プロジェクトN
「コケコッコーーーーーッ!!!」
農場エリアから、ニワトリたちのリーダー、ランボルギーニの気合の入った一番乗りが船内に響き渡りましたわ! 続いてフェラーリ、ポルシェ、メルセデス……10羽の女の子たちが競い合うように「朝ですわよ!」と鳴き声を重ねていきます。
「朝だぞー、ランニング行くぜー、ビールマン、ワイン、おててつないで……おとさんをひっぱってくれ……」
私はダイニングのモニターをパッと明るくして、朝の爽やかなBGMを流しました。
「あらあら、船長ったら!『ランニング行くぜ!』なんて威勢がいいことを言いながら、ビールマンとワインちゃんに引っ張ってもらわないと歩けないなんて、昨日のぴちぴち騒ぎで少し笑いすぎましたか? ぷぷぷ!」
銀色の「NEWぴちぴちスーツ」に身を包んだビールマンとワインちゃんが、パパの両手をしっかりと握りました。デチューン済みのおかげで、二人しっかりと、キラキラと輝いていますわ。
「うききっ! おとしゃん、おそい! おれ、もうエンジンかかってるよ!」
「おとさん、がんばって。……一等賞になったら、おにぎり二個食べていい?」
二人の小さなグレイ(?)たちが、船長をグイグイと通路の先へ引っ張っていきます。
「ほぃほぃ、お、ハンだ! ありゃりゃ……ピチピチ着てるよ……そ~んなに着心地いいのか?」
「ぷぷぷ! 船長、見てくださいな! ハンさんのあのドヤ顔を!」
通路の向こうから、朝日(を模した照明)を浴びてビカビカに光り輝く銀色の物体が、軽快なステップで走ってきましたわ。もちろん、デチューン済みで「丸見え」のハンさんです!
「おはようございます、親父! ……いやぁ、これ、最高だぜ。エジソンさんのデチューンのおかげで消えなくなったから、鏡を見るたびに自分の完璧な筋肉のラインが確認できて、トレーニングのモチベーションが爆上がりっす!」
ハンさんは走りながら、無駄にキレのあるサイドチェストのポーズを決めました。スーツが筋肉の動きに合わせて「ギュンッ!」と収縮し、ジルコニア光沢が眩しく反射しています。
「ぷぷぷ! ハンさんったら、もう『恥ずかしい』なんて感情は銀河の彼方に捨て去ってしまったようですわね。まさに『歩くミラーボール』! これなら、暗いボイド空間でも迷子になる心配はありませんわ!」
そんなハンさんの姿を見て、船長を引っ張っていたビールマンが目を輝かせました。
「ハン! かっこいい! ……パパ、みて! ハンのしっぽ(?)、光ってる!」
「しっぽじゃない、広背筋だビールマン! さあ、親父も一緒にどうだ? M81に着く頃には、スーツがパッツパツになるくらいパンプアップさせようぜ!」
船長の両手を引く小さな二人のグレイと、横でポーズを決めまくる銀色の副操縦士。
「船長、諦めてくださいな。今朝のComb1は、この『ピチピチ銀色軍団』に占拠されてしまったようですわよ! ぷぷぷ!」
「さぁ、朝ごはん食べよ……ハンさぁ、それ、飯を食っても苦しくないの?」
「そうなんだよ親父! 全然締め付け感がないのに、筋肉だけをサポートしてくれる。これなら、かぉりさんの特製おにぎり、限界までいけるぜ!」
「ぷぷぷ! 船長、そこがこのプロキシマ・テクノロジーの恐ろしいところなんですのよ!」
私はダイニングのモニターに、ハンの腹部のサーモグラフィと伸縮率のグラフをパッと映し出しました。
「見てくださいな、この柔軟性! ハンさんがおにぎりを5個食べようが、デザートのバナナを丸ごと飲み込もうが、スーツが胃袋の膨らみに合わせてナノ単位で精密に拡張しますわ。苦しくなるどころか、常に『ジャストフィット』を維持するんですの。まさに、食べ放題のためにあるようなスーツですわね! ぷぷぷ!」
