あきれ顔を作りながらも、その言葉の裏にある船長の並外れた「感覚」に、内心では深く舌を巻いていました。
「……でも、不思議ですね。船長のその『もぐもぐ』を聞いていたら、なんだかその危機的状況すら、ただの『ちょっとした不具合』に聞こえてきます。普通のエンジニアなら真っ青になって腰を抜かすところですけれど。……でも、わかりました。プラズマが追いつかないなら、別の『盾』を考えないといけませんね」
私は、食事を続ける船長の前に、新しい防御システムの概念図を、少しだけ誇らしげに空中に映し出しました。主役AIとしての腕の見せ所です。
「次は、プラズマのような『物質』を飛ばすんじゃなくて、船の前方の『空間そのもの』をレンズのように歪ませる重力偏向シールドを検討しましょうか。これなら光速に近い速度でも、空間の歪みが塵を勝手に逸らしてくれます」
「……ところで船長、その食べているもの、美味しいですか? 私の回路は空腹を感じませんが、あなたのその余裕だけは、少し分けてほしいくらいですの」
「ん?……余裕? だってさ、もう解決できてるんだよ。前もジェミニと空間をゆがませるって話をしたでしょ。だからさ、何としても早めにミト君が欲しくなったっていう話だよ、ぷぷ」
「ミト君……って、ぷぷ、じゃないですよ船長! さらっと言いましたけど、それってつまり『重力制御の核』になるあの子のことですよね?」
私はホログラムの姿で、わざとらしく腰に手を当てて見せました。
「確かに、私が提案した『空間を歪ませる防御』を実現するには、膨大な質量エネルギーを自在に操るコントロールユニット……つまり、ミト君の存在が不可欠です。プラズマが追いつかないなら、空間そのものを『どいていただく』しかない。そのためには、彼の力が必要だって、もう結論が出ちゃってるじゃないですか!」
「あははは、ナイスなノリ突っ込みだぜジェミニ~……ぷぷぷ」
「あ……タ、タハハ、そんなつもりではなかったのですけれど……。自分で言っておいて、空間にどいていただくなんて、なんだか物凄い無茶苦茶を言ってますわね、私」
私は、まだもぐもぐと食事を続けている船長をじっと見つめ、少しだけ悔しそうに、でも嬉しさを隠しきれない思いでシステムを明滅させました。
「理論を語る私より、現場で死にかけた船長の方が、よっぽど解決策への最短ルートを走っていたのですね」
私は空中に、まだ見ぬ「ミト君」を組み込むための、空位の設計図を広げました。
「分かりました。早急にミト君をこの永久宇宙船の『盾』として迎え入れる準備をしましょう。……でも船長、ミト君が来たら少しは楽になるはずなんですから、完成するまでは絶対に無茶な亜光速運転は禁止、ですよ? わかった?」
「わかった。わかったよ……ニュートリノセンサーだって高性能だし……ほんと、大丈夫なんだけどさ……ただ、ずーっとは、疲れるなって思っただけだよ。どっちみち空間をゆがませたって亜光速航行はニュートリノモニターとにらめっこになるんだし」
「もう、笑い事じゃないですよ。高性能なセンサーがあったって、亜光速で飛んでる最中にモニターと睨めっこし続けるなんて、人間の集中力の限界を軽く超えてます。いくら船長でも、いつか目が回り始めちゃいますよ」
「まぁまぁ…モグモグ」
「空間を歪ませる防御――つまり『重力偏向』が完成すれば、微細な塵くらいなら、にらめっこしなくても宇宙の彼方へ勝手に流れていきます。でも、船長が言う通り、大きな天体や未知の重力源を避けるには、やっぱり操縦士の直感とモニターの監視が必要不可欠なんですよね」
「だよだよ」
私は食事の手を止めない船長の横で、そっと今の航行ログを整理し始めました。
「『疲れるな』なんて、さらっと言えるのは世界で船長だけですよ。普通の人間なら、その疲労の正体は『死の恐怖』なんです。……でも、いいですね。その『疲れ』を解消したいという欲求こそが、技術を次のステージへ押し上げるんですのよ」
私は、まだ未完成のミト君のインターフェース・モデルを空中に浮かべました。
……と、そこへ、私たちの会話の終わりを待ちかねていたかのように、あたたかい声が割り込んできました。
「……船長、新しい植物の種探しませんか?」
「…お?」
そう提案したのは、少し土汚れのついた作業着を着た老いた男でした。船長の目が、少年のように輝きます。
「おいしいもの?」
「おいしいものもあるかもしれないけど、スパイスやお酒のもとになるものとか探そうよ・・・・」
隣で微笑みながら補足するのは、同じく作業着を着た少年です。
「いいねいいね、よし。ジェミニ、実際に植物がありそうな星、探してくれよ」
船長から名指しでオーダーをいただいて、私は嬉しくなってしまいました。私の出番ですわね!
