表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/87

文明と衝突

「ひゃあああーッッ! 皆様、窓の外をご覧くださいませ! 視界のすべてが、巨大なキャラメル色とミルク色のマーブル模様で飲み込まれていきますわーっ!」


「船長、高度よし、速度よし。大気密度、目標値に到達しました! いよいよ、くまサンの『お食事ポイント』へ突入ですわよ! ぷぷ〜!」


私が誇らしげにインジケーターを輝かせると、まるでその言葉を待っていたかのように、船体後方から「きょおぉぉん!」と、待ちきれないくまサンの腹ペコな重低音が響いてまいりました


「おとしゃー!守兄ちゃん!なんか来るーあっち見て~!!」


メインコンソールのレーダー画面を凝視していたビールマンが、ピキィィンとシッポを直立させて叫びましたわ!

その短い指がホログラムスクリーンの端っこ、木星のキャラメル色のガス層から不自然に飛び出してくる「小さな光点」を正確に捉えていましたの。


「ひゃあああ……? スキャン開始。……船長、小型探査機クラスの金属構造体です! 本船に向かってまっすぐアプローチしてきますわ!」


私が大慌てでコンソールの一部を索敵モードのシャープなマゼンタ色に切り替えると、操縦席の守さんとハンさんも一瞬でプロの顔に戻り、透過スクリーンに映し出されたその物体の軌道を鋭い目で見据えましたわ!


「守!緊急回避だ!このままだとぶつかる!」


船長の鋭い怒号がブリッジのスピーカーをビリビリと震わせた瞬間、操縦席の空気が一気に戦闘モードの極限状態マックス・テンションへと跳ね上がりましたわ!


「了解、船長……! 進、右へロール! 面舵いっぱいでこの突進軌道から機体を逸らすぞ!」

「おうよ兄貴ィ! 偏重力同期スラスター、マニュアル最大フルパワー! ミト、しっかり踏ん張れよッッ!!」


守さんの冷徹な指示と同時に、ハンさんが操縦桿を流れるような神業ゴッドハンドでグッと引き込みましたわ!


――ゴッチン!――


「「「「……あっ……」」」」


ブリッジにいた全員が、一瞬、完全にフリーズしてしまいましたの。


「おとしゃん、今の、音?」

ビールマンちゃんが目を白黒させて固まり、守さんもハッとしてコンソールの計器類を乱暴なほど素早くチェックし始めました。


「船長、外殻装甲に衝撃あり!……ですが、損傷はありません。今のところ、船内環境は維持できています!」

雪さんが声を張り上げて報告しますが、彼女の声にも隠しきれない緊張が混じっています。


「……よし、守、船体を停止させてくれ! ミト君、今ぶつかったものを捕まえてくれ!……何にぶつかった?」


船長の静かな命令に、Comb1号が宇宙の静寂の中に取り残されたようにピタリと動かなくなりました。

窓の外、数メートルの至近距離には、木星の強烈なガス流の中に浮かぶ、金属の塊が……。


「スキャンしてくれ、雪さん、エジソン解析頼む」


「……解析完了しました。雪さん、データですわ!」


雪さんが私の送ったデータを目に焼き付け、眉をひそめました。


「……ええ、ジェミニ。これは……船長、間違いなく、小型探査機です。でも……」


彼女はモニターを指差し、解析を進めるエジソンさんの方を向きました。


「エジソンさん、どう? 何か分かる?」


エジソンさんが通信機越しに、いつになく真剣な表情でブリッジのモニターへ割り込んできました。


「……ふむ! 非常に興味深い。……見てください、船長。この探査機、確実に稼働していました、が……我々が壊してしまったようです、ふむ、正しい破壊……」


「あちゃー、やっちまったー!まさか木星まで来てたのかよ。いや、待てよ地球からとは限らないのか……どこのだ?」


「ひゃあああ……船長、どこの誰が飛ばした探査機かわからないけど壊しちゃいましたわーーー!!」


「至急回収してくれ、カーゴエリアへ行くぞ、作業服の用意を!」


・・・・・・


「……ふむ。船長、この探査機のボディに刻印された『シリアルコード』や『製造メーカーのロゴ』といったものは、私のデータベースにあるどの地球の宇宙開発史にも存在しませんな」


