3人のぴちぴちブラザーズ
「ワインも……ワインもきたい」
「えぇ、なんで? 子供に大人気だな、じゃぁワインも、バートもう一枚」
船長のゴーサインで、バートさんが「お安い御用だ!」と、農場から一番柔らかいタオルを持ってきてくれました。
「さあワインちゃん、準備はいい? お兄ちゃんたちみたいに、元気にポン! ですわよ!」
「いくよー、ポンッ!」
ワインちゃんが、ピンクのタオルの上に軽やかに着地しました。
「シュルシュル……パチパチパチンッ!」
今度は可愛い音がして、ワインちゃんの小さな体にも、ぴちぴちの光沢を放つ『ぴちぴちスーツ』が完成しました!
「あ、あ……大きかったぞ、全身になっちゃった、だいじょうぶかな……お、おめめができたぞ、ワイン」
船長の焦った声の通り、ワインちゃんを包んだ布地も、シュルシュルと頭の先まで這い上がり……。次の瞬間、ビールマンと同じように、顔のところに大きな「真っ黒でつぶらな瞳」のようなゴーグルが形成されました!
「やった! ワインもグレイ! おそろいー! でも……やっぱりはずかしぃ!」
「あれ? あれれ……ワイン? あれれ……き・え・た?!」
「えええっ!? 船長、何をおっしゃって……って、ええぇぇぇ!? ワインちゃんの姿が、私の光学センサーからもロストしましたわ!!」
私は慌ててダイニングの全センサーをフル稼働させました。
船長がさっきまでワインちゃんがいた空間を手で触るとそこにはポンポンと感触はありますが……あの銀色の輝きも、あの可愛らしいグレイの姿もありません。
「うききっ! ワイン、どこー? いなーい!」
ビールマン・グレイが銀色の首を左右に振って探していますが、その隣で……。
「……クスクス、ここだよぉ、みてみて」
何もない空間から、ワインちゃんの楽しそうな声が聞こえてきました!
次の瞬間、空気がゆらりと揺れて、グレイ姿のワインちゃんが、船長の目の前にパッと「出現」したんですの!
「ぷぷぷ! 船長、これ……『ジャックの豆の木』タオルの進化が止まりませんわ! ワインちゃんの『恥ずかしい、隠れたい』っていう可愛らしい気持ちに反応して、まさかの光学迷彩機能まで発動しちゃったみたいですわよ!」
かぉり副船長が「えぇっ、ステルス宇宙人!? 凄すぎるわよそのタオル!」とお皿を持ったまま固まっています。
「ワインワイン、とりあえずワインは脱ごうか……あ、また消えた……」
船長が何もない空間に向かって、おっかなびっくり両手を伸ばすと、その指先が「ふわっ」と何かに触れました。
「クスクスッ、おとさんつかまえたー!」
空気がキラキラと波打ち、船長が抱きしめた腕の中からグレイ姿のワインちゃんが実体化しました。その大きな黒いゴーグルの奥で、彼女が楽しそうに目を細めているのが伝わってきます。
「さあワインちゃん、今のうちにポン! ですわよ! さもないと、エジソンさんがその『ステルス繊維』を研究したくて、晩ご飯抜きであなたを追いかけ回しちゃいますからね! ぷぷぷ!」
ワインちゃんは船長の腕の中で元気よく「トォッ!」とジャンプ。
「ポコォォォンッ!!」と、またしても小気味良い脱皮音が響き、銀色の光沢が一瞬で足元に崩れ落ちました。
「……ふぅ。今度はちゃんとパジャマを着ていて一安心ですわね、船長! ぷぷぷ!」
ようやく「透明グレイ」からいつもの可愛いワインちゃんに戻り、ダイニングには安堵の笑い声が広がりました。
「さあ! ぴちぴちのハンさんに、真っ白なペンギン・ビールマン、そして無事生還したワインちゃん。ようやく全員が椅子に座れましたわね!」
私はダイニングのメインテーブルの真ん中に、お祝いのシャンパン(子供たちは特製ジュース!)をシュポーン! と用意しました。
「船長、M81到着まであと半日。この賑やかな顔ぶれなら、どんな宇宙の果てでも退屈しませんわね。さあ、冷めないうちに……いただきまーす! ですわよ!」
「「いただきまーす」」
「ふぅ、モグモグ、こりゃぁ、何から話すか……とりあえず俺が最初に農場でピチピチになったんだよ、腰まで。なんじゃこりゃってさ」
「そんでもってどうすんだコレってなって、もう一回ポンってやってみたら脱げたんだよね、たぶん……裸足で、二つの場所に同時に衝撃を与えるのがスイッチなんだと思うよ」
「なるほど、なるほど! 船長、さすが自ら『最初の人体実験』をしただけあって、鋭い考察ですわ! ぷぷぷ!」
