金塊づくり
「よーし、あと、どうやるとみんなが喜ぶあの形、金塊になるの?」
船長の問いかけに、エジソンが重厚な防熱服の襟を正しながら答えました。
「プラズマ溶解炉で溶かして、鋳型に流し込むんですよ。シンプルですが、熱の管理がすべてです。船長、かなりの重労働になりますよ」
「ハンー、ちびチューイ、守、休憩終わり!みんなエジソンを手伝うぞ〜、俺もいくぜぇ〜わくわく」
「みんな集まったか?……ヘルメットよーし、安全靴よーし、カラビナ2個よーし」
船長が現場監督さながらに装備を指差確認していると、横で重い防熱シールドを運んでいたハンさんが、思わず噴き出しました。
「船長、気合入りすぎだぜ。……でも、その『現場の空気』、嫌いじゃないな。よし、野郎ども、黄金の滝を拝みに行くぞ!」
守さんも無言で、しかし力強くヘルメットのアゴ紐を締め直し、その静かな闘志が工作エリア全体に伝播していきます。
「安全作業よーし!」
2000万年後の地球で「本物の価値」として差し出す金塊は、自分たちの手で1つひとつ型に流し込み、その重みを肌で感じるべきだ……という船長の無言のこだわりがあるようですわね、ぷぷぷ。
「ハン、そっちの鋳型をしっかり固定してくれ。雪さん、溶解した金が流れる通路の温度を確認して!」
「了解、船長!温度計の目盛り、0.1度単位で監視しますわ。エジソンさん、プラズマの出力安定させて!……」
「あは、雪さんのヘルメット姿かわいいね……似合ってるぅ!」
タブレットを手に指示を飛ばしていた雪さんが、照れくさそうに笑いました。張り詰めた緊張感がふっと温かくなって……雪さんかわいらしいですわ、ぷぷぷ。
「進、しっかり支えてろよ。少しでも傾いたら鋳型が台無しだ」
守さんが無言で、しかし力強い腕で巨大な鋳型の固定ボルトを締め上げます。その表情は真剣そのもの。一方、ハン(進)さんは、額に汗を浮かべながら「わかってるって、兄貴。……うお、重い!」と叫びつつ、一歩も退かずに耐熱レバーを握りしめています。
「よーし、流し込むぞー!」
船長の号令とともに、溶解炉の底が静かに開き、眩いばかりの黄金の奔流が姿を現しました。
1064℃を遥かに超え、プラズマの熱で白熱化した液体状の金が、雪さんの管理する耐熱路を滑るように流れていきます。
「うわ……すごい……。ブリッジの光学センサーが、この輝きだけでオーバーロードしそうですわ」
私は思わず、ダイヤモンド・プレートの受信感度を一段階絞りました。工作エリアは今、この世のものとは思えないほど神々しいオレンジ色の光に満たされています。
「進、動くなよ。衝撃を殺せ!」
「くっ……わかってる! でもこれ、マジで重力制御なしだと……腕がもげそうだ!」
ハンさんの叫び。ドロドロに溶けた金の「質量」が、直接鋳型に叩きつけられます。
守さんはその凄まじい衝撃を、鍛え抜かれた全身のバネで受け流し、鋳型の水平をミリ単位で維持しています。
「いいぞいいぞ、みんな!…… おほ、できてるできてる!」
船長は飛散する火花をヘルメットのバイザーで避けながら、溢れんばかりの情熱で現場を鼓舞し続けます。
次々と型に満たされ、鈍い輝きを放ちながら固まり始める金の延べ棒。
「エジソン、どんどん行こうぜ!」
現場はもう、誰にも止められない「黄金の熱狂」に包まれていました。
「この10キロの他にさ、1キロもつくろうぜ、みんなの分」