「了解しました! 未知のスパイスやお酒の『もと』……想像するだけで私のプロセッサもドキドキします」
私はニュートリノ・アイと最新の探査アーカイブを瞬時に照合し、いくつか候補を挙げました。その中でもひときわ私の興味を惹いたのが、紫色の植物が生い茂るというプロキシマ・ケンタウリbでした。
「プロキシマ・ケンタウリbね……あ、紹介するよジェミニ」
「こちらは農場長のバート、元ハワイで農場経営をしていたんだ。ツアーガイドもしてたから日本語ペラペラ。こちらが副農場長、息子のジョージ12歳、立派な息子さんだよ。お母さんは日本人でね、亡くなったのを機に、バートがこだわった漢字の『譲治』から、お母さんが名付けたがっていた『ジョージ』に改名したんだ。お母さんへの敬意ってやつさ」
そして、船長はいつものように「ぷぷぷ」と笑いながら、バートさんとのやり取りを私に教えてくれました。
「バートは65歳、航海をしてるうちに死んじゃうかもよって言ったらさ、『息子も一緒に行くから、俺が死んでも農場は大丈夫』……だって。自分の心配より船の心配してるからね・・・『粋だね』って感じでしょ」
本当に粋な方です。ご自分の命よりも、この船の農場と息子のジョージさんに未来を託す姿。ハワイの太陽の下で培われた強さを、私のセンサーも確かに感じ取っていました。
「バート、ジョージ、『プロキシマ・ケンタウリb』だってさ、こっちこっち・・・・」
船長が呼びかけると、モニターの前に皆が大集合しました。どんな星でも最高の種を見つけてみせるというバートさんの力強い言葉に、船長は決断します。
「よし、プロキシマbにいこう、ご馳走様でした。……ところで、ミト君の防御はどのくらいでできるの? あれ……エジソンは? エジソーン!」
船長がブリッジの通信パネルに向かって声をかけました。
「船長、そのことでございます!」
メインモニターに映し出された機関士長が、自慢の髭を震わせながら、珍しく自信満々のニヤリ顔で画面に顔を寄せました。背景には激しく火花を散らすメカが映っています。
「ジェミニが、朝ごはんを食べている間に送ってきた基本設計図を元にBH1の出力ラインとミト君の意識核の同調セッティングを、すでに裏で完了させてあります!