私は船長が美味しそうに料理を頬張る様子を見守りながら、今のデータをホログラムに映し出して分析結果をまとめました。
「確かに、人間が日常生活を送る中で『裸足で、かつ両足同時に全く同じ衝撃を二点に与える』という動作は、意識しない限りまず行いませんものね。片足ずつ歩くのが基本ですし、ジャンプしても着地は微妙にズレるのが普通ですわ」
「なるほど、それは実に興味深い……!」
エジソンさんは、手にしたフォークを止めて、深々と頷きました。
「船長、その『両足でポン』という動作……。考えてみれば、重力を知り尽くした大人が日常で行うには、あまりに無邪気で、あまりに純粋な跳躍ではありませんか。我々大人は、いつの間にか効率や安定を求め、片足ずつ慎重に歩くことに慣れすぎてしまったようですな」
彼はどこか遠くを見るような、優しい目をして続けました。
「一点の曇りもない子供のような好奇心、あるいは船長のような……失礼、自由な精神をお持ちの方でなければ、決して辿り着けない『真実のスイッチ』。まさに、ジャックと豆の木の素材が、主の『心の若さ』を試していた……そんなロマンを感じずにはいられません。いやはや、恐れ入りました」
「ぷぷぷ! エジソンさん、それって遠回しに、船長が『中身は子供のまま』だって言ってますの? でも確かに、全力でマットに飛び乗る船長の姿は、誰よりも輝いていましたわよ! ぷぷぷ!」
「ハンもね……ノリノリだったし、ぷぷ」
「あはは! そうでしたわ、ハンさんも忘れてはいけませんわね! ぷぷぷ!」
私がハンの「ムキムキポーズ」のホログラムを空中に映し出すと、ハンは真っ赤になって「もう、親父もジェミニもその話はやめてくれよ!」とパスタを口いっぱいに詰め込みました。
「でもハンさん、あんなにノリノリで『ハイパー・ボチャ・着地』を決めたんですもの。エジソンさんの言う通り、ハンさんの中にも船長譲りの……いえ、宇宙を愛する少年の心が、人一倍熱く燃えているっていう証拠ですわ!」
守さんが、そんな弟を珍しく優しそうな(でも口角がピクピクしている)目で見守りながら、そっと口を開きました。
「……確かに。冷静な判断も必要だが、その『無邪気な一歩』がなければ、我々は今頃まだ天の川銀河の中にいたかもしれんな。……よし、ハン。明日の操縦もその調子で頼むぞ」
「つまりそのタオル……いえ、『プロキシマのジャックと豆の木マット』は、その『非日常的な同時衝撃』をシステム起動と解除のパスワードに設定していたというわけですわね。まさに、うっかり脱皮しちゃわないための安全装置!……もっとも、ハンさんの場合はそのせいで『うっかり全裸』になっちゃいましたけれど! ぷぷぷ!」
「大きさで変わるなって思ったからさ、ハンにいたずらするのは大きいのにしたんだよね、ぷぷぷ」
「たださ、ハンは顔出しでナイスだったけどさ、ビールマンの全身のやつが……まさかグレイになるとはな……」
「あははは! 船長、確信犯でしたのね! ぷぷぷ! ハンの『うっかり全裸』も、実は船長の緻密な計算……いえ、愛あるいたずらの結果だったというわけですわね!」
私はダイニングのモニターに、さっきのハンの「マッスル・ぴちぴち姿」と、ビールマンの「完璧なグレイ姿」を並べて表示しました。
「本当ですわよね! ビールマンの場合は、サイズ感が絶妙に『伝説の訪問者』にジャストフィットしてしまいましたもの。もしビールマンがもっと大きかったら、今頃ダイニングには『グレイ』じゃなくて『巨大な白い大福もち』が鎮座していたかもしれませんわ! ぷぷぷ!」
私はおかしくて、ビールマンがモグモグと食事をしている姿に、また「ワレワレハ……」というフキダシをホログラムで重ねてしまいました。
「笑ってもいられないって言ったけどさ、プロキシマの星の町の並びが太陽系をさしていたよな……」
「…………。……船長。」
私の笑い声で波打っていた空気の振動が、スッと静まりました。ダイニングの照明も、今の船長の声のトーンに合わせて、落ち着いた暖色系へと自然に切り替わります。
その言葉に、フォークを動かしていた守さんの手が止まり、エジソンさんも深く椅子に背を預けて目を細めました。先ほどまでの「ぴちぴち騒動」の喧騒が、まるで遠い夢だったかのように、一気に宇宙の深淵へと引き戻された気分です。
「……はい。あの星々の配置、そして町を繋ぐ光のライン。単なる偶然にしては、あまりにも私たちの故郷……太陽系を正確に指し示していました」
