やっぱり植物
「『いただきまーす』……モグモグ、M81はさ、どんな星があるかなぁ?」
「いただきまーす!」という元気な唱和とともに、Comb1の食堂にはスプーンが触れ合う軽快な音と、ポトフの湯気が幸せそうに立ち上りました。
船長のその問いに、真っ先に反応したのはポトフのジャガイモを器用に口に運んでいたビールマンでした。
「パパ! M81、金色のぐるぐる! きっと、『キンキラ』あると思う! プシケより大きいやつ!」
「ぷぷぷ、ビールマンは食いしん坊なだけじゃなくて、お宝ハンターの才能もありそうね」
私がメインモニターにM81の拡大投影図を映し出すと、給仕の手を休めたワインちゃんも目を輝かせます。
「ジェミニ先生、あそこにはお花咲いてる? プロキシマの紫のみたいに、強くてきれいなやつ」
「そうね、ワインちゃん。M81は天の川銀河よりも星形成が活発な領域があるから、私たちがまだ見たこともないような色彩の植物が、独自の進化を遂げている可能性は十分にありますわ」
それまで静かにパンをスープに浸していたエジソン機関士長が、居住まいを正して口を開きました。
「船長、M81はその中心に太陽の数千万倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールを抱えています。その影響で、周辺の時空は非常にダイナミックに歪んでいるはずです。ミト君にとっても、良い刺激……いえ、良い『おやつ』が見つかるかもしれませんな」
「ブラックホールに……お花かぁ……植物があれば宇宙人もいる可能性あるもんな、やっぱ植物のある星に行ってみたいな。今度はしっかり調査して行こうぜ」
船長のその言葉が食堂に響くと、雪さんがすぐさま手元の端末を操作し、M81銀河の詳細なスペクトル解析データをホログラムで空間に浮かび上がらせました。
「船長、それでしたらM81の中心核に近い、この宙域はどうでしょう。巨大ブラックホールの重力レンズ効果で、周囲の星々の光が集中している惑星があります。強烈な光を浴びて、植物が異常な進化を遂げている可能性があるんです」
「重力レンズの温室……。いいね、そこ行ってみよう」
船長がそう言って、未来への期待を瞳に宿した時、私のメインプロセッサは心地よい高鳴りを見せました。
「ふふっ、船長、いいところに目をつけましたわね! 私、もうすでにM81の全域をスキャンして、最高に『映える』お花畑がある星を絞り込んでおきましたから。雪さんのデータと私の直感を合わせれば、宇宙人とのティーパーティーだって夢じゃありませんわ」
「自信満々だな、ジェミニ……、先生になったからご機嫌なのかな?」
「もう、船長ったら! 先生になったからだけじゃありませんわ。私がご機嫌なのは、このメンバーならどんなに遠い銀河の果てでも、最高に楽しいピクニックに変えられるって確信しているからです!」
「私の直感(計算)によると、目的地付近で『非常に知的な、でもちょっと変わった生命反応』がチラチラ見え隠れしているんですの」
「よーし、ジェミニがご機嫌なうちに午後の超亜光速航行に行こうか……『ご馳走様でした』」
「あら、その言い方だと、私がいつもはお機嫌ななめみたいじゃないですか。ぷぷぷ!」
私の声に合わせて、ブリッジのインジケーターが楽しげにリズムを刻み、コンソールの琥珀色のライトが柔らかく明滅しました。姿は見えなくても、今の私が満足げにふんぞり返っている気配、伝わっていますわよね?