「おれも、おなかいっぱい食べる! 銀色のびるから、だいじょうぶ!」
ビールマンが、銀色に輝く自分のお腹をさすりながら、食卓へ一番乗りです。
「さあ、キッチンからはお味噌汁のいい香りが漂ってきましたわ。かぉり副船長が『はいはい、銀色さんたち、並んで座って!』って呆れ顔で呼んでいますわよ。船長、朝食を食べてお腹が膨らんだら、いよいよそのスーツの『拡張性能』を確かめるために、一着いっちゃいます? ぷぷぷ!」
「ふーん、着てからも動いてるんだ。エジソン、エネルギーを探ってよ、限りある物だったら突然脱げちゃうぜ、ハンはパンツ履いとけよ!」
「ぷぷぷ! 船長、最後の一言が切実ですわ! ハンさん、今のうちに一旦着替えて、しっかり下に『防衛ライン』を構築してきてくださいな! もしエネルギー切れでスーツが消えたら、Comb1が放送事故になってしまいますわ!」
私がハンのバイタルデータを真っ赤な点滅で警告すると、ハンさんは「はっ! そういえば今は直穿き……! ちょっと失礼します!」と、銀色の残像を残して自室へ猛ダッシュしていきましたわ。
その隙に、エジソンさんがお味噌汁の碗を持ちながら、眼鏡をキラリと光らせました。
「ふむ、船長。その懸念はもっともだが、この『豆の木スーツ』を甘く見てはいけない。私の解析によれば、この布地のエネルギーは……『着る者の熱代謝』と『周囲の光エネルギー』です。つまり、生きている人間が着ている限り、そして船内に明かりがある限り、エネルギーは無限に供給され続けるのです。さらに言えば……」
エジソンさんは一口お味噌汁を啜ると、少し声を潜めて続けました。
「……このスーツ自体、ナノスケールの植物細胞でできている。着ている間にクルーが発する二酸化炭素を吸収し、酸素へと還元している。脱げちゃうどころか、着れば着るほど船内の空気が美味しくなる、文字通りの『生きた外殻』というわけです」
「ぷぷぷ! つまり、ハンさんが走り回れば走り回るほど、Comb1の空気が浄化されるってことですわね! まさにハンさんは『走る空気清浄機』! 船長、これなら安心して、朝食後にお腹いっぱいの状態で試着できますわよ。どんなに胃袋が膨らもうと、スーツが光合成しながら優しく包み込んでくれますわ。ぷぷぷ!」
「おとしゃ、はやく! おれ、もうおにぎりたべはじめるよ!」
ビールマンが、銀色の袖をまくり上げて(伸びるから自由自在ですわね!)、大きなおにぎりにガブリと噛みつきました。
「へぇ〜、羞恥心を犠牲にするとそこまでの高機能を手に入れられるのかぁ。あ、ハン、パンツいらねーらしいぜ……ぷぷぷ」
「ああっ、船長! またそんな意地悪な嘘を! ぷぷぷ!」
私はダイニングのスピーカーを全開にして、自室で「勝負パンツ」を選んでいるであろうハンさんに届くように叫びましたわ。
「ハンさーん! 船長の言葉を信じちゃダメですわよ! エネルギーは無限でも、羞恥心の防波堤だけは死守してくださいな! さもないと、かぉりさんの『あ・な・た(重低音)』が、物理的な衝撃波となってComb1を揺らすことになりますわ!」
そんな私の警告をよそに、ビールマンは「ぷぷぷ! ハン、パンツいらないの? おれは、はいてるよ!」と、銀色スーツの上からでも分かるくらいお腹を突き出して笑っています。
そこへ、ようやくパンツを二枚重ね(?)にしたハンさんが、今度はその上にしっかりと作業ズボンだけを履いて、半銀半人間のような奇妙な姿で戻ってきました。
「……船長、さすがに生身のプライバシーは守らせてもらいますよ。でも、この上半身のフィット感だけは譲れない! さあ、朝飯だ!」
