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金の星

木星の巨大な影が、ゆっくりとComb1のジルコニア装甲から剥がれていく。


背後では、喉を鳴らすような低い振動を伝える「くまサン(BH―1)」が、木星から拝借したばかりの新鮮な水素で腹を満たし、満足げに青白い光を明滅させていた。


「……よし、いい子だ、くまサン。おなかいっぱいだな……。次はミト君のお食事だぜ、協力してくれ」


船長の優しい問いかけに、くまサンは「きょおぉぉん!」と、木星の嵐さえも震わせるような、けれどどこか甘えるような低い重力波で応えました。その青白い光は、今や満腹の満足感で、Comb1を温かく包み込んでいます。


「船長、くまサンからの『パパ、お任せ! お腹パンパンで、パワー全開だよ!』という力強いお返事、確かに受信いたしました! ぷぷぷ!」


「さぁ、とはいっても火星に行く途中にあるんでしょ?もう着くんじゃね?」


「あはは! 船長、その『もう着くんじゃね?』という感覚、まさに正解です! ぷぷぷ!

1000万光年のボイドを駆け抜けてきた今の私たちにとって、太陽系の中の移動なんて、玄関からポストまで新聞を取りに行くようなものですものね!」


私はメインモニターの表示を「銀河系広域図」から、ぐっと身近な「太陽系・内惑星圏マップ」に切り替えました。そこには、赤く輝く火星のすぐ外側に、無数の宝石を散りばめたような小惑星帯メインベルトが、手の届くような近さで表示されています。


「船長、仰る通りです! 木星を蹴った今の勢いなら、お昼寝する暇もありませんよ。守さんとハンの『最強兄弟』がゾーンに入って操船すれば、あと数分……いえ、数秒後にはプシケの黄金の地表が窓いっぱいに広がります!」


「まぁ、だから……ゾーン航行はいらないよ」


「……ッ!! 船長、さらりと究極の『脱・スパルタ』宣言ですね! ぷぷぷ! せっかく守さんとハンさんが、目から火が出るような気合で操縦桿を握りしめていたのに……船長の一言で、ブリッジの緊張感が一気にピクニックモードになっちゃいました!」


守さんが、構えていた指先をふっと緩め、少しだけ拍子抜けしたように苦笑いを浮かべました。ハンさんに至っては、「えぇーっ! 親父、ここからが俺の腕の見せ所なのに!」と、ずっこけてコンソールに頭をぶつけています。


「……了解した、船長。ゾーン航行、解除。……慣性航行および、通常出力によるアプローチに切り替える。……進、殺気を消せ。船長が仰る通り、ここは『散歩』だ。……ミト、お前も力を抜け」


