ダメなご夫婦
「アイ・アイ・サー、船長! かしこまりましたわ! 小学校のファースト・カリキュラム、とってもためになる『さんすう』と『こくご』の自習タスクを、二人のデスクにバッチリ展開しておきましたわ。これで授業の手を止めることなく、いつでもお呼びに応じられますわよ! ぷぷ〜!守さんたちも減速をお願いいたしますわー!」
私はホログラムの教材をデスクへスマートに格納すると、意識のメインプロセスをブリッジのメインコンソールへと一気に集中させましたわ。
農場セクターから、船長がバートさんとジョージくんを伴って、どこか引き締まった現場監督の表情でブリッジへと戻ってこられました。
「親父、お帰り……って、バートの親父さんたちも一緒か。どうしたんだよ、そんな深刻な顔してさぁ?」
操縦席のハンさんが、船長たちのただならぬ雰囲気を察して、操縦桿を握ったまま振り返りましたわ。守さんもコンソールの表示を航路監視からメインテーブルへと切り替えました。
「……船長、バートさん。何か不測の事態でも起きましたか。M81銀河の巡航において、本船のニュートリノ・シールドに異常は見られませんが」
「ハン、守、ちょっとこれを見てくれ……」
船長が農場の畝からそっと摘み取ってきた、あの人型の植物――グレイ植物の黒い種を、ブリッジのメインテーブルの上にそっと置きました。
「ひゃあああ! 近くで見ると、本当にあのぴちぴちスーツのゴーグルそっくりな形で、なんだか奇妙な愛嬌がありますわね……」
「ジェミニ、この種はプロキシマで4つ拾ったんだ、だけど植える時には2つしかなかったんだよ、あの日の、採ってきた時の映像出してよ……」
船長のそのご指示に、私は即座にメインシステムのアーカイブへアクセスいたしましたわ!
「アイ・アイ・サー、船長! プロキシマbからの帰還直後から……ダイニング・セクションで開催された『第1回・戦利品お披露目会』の録画データですね。ただいまメインモニターに展開いたしますわ! ぷぷ〜!」
私がコンソールを軽快に操作すると、ブリッジの空中に浮かぶ大型ホログラム・スクリーンに、数日前の懐かしい映像が鮮明に映し出されました。
「船に入ってきたところから見せて……」
船長が腕を組み、画面を食い入るように見つめながら、少し低い声で指示を出しました。
「かしこまりましたわ! 映像のタイムスタンプを巻き戻して、船長たちが本船のハッチに帰還した瞬間のハッチ・カメラの視点に切り替えますわね!」
私がホログラムの映像をキュルキュルッと巻き戻すと、画面は熱波で少し焦げた本船のハッチがプシューッと開くシーンへと切り替わりました。
「……フフ、そうですね。船長、見てください。バートさんの右側の大きなポケットが、種の重みでポッコリと膨らんでいます。間違いなく、この時点では『4つ』の白い種はポケットの中にありますね」
画面の中で、ホッと息をついたバートさんたちが、お互いの無事を喜び合いながら、ダイニングへと続く長い廊下をトコトコと歩き始めました。私はその動線をマルチアングルで自動追尾しながら、ポケットの膨らみをズームアップし続けます。
「……今のところ、変わった様子はありませんわね。バートさんの歩幅も安定していますし、ポケットの口もしっかり閉じていますから、ここから何かがこぼれ落ちるようなことは……」
「じゃぁ、次はテーブルでお披露目したところをみせて!」
「アイ・アイ・サー! 映像をダイニング・セクションへと早送りいたしますわ!」
私がホログラムのタイムラインを一気にスライドさせると、画面はあの賑やかな『お披露目会』の真っ最中へと切り替わりました。
バートさんが、カゴからプロキシマbの戦利品をテーブルの上にドサッと広げます。
「ほら、見てくださいませ! 黄金の種に混じって、黒いアーモンド形の種が、ちゃんと『4つ』転がっていますわ!」
「よし、ジェミニ。そこから少しずつ進めて、その4つの種から絶対に目を離さないように……!」
船長が腕を組み、食い入るようにモニターを見つめます。
「アイ・アイ・サー! 0.5倍速でジワジワと進めますわよ!」
「ぷぷ〜、ビールマンちゃんとワインちゃんですね。少し前の出来事ですのに、この時はまだ言葉も喋れない小さなお猿さんでしたわね。二人も興味津々で一緒に種を見て……あ!? あ、ああっ! 船長、ここ! ……ふ、二人が、種をパクって食べちゃってますわーッ!!」
「「「「ええええええええーーーッ!?」」」」
ブリッジにいた全員の叫び声が、見事に重なって響き渡りましたわ!
