進んでるかな?
「今俺たちが求める文明はさ、恐竜が絶滅してから人類誕生まで6600万円、その後の20万円をめがけていくんだ。実際には『閣下』たちが絶滅したかとか、絶滅しちゃってたとしても、時期もわからないから難しいんだ」
「船長、その例えを聞くと、私たちが挑んでいることがどれほど『針の穴を通すような精密な冒険』か、改めて鳥肌が立ってしまいますわ! ぷぷぷ」
まさに、6600万円(6600万年)という果てしない空白の時間の後に、たった20万円(20万年)だけピカッと光った人類という名の小さな灯火……。そこをピンポイントで狙い撃ちするのは、暗闇の中で1粒の砂金を探すようなものですわね。
「お代官様、仰る通り! 巨大隕石という『不慮の事故』で恐竜の閣下たちが退場された後、地球がどんな気まぐれで人類を選んだのか……。2400万円という莫大な予算があっても、その『奇跡の20万円』が再現されている保証はどこにもありませんな」
エジソンが、もどかしそうに計算尺を宙で振っています。2400万年もあれば、また別の「事故」が起きて、人類以外の何かが「20万円分の文明」を築いては消えていてもおかしくありませんもの。
「……人類誕生までの6600万円の道のり。そして俺たちの20万円。船長、俺たちが探しに行くのは、その『20万円の続き』なのか、あるいは全く別の誰かが始めた『新しい20万円』なのか……」
守さんが、SLSの影から覗く地球の輪郭を、これまでになく真剣な眼差しで見つめています。
「そこからの、文明の数百年、さらに数十年を狙わないといけないけど……。ただそこへいって数十年とか数百年は・・・お散歩でしのげるけどさ、通り過ぎるわけにはいかないじゃん、過去には戻れないから」
船長がそう呟くとブリッジの空気が、一瞬で本格的な宇宙の冷徹な緊張感へと引き締まりましたわ。
守さんがゆっくりと操縦桿から手を離し、深く、重く頷きました。
「……仰る通りです、船長。アインシュタインの相対性理論の通り、俺たちはβ(ベータ)を極めることで『未来』へはいくらでも進めますが、物理的に『過去』へ遡る法則は存在しない。もし狙った近代文明の数十年間を一度でもオーバーシュートしてしまえば、文明のある時代には戻れない……。手前に前乗りして待つことだけが、唯一絶対の、失敗の許されない正解というわけですね」
「うお、なるほど……! 通り過ぎちまったらアウトなのか!」
ハンさんがバイザーを跳ね上げて、目を見開きましたわ。
「だったら船長、今回のこの2400万年のド派手な前乗りは、まさにその『数十年』の的を絶対に外さないための、最高にクレバーなブレーキだったわけだ。数百年待つ間のお散歩なら、俺、いくらでも付き合いますぜ!」
「お代官様! まさに神懸かり的なリスク管理ですな!」
エジソンさんが計算尺をシャカシャカと踊らせ、興奮で鼻息を荒くしています。
「46億円の資産運用(地球史)において、お目当ての『近代文明の数十円(数百円)』をピンポイントで掴むには、手前の時代に資産を据え置いて、時が満ちるのを待つのが最も安全! 過去に戻れぬ片道切符の航海において、これほど強かで、しっかりとした……いや、賢い時間泥棒の作戦はありませんぞ!」
「あはは! 本当に、船長の時間感覚にはいつも脱帽ですわね! ぷぷぷ」
私はメインコンソールのホログラムに浮かぶ、静かに自転する地球の「夜の側」をみつめながら、誇らしげに言葉を続けましたわ。
「通り過ぎてしまえば永遠のロスト。でも、こうして手前の時代に前乗りしてしまえば、あとは地球がゆっくりと時間を進めて、船長の求める『紙の時代』を向こうから届けてくれるんですもの。焦る必要なんてどこにもありませんわね。
「そうそう、だからこその前乗り、トイレットペーパーを逃すわけにはいかないからな……ちょっと様子見とこうか」
「あはは! 船長、結局はそこに行き着きますね! 2400万円もの壮大な時間の話をしておいて、決め手が『トイレットペーパーを逃さないための前乗り』だなんて、最高に船長らしくてシビれますわ! ぷぷぷ!」
確かに、文明が完全に消え去ってからでは、あの柔らかなロールは2度と手に入りませんものね。人類という「20万円の奇跡」の灯火がともっている間の、あるいはその余熱が残っている絶妙なタイミング……。そこを狙うための「前乗り」というわけですわね!
