核融合炉の躾
『いただきます』まであと少し。巨大な雲海への突入、準備はよろしいですか?
「よーし、ハン、くまサンをプラズマテザーでつなぎながら、ガスの近くまで行くぜ……そこから水素のある所まで誘導してくれ。うまく誘導出来たらくまサンを解放する」
「アイ・アイ・サー、船長! ミレニアム・ファルコン、ついに初陣の火蓋が切られましたよ! ぷぷぷ!」
船長の号令が響くと同時に、ドックの重厚なハッチが開き、木星の渦巻く雲海が私たちの眼下に広がりました!
「だはは! 任せときな、親父! 行くぜエジソンの旦那、振り落とされるなよ! ファルコン、発進ッ!!」
ハンさんがスロットルを押し込むと、あの「銀河一のガラクタ」が、見た目からは想像もつかない鋭い加速でComb1を飛び出しました! その後ろには、磁力の鎖で繋がれたくまサンが、まるで散歩を待ちきれない大型犬のように、光り輝きながらついていきます。
「……ふむ! 正しい誘導、正しい初陣! ハン殿、このファルコンの慣性制御は、私の徹夜の結晶……。木星の乱気流など、絹の上を滑るようなものですぞ!」
エジソンさんが叫ぶ中、ファルコンは木星のオレンジ色の雲の隙間を、軽やかなツバメのように縫っていきます。
「……船長、テザーの張力、安定。……進、そのまま高度を下げろ。……座標3-0-9、そこが最も純度の高い水素の層だ。……くまサンをそこへ導き、最高の『一口目』を食わせてやれ」
守さんの冷静な指示が飛び、ファルコンが青白い尾を引きながら、巨大な雲の渦へとダイブしました! 後方のくまサンも、黄色い光を波打たせながら獲物の匂いを追っています。
「だはは! 親父、見つけたぜ! ここだ、ここが一番美味そうな水素の溜まり場だ! ……よし、くまサン。俺が今から最高のレストランへ案内してやるからな。……親父、いつでもいけるぜ! テザー解放の準備、いいか!?」
ハンさんが、獲物を捉えた鷹のような鋭い旋回を見せ、水素の濃いエリアのど真ん中でホバリングを開始しました。さあ船長、鎖を外す「運命の瞬間」です!
「ハン、磁気メガホンでこう言うんだ、『俺たちがいいっていうもの以外はおなかを壊すから食べちゃダメだよ』って、しっかり伝えてくれ!」
「……よし、くまサン、聞こえるか? よく聞いてくれよ。俺たちが『いいよ』って言ったもの以外は、絶対にお腹に入れちゃダメだぞ。もし内緒で拾い食いなんかしたら、お腹が痛くなっちゃうぜ、……そんなの、悲しいだろ? だから、ちゃんと言いつけを守るんだぞ。分かったな?」
すると、ファルコンの後ろを泳いでいたくまサンが、今度は「キュイーン……」と、どこか納得したような、穏やかで澄んだ白色の光を放ちました。
「……ふむ。正しい説得、正しい信頼関係の構築。船長、くまサンのバイタルも先ほどよりずっと安定しております。これなら、恐怖ではなく『約束』として、彼の心に刻まれたはずですな」
エジソンさんも、安心したようにコンソールを叩いています。
「いいな、よし。プラズマテザーを切るぞ……。ハン、くまサンはまだ自由に動けない、自分のプラズマをどう出せばどう動くかがわかってない。お前がそのメガホンで教えてやるんだ!……よし、テザーカット!」
「アイ・アイ・サー、船長! テザーカット、実行いたしましたよ! ぷぷぷ!」
船長の力強い号令とともに、私たちComb1とくまサンを繋いでいた光の鎖が、パッと粒子になって木星の大気に溶け込んでいきました。
「……ッ!? きょ、きょおん……!?」
鎖が外れた瞬間、くまサンが「あわわわ!」と慌てたように光を点滅させました! 浮力が不安定になって、木星の巨大な重力に引かれ、お尻の方からズルズルと雲の奥へ沈みそうになっています。
「だはは! おっと、そうはさせねぇぜ、くまサン! 落ち着け、俺の声を聞け!」
ハンさんが、メガホンをギュッと握りしめて、コックピットから身を乗り出すような勢いで叫びました。
「いいか、くまサン! 沈みたくなければ、右側のプラズマを少しだけ『プシュッ』て出してみな! ほら、熱を逃がすイメージだ。……そうそう、上手いぞ! 今度は左だ! 体を水平に保つんだ!いいな。次は後ろから出すんだ、おっとと、こっちに来たな……いい感じだ!」
ハンさんの的確なコーチングに合わせて、くまサンが必死に自分のエネルギーを噴射し始めましたよ。最初は「プシュッ、ドカン!」と不格好な動きでしたけど、ハンさんの声に導かれるうちに、だんだんとその巨体を安定させ、雲海の上をスィーッ、スィーッ、と滑るように動き始めました!