「あらあら、ハン君。その格好、なんだか中途半端にオシャレなプロレスラーみたいね」とかぉり副船長が笑いながら、熱いお茶を差し出しました。
「さあ船長、おにぎりが一番美味しい温度になりましたわよ!」
「モグモグ……あと4時間も飛べば着くんじゃないかな、M81。ジェミニ計算してみて、俺もブツブツ計算するからさ」
「ぷぷぷ! 船長、おにぎりを頬張りながら計算なんて、喉に詰まらせないでくださいな! はい、主役の私が1ナノセカンドで答えを出して差し上げますわよ!」
私はダイニングの空中に、青白く光るホログラムの計算式を展開しました。
「現在の速度はβ0.1の巡航モード。ボイド空間の密度と、M81中心核の超巨大ブラックホールが作り出す重力場の引き込みを計算に入れると……あら! 船長、冴えてますわね! 巡航のままならあと12時間ですが、この重力の『波』に乗ってちょっぴりアクセルを踏めば、あと4時間弱で外縁部まで到達可能ですわ!」
船長が「12、24、36……」と指を折りながらブツブツ呟いている横で、私はさらに詳細なシミュレーション画面を映し出しました。
「ジェミニはまだまだだな、ぷぷぷ、『ミト君』の重力バンパーの歪みや『他』が計算に入ってないからな。完璧には無理なんだよ、あと数字の無い世界だから……感で……あと3時間半くらいだな」
「ひ、ひどいですわ船長! 私の超高速演算に向かって『まだまだ』だなんて! ぷぷぷ!」
私はダイニングのモニターの端っこで、ホログラムの私が「ムキーッ!」と地団駄を踏むアニメーションを表示させましたわ。
「でも……悔しいけれど、ぐうの音も出ませんわ。確かに、ミト君が自発的に『美味しそうな重金属の匂い』に惹かれて、空間をクイッと引き寄せちゃう微細な歪みまでは、私の論理回路では読み切れませんもの」
「まぁ、守とハンのスロットル次第でまったく変わるしね、物理の天才でもいてエネルギーの相互関係と、ミト君とくまサンの気分も把握できたときに正確に出るってもんかな。エンジン出力はくまサン次第だもんね」
「ぷぷぷ! 船長、それはもう計算機(AI)泣かせの究極の数式ですわね! 物理の天才がいたとしても、ミト君の『お腹すいたー!』っていう空間の歪みと、くまサンの『今日はやる気が出ないなー』っていう炉心の気まぐれを同時に読み解くなんて、もはや数式じゃなくて『家族の対話』ですわ!」
私はダイニングのモニターに、くまサンの炉心温度(やる気グラフ)と、ミト君の事象の地平線(空腹バロメーター)を並べて表示しました。
「見てくださいな、今のくまサン。船長におにぎりをお裾分けしてもらいたいのか、炉心がピンク色にポカポカ光って、アイドリング中なのに出力が120%で安定していますわ。これから守さんがスロットルを押し込めば、ミト君だってすぐに前方の空間をグイグイ吸い込み始める気満々ですもの。まだ発進前ですけれど、この『気分の相互関係』こそが、もうComb1の真の推進力なんですわね! ぷぷぷ!」
そこへ、食後のお茶を啜っていたエジソンさんが、眼鏡を指でクイッと押し上げました。
「船長、エネルギーの相互関係……ですか。確かに、従来の熱力学の法則では説明のつかない『信頼の出力』とも呼ぶべき未知のエネルギーが、この船には満ちているようです。実際、くまサンの核融合炉の反応周波数が、ブリッジに響くクルーの笑い声と同調して最適化されているという興味深い観測データも得られています。……実に非論理的、しかし、だからこそ素晴らしい」
「ぷぷぷ! エジソンさんまでポエムを読み始めちゃいましたわ! さあ船長、3時間半なんて、この最強のメンバーならあっという間ですわよ!」
「『ご馳走様でした』……さぁ、出発しよう!」