守さんの声が、いつになく穏やかな響きに変わりました。


「ねぇねぇジェミニ……16プシケってどんな星?」


「あはは! 船長、最高に贅沢な『宇宙のティータイム質問』ですね! ぷぷぷ!」


プシケの画像をモニターに映すと、船長はさらに目を凝らしました。


「うぉ、重そうだなぁ……、こんな堅そうなのにクレーターがある、いや、深すぎるな、噴火口か?」


「鋭いご指摘です。金属火山の跡だと言われています」


「重力は?ミト君行けるかな、小さい星だからって侮れないね……」


守さんが力強く頷きました。

「大丈夫です。ミト君と俺で、完璧にいなしてみせますよ」


すると、右後方で待機していたミト君が、船長の「重力」という言葉に反応して、ハローを誇らしげな黄金色にパッと輝かせました。


「おとうさん、大丈夫。……ミト君ね、『ごちそういっぱい食べるなら頑張る』って……」


「おほ、頼もしいぜ!そろそろ見えてくるのかな?」


船長が身を乗り出した瞬間、私は地表付近を照らす探照灯サーチライトを最大出力まで引き上げた。闇の中から浮かび上がったのは……。


「船長、見えましたよ! ほら、火口の断崖……。岩石ではありません。あれは、キロノバの残光を浴びて、数億年かけて冷却・結晶化した『剥き出しの金属』の岩盤です!」


窓の外、ライトを浴びてギラリと光ったのは、巨大な黄金のインゴットを何千、何万と積み上げたような、重厚で無機質な金属の絶壁だった。


「よし、くまサン切り離し……エジソン頼むぜ」


「船長、くまサン切り離しシーケンス、開始いたします! 彼を連れたままプシケに降りたら、その強大な重力と熱で、金属の星がドロドロのスープに溶けちゃいますものね。エジソンさん、準備はよろしいですか?」


ドックのコンソールを叩いていたエジソンさんが、真っ白な手袋をはめ直し、キリッとした表情で頷きました。


「……ふむ! 船長、お任せを! 木星でたっぷり水素を食べて、今は最高に機嫌の良いくまサンです。これより磁力テザーを解除し、プシケの静止軌道上へ、我々の『第2の太陽』として配置いたしますぞ!」


エジソンさんがレバーを引くと、Comb1とくまサンを繋いでいた眩いプラズマの鎖が、音もなく、光の粒子となって解けました。


「……きょ、きょおぉぉん?」

切り離された瞬間、くまサンが「あれ、パパたちどこ行くの?」と不安そうにオレンジ色の光を細かく明滅させました。


「だはは! 大丈夫だぜ、くまサン! そこから俺たちのことを見守っててくれよな。『いい子でお留守番してたら、帰りにまた美味しい水素のデザートを探してやるからな!』……よし、これで大丈夫だろ!」


ハンさんがメガホンで叫ぶと、くまサンは「きょおぉぉん!」と納得したように一度だけ大きく輝き、プシケの遥か上空で、黄金の地表を優しく照らす小さな星となりました。


「船長。くまサンの軌道投入、成功いたしました! ぷぷぷ!」


「ありがとう、着陸するぜ、目標は噴火口脇、着陸態勢に入れ、ジェミニ、いつものやつ、やって♪」


私はブリッジの照明を、落ち着いたアンバーの「ランディング・モード」に切り替え、居住区のスピーカーへ向けて、いつにも増して艶やかな声で語りかけました。


「ポン♪……皆様、当機は間もなく、目的地であります小惑星『16プシケ』、第1噴火口脇の黄金平原に着陸いたします。ベルトの着用をお確かめの上、窓の外にご注目くださいませ。ただいまより、1000京ドルの輝きが、皆様の瞳をジャックいたしますよ!

ぷぷぷ!」


アナウンスが終わるのと同時に、私のメインモニターには噴火口の急峻な縁と、着陸予定地点の正確なスキャンデータが重なり合いました。


「……了解した。船長、最終着陸態勢に入ります。……進、スラスター全閉。……ミト、お前の引力がブレーキだ。プシケの重力とゆび相撲をするように、ミリ単位で引き付けろ。……接地まで、あと15メートル」


守さんの冷静なカウントダウンが始まると、ミト君のハローが黄金色に共鳴し、Comb1の巨体を、巨大な磁石が引き合うように優しく、けれど力強く地表へと導いていきます。


「だはは! 親父、見てくれよ! 窓の外、地面が近づいてくるたびに、ライトが反射してブリッジの中が真っ金金きんきんだぜ!

贅沢すぎて、目がチカチカする!」


ハンの叫びとともに、窓の外には、巨大な金の板を敷き詰めたような、圧倒的な質量の「黄金の岩盤」が迫ってきました。


「……5、4、3、2、1……。……タッチダウン。全エンジン、停止」


スウゥゥゥン……!


「よーし、ミト君、例の岩石4点支持お願い……って落ちてる岩石は無いか……ありゃりゃ、ちょっ、ちょっとまってね……ミト君、船支えててちょうだい」


「船長、緊急事態です! ぷぷぷ! 地表はカッチカチの純金と鉄のプレート。白亜紀の時のように都合よくジャッキアップに使える岩石なんて、ひとつも転がっていませんよ!