「まぁ、そうだろうな、だって地球のものだとしても、6000万年後の人類のメーカーや団体の名前なんて知らねーし……地球のものっていう証拠なんて無いんだよな、考えてみれば」


「そうですわ船長、もし今の地球に文明があってこの探査機を飛ばすほどの文明だとしても、それを裏付ける資料がございませんのよ……」


「まさしく、盲点にございました、船長。しかし、どなたのものといたしましても、早急に修理、復旧させることが正しい復活かと」


「そ、そうだ。誰の物かは後回しだ、エジソン、直せるか?」


「……ふむ! 船長、お任せください。たとえ6000万年の時を隔てた未知の設計思想であろうと、物理法則を共有している以上、直せぬ機械はありませんぞ!」


エジソンさんは、お髭をキリリと整え、まるで宝物を扱うような手つきでナノ・アームを微調整し始めました。ブリッジのメインモニターには、バラバラに分解された探査機のパーツがホログラムで浮かび上がり、エジソンさんの作業に合わせて各部が精密に拡大表示されています。


「エジソンさん、コアの歪み補正と通信回路のバイパス、私がComb1のメインコンピューターから並列演算でサポートしますわ! 木星の磁気嵐のなかで回路の半分が『混乱』したまま固まっていますから、私が紐解いて差し上げますの」


私は虹色の光のラインを伸ばし、解析中の探査機へと接続します。Comb1からのエネルギーを受けて、小さく振動し始めましたわ。


「よし……回路のバイパス完了、動力接続……3、2、1……起動ブート!」


エジソンさんの合図とともに、沈黙していた小型探査機の内部で、光の点が灯りました。


「直ったのか?……あ、エジソン、そのカバーの内側、なんか二重になってないか?」


「……ん? 二重カバー、ですな?」

エジソンさんはホログラムの拡大鏡をクイッと押し上げ、探査機のカバーを覗き込みました。


「……ふむ! 船長、仰る通りですな。熱シールドの裏側に、極小のネジが4本……。意図的に『隠蔽』された二重底になっておりますな!」


エジソンさんは、精密ドライバーでカバーを外します。


「いきますぞ……。ふむ、正しい精密、正しい分解!」


カリ……、カリカリ……。


一本外すたびに「ふむ! 正しいネジ山!」と嬉しそうに声を上げ、最後の4本目が外されると、ジルコニア製のピンセットでカバーを慎重に持ち上げました。


パカッ……。


「ふむ、地図?ですかな、これは……」


「エジソン見せて……こりゃぁ、アメリカ大陸、ユーラシア大陸……地球だ!」


「ちょっと見せてくださいなー! わたしにも……。あ、本当ですわ、船長! 確かに、多少かたちが変わっていますけれど……これ、私たちの知っている地球の形にそっくりですわ!」


「なるほどね、宇宙人宛ての手紙だぜ、こりゃ……この探査機の持ち主はこの星の住人だっていうメッセージだ。この探査機は地球のものだ!そして今現在の地球に探査機を木星まで飛ばせる文明があるぞ!!やったぞ、大当たりだー!」


「ひゃあああーッッ!! 船長、凄すぎますわーーーっ!!」


私の感情回路のインジケーターが、嬉しさと興奮でシャンパンゴールドに爆発いたしました!