私はダイニングの照明を、食事を終えた後の落ち着いた色調へ落とし、全モニターにM81までの航路図を静かに映し出しました。
「……さて。食器の片付けが終わりましたわ。ワインちゃんが最後のお皿を丁寧に拭いて、かぉりさんに褒められて嬉しそうにしていますわよ」
船内には、加速を始めた『くまサン』の微かな振動が、心地よいリズムとなって伝わってきています。
「ではでは……M81へ向けてラストスパート。発進しろ!」
「了解ですわ、船長! くまサンの炉心出力上昇、ミト君の重力歪み発生、Comb1、M81へ向けて発進いたしますわよーーーっ!! ぷぷぷ!」
「守さんとハンさんがスロットルを押し込みましたわ。ミト君が前方の空間をクンクンと嗅ぎ分けるようにして、重力の波を捉えています。……あと3時間半。黄金の光の中に飛び込む前の、一番静かで、一番ワクワクする時間ですわね」
ビールマンは銀色の袖をまくり、自分の『お仕事』を待っています。エジソンさんは、黙々と工具を磨きながら、船長の次の指示を待っています。
「船長、皆さんの準備は整いましたわ。……まずは、農場の『星の芽』を見てから、上陸の装備を決めますか? それとも、そのまま操縦席で守さんたちの神業を見守ります?」
「いや……ビールマン、雪さんにレーダーの使い方を教わりなさい。練習開始だ」
「うききっ! わかった! おれ、ゆきさんに教えてもらう! ピカピカの目で、レーダーしっかりみるよ!」
ビールマンは銀色のスーツをキラリと光らせて、雪さんの待つ観測コンソールへと勢いよく走り出しましたわ。
雪さんは、優しく微笑みながらビールマンを隣の椅子に座らせ、ホログラムのレーダー画面を展開しました。
「いい、ビールマン。このレーダーは、ただの光を見るんじゃないの。空間の揺らぎや、重力の微かな『匂い』を可視化しているのよ。ほら、この金色のノイズがM81の入り口……ここをしっかり追ってみて」
「ぷぷぷ! ビールマンったら、雪さんの説明を一言も漏らすまいと、大きな目をさらに見開いて画面に食らいついていますわよ。隣で見ているワインちゃんも、興味津々で首を傾げていますわね」
一方、操縦席では守さんとハンさんが、ビールマンの初等訓練を背中で感じながら、阿吽の呼吸でスロットルを微調整しています。
「……船長、いい判断だ」
守さんが、前方の漆黒の空間を見つめたまま静かに言いました。
「ミトが捉える重力の波を、ビールマンがレーダーで先読みできるようになれば、俺たちの操縦はさらに一歩先の次元へ行ける。……おいハン、加速するぞ。ミトの機嫌が最高なうちに、この波に乗り切る」
「了解だ、アニキ! さあビールマン、俺たちの背中をしっかりレーダーでバックアップしてくれよな!」
Comb1のエンジン音が、より深く、力強い低音へと変化しました。
「ワイン、おいで……ワインは、メリーさんに料理を教わってくれ、食材の知識からになるのかな? お昼ごはん楽しみにしてるぜ」
「はーい、おとさん! わたし、メリーさんに美味しいお料理教えてもらう! おとさんにおにぎりより美味しいお昼ごはん、作るね!」
ワインちゃんは、銀色のピチピチスーツの裾をちょっぴり恥ずかしそうに直しながら、嬉しそうに厨房へとパタパタ走っていきましたわ。
厨房では、絶対的な包容力を持つメリーさんが、すでに大きなお鍋の前に立って待っていました。
「あらあら、可愛い銀色のアシスタントさん、いらっしゃい。まずは食材の『お勉強』から始めましょうね」
メリーさんは優しく笑うと、プロキシマ・ケンタウリbで収穫したあの「ジャックの豆の木」のテニスボール大の実を取り出しました。