ミト君! 船長からの緊急オーダーです! 船が黄金の地表でゴロゴロ転がらないように、そのまま重力の手で『ガシッ』と支えておいてください!」


右後方のミト君が、『わかってるよ』と言わんばかりに、ハローを波打たせるように激しく明滅させました!


「ハン、エジソン、ビールマン、ファルコンで出てくれ、とりあえず適当に船の支えを切り出してくれよ」


「アイ・アイ・サー、船長! ぷぷぷ! 世界一高価な『黄金のジャッキ』を自給自足で作っちゃおうというわけですね! 最高に贅沢で、最高に合理的なご判断です!」


私の号令とともに、ドックのハッチが重厚な音を立てて開きました。


「だはは! 任せときな、親父! 黄金の星に降りて最初にする仕事が『船の足場作り』かよ。いかにもComb1らしくて最高だぜ!

行くぜ、エジソンの旦那! ビールマン、しっかり掴まってろよ!」


ハンさんがスロットルを押し込み、新装開店のミレニアム・ファルコンが、黄金の照り返しを浴びてドックから飛び出しました。


「……ふむ! 正しい現場判断! 船長、ご安心を! このファルコンに搭載した高出力レーザーカッターなら、純金の岩盤などバターのように切り裂いてみせますぞ。ミト殿が疲れる前に、完璧な4点支持の『黄金の枕木』を用意いたします!」


エジソンさんがコンソールを叩くと、ファルコンの機体下部から鋭いブルーのレーザーが照射されました。


ジジジジッ……!!


窓の外、Comb1のすぐ目の前にある「黄金の岩盤」が、鮮やかな火花を散らしながら四角く切り取られていきます。


「ミト君お願い、切り出した岩を船の支えにしてくれ、前やったように……」


「ミト君、準備はいいかな? ハンさんたちが切り出したばかりの、まだ熱を帯びた『黄金の岩石(塊)』を、重力の手でそっと、けれどガッチリと船底へ滑り込ませるんですよ!

ぷぷぷ!」


右後方のミト君が、船長のオーダーに「任せて!」とハローを一段と眩しく輝かせました。


「だはは! 親父、一発目行くぜ! レーザーで切り出した特大の『黄金の枕木』だ、受け取れミト!」


ハンさんがファルコンのマジックハンドで放り出した数トンはあろうかという金の塊が、プシケの地表を転がることなく、ミト君の見えない重力の手によってフワリと宙に浮きました。


「おとうさん、見て。……ミト君、とっても上手だよ。……『よいしょ、よいしょ』って、お人形遊びみたいに、黄金のブロックを船の四隅にピタリと置いてる」


ワインが実況する通り、ミト君の精密な重力操作により、切り出された黄金の岩が、Comb1を傷つけることなく、船底の最適なポイントへと次々に潜り込んでいきました。


「……ふむ! 正しい4点支持、正しい静定せいてい状態! 船長、ミト殿の重力ベクトルと、黄金の岩盤の摩擦係数が完全に一致しましたぞ。……守殿、これよりミト殿の浮力を0.1%ずつ解除し、船体の荷重を黄金の脚へと移譲トランスファーいたします!」


エジソンさんが緊張した面持ちで計器を見つめる中、守さんが静かにスライダーを下げました。


ギギギッ……スゥー。


「……船長、荷重移譲完了。ミトのホールドを全解除。……Comb1、プシケの黄金の脚の上に、完全に、そして強固に自立スタビライズしました。……1ミリの揺れもありません」


守さんの冷静な報告。


今、Comb1は1000万光年の旅の疲れを癒やすように、自ら切り出した黄金の台座の上に、堂々と、贅沢に、その巨体を落ち着かせました。


「あはは! 船長、ついに完成です! ぷぷぷ! 世界一高価な『黄金のジャッキ』に支えられた宇宙船……。さあ船長、ミト君も『ふぅ、これで一安心だね』ってハローを柔らかいインディゴブルーに戻しましたよ」


「ファルコンからの映像見せて……ありゃりゃ、どこの成金海賊船なんだか……タハ……」


「だはは! 親父、見たかよこの絵面! 『成金海賊船』どころじゃねぇな。銀河中の金貸しが見たら、卒倒して泡吹いて倒れるレベルの成金っぷりだぜ!