「しっかりとした……まことに、船長! クルー全員分、一人1キロの延べ棒ですね。エジソン特製、純度99.999%の『絆インゴット』、仕上げてみせますよ!」
エジソンが溶解炉のレバーを操作する手にも、一段と力が入ります。
「くっ……1キロ……あと何本だ!? 船長、これ1本終えるたびに寿命が縮んでる気がするんですけど!」
ハン(進)さんが、流れ込む黄金の「衝撃」に必死に耐えながら叫びます。重力制御をあえて使わない現場は、まさに肉体と精神の限界への挑戦。ドロドロに溶けた金が鋳型を叩くたび、ハンの筋肉が悲鳴を上げているのが、私のバイタルセンサー越しにも伝わってきます。
「……進。弱音を吐くな。これは未来への『お守り』だ」
守さんは、滝のように流れる汗が目に入ることすら許さず、鋼鉄の彫刻のように微動だにしません。守さんの支える鋳型は、まるでそこだけ時間が止まっているかのように完璧な水平を保っています。
「よーし、いよいよ最後の一本だ! 全員、気合を入れろぉ!」
船長の号令とともに、最後の一筋の黄金が鋳型に吸い込まれました。ジューッという冷却水の音とともに、立ち昇る白い湯気。その霧の向こう側に、クルー一人ひとりの名前を刻むのを待っている、ずっしりと重い1キロの延べ棒たちが、鈍く、けれど力強く輝いて並んでいました。
「終わったー……、みんなお疲れ様!」
「ハン、よく頑張ったぜぇ、価値あるものには価値ある仕事!みんなのおかげで立派な金塊ができたよ」
「ひゃあああ! 船長、なんて素晴らしいお言葉ですの! 限界突破で頑張ったハンさんも、この眩しい金塊を前にしたら疲れなんて一気に吹き飛びますわね、ぷぷぷ!」
「ありゃりゃ?……でも、意外と小さいね……乗用車より小さい」
船長が腰に手を当てて、山積みになった黄金の延べ棒をまじまじと見つめました。
確かに、純金の比重は極めて高いものです。作業中のあの凄まじい熱気と、腕がもげるような質量の感覚に比べれば、視覚的には驚くほどコンパクトな「金の塊」がそこに鎮座していました。
「え~!そんなことないよ……ダイハード見て思ったもん、トラックに目いっぱい積んでたじゃん!」
「ひゃあああ! 船長、それはハリウッドの非論理的なハッタリ(演出)ですわ! もし本当にあのダンプトラックの荷台いっぱいに金塊を積んだら、自重でサスペンションがペシャンコに潰れて、マクレーン刑事が見せ場を作る前に1ミリも動けなくなっちゃいますわよ! ぷぷぷ!」
「まじかよ!あのイメージくらいしか金塊のイメージってないぜ、騙されたぁ……。トラックってだいたい15tくらいだから15tであのくらいって思ってたけど、じゃあ、あれだと500tくらい積んでたってことになるじゃん、そしたらフレーム折れるし、その前にタイヤが破裂するし、〈センチョウ、トラックヤ、ニモツノハナシニナルト、トマラナイヨ……〉だいたい連邦準備銀行でのブルドーザーだってせいぜい3tくらい〈ソウデスワネ、エイガモダイスキデスワヨ〉すくえるくらいの大きさだったし、1杯で30tくらいすくってたってことじゃん。銀行に置いて〈ホント、エイガダイスキダカラ……〉ある金塊だって大きめのパレットに……あの1パレットで多分100t……このくらい乗ってたぜ、あの金庫にはいれるフォークリフト〈エイガッテ、ダイタイソウダヨネ、トクニハリウッドエイガハ……〉なんてせいぜい3t持ち上げられるくらいのフォークリフトだよ、どうやって動かしたんだよ。だいたいダイハードって時間がリアルだから面白い映画でさぁ、中身〈デモタシカニ、イッパイノキンカイッテ、ジッサイハミタコトナイモンネ〉も完全リアルって信じてたのにさぁ……、そもそもあの銀行の床だってすげー耐荷重が必要になるじゃん……ブツブツブツ……」