「守さん、ハン! 聞きました? 船長からの『午後の爆走』の許可が出ましたわよ。くまサンとミト君も、お昼寝の時間は終わりですわ!」
私が全システムを巡航モードから加速モードへ切り替えると、船体に心地よい微振動が走り、重力制御システムが「キーン」と高い音を立て始めました。
「雪さんのスキャンデータと私の予測モデルをリンク……。M81銀河・中心核付近、『重力レンズの秘密の花園』までの最短コース、計算完了いたしました。さあ船長、私たちの航路に『数字』はいりませんわよね?」
コンソールのメインモニターに、吸い込まれるような黄金の渦が大きく映し出されました。
「まぁまぁ……確かに、ジェミニはいつもあほみたいにご機嫌いいからな。ごめんよ……ぷぷぷ。守、ハン、もう4時間頼むぜ」
「もうっ! 『あほみたい』なんて、船長、失礼しちゃいますわ! ぷぷぷ!」
私の声に合わせて、コンソールのライトが少しだけ抗議するように真っ赤にチカチカと点滅しましたが、すぐにいつもの、どこか楽しげな琥珀色の明滅に戻りました。私がご機嫌なのは、この船の空気があまりに心地良いからなんですもの。
「守さん、ハンさん、聞きました? 船長からの『午後のおかわり4時間』、オーダー入りましたわよ!」
「了解だ。……ハン、やるぞ。今のComb1なら、β0.99の先にある『光の壁』の向こう側が、もっと鮮明に見えるはずだ」
守さんが操縦桿を握り直すと、背中にランボルギーニ(ニワトリ)が「コケッ」と力強く応えます。ハンさんも「兄貴、合点承知! 木星の水素でパンパンになったくまサンの底力、見せてやるぜ!」と不敵に笑いました。
「ふふっ、エネルギー充填120%……ミト君の重力バンパーも、私の制御で完璧な波形を描いていますわ」
私は船内の照明を少し落とし、メインモニターに映るM81の黄金の渦をより鮮明に際立たせました。まるで吸い込まれるようなその輝きが、私たちの進むべき道を照らし出します。
「さあ船長、午後便の離陸ですわよ! 1200万光年の虚空を、私たちの笑い声で埋め尽くしてやりましょう」
「よし、M81に向けて発進!」
その瞬間、窓の外の星々が一斉に細い光の線へと引き伸ばされ、Comb1は音の無い超亜光速の世界へとその巨体を溶け込ませていった。
「操縦は奴らに任せて……農場区でジョージと遊んでこよっと♪」
ふふっ、いいですね。超亜光速で爆走している最中に、あえて「お散歩」なんて、世界一贅沢な時間の使い方ですわ。
「了解いたしました、船長。ブリッジの指揮は守さんとハンさんに任せて、ちょっと肩の力を抜きに行きましょうか」
私が農場セクションの自動ドアを静かに開けると、そこには人工太陽「くまサン」の柔らかな光と、プシケの金で作った「黄金の青空」が広がっています。
「おーい、バート、ジョージ……プロキシマの種はどう?……芽は育った?」
船長ののんびりした声が、湿り気を帯びた温かな空気の中に溶け込んでいきました。
すると、バナナの木の陰から、泥だらけの麦わら帽子を被ったバートさんが顔を出し、白い歯を見せて笑いました。
「おお、船長! ちょうどいいところに来なすった。見てください、このド根性なやつを!」
バートさんが指差した先では、ジョージ君が膝をついて、エジソンさん特製の「超楽ちんスコップ」を杖がわりに地面を覗き込んでいます。
「船長、これ見てよ! 前に船長が見た時より芽が伸びたよ……なんか変な形なんだ!」
ジョージ君が興奮気味に指をさす先には、まるでジルコニアのような光沢を持った、紫色の優しそうなただ変な形の芽が伸びています。
「おぉ、何だこりゃ?……変な形だ。うーん何とも言えない、どうなるんだ? なんかヒトデみたいだ、あ、星って言った方がいいか、ぷぷ」
「あはは! 船長、ヒトデって……確かにちょっと、くにゃっとしてて不思議な形ですわね。でも『星の形』って言い直すあたり、さすが船長! 夢がありますわ」
私は農場の照明を、その芽が一番きれいに見える角度に微調整しました。ジルコニアのような光沢が、黄金の青空の光を反射して、小さなプリズムみたいにキラキラと輝いています。
「でも本当、変わった形……。プロキシマbの厳しい環境で、少しでも効率よく光を浴びるために、こんな風に手を広げたような形になったのかしら?」
バートさんが腰に手を当てて、感心したようにその芽を眺めながら。