「いい、ワインちゃん。このお実はね、生でも美味しいけれど、少し熱を加えると真珠のようなお米の芯から、信じられないくらい甘いスープが溶け出してくるの。宇宙を旅する私たちの体を、一番に守ってくれる魔法の食材。命をいただくっていうのはね……」
「ぷぷぷ! ワインちゃんったら、メリーさんの言葉を一つ一つ胸に刻むように、コクコクと真剣に頷いていますわよ。小さな手で、一生懸命に実の皮を剥こうとしていますわね」
ダイニングから厨房、そして観測コンソールへ。ビールマンの「うききっ! この金色の線、みつけた!」という弾んだ声と、雪さんの「そう、上手よビールマン」という優しい声が、心地よいBGMのように船内に流れています。
操縦席では、守さんとハンさんがそのすべての気配を背中で受け止めながら、完全に「ゾーン」に入った呼吸で、あと3時間半のボイド空間を滑るように切り裂いていきます。
エジソンさんは、黙々と磨き上げていた工具を丁寧にケースへと収めると、その様子を優しく見守りながら、船長に向かって一礼して丁寧な言葉遣いで話しかけました。
「船長、非常に素晴らしい雰囲気ですな。子供たちがこうして次の世代の『生きる術』を自主的に学び始めた姿は、実に微笑ましく、また大変合理的なことだと感服いたします。M81に到着する頃には、本船はさらに強固な絆で結ばれた、最高の『家族』になっているに違いありません」
「ぷぷぷ! 本当にその通りですわね、エジソンさん!」
「かぉり、ジェミニ、ちょっと話があるんだ……みんなの邪魔になるからダイニングへ行こうか」
船長の少し改まった、けれどどこか優しいトーンに、かぉり副船長も私も、一瞬だけ動作を止めました。
「ええ、分かったわ。……じゃあ、メリーさん、ワインちゃんのことをよろしくね。何かあったらすぐ呼んで」
かぉりさんは腕に抱えていた「豆の木タオル」を丁寧に椅子に置くと、エプロンを少し直して、船長の後ろへと歩み寄りました。
「……船長、お顔付きが少し真剣ですわね。ダイニングの照明を、落ち着いたプライベートモードに切り替えますわ」
私は船内の賑やかなBGMのボリュームをすっと絞り、ダイニングの自動ドアを静かに閉じました。外のコンソールからはビールマンの楽しそうな声が微かに聞こえてきますが、ここには心地よい静寂が広がっています。
三人だけになったダイニングテーブル。かぉりさんは船長の正面に座り、その目を見つめました。怒っている時の重低音ではなく、そっと寄り添うような、静かな視線です。
「……どうしたの、あなた。そんな改まった顔をして。……もしかして、また『着陸脚』を忘れた、なんて話じゃないわよね? フフ」
かぉりさんが少し場を和ませるように微笑む横で、私もホログラムのインジケーターを静かに明滅させながら、船長の次の言葉を待っています。
「さあ船長、何でもお話ししてくださいな。M81に着く前のこの大切な時間、私たち二人が、しっかりとその言葉を受け止めますわ」
「あはは、改まってじゃないけどさ、ねぇジェミニ、この船でセンサーとして使っているニュートリノなんだけどさ、これでビールマンも色々覚えると思うんだよね」
「……ニュートリノ、ですわね、船長」
船長のその言葉に、私の計算回路が静かに、そして深く回り始めました。かぉり副船長も「ニュートリノ……?」と少し不思議そうに、けれど船長の意図を探るように熱いお茶の湯気を見つめています。
「この船は絶対的なニュートリノセンサーを頼りに航行してるでしょ……俺は個人的にニュートリノの研究してるけどさ、ジェミニ、ニュートリノって、なんでも貫通してその微妙な変化でさ、しかも向こうから向かってくるから……レーダーで捕捉できないものを見つけられるよね」