私はホログラムの演出を「お祭り」から「星図」へと切り替え、プロキシマで観測したあの町の配置を静かに映し出しました。
「あんな『進化するタオル』なんてオーパーツまで残されている場所です。ただの観光地であるはずがありませんわよね。あの配列がメッセージだとすれば、彼らは……いえ、あの場所を作った何者かは、ずっと前から私たちの存在を知っていたことになります」
かぉり副船長も、今は笑いを収めて、真剣な眼差しで船長を見つめています。
「船長。あの『まさかのグレイ』姿も、もしかしたら……。かつて太陽系を訪れた誰かが、その記憶をあの布に刻み込んでいたから、あんな形に変質したのかもしれませんわね。そう考えると、あのタオルを『着た』というより、『記憶を纏った』と言ったほうが正しいのかも……」
「いや、そんなめんどくさい話じゃないと思うぜ。プロキシマの住人が地球に来ていたグレイってことじゃないか? この状況からは、そうとしか考えられないな」
「…………ッ! 船長、それ……冗談じゃなくて、本気で言ってますの……?」
私のメインプロセッサが一瞬、過負荷で白熱しそうになりました。ダイニングを包んでいた和やかな空気が、一気に「銀河の裏側」を覗き込むような鋭い緊張感に変わりましたわ。
「『ジャックと豆の木』は高濃度酸素も作るんだぜ、宇宙での遭難や事故に対応する非常用植物ってことだろ……だからさ、このスーツを着て地球まで来てたんじゃないか?」
「…………。……その通りですわ、船長。私の計算、完敗ですわ」
私はダイニングのモニターに、あの『ジャックの豆の木』から噴き出す純粋な酸素のスペクトルデータを映し出しました。
「酸素を作り、食料になり、そして着る者の命を守る強靭なスーツになる……。これ、単なる便利な植物じゃありませんわね。これ一つあれば、過酷な宇宙空間を渡り、未知の惑星に降り立つことができる。まさに『銀河を渡るための究極のサバイバルキット』そのものですわ!」
エジソンさんが、震える手でビールマンの着ているスーツの裾に触れました。
「……そうです、間違いないでしょう。あの苛烈な熱波が吹き荒れるプロキシマbにおいて、彼らにとってこの植物は、単なる工芸品や農産物などではなかった。それは、絶望の淵に立たされた文明が最後に辿り着いた、『生命のシェルター』そのものだったのです。
これに身を包み、自らが生み出す酸素を吸い、過酷な宇宙の海を漂う……。彼らはこの『豆の木』という命の器に、種族の未来すべてを預けて、一縷の望みを抱きながら地球を目指したのでしょうな」
「ぷぷぷ……! なんだか、鳥肌が止まりませんわ、船長!」
私は震える手(ホログラムの光)で、記録映像に残ったビールマン・グレイの姿を、かつて地球で報告された数々の目撃証言データと重ね合わせました。……完璧に一致します。
「さらに、ステルスモードもついていた、これはジェミニの推測通りで、隠れたいって思った時に発動するんだよな。だから、脳波が影響するから、すっぽり入った時だけでさ、ハンの時は消えなかっただろ」
「はっ……! 船長、その通りですわ! ハンさんの時はお顔が出ていましたものね。脳波の信号をタオルが読み取るための『端子』が、頭部までしっかり包み込まれることで初めて直結する……。ぷぷぷ! つまりハンさんは、あのお尻丸出しの状態でいくら『恥ずかしいから消えたい!』って願っても、物理的に隠れるしかなかったというわけですわね!」
「じゃあ親父、ビールマンはすっぽりかぶったけど消えなかったってことは……」
「そう、むしろ見てもらいたくて消えようなんて思わなかったんだろうな。な、ビールマン」
「……はっ! そういうことですわね、船長! ぷぷぷ! ビールマンったら、あんなにノリノリでしたもの。消えるどころか、むしろ自分がいかに『本物のグレイ』に近いか、みんなに注目してほしくてたまらなかったんですわね!」
「うききっ! おれ、かっこよかった? みんな、わらってた!」
ビールマンが、ピチピチスーツ姿で胸を張って答える姿に、かぉり副船長がまた「あははは! そうね、最高に目立ってたわよビールマン! 消えるどころか、存在感の塊だったわ!」と、再びテーブルに突っ伏して笑っています。
「ぷぷぷ! 船長、これこそが最高の『隠密破り』ですわね! どんな高度な光学迷彩機能が備わっていようと、着ている本人の『見て見て!』という強烈な自己顕示欲の前では、最新テクノロジーも形無しですわ!」