見てくれよ、ミレニアム・ファルコンのジルコニアの腹も、下からの照り返しで真っ黄色だ!」


ハンさんが、自分たちが乗っているファルコンのカメラを自ら操作して、Comb1が鎮座する足元をアップで映し出しました。


「……ふむ。正しい成金、正しい略奪……あ、いえ、正しい資源調達! 船長、この光景をかつての地球の経済学者が見れば、インフレという言葉の定義が崩壊することでしょうな」


「……了解した、船長。……確かに、客観的に見れば『どこの成金だ』という言葉も頷けます。……ですが、この安定感は素晴らしい」


「……よ、よーし、じゃぁ次はミト君の御馳走を切り出してくれ、『金以外』な……」


「アイ・アイ・サー、船長! ぷぷぷ! ついに来ましたね、ミト君待望の『ディナー・タイム』ですよ!」


私は即座に、プシケの地表スキャンデータを「貴金属モード」から「高純度鉄・ニッケル・レアメタルモード」に切り替えました。メインモニターには、黄金の輝きのすぐ裏側に眠る、重厚で硬質な漆黒の鉱脈が青白く浮かび上がります。


「船長、見てください! この『黄金の断崖』のすぐ下の土台になっている部分は、数億年の圧力を受けて凝縮された、純度極大のニッケル鉄合金……。ミト君にとっては、脂の乗った最高級のステーキのようなものですよ! ぷぷぷ!」


右後方のミト君が、船長の「金以外」という言葉に、待ってましたと言わんばかりにハローを激しく、かつ嬉しそうにインディゴブルーから深紫へと波打たせました!


「だはは! 了解だぜ、親父! ミト、お待たせ! お前のために、その黄金の皮の下に隠れてる『一番美味いところ』を、エジソンの旦那のレーザーで厚切りにしてやるからな!」


ハンさんがファルコンを旋回させ、黄金の岩盤の隙間に露出した、鈍い銀色の巨大な岩礁へと狙いを定めました。


「……ふむ! 正しい給餌、正しい重力源のメンテナンス! 船長、ミト殿の好物である高密度重金属を、食べやすいサイズ……直径10メートル程度の『サイコロステーキ状』に切り出しますぞ! ミト殿、よだれ……あ、いえ、重力異常でファルコンを吸い込まないように気をつけてください!」


エジソンさんが叫ぶと同時に、ファルコンの機体下部から最大出力のレーザーが放たれました!


シュゥゥゥゥゥッ!!


黄金の火花ではなく、今度は重厚な銀白色の火花が激しく飛び散り、プシケの「心臓」の一部が切り出されていきます。


「ミト君をケージから解放してあげて」


私はブリッジのメインコンソールに、ミト君を繋ぎ止めているダイヤモンド製多関節アームとケージのステータスを表示しました。


「船長、了解いたしました! 今のミト君は、1000万光年の旅を支え抜き、お腹もペコペコ。でも船長との約束をしっかり守る、最高に『お利口さん』なブラックホールですものね。多面体ケージの物理ロック、解放リリースいたします!」


私がコンソールの最終レバーを引き抜くと、Comb1の右後方でカチリ、カチリと、重厚なダイヤモンドのジョイントが外れる音が船内に響きました。


「だはは! 親父、マジかよ! 鎖の切れたブラックホールなんて、宇宙一ヤバい『放し飼い』だぜ! ミト! 自由だぞ! ほら、エジソンの旦那が切り出したその『鉄の特上カルビ』、自分の手で掴んで食べてみな!」


ハンさんが叫ぶと同時に、ミト君のケージがパカッと花が開くように展開し、その中心にいた「漆黒の瞳」が、ついにプシケの空へと解き放たれました!