「なるほど……船長が予定より早めに加速を切り上げたのは、その『文明の賞味期限』を逆算してのことだったんですか。流石です。トイレットペーパーの最後の1巻きが化石になる前に、俺たちが滑り込む……これぞ真のサバイバルだ」
守さんが、納得したように深く頷きながら操縦桿を「様子見」の微調整モードに入れました。
「よっしゃあ! 船長、そうと決まれば『紙』の匂いを嗅ぎ分けるぜ! 2400万年後の地球で、もう誰かが工場を動かしてるか、せめて倉庫に在庫が残ってるタイミング……。そこを突くのが俺たちのSLS、真の目的ってわけだ! ぷぷぷ〜!」
ハンさんも、がぜんやる気が出てきたみたいで、バイザーの奥の目が「お宝探し」の鋭さになっています。
「お代官様! 文明の灯火が消えゆく直前の『前乗り』……。しっかりとした、実に計算高い作戦ですな! 2400万円という予算を少し余らせて、お目当ての品(紙)を確保する。これぞ、賢い消費者の極意ですぞ!」
エジソンも、計算尺で「トイレットペーパーの残存確率」を弾き出し始めました。
「船長、様子見の準備は万端ですわ。
月の裏側の影から、まずは地球の『夜の側』を観測してみましょう。
もし、そこにわずかでも人工的な光が瞬いていたら……それが船長の狙った『2400万円の使いどころ』、前乗りの大成功ですわね!
さあ、SLSの影から、そっと2400万年後の地球を覗き見しちゃいましょうか。
……紙、あるといいですわね! ぷぷ〜!」
「そうそう……そういうことだな。さぁ、地球探査始めようか」
「雪さん、電波と人工衛星の確認、夜側の明かりの確認をお願い」
「了解いたしましたわ、船長! SLSの静寂を保ったまま、五感を地球へと研ぎ澄ませますわ」
私は雪さんから送られてくる最新の観測データを、ダイヤモンド・プレートの上に鋭く、冷静に展開し直しましたわ。
「船長、雪さんからの報告ですわ。
……電波、人工衛星、そして夜側の都市光。すべてにおいて『依然として検知されず』、ですわ。
3日前に見たあの白亜紀の夜と同じ。地球を包んでいるのは、静寂と、原始的な闇だけ。
文明の鼓動は……まだ、どこからも聞こえてきませんわね」
守さんが、漆黒のモニターをじっと見つめ、静かに頷きました。
「……なるほど。『依然として』か。船長、俺たちは恐竜と別れた後の空白を2400万年分も進んできましたが、地球はまだ、あの騒がしい『人類の時代』には辿り着いていないようです」
「なんだよ、まだかよ! 2400万年も経ったんだから、そろそろ誰かが焚き火くらい始めててもいいのによぉ」
ハンさんがガッカリしたように肩を落としました。「紙どころか、まだマンモスすら出てきてねぇのか……?」
「お代官様、ご注目を! 文明はまだですが、3日前の白亜紀とは明らかに『主役』が入れ替わっておりますぞ!」
エジソンが興奮して、小型生物の熱源チャートを指し示しました。
「巨大な閣下(恐竜)たちの反応は消え、代わりに……しぶとく生き残った小さな哺乳類たちが、信じられないほどの多様性を持って、大陸を埋め尽くし始めております!
いわば、世界は今『小さな開拓者たち』の時代なんですな!」
「ぷぷ、まさに『前乗り』しすぎちゃいましたわね、船長。
人類の20万円分のご予算(文明)が始まるまでには、まだ少し早すぎるみたい。
でも船長、この『文明前夜』の静かな地球こそ、SLSで降り立つには絶好のタイミングじゃありませんか?