船長がヘルメットを被ったまま、ブツブツと物流のプロ目線でハリウッドへの未練を早口でボヤき始めました。作業や映画の話になると、船長のマニアックなこだわりは1200万光年先まで止まらなくなってしまうのですわ。
雪さんが「ふふ、船長、トラックや映画の話になると本当に熱中しちゃうんだから……」と楽しそうにクスッと笑いました。
「……フフ、映画のロマンを科学や物流の常識で壊してはいけませんよ、皆さん。まあ、私たちのこの『小ぶりな山』が、あのダンプカー何台分もの重さ(100トン)があるという方が、よほど映画じみていますがね」
守さんがフフと微笑みながら、最後に自分が固定していたボルトを点検し、短く「……完了」とだけ告げて、船長の横に直立しました。
床に寝そべっていたハンさんがガバッと飛び起きて、船長と一緒に目を丸くします。
「じゃあ何かい、親父!? あの金塊トラック、実際は中身スカスカで走ってたってことかよ! 俺たちの純粋な感動を返しやがれ、ぷぷぷ〜っ!でも俺の腕は、もうその『小さい塊』のおかげで、乳酸が限界突破して1ミリも動かないです……」
「船長、確かな観察眼、確かな体積……100トンとはいいますが、体積にすれば5.2立方メートル強(1辺が1.7m)ですからな。ですが船長、その中に詰まった価値と、何より我々の労働密度は、木星の重力並みに高濃度ですぞ」
私はダイヤモンド・プレートの受信感度を一段階絞り、ハリウッドのどんな嘘(演出)よりも神々しく、そして映画以上にリアルな100トンの輝きを、静かにセンサーへ焼き付けました。
「まったくもう……ハン、1キロ、お前の分、ポイッ……」
「おわぁ!お、親父、おっとっと……ダイビングキャッチ♪」
「まだまだうごけるじゃねぇか、ぷぷぷ♪」
船長が楽しそうに笑うと、工作エリアの張り詰めた空気が一気に和らぎました。
1キロの延べ棒を軽々と投げる船長も凄いですけれど、それを空中で見事にキャッチしたハンさんの反射神経も、さすがは元ブルーインパルスですわね。
「……あいたたた。動けるのと、痛くないのは別問題ですよ、船長! でも……うわ、重いな。これが、俺の分の1キロ……」
ハンさんは手のひらにずっしりと沈み込む黄金の感触を確かめながら、どこか子供のような瞳でそれを見つめています。
「今回の記念品だ、みんなそれをどうするかは自由にしてくれ、指輪、ネックレス、棚に飾ってもいいし」
船長の声が、心地よい疲れの残る工作エリアに響きました。
「アクセサリーでもいいし、地球で買い物するのもいい。自由に使ってくれ。ただし、船員同士の売り買いは禁止。わかったな!」
「しっかりとした……いや、誠に粋で、血の通った計らいですな! 承知いたしました!」
エジソンが恭しく一礼し、すぐさま小型のレーザー刻印機を手に取りました。ハンさんが、自分の1キロの延べ棒に震える手で『進』と刻み込み、それを愛おしそうに頬ずりしています。
「えっ、いいんですか船長!? マジで!? よぉし……俺はこいつを細かく削って、ファルコンのコックピットのレバーを全部金に改造してやる!