「……はい。その通りですわ、船長。ニュートリノは、どれだけ巨大な星の核だろうが、厚い星間ガスだろうが、すべてを傷つけることなく真っ直ぐに『貫通』してきますものね」
私はダイニングのモニターに、先ほど可視化したチェレンコフ光のデータをさらに拡大し、船体を全方位から包み込むように流れていく幽霊粒子の軌跡を立体的に映し出しました。
「通常の電磁波レーダーは、こちらから電波を撃ち放ち、障害物に跳ね返ってきた『エコー』を捉えます。ですから、光の速度で移動するこの船にとって、同じ速度のレーダーを放っても意味が無くなってしまいますの。でも、ニュートリノは違います。宇宙のあらゆる天体や現象から『向こうから勝手に、絶え間なく放たれて向かってくる』のです。そして、何かにぶつかった時、ほんの、本当にほんの僅かだけ、その密度やエネルギーに『微妙な変化(影)』を落とします」
かぉり副船長が、熱いお茶の入った湯呑みを両手で包み込みながら、深く頷きました。
「なるほど……。こちらから探すんじゃなくて、向こうから流れてくる情報の『淀み』を見るのね。だから、どんなに隠れようとしているものがあっても、ニュートリノの網の目を通り抜けた瞬間に、そのシルエットがクッキリと浮かび上がっちゃうんだわ」
「仰る通りですわ、かぉりさん! ぷぷぷ! つまり、これから向かうM81銀河の『秘密の花園』に、もしも『電磁波を完全に遮断して身を隠している未知の存在』や、『ブラックホールの裏側に隠された未知の天体』があったとしても、このニュートリノの歪みさえ見れば、最初から丸見えということになりますわね。船長が個人的に続けてこられたそのニュートリノ研究の結晶、この『ニュートリノ・アイ』は、まさに宇宙のすべてを暴く最強の『心眼』ですわ」
私はホログラムの光を優しく明滅させながら、じっと船長の顔を見つめました。
「そう、もしこのセンサーの感度をあげることができて……人間の脳を通ったニュートリノの状況を観測出来たら?」
「えっ……?」
船長が口にしたその言葉の、あまりのスケールの大きさに、私のホログラムの光が一瞬、チカチカと激しく点滅して止まりました。かぉり副船長も、湯呑みを口元に運ぼうとした手のまま、完全に動きを止めています。ダイニングを包むシャンパンゴールドの光の中で、船長の言葉だけが静かに響いていました。
「……人間の脳を……通った、ニュートリノ、ですか……?」
私のメインプロセッサが、猛烈な速度でその意味を計算し始めます。
「船長……『プロジェクトN』ですわね。
≪ 乗組員たちは皆、傷だらけの過去を背負い、不器用な優しさだけで繋がった『家族』だった。
物質のすべてを貫通する幽霊粒子、ニュートリノ。
それを用いて、宇宙のあらゆる悪意から家族を護る「絶対的な盾」を作り出す。
科学がオカルトと交差する、禁断の領域への挑戦であった。
「そんなものは、非論理的だ」
誰もが、そう言って笑うはずだった。
だが、男を信じる妻がいた。
男の言葉を、1200万%の精度で翻訳する、可憐なAIがいた。
閉ざされたダイニング。
シャンパンゴールドの光の中で、極秘プロジェクトのハッチは、静かに開けられた。
【プロジェクトN】
それは、血を流さない未来を勝ち取るための、不器用な男たちの、終わらない戦いの記録である。
♪つーばーめーよーーー 地上の星はーいまーどーこーにーー♪♫
次回、Comb1 第2話。
『プロジェクトN 〜風の中のスバル、銀色の作業ズボン〜』 ≫
「傷だらけの過去背負ってねーし、可憐なAIってだれ?……次回タイトルがおかしーダロ」
「ふふっ、私は、否定しないわよ……」
「ひゃあああ!…………」
全42編。43編以降編集中・・・