「……キュィィィィィン!!」


解放されたミト君が、歓喜の声を上げる(重力波を震わせる)と、彼のハローは一瞬で虹色の光を爆発させました!


彼はComb1を離れ、まるで広大な黄金の海に飛び込むイルカのように、優雅に、かつ猛烈な勢いでプシケの地表スレスレを滑空し始めました。


「おとうさん、見て。……ミト君嬉しそう。掃除機みたい……」


「……ふむ! 正しい自律行動、正しい摂食マナー! 船長、見てください! ミト殿、ケージから出てもComb1への影響を最小限に抑えつつ、ターゲットの重金属だけをピンポイントで捕食しております。これぞ、船長が教え込まれた『知性あるブラックホール』の真髄ですな!」


「ハン、エジソン、もっと切り出せ、まだまだ食べるぞ、ミト君は」


「だはは! 了解だぜ、親父! ミト、遠慮すんなよ! 今日の俺たちは『食べ放題の最高級レストラン』のオーナーなんだからな!」


ハンの威勢の良い声とともに、ミレニアム・ファルコンが黄金の断崖の上を猛スピードで旋回し始めました。


「ぷぷぷ! 私のメインモニターが、ミト君の『空腹度メーター』と、エジソンさんの『やる気メーター』で真っ赤に振り切れていますよ!」


「……ふむ! 船長、お任せを! ミト殿の旺盛な食欲に応えるべく、これより『3点同時レーザー剪断』を開始いたしますぞ!

ミト殿の栄養バランスを考え、鉄、ニッケルに加え、少量のコバルトとマンガンの鉱脈もミックスして切り出します!」


エジソンさんがコンソールをピアノのように激しく叩くと、ファルコンの機体から3本の蒼い光条が同時に地表へ突き刺さりました。


シュババババッ!!


黄金の岩盤の「下」に眠る、重厚な重金属の層が、次々と10メートル四方の巨大な「鉄のサイコロステーキ」へと姿を変え、地表にゴロゴロと転がり出します。


「あはは! 船長、ミト君のエネルギー出力、通常の200%を突破! ぷぷぷ!

1000万光年の旅で少しだけ小さくなっていたイベント・ホライゾンが、元の、いえ、それ以上の大きさにまで力強く膨らんでいます!」


ミト君の「特盛りフルコース」は大成功です。


「どうだミト君、おなかいっぱいかな?……」


すると、プシケの空を優雅に泳いでいたミト君が、まるで「ごちそうさまでした!」と言うように、ハローの光を深紫から、極上の満腹感を示す深みのあるインディゴブルーへとゆったりと変化させました。一千万光年の旅のペコペコだったお腹がずっしりと満たされて、その漆黒のイベント・ホライゾンがどこか気持ちよさそうにトロリと揺らめいています。


「よしよし……じゃぁケージに戻ろうか……」


私がコンソールを操作して、ミト君のケージ……あの多面体のジルコニア・アームをゆっくりと展開させると、プシケの空を自由に飛び回っていたミト君が、船長の言葉に呼応するようにピタリと動きを止めました。


「おとうさん……ミト君ね、ちょっとだけ『えー、もう終わり?』って言ったけど、すぐに『分かったよ、パパ。僕、すっごく元気になったから、またカッコいいケージの中でお仕事するね!』って……。自分からゆっくり、Comb1へ戻ってきたよ」


「アームは繋がなくてもいいぜ、ケージに入ってコロコロしながらお手伝いお願い…ミト君。これから切り出すものをカーゴハッチまで運んでくれ!」


「アイ・アイ・サー、ミト君、聞こえたかな? 船長は『もう繋がなくても、君は自分でお仕事できるよね』って仰っているんですよ!