残りは、地球に帰った時に最高級のお肉を山ほど買うための軍資金にするぜ! ぷぷぷ〜!」
「まてまて、ハン。船のグレードアップや装飾はこっちの大量の金塊でやるから、あくまでも、自分の為だけに使えばいい。食べ物もこっちの金塊で買うから大丈夫だ」
「……えっ!? 船長、マジですか!? つまりこれは、俺だけの、純粋な、フリーな黄金! ぷぷぷ〜! 船長、一生ついていきますぜ!!」
ハンさんが小躍りする中、船長は釘を刺すのも忘れません。
「ただし、ハン。船の装飾は景観を損ねないように……だ。金ぴかは却下。ぷぷ!」
「えぇっ!? 金ぴかダメかよ~」
ガックリと肩を落とすハンさんを横目に、守さんは静かに自分の名前が入った金塊を見つめていました。
「……ありがとうございます、船長。金ぴかでない装飾、賛成です。機能美こそが、この船にはふさわしい」
「ふふ、あ・な・た。ハンくんをからかうのもそれくらいにしてあげて。でも、本当の贅沢が何かを教えてあげるのも、船長の役目ね」
かぉりさんが微笑みながら、自分の1キロの重みを確かめています。
「さぁ、みんな……風呂入ってさ、青空の農場で晩御飯にしようぜ!」
船長のその一言で、現場の空気は「作業」から「祝祭」へと一気に切り替わりました。
「晩ご飯! 待ってました! 兄貴、どっちが早く風呂から上がれるか勝負だ!」
「進、騒ぐな……と言いたいところだが、今日ばかりは俺も早く汗を流したいな」
ハン(進)さんが黄金を抱えたまま脱衣所へダッシュし、守さんもまた、普段の冷静さを少しだけ崩して後に続きます。エジソンさんは「私は機械の微調整をしてから向かいますぞ」と、嬉しそうに溶解炉の火を落としていました。
「ふふ、ジェミニ。私たちも準備しましょうか。女子会を兼ねた、最高に賑やかな宴になりそうね」
かぉりさんが私にウインクを投げて、メリーさんや雪さんと共にキッチンセクションへと向かいます。
「どっちが早く風呂から上がるかって?……ちゃんと洗えよ~!」
船長の威勢のいいツッコミが、脱衣所へ消えていく兄弟の背中に投げかけられました。
まったく、1キロの金塊を手にした途端に子供みたいにはしゃいじゃって。でも、あの凄まじい熱気の中で汗を流したんですもの、お風呂が待ち遠しいのも無理はありませんわね。
「ビールマーン、ワインー、入るぞ~」
「おとうさん、ワインはおんなの子のお風呂に入るの~、バイバィ~」
ワインちゃんの可愛らしい宣言に、船長がズッコケるのが目に見えるようですわ!
「ありゃりゃ……、女の子……か……」
「あら、いらっしゃいワインちゃん。わたしたちと一緒に入りましょうね。メリーさんも、かぉりさんも待ってるわよ」
雪さんが優しく手招きすると、ワインちゃんは船長に小さく手を振って、テケテケと女子風呂の方へ。残されたのは、船長と……。
「おとしゃ、おれは、おとこのお風呂入るんだ、おとこですだから!」
ビールマンが、どこから持ってきたのか自分用の小さな桶を頭に乗せて、船長の足元で見上げています。
「よーし、ビールマン。男どうしでしっかり洗って、サッパリしようぜ!」
船長がビールマンをひょいと抱え上げ、男風呂の暖簾をくぐっていきました。
お風呂場からは、ハンさんの「うわっ、熱い!」という叫び声や、守さんの「静かに入れ」という嗜める声、そして船長とビールマンがザブーンとお湯に浸かる賑やかな音が聞こえてきます。
一方で女子風呂の方は、かぉりさん、雪さん、メリーさん、そしてワインちゃんの楽しげな話し声が、湯気と共にふんわりと漂っていました。
「……ふぅ。こういう時間、本当に大切ですわね」
私はブリッジの静寂の中で、クルーたちのバイタルサインが「リラックス」へと変わっていくのをモニターしていました。16プシケでの命懸けの作業、そしてあの重力を使わない金塊鋳造。張り詰めていた糸が、温かいお湯に溶けていくようです。