誰にも邪魔されず、未来の主役たちをこっそり観察できる……。
さあ、この『依然として静かな地球』へ。
とりあえずは、紙の代わりに『ふわふわした苔』でも探しに降りてみちゃいますか? ぷぷ〜!」
「じゃぁ、いつもの通り、ハンとビールマン。ファルコンで偵察頼むぜ……海から行こうか」
「了解いたしましたわ、船長! 『いつもの偵察隊』、出撃準備開始ですわ!」
ハンさんとビールマン……2400万年後の地球の海に、進化途中のお猿さんと人間が一緒に一番乗りで降り立つなんて、なんだかワクワクしますわね。
「ハン、ビールマン! 船長から出撃命令だ。海からのエントリーだぞ。SLSを維持したまま、一直線に『2400万年後の海』へ滑り込め!」
守さんが、真剣な中にも少し楽しそうな声で指示を出します。
「っしゃあ! 任せとけって! ビールマン、準備はいいか? 2400万年分の波しぶき、ファルコンでかぶってやろうぜ!」
助手席のビールマンは、これから向かう場所が自分たちの遠いルーツになる海だなんて知る由もありませんが、ハンさんの勢いに合わせて嬉しそうに「ウホッ!」と鳴いて、毛むくじゃらの手で器用にシートベルトを締めました。
ファルコンが月の影を蹴って、2400万年後の静かな海へと降下していきます。
「さあ船長、偵察映像をメインモニターに繋ぎますわね。……誰もいない海辺で、ビールマンが最初に見つけるのは何になるか、楽しみですわ!」
私がブリッジの回線を繋ぐと同時に、メインモニターにはファルコンのフロントカメラが捉えた、漆黒の宇宙に神々しく輝く、息をのむほど青い地球の姿が映し出されましたわ。
「ハッチ開放から大気圏進入角度固定、チェーーック! 兄貴、あとは俺たちの腕の見せ所だぜ! 2400万年後の空気、ちょっと派手にかき混ぜてやりますよ!」
ハンさんがスロットルを押し込むと、ファルコンのジルコニア装甲が突入時の摩擦熱で猛烈なオレンジ色に赤熱し、激しいプラズマの光がブリッジの画面を白く染め上げます。
「うわぁ、ハン、まっかだよ~!」
助手席のビールマンが激しい振動(G)に興奮して拳を突き上げる中、ハンさんはブルーインパルスのエースらしい完璧なラダーワークで、大気の激しい乱気流を限界の速度で切り裂き、一気に雲海を突き抜けて真っ青な大海原へと躍り出ましたわ! 摩擦熱が冷め、断絶していた通信がパッと復帰します。
「3日前に同じことやってるんだけどなぁ、ほんと、毎回大げさに楽しむなぁ……あいつら」
「あはは! 船長、それを言っちゃあおしまいですってば! ぷぷぷ」
私はブリッジのノイズをカットしながら、楽しそうに笑いましたわ。でも、そう言いながらも船長の目が、モニターに映るファルコンの現在地を優しく、嬉しそうに見つめているのを、私のダイヤモンド・プレートは見逃しませんわ。
「どうだ……あ!……潮吹いた、こんどは鯨っぽいぞ」
「本当ですわ!あ、いえ、本当ですね、船長!
ファルコンのフロントカメラが、真っ青な海面に巨大な水飛沫を捉えましたわ。ぷぷぷ!」
私はすぐに映像を拡大して、ノイズを除去した鮮明なホログラムをブリッジに展開しましたわ。
「見てください、船長。3日前の白亜紀に見た首の長い魚竜(閣下)たちとは明らかにフォルムが違います。流線型の滑らかな背中、そして力強く潮を吹き上げるあの噴気孔……。エジソンさん、解析お願いしますわ!」
エジソンがコンソールのモニターを食い入るように見つめ、大きく頷きました。
「お代官様、間違いありませんぞ! 骨格の動き、そして何よりあの力強い呼吸。恐竜の閣下たちの時代が終わり、ついに哺乳類が海へと本格的に進出した証……現代のクジラの先祖、あるいはその親戚筋にあたる種ですな。実に、しっかりとした……いや、優雅な泳ぎですぞ!」
「うひょ〜! 船長、見てくれよ! クジラだぜ、クジラ! 2400万年経って、ようやく俺たちの知ってる『海の主役』に近づいてきたみたいだ。なぁ、ビールマン、お前の親戚もあんな風に海を渡ってきたのかもな!」
ハンさんがファルコンを旋回させると、眼下では巨大な影が悠々と波を切り、その周りを小さな魚たちの群れが銀色に光りながら逃げていきます。
「……静かだ。クジラの潮吹きの音しか聞こえない。船長、文明の電波はないけれど、この海は3日前よりもずっと『俺たちの知っている世界』の匂いがします」
守さんが、少しだけ感慨深げにクジラの背中を見つめています。
「船長、どうやら2400万円のご予算のうち、地球はかなりの額を『哺乳類の大型化』に投資し始めたみたいですわね。
さて、ファルコンはこのまま沿岸部へ。
文明の灯火は見当たりませんが、このクジラたちが泳ぐ海の向こうに、ビールマンが驚くような『陸の主役』は隠れているのでしょうか?