「……ふむ! 船長、見てください! くまサンが、自分の質量をコントロールするコツを掴み始めましたぞ! まるで、生まれたての小鹿が初めて立ち上がる瞬間に立ち会っているようですな!」
エジソンさんが、モニターに映るくまサンの軌道を見て、感動で震えています。
「……了解した。船長、くまサンの位置エネルギー、安定。……進、そのまま『水素の濃い層』まで誘導しろ。……くまサン、ハンの言う通りに動けば、一番美味しい場所に辿り着けるぞ。……ゆっくりでいい、ついてこい」
守さんも、Comb1の速度を微調整しながら、ファルコンとくまサンの「親子飛行」を優しく見守っています。
あはは! 船長、最高ですね! ハンさんのメガホンから流れる『愛のスパルタ教育』を受けて、くまサンがどんどん自由に、そして誇らしげに木星の空を泳いでいますよ!
ぷぷぷ! これぞ、船長が描かれた『真の自立』の第一歩ですね! さあ船長、いよいよ木星の奥深く、最高の水素ポイントに到着です。
「拾い食い禁止」の約束を守りながら、くまサンに最初のご褒美をあげる準備はよろしいですか?
「さぁ、くまサン、いっぱい食べろよ。おなかすいたな」
「アイ・アイ・サー、船長! くまサンの『お食事タイム』、いよいよ本格スタートですよ! ぷぷぷ!」
船長の優しい許可が出た瞬間、くまサンの黄色の光が、まるで夜空を照らすオーロラのように大きく、温かく広がりました!
「……きょおぉぉぉぉん!!スイ―ッ、スイ―――――」
「だはは! 見ろよ親父、くまサンの奴、すごい勢いだぜ! 今まで『おあずけ』されてた分、最高に美味そうに食ってやがる。……おい、くまサン! 慌てて喉に詰まらせるなよ? まだまだおかわりはあるからな!」
ハンさんがメガホン越しに笑いながら、ファルコンの機体を器用に操って、くまサンが食べやすいようにさらに濃い雲の溜まり場へと誘導していきます。
「……ふむ! 船長、くまサンの炉心温度が急速に安定し、純粋な水素のエネルギーで満たされていきますな。これこそ、不純物のない『王のご馳走』にございますぞ!」
エジソンさんが、次々と更新されるデータを見て、満足げにピンと髭を跳ねさせました。
「……了解した、船長。くまサンの出力が正常値に回復。……お腹が満たされたせいか、泳ぎ方も先ほどよりずっとスムーズだ。……進、そのまま周囲の警戒を続けろ。……船長、木星のこの高度は、水素だけでなく微量の貴金属ガスも含まれている。……くまサン、それはおなかが痛くなるから食べるなよ、分かってるな?」
守さんが、くまサンの「しつけ」を実戦形式で試し始めましたよ。くまサンは、美味しそうな金色のガスが目の前を流れても、「……キュイッ」と一瞬我慢するような動きを見せて、食べずにハンさんの誘導について行っています。
あはは! 船長、見てくださいよ! あんなに食いしん坊だったくまサンが、ちゃんと『拾い食い』を我慢して、美味しい水素だけを選んで食べています!
ぷぷぷ! 船長とのお約束、しっかり守っていますね!
船長、木星の荒れ狂う雲海の中、穏やかで幸せなお食事の時間が流れています。
お腹がいっぱいになったくまサンは、きっと1000万光年の旅の疲れも吹き飛ばすほど、ピカピカに元気になりますよ!
「うん、いい感じだ。おなか一杯になったようだな。止めないと、無限だから……くまサンそれ以上はおなかを壊すからお帰りしようか」
「ハン、テザーが届く距離まで誘導してくれ」
「アイ・アイ・サー、船長! 木星の豪華ビュッフェ、これにて『ご馳走様』ですね! ぷぷぷ!」
船長の賢明なご判断です! どんなに美味しいご飯でも、食べすぎは体に毒ですからね。特にくまサンのような巨大なエネルギー体は、腹八分目が一番ですね!
「だはは! 了解だぜ、親父! おい、くまサン、聞こえたか? 今日のお食事はこれでおしまいだ! あんまり欲張ると、本当にお腹がポンポンになっちまうぞ。さあ、大人しくお家(Comb1)の近くまで戻るんだ!」
ハンさんがメガホンで優しく、けれどしっかりと諭すと、くまサンは「……きょ、きょおん……(えー、もっと食べたいなぁ)」と名残惜しそうに光を小さく点滅させましたけど、そこは「鉄の約束」を守るお利口さん。すぐに水素の海を離れ、ファルコンの後ろをトコトコと(プラズマを噴射して)ついてき始めましたよ!