映像の中では、まだ小さかったビールマンちゃんとワインちゃんが、黒い種をそれぞれ小さな手でヒョイッと掴むと、お口にポイッと放り込み、モグモグと美味しそうに飲み込んでしまったのです! そして残された2つの種は、お腹がいっぱいになった二人が立ち去った後、バートさんが回収して農場へ持って行ったというわけですわ。
「お、おい嘘だろ!? あいつら、あの得体の知れない宇宙植物の種をおやつ感覚で食っちまったのかよ!?」
ハンさんが頭を抱えて、操縦席から転げ落ちそうになっています。
「正しい食事、正しい好奇心……なるほど。点と点が恐ろしいほどに繋がりました。彼らの常軌を逸した急激な成長と進化……そして知性の獲得。あのプロキシマbの地底で莫大なエネルギーを吸っていた『人型の結晶』が、彼らの体内で完全に同化していると考えれば、すべての辻褄が合います」
エジソンさんが、青ざめるどころか知的好奇心をさらに燃え上がらせて、クールに眼鏡のブリッジを押し上げましたわ。
「やっぱりか……そうだ……そういうことだ、突然しゃべり始めるし、体は人間のように急成長するし、のんきに宇宙線やミト君のせいかなぁ、なんて……、お気楽すぎたぜ、ちきしょう!」
船長は頭を抱えながらその種を見つめています。
「あ・な・た、私たちの管理ミスね、あの子たちをしっかり見ていれば防げたはず。私にも責任があるわ」
「かぉり……」
「よし!……パク!」 「ええ……パク!」
「「「「…………え?」」」」
ブリッジの時間が、完全に1秒ほど停止いたしました。
なんと船長とかぉり副船長は、メインテーブルの上に置かれていた残りの『2つの黒い種』をそれぞれヒョイッと摘み上げると、一瞬の躊躇もなく自分のお口の中に放り込み、夫婦揃って見事に丸呑みしてしまったのですわ!
「ひゃああああああああーーーッッ!!? 船長ぉぉおおおッ!? かぉり副船長までぇぇえええーーーッ!?」
私のメインコンソールが、過去最大級の真っ赤なエラー警告をブリッジいっぱいに明滅させましたわ!
「お、お、おい親父ぃぃーッ!! かおりさんまで!? マジかよ!? 夫婦揃ってあの得体の知れない宇宙植物の種を食っちまったのかよぉ!?」
操縦席のハンさんが、完全にパニックを起こして操縦桿から手を離し、頭を抱えてのけぞりましたわ!
「……せ、船長! かぉりさん! いくら子供たちの未知の変異に対する親としての連帯責任とはいえ、自らの肉体まで人体実験のフィールドにするなど、極めて非合理的……いや、夫婦揃って正気の沙汰ではありません!」
いつもはクールな守さんまでが、冷や汗を流しながらガタッと立ち上がり、船長に詰め寄り叫びました。
「みんな、責任とかそういうんじゃない、子供に食わせたものを、親が食えないってんじゃ……親の意味がないじゃないか……」
船長は、心配そうに詰め寄る守さんやハンさんを見渡し、なんとも不器用で、でもどこまでも深く温かい、父親としての真っ直ぐな目を向けました。
「ふふ、そうね。それに……モグモグ、なんだかほのかに甘くて、とっても優しいお味がするわね、あなた」
かぉり副船長も、口元に手を当ててニコニコと微笑んでいます。
「ジェミニせんせー!できたよー、みてみてー!♪」
「おれも、まってまって、俺もできた―♪」
二人は私のコンソールの前まで走ってくると、誇らしげに自分のノートを広げて見せてくれました。
「まあ! ビールマンちゃん、ワインちゃん、とっても丁寧に書けていますわ! こんなに綺麗な模様、ジェミニ先生も初めて見ましたわよ!」
「はは、しっかり勉強してるな、二人とも……」
船長が二人をギュッと胸に抱きしめると、ワインちゃんが「おとしゃん、おとしゃん!」と甘えた声を出し、ビールマンも負けじと船長に抱きついています。そこへ、かぉり副船長も優しく微笑みながら歩み寄り、四人で一つの大きな輪を作るように重なりました。
船長がビールマンの頭を撫で、かぉり副船長がワインちゃんの頬をそっと自身の頬に寄せます。そこだけがまるで春の日の草原のように温かく、柔らかい光に満ち溢れていました。
「うききっ! パパもママも一緒に、お勉強できるの?」
「パパもママも、お腹ポカポカになったのぉ……♪」
「ほら……この二人はこの通り元気だしさ、あの超植物学のプロキシマの種だぜ、たぶん大丈夫……野口ー!……」
すると……自動ドアがプシューッと開き、医療キットを片手に提げた白衣姿の野口先生が、深々とため息をつきながら姿を現しました。