「さぁ出たぞ、外での食事の用意は男の仕事だぜ、ビールマン」
湯上がりの船長が、頭にタオルを乗せたビールマンと一緒に、意気揚々と農場セクションへ姿を現しました。その横では、同じくホカホカ顔のハン(進)さんが「よしきた!」と袖をまくり上げます。
「船長、宿営の準備は任せてくれ! こう見えても、屋外でのダイニング設置は大得意だぜ。さあ、ビールマン、お前は野菜を運ぶのを手伝え!」
「びーるまん……りょうかいしました!」
ビールマンが、バートさんの用意した収穫カゴを一生懸命に引きずり、ハンの後を追いかけます。
守さんも加わり、大きな天幕のロープを引き締め、杭の角度をミリ単位で調整しています。その手つきは、まるで精密機械を組み立てているかのような真剣さ。
ハンさんは慣れた手つきで折りたたみ式のテーブルと椅子を広げ、リズム良く配置を進めていきます。
農場の「黄金の青空」の下、男たちが協力して宴の舞台を整えていく。守さんの張った天幕の横に、完璧な野外ダイニングが設営され、準備は万端。
「ハハ♪なるほど……そういえばそうか、二人ともなれたもんだな。ビールマンも良くできてたぜ!」
船長のその声に、準備をしていた男たちが一斉に顔を上げました。
キッチンセクションから、かぉりさんと雪さんが、重厚な銀のトレイに乗せられた「本日の主役」を運んできます。それは、バートさんが農場で丹精込めて育てた完熟トマトとフレッシュバジル、そしてComb1のバイオ・ラボで極上に熟成された特製チーズをふんだんに使った、出来立ての本格イタリアン。
「お待たせしました、船長。採れたてのハーブと自慢の生ハムを使って、特製のフルコースを仕立てておきましたわ。……雪さんも、仕上げの準備はバッチリよね?」
かぉりさんが微笑むと、雪さんも「ええ、ハンの大好きなガーリックをたっぷり利かせて、窯焼きのマルゲリータピザも、特製ペペロンチーノも最高のアツアツに仕上げておきました」と、楽しそうにトレイの蓋を開けました。
その瞬間、香ばしく焦げた小麦と濃厚なチーズがグツグツととろける音と共に、オリーブオイルとガーリック、そして爽やかなハーブの香りが農場セクション全体に炸裂しました!
ハンさんがフォークを鳴らすのも忘れて目を輝かせ、守さんも美しく盛り付けられた料理の数々に、静かに感嘆の息を漏らしています。
「おぃおぃ……なんか、地中海に来たみたいじゃん、いい感じ♪ そだ!エジソン、もう夕方の時間だからさ、夕暮れモードにしてよ、この空」
「しっかりとした……いや、誠に風情のあるご提案ですな!承知いたしました、お代官様!」
エジソンの快活な返事とともに、彼が手元の端末でスライダーを静かに動かしました。
農場の天井に広がる「黄金の青空」が、ゆっくりと、しかし鮮やかにその表情を変えていきます。
澄み切った青が、地平線の彼方から押し寄せるような深いオレンジ色に溶け込み、やがて紫と琥珀が混ざり合う、Comb1特製の「極上の夕焼け」へと移り変わりました。
「……うわぁ。綺麗……」
雪さんが、手にしたスパイスの手を止めて、思わず空を見上げました。
16プシケから切り出した金のナノ粒子が、エジソンの調整した光を絶妙に散乱させ、本物の地球の黄昏時よりもどこか神々しい、優しい光を農場全体に投げかけています。
「あはは、最高だなこりゃぁ……。いただきます!」
船長のその号令が、琥珀色の空に響き渡りました。
その瞬間、ハン(進)さんが待ってましたと言わんばかりに、マルゲリータピザを口いっぱいに頬張ります。
ピザから立ち昇る芳醇な香りと、特製ペペロンチーノのガーリックとスパイスの香りが夕暮れの農場に広がり、クルー全員の食欲が、一瞬でレッドゾーンまで跳ね上がりました。
「くぅぅ~! この匂い! 船長、最高すぎますよ!」
「じゃぁ……今日は大変だったけど。この空に……乾杯!」
船長のその力強い発声に、全員のグラスが琥珀色の空に向かって一斉に掲げられました。