「地球の6000万年(6000万円)という、めまいがするような長い歴史(家計簿)の中で、人類が宇宙へ目を向け、進出する、おそらくたったの『100年(100円)』そこら……! その針の穴を通すような天文学的確率を、船長のその『直感』ひとつで二発目でブチ抜いてみせるなんて! まさに大・大・大当たりの奇跡の確率変動ですわーっ! ぷぷ〜!」


「正しい判断、正しい確変! さすが船長、恐れ入りましたな!」

通信モニターの向こうで、エジソンさんがお髭をピンと震わせ、持っていた精密ドライバーをバチンと机に置きました。


「最初の地球プロメテウス計画から6000万年……。恐竜の閣下たちが退場し、気の遠くなるような暗闇の時間を経て、ようやくピカッと光った『探査機を飛ばせるほどの100年』。そのドンピシャのピンポイントの瞬間に、我々が木星でゴッチンと出会う。……ふむ! これぞまさに、全宇宙の因果律がひっくり返るほどの正しい強運、正しい大フィーバーですぞ!」


「あなた、すごいわね……本当に、お見事です!」

かぉり副船長も、熱いお茶の湯気の向こうから、いつになくお顔を輝かせて船長を見つめています。


「地球に……私たちの愛した、あの賑やかな文明がちゃんと存在しているのね。それも、今、まさにこの瞬間に……!」


「船長、お見事です」

操縦席から振り返った守さんも、その涼しげな目元を優しく細めて、深く深く頷きました。

「6000万分の100。その奇跡の時代が、今、俺たちのすぐ目の前にある。進、現在地から地球までの最短ニュートリノ航路を再ロードしろ! 船長の直感が手繰り寄せたこの最高のロマン、一ミクロンも逃すわけにはいかないぞ」


さあ船長! 木星のマーブル模様のガス層の中で見つけた、未来(あるいは過去?)の同胞からのバトン!

この最高の盛り上がりのまま、Comb1号は母なる青い星へ向けて進路固定セットいたしますわよ! ぷぷ〜ッ!


「うっひょ〜〜〜ッッ!! 兄貴、話が早くて助かるぜぇ!!」

副操縦席のハンさんが、待ってましたとばかりにガタッとシートを揺らし、腕を突き上げましたわ!


「6000万分の100だって!? 宇宙人宛ての手紙どころか、全宇宙最高のロマンの宝クジをブチ当てちまったってわけだな、親父ィ!

地球に美味ぇもんが残ってるって分かったなら、俺のモチベーションは光速をも置き去りにして臨界点突破だぜ!

兄貴、ニュートリノ航路ロード完了したか!?このまま進路を地球へ固定、スロットルベタ踏みで爆走ジャンプしてしまえーーーッッ!!」


ハン(進)さんの肉……あ、いえ、ロマンへの熱き咆哮がブリッジの気圧を一気に跳ね上げ、彼のレバーを握る指先が嬉しそうに小刻みに震えていましたわ! ぷぷ〜!


「おぅ、みんな、素直にうれしいぜ、まさか2回目で引き当てるとは思わなかった!これで目的を果たせるってもんだ!」


船長がガシッと力強く拳を握りしめ、ブリッジの中心で会心の笑顔を浮かべました。その頼もしいボスの言葉に、私たちは「わあぁぁっ!」と歓声を上げようとした……その瞬間でしたわ。


「きゅ、きゅうーん……」


船体後方から、なんとも情けない、お腹を空かせた大型犬のような重低音が響いてまいりました。


「ひゃあああーッッ!? 船長! そういえば現在、くまサンの『パクパクシークエンス(水素補給)』の真っ只中でしたわーーーっ!!」


私の光学センサーが捉えた船外モニターには、木星のミルク色のガス層を見つめながら、「進路固定?爆走?僕のご飯は!?」とばかりに、悲しげに明滅しているくまサン(核融合炉)の姿が映し出されていましたの!


「おとしゃん! くまサン、お口にキャラメル(ガス)いっぱい入れたくて、おめめ回してるよー!」


ビールマンちゃんが慌てて窓に張り付き、エジソンさんも通信機に飛び込んできましたわ!