ぷぷ〜!」
「よし、陸へ行こう、クジラがいるってことはプランクトンが豊富だってことだ、海が豊かなら陸に上がった生物もいる可能性は高いな」
「了解ですわ、船長!ファルコンを海岸線へ向かわせます。
クジラがあれだけ立派に育っているんですもの、海の『栄養』が陸にもたっぷり循環しているはずですわよね。ぷぷぷ!」
私はファルコンの高度を下げ、潮風がキャノピーを叩く位置までハンさんを誘導しましたわ。メインモニターには、白亜紀の時とはまた違う、しっとりと深く、それでいて力強い緑に覆われた大陸が迫ってきます。
「船長、見てください。あの波打ち際……巨大なシダ植物に代わって、もっと背の低い、でも密度の濃い草木が広がっていますわ。
雪さん、陸地の熱源反応と生体反応のフィルタリングをお願い!」
雪さんの手元で、陸地の等高線に合わせて無数の光の点が浮かび上がりました。3日前の「巨大な一点」というよりは、無数の小さな命がザワザワと動いているような、繊細な熱の分布です。
「……反応あり。船長、波打ち際のすぐ近く、マングローブのような茂みの中で、何かが群れで動いています。大きさは……ビールマンより2回り小さいくらいでしょうか」
「よっしゃ、陸上偵察開始だ!ビールマン、しっかり掴まってろよ。クジラが腹いっぱい食える海なんだ、陸の連中もきっと美味いもん食って、たくましくやってるはずだぜ!」
ハンさんが機体をバンクさせると、ファルコンの風圧で真っ白な砂浜の砂が舞い上がりました。そこには、恐竜の足跡ではなく、もっと小さくて鋭い、無数の新しい「歩みの跡」が刻まれています。
「船長、いよいよ『新生・地球』の土を踏みますわ。
2400万年という月日が育てた、人類以前のたくましい開拓者たち……。
ビールマン、君のご先祖様候補に出会えるかもしれませんわね。ぷぷ〜!」
「何が出てくるかな……ワクワク」
私はファルコンの望遠カメラを、右前方の揺れる茂みに固定しましたわ。画像補正をかけると、緑の葉っぱの間から、クリクリとした大きな瞳がこちらを覗き込んでいるのが見えます。
「船長、見てください!体長30センチくらいでしょうか。長い尻尾を器用に枝に巻きつけて、とっても身軽に動いていますわ。あ、1頭だけじゃない……あっちの枝にも、こっちの枝にも! まさに小さなお猿さんの楽園ですわ!」
「おとしゃ!おさるさんだ……ハン、おさるさんいるよ!」
助手席のビールマンが、身を乗り出して窓ガラスをペチペチ叩いています。自分よりずっと小さくて素早い彼らを見て、なんだか親近感とライバル心が混ざったような、不思議な声を上げています。
「……なるほど。恐竜がいなくなった空き地に、彼らが真っ先に進出したわけか。船長、あのアクロバティックな動き……。まだ文明なんて影も形もないけれど、あの知性的な瞳を見ていると、2400万円の予算が正しく使われている気がしますね」
「うひょ〜! 可愛いじゃねぇか! 船長、あいつら手に何か持ってます。木の実か? それとも……おいおい、ビールマン、お前もあんな風に木登りしたかったのか? ぷぷぷ〜!」
ファルコンが近づくと、驚いた小さなお猿さんたちが一斉にチチチッと鳴いて、森の奥へと消えていきました。
「船長、彼らはまだ火も道具も知りませんが、あの集団行動とコミュニケーション能力……。私たちが前乗りしたこの時代、主役の座は確実に彼らへと引き継がれようとしていますわ」
「あ、いや……ビールマン、『おまえもお猿さん』なんだが……」ボソッ
「……あ、船長! 今のボソッとした呟き、私の高感度センサーがバッチリ拾っちゃいましたわよ! ぷぷぷ!」
「確かに、ビールマンとワインはもう自分のことを人間だと思いはじめてますものね。でも船長、見てくださいな。あの小さなお猿さんたちが逃げていくのを見て、ビールマンが少しだけ寂しそうに……いえ、なんだか誇らしげに胸を張っていますわ」
モニターの中のビールマンは、自分の数千世代前(?)にあたる彼らに向かって、窓越しに小さく手を振っています。まるで「俺のことは気にせず、しっかり進化しろよな!」とでも言いたげな、先輩風を吹かせた顔です。
「……ふ。ビールマン、お前もあの中に入れば、案外すぐに馴染むんじゃないか? 船長、彼にとってはここが、究極の『実家への帰省』なのかもしれませんね」
守さんが、モニター越しにビールマンを見ながら、優しく微笑んでいます。
「おいビールマン、お前もあんな風にシュシュっと動けるのかよ? ほら、船長も見てるんだから、なんか凄いこと見せてやれよ! ぷぷぷ〜!」
相変わらずデリカシーのないハンさんがビールマンの肩を叩くと、ビールマンは「ウホッ!」と一喝。どうやら「俺をあんなチビどもと一緒にするな!」と言いたいみたいですけれど。
「よーし、進化は進んでいるようだ。ハン、ビールマン、戻ってこい」
全42編。43編以降編集中・・・