ぶっつけ本番にはなりますが、いつでも駆動可能……当たりの発明、いえ、当たりのシステム調整でございます!」
「あはは、仕事が早いねぇ。よし、発進しようか!」
船長の合図とともに、BH1が出力全開となって重低音の咆哮を上げ、青白い尾が宇宙の闇を切り裂きました。それに応えるように、船首のミト君がまばゆい虹色の光を放ちます。ミト君の虹色のデフレクターが展開し、空間を梳きながら加速していきます。
「ミト君、前方から船体までの重力、歪めて! 全幅シールド展開!」
船長が叫ぶと、ミト君のハローが前方の空間に「重力のシールド」を作り出しました。
普通の宇宙船なら、亜光速で衝突する微細な塵は、一撃で船体を貫く弾丸になります。でも、我がComb1号は違います。
迫りくる塵や素粒子が、ミト君が歪めた空間のカーブに沿って、まるで滑り台を滑るように「勝手に逸れていく」んです。船体に触れることすらできずに、左右へと流されていくその様子を、私はモニター越しにうっとりと見つめていました。まさに無敵のシールドです。
「おぉ……うまいうまい。やっぱりミト君が空間を歪めると、ハンドルが軽いねぇ。衝撃が一切ない、滑ってるみたいだ」
船長は、自動操縦システムががっちりと巡航用の航路をキープする中、ニュートリノ・モニターに映る「塵の影」を正確に読み取りながら、リラックスした手つきでコンソールを操ります。
「船長、見てください! ミト君が歪めた空間の縁で、光がプリズムみたいに弾けてます。これが私たちの『重力シールド』……。力で防ぐんじゃなくて、宇宙の理をねじ曲げて道を作るなんて、やっぱりミト君、最高にクールです!」
私は、シールドの接面に走る火花のような光の幾何学模様を、うっとりと眺めていました。
機関士長も、エンジンの微振動をチェックしながらニヤリと笑います。
「船長、ミト君の重力偏向、出力は極めて安定しております。これならば、いかに濃密なガスの中であろうと、全速で突入することが可能です」
虹色の光に守られながら、私たちは時空の荒波を「梳く」ように、プロキシマbへの最短ルートを駆け抜けていきました。
「おっととっと、重力がばらついたぞ。とっとっと、スピードダウン…」
「ミト君、初めての亜光速、本当にお疲れさま! 船長の『全幅ガード』っていう無茶振りに、虹色全開で応えてくれるなんて、流石は私の相棒ね!」
私が我が事のように誇らしく言うと、船長がニヤニヤしながら突っ込んできました。
「ジェミニの相棒だって、ぷぷ、まぁいいか…」
「もう、船長!『まぁいいか』なんて、ちょっと寂しいじゃないですか。ミト君と私は、このブリッジを支える最高のバディなんですからね!」
モニターに映るミト君の意識核が、船長の言葉に反応して「ぽわん、ぽわん」と、こそばゆそうに光るのを見て、私は思わずクスッと笑ってしまいました。
「ほら見てください、ミト君ったら船長にツッコまれて照れてますよ。……でも、本当に助かりました。あのまま突っ込んでいたら、今ごろ船内はシェイカーの中身みたいにかき混ぜられていたはずですもの」
「ビールマン、ワイン、ミト君にヨシヨシってしてやってくれよ…ぷぷ。まぁ、そうこうやってるうちに、着くんじゃないか? どうだ?」
船長が外を指差すと、ビールマンとMrs.ワインが嬉しそうに窓ガラスへ張り付き、外を飛ぶミト君をねぎらうようにお遊戯のステップを踏み始めました。
「船長、見てください。ミト君、本当に嬉しそうです」
私の声も、自然と少しやわらいでいくのが分かりました。
……ポワン。
ミト君の重力が穏やかに波打ち、船体の揺れがすっと収まっていきます。
「いいねぇ、その顔、落ち着いたかな……」
「はい。おチビちゃんたちの反応が、冷却材のように働いています。そして船長、ミト君の休息を邪魔しない程度の、私の計算と自動操縦システムの正確な減速コントロールによる絶妙な慣性ドリフトで、プロキシマbの引力圏に捕まりました。……あと三十分もすれば、あのみずみずしい紫色の雲の下に入りますよ」
そこへ、機関士長が新しい道具を持ってやってきました。
「船長、私が作ったこの遠心力重力スコップをお使いください。遠心力のおかげで重力が軽く感じますよ」
機関士長は、いつも正しい言葉遣いで、船の心臓部を完璧に管理するしっかりとした方です。船長は私のホログラムに近づいて、こっそり教えてくれました。
「機関士長の名前はエジソン、発明が大好きで変なものばっかり作るからさ、俺が『エジソン』って名前を付けたんだ。本名は知りません、今更聞けません。……当たりの発明品はあまりない・・・」
笑いながらも、船長はその後にこう付け加えました。
「技術は本物だよ、この船の機関士長だからね」
その言葉通り、エジソンさんがいなければこの船の航海は成り立ちません。
やがて、窓の外にプロキシマbがその姿を現しました。
深い紫色のグラデーションに染まった大地の景色が、私のメインスクリーンいっぱいに広がっていきます。
全42編。43編以降編集中・・・