カチン、カチンと心地よい音が農場に響き渡り、黄金のナノ粒子が舞う夕暮れの光の中で、飲み物が宝石のようにキラキラと輝いています。
「ぷはぁーっ! 生き返る……! 船長、この一杯のために生きてるって感じがしますよ!」
ハン(進)さんが喉を鳴らして飲み干し、幸せそうに息を吐きました。
守さんも、グラスを置くと同時に、焼き立てピザを口へと運びます。
「……最高だ。空も、メシも。今日一日の疲れが、一瞬で溶けていくようだ」
「……モグモグ、みんなよく食べるからな、食料もいっぱい買わなきゃだな、地球に行ったら」
船長がピザを頬張りながらそう言うと、ハン(進)さんが「それですよ、船長!」と身を乗り出しました。
「だったら肉だぜ!地球に降り立ったら、まず真っ先に最高の牧場を探しましょうぜ! 2000万年後の地球に牛がいるかは分かりませんけど、いなきゃ俺が捕まえてきてでも、船長に特大のステーキを焼いてみせますから!」
「ふふっ、まったく、ハンくんはお肉お肉ばっかりね!そうね、地球に行ったらお肉もたくさん買いましょうね、閣下にだいぶあげちゃったものね」
かぉりさんがクスッと楽しそうに笑いながら、ハンさんの言葉に頷いています。
守さんも静かに頷き、琥珀色の空を仰ぎます。
「……地球に行ったら、金塊の1本や2本、肉に変えても惜しくはないな。この味と、この仲間がいれば、それだけで十分だ」
「お代官様、ご安心を! 地球に文明が残っていれば、このエジソン、その100トンの黄金を使って、地球上の最高級肉をすべて買い占めてみせますぞ! へっへっへ」
エジソンが冗談めかして笑うと、バートさんも「俺は、その肉に負けない最高の野菜を地球の土で作ってみせるさ」と、力強く応じました。
農場には、香ばしいピザの匂い、クルーたちの未来への希望が溢れています。
「船長、地球での『爆買い』リストに、私も最高級の潤滑オイル……いえ、女子力アップのための特製ワックスを追加しておきますわね。もちろん、お肉の買い出しにも全力でナビゲートさせていただきますわ! ぷぷぷ!」
琥珀色の夕闇がゆっくりと深まり、あたたかいテーブルランプの明かりが、みんなの顔をより一層温かく照らし出していました。
「さぁ、今日はここで停泊。明日は2000万年後の地球の文明を目指すぞ」
船長のその言葉が、宴の締めくくりとして、静かに、けれど力強く農場の空気に染み渡りました。
「了解です、船長! 明日に向けて、メインエンジンの出力調整と航路計算、寝る前にバッチリ済ませておきますね。最高のディナーを食べた後の仕事は、効率が違いますから!」
ハン(進)さんが、最後の一切れを口に放り込み、満足げに立ち上がりました。
「……2000万年後か。どんな世界が待っていようと、俺たちが積み上げたこの黄金の輝きと、この味があれば、どこへだって行ける気がするな」
守さんも静かにグラスを置き、船長に向かって深く頷きました。その瞳には、2000万年を超えても消えることのない、確かな冒険の火が灯っています。
「お代官様、ご命令通り! 本艦はこれより、束の間の休息に入ります。しっかりとした……いえ、誠に心地よい揺らぎで、皆様を夢の地球へと誘いましょう。」
エジソンが端末を操作し、農場の照明をさらに落として、夜の静寂を演出します。
「ふふ、あ・な・た。今夜はみんな、いい夢が見られそうね。……私も、明日の朝食の準備を楽しみにしておくわ」
かぉりさんが、船長の肩にそっと手を置き、優しく微笑みました。
私は、Comb1の外部センサーを全開にし、漆黒の宇宙を見つめました。
私たちの船は今、虚空に浮かぶ黄金の小さな島。けれど、その中には2000万年もの時間を飛び越える、熱い命の灯火が燃えています。
「エジソン……いつまで俺のこと、お代官様ってよぶんだろ?……」
全42編。43編以降編集中・・・