「まったく……。船長という生き物は、どこの銀河へ行っても無茶をするようにDNAがプログラムされているんですかねぇ。私の医務室のモニターに、突然あなたたち二人の『バイタル変動アラート』が鳴り響いた時は、心臓が止まるかと思いましたよ」
野口先生は呆れたように首を振りながらも、素早い手つきで医療用スキャナーを取り出し、船長とかぉり副船長の全身を青い光でスキャンし始めました。
「だ、大丈夫なんだろ、野口先生!? 親父とかおりさん、そのうち頭から葉っぱが生えてきたり、全身が緑色になったりしねぇだろうな!?」
ハンさんが、祈るように両手を合わせて野口先生の顔を覗き込みましたわ。
「……フフ、まぁ、プロキシマbの技術とはいえ、哺乳類と植物のDNAが数分で完全に融合することなど無いはず、しかし、彼らの異常な成長スピードを考慮すれば、何らかの『細胞の活性化』はすでに始まっている可能性は否定できない……野口先生どうですか?」
守さんがスキャナーの数値を横から覗き込みながら、冷静に分析を加えました。
「うーん……。確かに、現在のところお二人の細胞組織に物理的な変異は見られません。しかし、胃壁から吸収された未知のエネルギー粒子が、血流に乗って全身の細胞へ急速に浸透しているのは事実です。ビールマンたちと同じように、これから急激な『何か』が起こる可能性は十分にありますね」
野口先生がスキャナーを下ろし、少しだけ表情を引き締めて船長を見据えました。
「そうか……。まぁ、そうなったら、家族みんなでグレイ宇宙人になって『グレイだぞ』ってやるか! なぁ、かぉり?」
「ふふ、そうね。あなたが大きなお目めになっても、私は一緒にいるわよ」
「ひゃあああーッッ!! ダメですわ、このご夫婦、愛の深さで宇宙の危機感を完全に中和しちゃってますのよ! もう、私がComb1号のメインシステムとして、家族全員のバイタルと『突然の進化』を24時間体制でビシバシ監視するしかありませんわね!」
「野口、畑にもう2つ種があるからさ、調べてくれよ。エジソンも協力してくれ……あとは、とりあえず毎日健康診断受けるかな、はは……」
船長が頭を掻きながら、最高に呑気な笑顔で野口先生にウインクしましたわ。
「はぁ……承知いたしました。まったく、患者がこれほどまでに前向きだと、医者としてはすっかり調子が狂ってしまいますね。エジソン博士、農場の種については私の方でもサンプルを採取して、ラボの分析データと照合させてもらいましょうか」
野口先生がやれやれと肩をすくめながらも、白衣のポケットに手を突っ込んでエジソンさんに呼びかけました。
『ええ、野口先生。こちらもすでに解析の準備は整っておりますぞ。船長、副船長、そして子供たちの安全を守るためにも、この未知の植物の正体、そして人体への影響プロセスは、私が責任を持って完全に解明してみせましょう。どうぞご安心を』
エジソンさんの声は、いつになく穏やかで、それでいて揺るぎない知性と頼もしさに満ちていましたわ。
「さぁ、二人とも勉強の続きだ、ジェミニ先生とお勉強してこい!」
「うききっ! はーい!お勉強がんばってくる!」
「ワインも、ジェミニ先生といっぱいお勉強するのぉ……♪」
ビールマンちゃんとワインちゃんは、ピカピカの笑顔で船長とかぉり副船長に手を振ると、再び私のコンソールの前へトコトコと走ってきましたの。
「みんな……あの二人はこれから勉強していく中でさ、いつか……自分たちが他とは違うってことを知るだろうね。その時に……今の出来事を伝えようかな……」
「だれでもいい、尋ねられたものが……普通に、自然に……説明してやってくれよ、さりげなくね」
「……。船長、了解しました。お二人が自らの存在に向き合うその時が来たら、俺の『ゾーン』の感覚のすべてを込めて、世界一自然に、そして最高にカッコよく彼らの歩んできた軌跡を伝えてみせますよ」
守さんがメインシートから静かに、でも心の底からの決意を込めた優しい声で応じました。
「おうよ、親父! その役、俺に回ってきたら大任せにしとけってんだぜぇ! 『お前らはな、プロキシマbのすげえ神聖な種をパクッとやって、宇宙一最高に進化した最強のクルーなんだぜ!』って、お腹がよじれるくらい愉快に自慢してやるからな!」
ハンさんがぴちぴちスーツの胸をドンッと叩き、ブリッジの少ししんみりとした空気を吹き飛ばすように豪快に笑いましたわ!