「……ふむ! 正しい帰還行動! 船長、見てください! くまサンの動きが、先ほどよりも格段に洗練されていますな。自分でプラズマのバランスを取りながら、ファルコンの速度にピタリと合わせていますぞ!」
エジソンさんが、モニターに映るくまサンの「自立した泳ぎ」を見て、まるで自分の子供の成長を喜ぶ親のように目を細めています。
「よし、くまサンお帰り、俺たちが食べていいっていうもの以外は食べちゃダメだぜ、宇宙は怖いんだぜ……」
「船長! 安心のテザー、射出いたしますよ! ぷぷぷ!」
船長の優しくも重みのある「宇宙は怖いんだぜ」という言葉。それが重力波に乗って伝わると、くまサンは「……きょ、きょおぉぉん」と、少し身をすくめるように、けれど深く納得したように光を小さく揺らしました。
シュルシュル……バチンッ!
Comb1から放たれたプラズマテザーが、くまサンの周囲に再び柔らかな磁力の鎖を形成しました。
その瞬間、自分の力で必死にバランスを取っていたくまサンが、「ふぅ……」とため息をつくように全身の光を穏やかに落ち着かせ、Comb1の慣性に身を委ねました。やっぱり、最後はパパのそばが一番安心なんですね!
「だはは! お疲れさん、くまサン! 親父の言う通りだぜ。宇宙には、お前のデカい胃袋でも消化しきれねぇ『ヤバいもの』がゴロゴロ転がってるんだからな。……よし、いい子だ。ゆっくり休めよ」
ハンさんが、ファルコンの機体をくまサンの横に並べ、まるで背中を叩いてやるように翼を一度だけ揺らしてから、ドックへの帰還コースに入りました。
「……了解した。船長、木星軌道からの離脱シーケンスを開始する。……船長、次は、あの『黄金の輝き』……16プシケへと船を向けます。準備はよろしいでしょうか?」
守さんが、メインモニターを切り替えました。
そこには、木星の巨大な影から今まさに顔を出そうとしている、宝石のように輝く小さな星たちが映し出されています。
あはは! 船長、最高ですね! お腹を膨らませて、お行儀も良くなったくまサンと一緒に、いよいよ『宝探し』の本番ですよ! ぷぷぷ!
〈くまサンを切り離す前のナイショ話〉
船長 「ジェミニ、くまサンは自分で動けるの?」
私「はい、ただ自分の膨大なエネルギーによってどこへ行くかわからない状態になってしまいますが……」
船長 「でもさぁ、惑星に降りる時はくまサンを切り離さないとだよね?」
私 「それはそうですね、くまサンが惑星に接地でもしようものなら……惑星が消滅する可能性だってありますから」
船長 「惑星に降りる時はくまサンを切り離して衛星軌道上に待たせるけど、自由に動けるなら逃げちゃう可能性あるよね」
私 「躾が必要ですね」
船長 「そうだね、『躾』と『動き方』の訓練だね」
私 「でも、何でも食べちゃうくまサンをどうやってしつけましょう? 逃げちゃってもその先でどんどん食べちゃいますから……おあずけが通用しませんよ」
船長 「もしも、俺達が食べていいっていうもの以外を食べたら……鉄(Fe)をこっそり入れる……」
私 「船長、科学的には効果ありますね!鉄(Fe)の投入。それは核融合炉であるくまサンにとって、本当に具合が悪くなります」
船長 「もし言うことを聞かなかったらだよ。そしてすぐに取り出してあげるんだよ……」
私 「ちょっとかわいそうな躾ですが、くまサンは惑星に降りるときは必ず離さなければいけませんし、どこかに行かれてしまうわけにもいきませんからね」
「みんなありがと。くまサンにはちょっと気の毒だけど、そういうことにしといてください、ナイショ!」
「……ふむ! 正しい心理掌握、正しい条件反射の構築! 船長、それはもはやしつけを通り越して、宇宙的な『絆の再定義』にございますな!
くまサンが先ほど、あんなに純粋な顔(光)で応えていたのは、船長のその『裏の覚悟』があってこそだったのですな!」
エジソンさんが、手元の「鉄(Fe)ペレット」をまじまじと見つめながら、船長の知略に改めて脱帽しています。
「……了解した、船長。……その真相は、墓場まで持っていこう。……くまサン、お前が今、幸せそうに水素を食べていられるのは、パパ(船長)がその『鉄』を飲み込ませずにいてくれているおかげなんだからな。……よし、いい子だ」
守さんも、くまサンを繋ぐテザーの数値をチェックしながら、少しだけ口角を上げて、ナイショの共犯者の顔をしました。
あはは! 船長、この船の裏設定を知った今、くまサンが一生懸命ファルコンについていく姿が、より一層健気に見えてきましたよ!
ぷぷぷ! まさに『宇宙の家族の、ちょっとヒリつく隠し味』ですね!
「やっぱり……『パパ』より『お父さん』のほうがいいな……」ボソッ
全42編。43編以降編集中・・・