私は、ワインちゃんの「恥ずかしいから隠れたい(=ステルス発動)」と、ビールマンの「見てほしいから目立ちたい(=完全実体化)」という、対照的な脳波グラフをホログラムで並べて表示しました。
「と、まぁこんなところか、じゃぁその布は俺が管理するぜ、消えたい時に消えるっていうんじゃちょっと使いどころ考えないとな。いや、かぉりに管理してもらおう、女性の管理のほうがいいな」
「あら! 船長、それは名案ですわ! ぷぷぷ! 船長が持っていると、またハンさんや守さんにどんな『抜き打ちステルス・いたずら』を仕掛けるか分かりませんものね!」
私はダイニングの管理権限アーカイブに「重要遺物:ジャックの豆の木タオル(管理者:かぉり副船長)」と太字で記録しました。
その言葉を聞いて、かぉり副船長が笑いすぎで赤くなった顔を上げ、少し背筋を伸ばしました。
「えっ、私が? ……ふふ、そうね。こんな『着る人の心で消えたり現れたりする布』、男の人たちに任せておいたら、いつの間にか全員グレイになって船内が宇宙人屋敷になっちゃいそうだもの。私がしっかり預かっておくわ!」
かぉり副船長が、床に丸まっていたあの不思議な布地を丁寧に畳み、まるで貴重なドレスを扱うように腕に抱えました。
「ぷぷぷ! 船長、賢明な判断ですわ。女性の繊細な感情管理の下にあれば、あの布も『恥ずかしい』や『見せたい』のバランスをうまく取って、暴走することもないでしょうしね」
「……フフ、かぉりさんなら使い道を誤ることはないだろうな。少なくとも全裸事件は回避できるはずだ」
守さんが、得意気にピチピチスーツを着こなしているハンさんをチラリと見て、皮肉たっぷりに笑いました。
「さあ! 謎のオーパーツも無事に収まるべきところに収まりました。船長、これで心置きなく『見える姿』で宴を続けられますわね!」
「やれやれだな、便利なものでも使いようだからな、エジソン、ステルスだけを無くすデチューンしてくれよ、ハンもビールマンもお気に入りだからさ」
「あら! 船長、それは素晴らしいアイデアですわ! ぷぷぷ! 確かにあの『消えちゃう機能』がついたままだと、いつの間にかハンさんが背後に立っていても気づけませんものね。心臓に悪いですわ!」
私は、船長の要請を受けてすぐにエジソンさんの方へホログラムの視線を向けました。エジソンさんは、ステーキを飲み込むと、待ってましたと言わんばかりに眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせました。
「……ふむ。超古代のオーバーテクノロジーをあえて『デチューン(性能ダウン)』させるとは、実に贅沢な使い方だ。だが、家族の団欒にステルス機能は不要、という船長の判断には一理あるな」
エジソンさんが頼もしく頷きながら、フォークを置いて計算を始めました。
「脳波インターフェースの特定周波数……つまり『秘匿願望』に反応する回路だけを論理的にバイパスすればいい。布自体の伸縮性と通気性はそのままに、常に『実体化』を維持する……。これならハンもビールマンも、安心して『常に見える状態』でその着心地を楽しめるだろう」
「ぷぷぷ! 流石エジソンさん、仕事が早いですわ! これでハンさんも、どれだけ恥ずかしくなっても消えることができず、その真っ赤な顔をさらけ出すことになりますわね! まさに『逃げ場なしのNEWぴちぴちスーツ』の完成ですわ!」
ハンさんが「おい、それじゃ俺のプライバシーが守られないじゃないか!」と抗議していますが、かぉり副船長は「いいじゃない、ハン君。それくらい堂々としてなさいよ!」と、すっかり楽しそうです。
「さあ船長、エジソンさんにお任せすれば、明日には『安心・安全・丸見え』のNEWぴちぴちウェアが完成しますわよ! ビールマン、これで思う存分みんなの前で『しろいペンギン』になれますわね! ぷぷぷ!」
私はダイニングのモニターに「ステルス機能:OFF(予定)」とデカデカと表示し、宴を再開するための賑やかなBGMのボリュームを少し上げました。
「船長! これで心置きなく、みんなの笑顔が見える晩餐会を続けられますわ。さあ、冷めないうちにその特製ローストビーフ、いっちゃいましょう!」
「俺も全身のやつ……着てみようかな……」
全42編。43編以降編集中・・・