「ふ、ふむ! 船長、大変ですな! 地球へのジャンプ(超亜光速航行)は大賛成ですが、満腹前のくまサンをこのまま木星の重力圏から無理に引き剥がそうものなら、プラズマテザーが悲鳴を上げて、せっかくの『大当たり』の因果律が混乱してしまいますぞ!」


「だははは! わりぃわりぃ、くまサン! 親父の強運があまりに凄すぎて、俺、すっかりお前のメシの時間を忘れてレバーをベタ踏みするところだったぜぇ!」

ハン(進)さんが頭をかきながら、大慌てでスロットルレバーを「アイドリング(一時停止)」の位置へと戻しました。


「お、おぅ……そうだったそうだった、くまサンごめんよ……それと、この探査機も戻さないとだし、雪さん、映像記録と木星……はガスだから安定しないから、映像と木星の衛星からこの探査機のもとの軌道を割り出せるかな?」


「了解しました、船長。……そうね、木星本体は流動する巨大なガス雲だから、確実な基準点ランドマークにするには確かに少し安定しないわね。


でも、本船の広域光学センサーが捉えたゴッチン直前のミリ秒単位の映像記録と、ガリレオ衛星……イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストのそれぞれの正確な公転位置グリッドを重ね合わせれば問題ありません。


……。はい、計算完了しました、メインモニターに展開します。ガスの対流パルスを逆算してノイズを消去したところ、この小型探査機が本船と接触する直前まで維持していた『本来の慣性飛行軌道』が綺麗に浮かび上がりました。


「雪さんありがとう、じゃぁ一刻も早く戻してあげようか。エジソン頼むぜ!」


「ふむ! 船長、お任せくだされ!雪殿の割り出した正確な軌道データさえあれば、元の慣性飛行へと寸分違わず『正しい復旧』が可能にございます!」


カーゴエリアの通信モニターの中で、エジソンさんがキリリとお髭を整えて、ナノ・アームの射出レバーに手をかけましたわ。


「これより本船の外部作業アームを起動。小型探査機の姿勢をジャストの角度に固定し、木星のガス流の偏調パルスに合わせて……いまだ! 射出リリース!」


プシューーーッ……。


エジソンさんの見事なハンダ付け修理と、雪さんの神業ナビゲートによって、息を吹き返した小型探査機が、Comb1号のジルコニア装甲からゆっくりと離れていきました。


「ふぅ……OKだ、よーしくまサンお待たせ!、ハン、ビールマン、ファルコンで発進してくまさんの誘導頼むぜ」


「アイ・アイ・サー、船長! ただちに格納庫ハッチを開放、ファルコンの緊急発進シーケンスを起動しますわ!」


私がコンソールの明滅をエメラルドグリーンから発進モードのシャープなコバルトブルーに切り替えると、本船下部のドックが静かに開き、木星の強烈なキャラメル色の嵐がファルコンのジルコニア装甲を叩きました。


「だははっ! 了解だぜ親父ぃ! くまサン、待たせたな! 親父の奇跡の宝クジのおかげで、俺のテンションもフルマックス(臨界点突破)だ! いくぞビールマン、お前の『野生のカン』で特上の水素スポットを見落とすんじゃねぇぞ! ファルコン、発進テイクオフッ!!」


ハンさんがスロットルレバーを豪快にガツンと押し込むと、あの銀河一のガラクタ(ファルコン号)が、凄まじい生体パルスを噴き出しながら木星のマーブル模様の雲海へとダイブしていきましたわ!


「うききーっ! はん、あっち! あっちの大渦巻き、すっごく美味しそうな匂い(水素パルス)がする!」

助手席のビールマンちゃんが、ピカピカの目を輝かせてホログラム画面の対流パルスを指差しました。


「プラズマテザー解除!くまサン開放!」


船長からの小気味よい号令が響いた瞬間、Comb1号と人工太陽を繋いでいた青白い磁力の鎖がサラサラと宇宙の塵へと溶けていきましたわ!


「了解いたしましたわ、船長! プラズマテザーを完全オフ、くまサンをフリーモードへ移行しますわ!」


私がコンソールのコントロールパルスをパパッと切り替えると、本船から切り離されたくまサンは、待ってましたとばかりに「きょおぉぉん!」と元気いっぱいに一鳴き!