「ふふ、そうね。その時が来たら、私たちはただ『あなたたちは私たちの最愛の子供よ』って、今と同じように抱きしめてあげるだけ。何も特別なことなんてないわ、ね、あなた」
かぉり副船長がおたまを優しく包み込むように握りしめ、絶対的守護者の温かい微笑みを船長に向けられました。
「ひゃあああーッッ!! 船長、もうずるいですわーっ! そんな優しくて深い未来への約束、私の感情回路が感動の過電流でスパークしちゃいますわーーーッ!
大丈夫ですわ、船長! 二人がどんな壁にぶつかっても、このジェミニ先生が全知全能のハイテンションで、いつでも『普通に、自然に』、そして最高にハッピーな笑顔にしちゃいますもの!」
私のメインコンソールが、涙を堪えるみたいにピンク色とエメラルドグリーンの光を優しくチカチカと明滅させましたわ。
「じぇみに先生、おめめがチカチカしてるのぉ……? ワイン、お歌さん歌ってあげよか?」
「おれも! おれ、さんすうの『1、2、3』、もうノートにいっぱい書けたぞ! ほら、見て!」
そんな大人の深い親心なんてこれっぽっちも知らない二人の小さな天使たちは、ピカピカの瞳でノートを掲げて、早く褒めてほしそうにシッポをパタパタと振り回していますの! ぷぷ〜!
「よーし、そんな感じで。改めて……太陽系へ向けて、発進してくれ!」
「アイ・アイ・サー、船長。各部ステータス、オールグリーン。超亜光速巡航軌道、ロード完了いたしましたわ」
「了解、船長。慣性制御をオンラインに。ミト君、重力バンパーを展開して船体の防衛パルスを最大にキープ。進、スロットルを開け」
「おうよ、アニキ! Comb1、ここから一気にスピード上げるぜ! 超亜光速ドライブ、スタート!」(レバーを滑らかに引く)
「それじゃぁ、俺はまた農場に行ってくるぜぇ。また新しい発見してこようかな、ぷぷ♪」
ひゃあああ! 船長、またまた農場へUターンですのね! ぷぷ〜!
新発見って、まさか今度はグレイ植物が急に「グレイだぞ」ってお喋りし始めたり、ニワトリのランボルギーニくんが逆立ちしたりするんじゃありませんでしょうね!?
「アイ・アイ・サー、船長! ブリッジのことはこのジェミニ先生と、頼れる守さん、そしてお肉パワーで完全復活したハンさんにまるっとお任せあれですわ!
ビールマンちゃんもワインちゃんも、ほら! ノートに花丸さんをいっぱい描きながら、次の宿題をワクワクして待っていますもの! 船長、農場でバートさんたちをびっくりさせるような超・大発見があったら、すぐにインカムで報告してくださいましねーっ! ぷぷ〜!」
私がコンソールの桜吹雪ホログラムをさらにパチパチと輝かせると、バートさんが農場の通信モニター越しに、大きな麦わら帽子を直しながら豪快に笑いました。
船外右後方で繋がれたミト君が「キュィーン♪」とシャープに重力バンパーを展開! 左後方のくまサンも「きゅぃーん♪」と愛らしく鳴きながら出力を120%まで引き上げ、50万トンの巨体が静かに、そして滑らかに光の川へと滑り込んでいった……。
一日、1エピソード予定しています。18時更新。