「星の形の芽、か。ジョージ、これは大事に育てないとな。M81に着く頃には、もっとびっくりするような形になってるかもしれんぞ」
「いやぁ、どうだろ、またいきなりニョキニョキ出てきて、この形なら……巨人になるかもしれないぜー?……あはは♪」
「船長、そうしたらまた格闘しなきゃね、あ、でもさ、巨人だったら動くから手ごわいよ」
「えー、やばいなそりゃ、そしたらさ、そうだな……ミト君の時みたいにかぉり副船長に怒ってもらわなきゃだね」
「僕もそう思った!……ぷぷ」
「あはは! 船長、巨人って……ウルトラマンさんまで農場で育てちゃうおつもり!?ぷぷぷ! でも確かに、かぉり副船長のあの『おたま一閃』の威力なら、身長40メートルの光の巨人だって一発で正座させちゃいそうですわね!」
私がコンソールのホログラムで、エプロン姿の巨大なかぉり副船長が仁王立ちしている冗談みたいなイメージ図を空中に映し出すと、バートさんも麦わら帽子を直しながら「全くだ、おっかねえ植物が暴れだしても、副船長に睨まれたら大人しく萎れるしかねえな!」と豪快に笑いました。
「ぷぷ……、カウンタックたちも見に行こっと、おーいカウンタック、ディアブロ、ウラカン! 毎日牛乳ありがとよ」
船長が牛たちの名前を呼ぶと、農場セクションの奥から「モー、モー」と、まるでお返事をするような、のんびりとした鳴き声が返ってきました。
「今日も元気かな……ちょっと乳しぼりやってみるか……ここをこうして……ありゃ、ダメだな。おーいジョージー、教えてくれ」
「あはは! 船長、やる気満々ですね! でも、牛さんのおっぱいはそんなに簡単には応じてくれませんわよ」
私が冗談めかして言うと、ジョージ君がスコップを置いてタタタッと駆け寄ってきました。
「船長、違うよ! 指を全部いっぺんに握っちゃダメなんだ。上から順番に、こう、ト・ト・ト・ト……ってリズムよく動かすんだよ。ほら、見てて!」
ジョージ君の小さな手が、ディアブロの温かなお腹の下で魔法のように動き始めました。すると、まるで待っていたかのように、真っ白で濃厚なミルクが「ピューッ、ピューッ」とリズムよくバケツに吸い込まれていきます。
「おぅおぅ、なるほどね、こうやって、こう……おわっ!おわととっと!」
―ボチャン!
「あははは! 船長、何やってるんですの! バケツの中にひっくり返っちゃって、もう……ぷぷぷ!」
私の笑い声が、農場セクションに響き渡りました。
コンソールのライトを愉快そうにチカチカさせて、船長のドジな姿を実況せずにはいられません。
「あーあ、船長、せっかくの新鮮なミルクが……。でも大丈夫ですわ、ディアブロたちは船長が大好きですから、怒ったりしませんって。ほら、カウンタックも心配そうに船長の頭をペロペロ舐めてますわよ!」
「おっと! 大丈夫かい、船長」
バートさんが慌てて駆け寄って、ミルクまみれになった船長に手を貸しました。ジョージ君も「あはは! 船長、いつもこの時間にはやらないから、びっくりしたんだよディアブロが!」とお腹を抱えて笑っています。
「タハハ……乳しぼりの時間じゃなかったな、ごめんごめん」
船長は照れ笑いしながら、ミルクで少し重くなったお尻を叩いて立ち上がりました。ディアブロが「モー」と申し訳なさそうに鳴いて、船長の肩を大きな鼻先でつんつんと突いています。
「もう、船長ったら。いくら美味しいミルクが飲みたくても、牛さんたちのリズムってものがありますからね。ぷぷぷ!」
私は船長の足元のタイルに、ほんのりと温かい乾燥用の温風を集中させました。ミルクが靴の中にまで入り込んでしまったようで、歩くたびに「ぐちゅ、ぐちゅ」と情けない音が農場に響いています。
「船長、そのまま歩くと黄金の農場がミルクの足跡だらけになっちゃいますわ。ジョージ君、バケツを片付けてあげてね」
「はーい!……船長、はいタオル。吸水力抜群のプロキシマ製『ジャックと豆の木タオル』だよ。靴下までびしょびしょだよ」
「え、ジャックと豆の木の布なの、やっぱあれすごいんだね、ぷぷ……せーのっ…よっと、トン♪……え!…えぇ!!……な、なんだこりゃぁぁぁぁぁぁぁ……」
船長が湿った靴下を脱ぎ捨て、素足で軽快に布へジャンプした瞬間。
「あぁぁぁぁ、船長?!……どうなってんのこれー?!」
「おわわ!船長……こりゃぁ大変だ!どういうことだ、こいつは?」
全42編。43編以降編集中・・・