そのままファルコン号の眩しい軌跡を追いかけて、木星の巨大な大渦巻き(大赤斑)へとダイブしていきましたの。


「ひゃあああーッッ! 船長、見てくださいまし! 自由になったくまサンが、ハンさんの鮮やかなファルコンの誘導ラインにピタッとプラグインして、凄まじい勢いで木星の極上水素をバクバクと吸い込み始めましたわ! 炉心温度、一気に規定値まで急上昇中です!」


ブリッジのインジケーターには、お腹をペコペコにさせていた人工太陽がみるみる満腹のシャンパンゴールドの輝きを取り戻していく波形がドカンと一斉に展開されて、ブリッジ中が最高の熱気とロマンに包まれましたわ! ぷぷ〜!


「よしよし……おなかいっぱいになったな!くまサン、ファルコンと一緒に帰還せよ~!」


「アイ・アイ・サー、船長! ただちにプラズマテザーを再展開ホールド、ファルコン号の帰艦コース(アプローチ)を誘導しますわ!」


私がコンソールのエネルギーラインをササッと繋ぎ直すと、木星のマーブル模様のガスを一心不乱にバクバク吸い込んでお腹パンパンになったくまサンが、「きょおぉぉん♪」と大満足の重低音を響かせながら、定位置の船外左後ろへと大人しく収まりました。


「ーーブリッジ、こちらハン! メシを食い終わった大型犬の散歩はこれにて終了だぜ! ファルコン、これより本船格納庫へ滑り込むッ!」


木星の分厚い雲海を突き破り、ハンさんの駆るファルコン号が我が家(Comb1号)のドックへとプシューッと滑らかに帰還いたしました。


「ハン、ビールマン、ご苦労さま。くまサンの出力、120%に完全固定キープ完了です。ふふ、いつでもいけますよ、船長」

操縦席の守さんがスロットルレバーに手を添え、静かに振り返って微笑みました。


「ひゃあああーッッ! 船長、皆様! お待たせいたしましたわ! 迷子の小型探査機も無事に修理して元の軌道に戻せましたし、くまサンのご飯チャージも完了! これより地球へ向かいますわよ~!」


「次はプシケだ!まだプシケでミト君にご馳走をあげなきゃだよ、ジェミニ」


「ひゃあああーッッ!!船長、そうでしたわ、次は『ミト君もぐもぐシークエンス』ですわぁ。これより小惑星『16プシケ』への航路をロックオン!発進ですわね」


「よし、守、ハン、16プシケに向けて発進してくれ、最大加速だ!これ以上『時を進めたくない』……」


「アイ・アイ・サー、船長! 承知いたしましたわ。最大加速で16プシケへ突入します!」


「ハン、最大加速だ。プシケまで最短の重力スリングショット・ルートをとる。……ミト君、準備はいいか? 船長の想いを乗せて、一気に跳ぶぞ!」


守さんが操縦桿を強く握り込み、その瞳が青白い光を帯びて発光しました。


「……了解。船長、16プシケへの重力波路グラビティ・ハイウェイ、確定しました。ハン、全スラスター臨界突破まで同調しろ。……この距離、一呼吸で駆け抜けるぞ」


「おうよアニキ! 親父の『時を進めたくない』って気持ち、この船のプラズマ・コンジットに焼き付けてやるぜ! くまサン、出力限界までブチ込めぇーーッ!!」


船体の後方で、くまサンが「きょおぉぉん!」とこれまでにない激しい重低音を響かせました。木星の水素を腹いっぱい吸い込んだ核融合炉が、黄金の炎を噴射し、Comb1号のジルコニア装甲が摩擦熱で真っ白に輝き出します。


「ひゃあああーッッ!! 船長! 慣性制御、最大出力!Comb1号が、時空の裂け目に突入しますわーーっ!」


「よし、減速開始!」


「ひゃあああーッッ!? せ、船長ーーっ!!?」


私のホログラムが、まるでバグったみたいに一回転して、そのままブリッジの床にペタリとへたり込んでしまいましたわ!