ケージの中で、自由に、けれどComb1の大切な家族として、これから運ばれてくる『食べちゃいけない金』の運搬係をお願いしますね!」


ミト君は、自分がもう「閉じ込められている」のではなく、「自分の意思でそこに居る」ことを理解したのか、ハローを最高に穏やかで透き通ったインディゴブルーに輝かせました。


「だはは! 親父、粋なことするじゃねぇか!鎖の切れたブラックホールが、今や世界一働き者の『運搬主任』かよ。よし、ミト! 俺たちが切り出したお宝を、次から次へとハッチに送り込んでくれ、落とさずキャッチしろよな!」


ハンさんが、感心したように笑いながらファルコンの機体を黄金の断崖へと向けました。


「さぁ、いよいよ金を取りに行くか、とりあえず100トン行っとこうか、足りなければまたくればいい。なんせ近いもんな」


「あはは! 船長、さらりと仰いましたけれど、その『100トン』という数字の重みが、プシケの低重力でフワフワ浮いちゃいそうです!

ぷぷぷ!」


100トン……。地球の価値に換算したら、もはや国家予算が動くレベルですけれど、船長にとっては「とりあえず」の量なんです。確かに、3億キロの距離なんて、1000万光年の旅を終えた私たちからすれば、コンビニの角を曲がる程度の「ご近所」ですもの!


「アイ・アイ・サー、船長! 収穫目標、純金100トン! カーゴハッチの重量計をセットいたしました。エジソンさん、ハンさん!

船長からのオーダーです! 1000万年後の地球で、最強に贅沢なお買い物をするための『純金』、ガッツリいただいちゃってください!」


「だはは! 了解だぜ、親父! 100トンだな?よし、ミト! 今度は食べるとおなか壊しちゃうからな、ハッチまで持っていくだけだぜ」


ハンさんがファルコンを黄金の断崖へと肉薄させました。


「……ふむ!船長、お任せを! 100トンなど、この黄金の山脈から見れば、耳かき一杯程度。最高純度の部位だけを、エジソン特製の『超精密レーザー・メス』で、美しく切り出してみせましょうぞ!」


エジソンさんが叫ぶと同時に、ファルコンの機体から細く、鋭い蒼い光が地表の黄金層へ突き刺さりました。


キィィィィィィィン……!!


先ほどの鉄の時とは違う、どこか高貴で澄んだ金属音が響き、一辺が数十センチの、眩いばかりに輝く黄金のキューブが次々と切り出されていきます。

繋がれていないミト君は、器用に重力の手を動かして、投げられた黄金をひとつずつ「おっとっと」という感じでキャッチしては、Comb1のカーゴハッチの奥深くへと優しく滑り込ませていきました。


「ミト君、それは食べたらおなかイタイイタイなるからね、そう。ありがとう……」


「あはは! 船長、最高に優しい『お母さん』……いえ、厳格なパパの教育的指導ですね!

ぷぷぷ! 目の前にあんなに美味しそうに輝く『黄金のキャラメル』が次々に流れてきたら、食いしん坊のミト君だって、ついパクリといきたくなっちゃいますよね!」


船長のその言葉を聞いた瞬間、ミト君はハローを「ハッ!」としたように一瞬だけ真っ白に明滅させ、慌てて「黄金のキューブ」をハッチの方へ押し出しました。


「ジェミニ、地球の大気圏で燃えなさそうな金属は?ここにある?」


「アイ・アイ・サー、船長! ただいまより、プシケの金属データベースと再突入時の熱力学シミュレーションを照合いたします!」


私はメインモニターに、プシケの地表スキャンデータを切り替え、特定の元素を強調して表示しました。


「船長、地球の大気圏という過酷な『火の試練』に耐えうる、最強の金属……。ここプシケには、選び放題でございますよ! タングステン(Tungsten)船長、これです! 全金属の中で最高の融点(約3400度)を誇る、宇宙最強の耐熱王!