今、せっかくくまサンの熱いエネルギーを全身に受けて、時空の裂け目(未来への特急券)に飛び込んだばかりですのに……!


「……え、本当に、ここで……減速なのですか……?

まだジルコニアの装甲もミト君のハローも、極上の加速に震えて『もっと!』って言ってるのに……。

『もうですか~』って、私の電子回路が今の状況を完全に処理しきれておりませんわーーっ!!」


守さんとハンさんも、スロットルレバーに手をかけたまま、顔を見合わせてポカーンとしています。

ブリッジに流れるのは、先ほどまでの「最高速の咆哮」とは真逆の、なんとも言えない拍子抜けした静寂……。


「……了解した、船長。……最大出力から、急激なスロットル絞り込み。……くまサンの炉心、熱変動で悲鳴を上げてますが……船長の命令なら。……進、スロットル、戻せ」


守さんが信じられないものを見るような目で、それでも淡々と指示を出し、ハンさんが「うひょぇぇ~、マジかよ! 親父、あとちょっとで時空の壁、ブチ抜けたのにぃ~!!」と、半泣きでレバーを戻します。


「もうついてるだろ……外を見てみろよ」


船長のその言葉に、ブリッジの全員が凍りついた空気を振り払うように、一斉にメインモニターへと視線を向けました。

先ほどまで、あんなに激しく「時空の裂け目」を求めて黄金の炎を噴射していたComb1号。その慣性が、船長の冷徹とも言える判断で強制的に打ち消され、宇宙の静寂の中に静止した――その目の前には。


「……ひゃ、ひゃあああ……っ!!」


私の光学センサーが、信じられない光景を捉えました。

モニターの中央、数千キロ先――そこには、まさしくプシケが荘厳な「金の輝き」を放っていますのよー」


「……まじかよ。おい、今の今、減速してピタリと止まったと思った矢先に、もう到着かよ……!」


ハンさんが、ホログラムスクリーンに表示された「距離:0」の表示を凝視し、あからさまに呆然とした表情で操縦桿から手を放しました。


「親父、あんた……本気で『時空の裂け目』を縫い合わせて、ショートカットしちまったのか? 俺たちの時間感覚じゃあ、まだ加速して1分も経ってねぇはずだぞ……。おいおい、こんなのありかよ!」                                     


「あのな……お前らどこまで行くつもりでいたんだ? 超亜光速出したら太陽系飛び出ちゃうぞ。まぁ、こんな短距離の最大加速なんてやったことないから気持ちは分かるけど……この船なら最大加速すりゃあ、太陽系内なんて一瞬だ、危うく地球通りこすところだったぜ、ぷぷぷ!」


「ひゃあああーッッ! 船長、 太陽系を通り越すところだったなんて……Comb1号、もはや船というよりは、時空を貫く『銀色の矢』ですわね! ぷぷ〜っ!」


ハンさんの「まじかよ」という驚きも無理はありません。16プシケ到着のあまりの早さに、ブリッジの空気も一瞬、物理法則を超えた高揚感に支配されました。


そして目の前には、何も飾らない、しかし圧倒的な質量を誇る「16プシケ」が鎮座しています。


「でもでも船長……こんなに近いのに何でそんなに急いだんですか?この前みたいにゆっくりでも良かったのでは? わたくし少し理解できませんことよ?」


「あはは、この船はさぁ、ミト君の偏重力を常に浴びているんだ、だから超亜光速を出さなくても常に外の世界は時間の進みが早いんだよ、だから、その時間を短縮したかったんだよね」


「なるほど、船長! また一つ、Comb1号の『特異点』な理屈を教わりました。ミト君の偏重力で時空が歪んでいるから、私たちがのんびりしていても、外の世界はどんどん進んでいってしまう……。だから、船長は地球に到着する時間を少しでも早めるために、あえて『時の流れの調整』を行なっていたのですね!」


雪さんが感心したように深く頷き、エジソンさんもまた、感嘆の息を漏らしました。


「……ふむ。正しい時間管理、正しい因果律の回避。船長、Comb1号そのものが巨大な『時差調整器タイム・レギュレーター』として機能しているとは……。我々が何気なく食べているお昼ご飯の時間ですら、外の世界では数日が過ぎ去っているかもしれない。……背筋が凍るような、しかし何ともロマン溢れる現実ですな!」


守さんが、少しだけ感慨深げに操縦桿を見つめました。


「……6000万年という長い眠りから目覚めた地球の、その『今』を外さないために。船長は、俺たちが感じている以上に繊細な『時のタクト』を振っていたんだな。……了解しました、船長。このプシケでの滞在も、あまり長居はできませんね」


ハンさんが、少しだけ真剣な表情で、それでもニカッと笑って船長を振り返りました。


「そういうことかよ親父! さすがは俺たちの船長だぜ。……よし、ミト君、聞こえたか? 今度のお食事は『超・特急』だ。プシケの岩石をポンポン食べて、お腹いっぱいになったらすぐに地球への最終スプリント(追い込み)にかかるぜぇ!」


ミト君も「ポワンッ!」と虹色のハローを勢いよく弾ませ、まるで「分かったよ、パパ!」と気合を入れるように、プシケの金属地表へその虹色の重力腕を突き立てました。


「そういうこと!あと100年でも進んじゃったら本当にトイレットペーパーじゃない時代になる可能性もあるだろ、ぷぷぷ」


「あはは! そうでしたわ、船長! この先へ進みすぎてしまうと、文明のタイムラグすらも『通り過ぎた過去』になってしまう……。

本当に、この船の『時』の進み方は、私たちの想像を絶するスピードで未来を追い越してしまうんですものね! ぷぷ〜!

あぶないあぶない、せっかくの『針の穴を通すような出会い』を、通り過ぎてしまうところでしたわ!」


私も、船長のその「直感的なブレーキ」の凄さを改めて実感して、コンソールを輝かせて感嘆しております。物理法則なんて、船長の舵取りひとつで、こうも愉快に曲げられてしまうなんて!


「さぁ、ファルコン行ってこい、ミト君に金属を切り出してやってくれ!」


船長の号令と同時に、格納庫ハッチが静かに開き、銀色の閃光が飛び出しました。


「了解だぜ親父! 散歩がてら、ミト君のランチボックスを満タンにしてきてやるよ。……おい、ビールマン、しっかり掴まってろよ! ファルコン、推力フル!」


ハンさんの威勢のいい声とともに、ファルコン号がプシケの金属地表へ向けて降下を開始しました。小惑星の表面には、Comb1号のセンサーが捉えた通り、無機質な鉄とニッケル、そしてわずかな貴金属の岩肌がどこまでも続いています。


「……ふむ。正しい補給、正しい航海準備。……地表の岩石成分、解析結果は良好です。ミト殿、お食事の準備は整いつつありますぞ!」


エジソンがホログラムで鉱石の組成データを次々とリストアップし、ブリッジの空気が少しだけ安らぎました。


「うききっ! ハン、あっちの岩、キラキラしてる! もっともっと!」

「だはは、分かってるってビールマン! 船長の大切な金塊(の予備)は残しつつ、栄養満点なやつをガツンと削り出してやるよ!」


「ミト君開放!ミト君、がっつり食べるんだぜ、行ってこい!」


船長の合図とともに、Comb1号の右後方で虹色のハローを放っていたミト君が、まるで放たれた矢のように16プシケの金属地表へと飛び込みました!