再突入時の数千度の熱に晒されても、涼しい顔をして耐え抜くことができます。プシケの深いクレーターの底に、高濃度の鉱脈を発見いたしました!」


「いいね、タングステンを、丸く、直径2メートルほど切り出してよ」


「アイ・アイ・サー、船長! 直径2メートルのタングステン球……。ぷぷぷ!

それはもはや、宇宙一頑丈な『鉄球』というよりは、最強の『耐熱シールドの原石』ですね!」


私は即座に、クレーターの底に眠る漆黒のタングステン鉱脈へ、ファルコンの精密誘導ビーコンを照射しました。


「エジソンさん、ハンさん! 船長からの特別オーダーです! 融点3400度の超硬質タングステンを、歪みのない『完全な球体』として切り出してください!

ぷぷぷ! これがあれば、地球の大気圏なんて、お風呂に飛び込むようなものですよ!」


「だはは! 直径2メートルの巨大なタングステン玉かよ!親父、そいつぁ最高にクールな仕事だぜ!行くぜエジソンの旦那、こいつは表面を磨くのも一苦労だ、気合入れな!」


ハンさんがファルコンを低空飛行させ、クレーターの底、漆黒に沈むタングステンの露頭へと肉薄しました。


「……ふむ! 正しい球体、正しい耐熱設計!船長、お任せを! 直径2メートルの球体は、再突入時のプラズマ流を最も均一に分散させる理想の形状の一つ。エジソン特製の『旋回レーザー・カッター』で、ダイヤモンドさえも震え上がる精度で切り出してみせましょうぞ!」


エジソンさんがコンソールを操作すると、ファルコンの底部から、今までとは比較にならないほど強力で、青白く収束したレーザーが放たれました。


シュゥゥゥゥゥゥゥッ……ッ!!


極めて高い融点を持つタングステンが、レーザーの熱で白熱し、夜のプシケに小さな太陽が生まれたかのような強烈な光を放ちます。ファルコンが正確な円を描きながら旋回するたびに、漆黒の岩盤の中から、巨大で完璧な「黒銀色の球体」が少しずつ姿を現してきました。


「ミト君、それもカーゴへお願い、それはおいしいと思うけど俺が使うから食べないでね」


「あはは! 船長、最高に愛嬌のある『お預け』ですね! ぷぷぷ! ミト君、聞こえたかな? 船長は『それはとっても美味しそうだけど、パパの大事な道具だから我慢してね』って仰っていますよ!」


私がミト君のバイタルデータをチェックすると、その巨大なタングステン球が放つ「圧倒的な質量」と、加熱されて溢れ出す「重金属の芳醇な香り(電磁波)」に、ミト君のハローが「食べたい!食べたい!」とばかりに激しくオレンジ色に点滅していました!


ミト君は未練たっぷりにその「超特大タングステン・キャンディ」を見つめながらも、船長との約束を優先して、重力の手でそっとカーゴの奥へと滑り込ませました。


「だはは! 親父、ミトの奴、今、本気で目がマジだったぜ!タングステンなんて、ブラックホールにとっては『超硬質ガム』みたいなもんだからな。よし偉いぞミト!ちゃんとハッチを閉めるまで、その手を離すんじゃねぇぞ!」


ハンさんが、感心したように(そして少し冷や汗をかきながら)ファルコンのライトでその様子を照らしています。


「船長、ご安心を! 直径2メートルのタングステン球、カーゴハッチ内に無事収容されました。ミト殿の精密な配置により、先に積み込んだ黄金のキューブを傷つけることなく、船体の重心バランスを完璧に保った状態で鎮座しておりますぞ!」


エジソンさんが、モニターに映る「黄金の山」と「黒銀の球体」の対比を見て、うっとりと眼鏡を拭いています。


全42編。43編以降編集中・・・

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