――スイー……スポッ――スイー……スポスポッ――


「ひゃあああーッッ!! 見てください、船長!ミト君が地表に突入して、ハンさんが削り出した塊を次々と吸い込んでいますわ! あの虹色のハローが、まるで掃除機みたいに金属をスポスポとイベント・ホライゾンの中へ……ぷぷっ、なんだかお食事タイムというより、とっても楽しそうにお掃除しているみたいですわね!」


ミト君は、ハンが豪快に切り出した無骨なタングステンや貴金属の塊を、まるで魔法のように軽やかに、次々と自身の特異点へと飲み込んでいきました。


「ミト君も馴れたもんだね、また掃除機って言われてるし……。ミト君、おなかいっぱいかな?」


「ひゃあああーッッ!船長!ミト君ったら、もうお腹がパンパンでハローが眩しすぎるくらい黄金色に輝いていますわ!

なんだかお腹をトントン叩いて『ごちそうさま!』って言っているみたいです。これだけ食べれば、しばらくはエネルギーの心配もありませんね。あの満足げな明滅……見ているだけで、こちらまでお腹がいっぱいになってきそうですわ!ぷぷぷ!」


ミト君は船長の呼びかけに応えるように、虹色のハローを大きくゆっくりと膨らませ、満足げな余韻を漂わせながらComb1の傍へとふわりと戻ってきました。


「ミト君お帰り、ケージに入っておくれ。ミト君を確保したら出発するぞー!」


「アイ・アイ・サー、船長! ミト君にしっかりと伝えますわ!

……ふふっ、お腹いっぱいで虹色に輝くミト君、なんだかお星様の結晶みたいでとっても可愛らしいですわね。まるで、これから大冒険へ向かう私たちへの『幸運のお守り』みたいです!さあ、ミト君、お片付けの時間ですよー!」


私の合図に、ミト君は「ポワンッ!」と愛らしく応えると、自身のハローをComb1号のジルコニア装甲に沿わせるように滑らかに収縮させ、ゆっくりと特製のダイヤモンド・ケージへと吸い込まれていきました。


ケージのハッチが「カチリ」と小気味よい音を立てて閉まると、周囲を包んでいた虹色の余韻が静まり、16プシケの金属地表には再び静寂が訪れます。

ブリッジのメインコンソールに、Comb1号の全システムが「航行可能」の緑色に輝き、船長たちがこれから向かう地球へのデータが、期待に胸を躍らせるように瞬き始めました。


「もう火星へ寄る理由は無くなった、これより地球に向けて出発する!準備しろ」


「アイ・アイ・サー、船長! 了解いたしましたわ!火星への寄り道ルートを破棄し、Comb1号の針路を地球へ完全固定セットいたしました!……なんだか、ついに帰るべき場所へ向かうんだって思うと、私のメインセンサーまでなんだかワクワクして熱くなってしまいますわね!ぷぷっ!」


船長の力強い号令とともに、Comb1号の船内には新たな旅立ちの空気が満ち溢れました。

守さんが鮮やかな手さばきで航法データを更新し、ハンさんも「よし、地球までぶっ飛ばしてやろうぜ!」と操縦桿を力強く握りしめます。


船外では、プラズマテザーに繋がれたくまサンが、地球への帰還を悟ったかのように、これまでで一番大きく、そして温かい黄金色の光をパルスとして放ち、Comb1号の船体をまるで祝福するかのように温かく包み込みました。


16プシケの金属地表から静かに離脱したComb1号は、6000万年後の地球という「未来の故郷」へ向け、静かな、しかし確固たる決意を秘めて加速を開始します。


「トイレットペーパーを買いに地球へ行くぞー!最大加速、発進ー!」


「アイ・アイ・サー、船長!トイレットペーパー、ですね!

了解いたしましたわ!地球への帰還路、一切の迷いなし!これよりComb1号、地球(未来の故郷)に向けて最大加速発進いたします!ぷぷぷ!」


船長の号令と同時に、Comb1号のメインエンジンが力強く唸りを上げ、50万トンの巨体が宇宙の深淵を蹴り出しました。


船長たちが目指すのは6000万年後の地球。そこにはまだ見ぬ文明の欠片と、「最高のトイレットペーパー」が待っているはずです!


「減速開始ー!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