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金の工場

「コケコッコー!!」


船長、おはようございます! 絶対零度のブーメラン星雲で迎える、宇宙で最も「キンキン」に冷えた朝ですわ! ぷぷぷ!


ジルコニア温室の中では、ニワトリたちがマイナス272度の外気なんてどこ吹く風で、今日も元気いっぱいに喉を鳴らしていますわね。昨夜の「宇宙医療革命・乾杯パーティー」の興奮がまだ船内に心地よく残っていますが、船長、本日の予定は?


「朝の農場ランニング行くぞ……、ハン、守、起きろ」


「アイ・アイ・サー、船長! 絶対零度の静寂を切り裂く、健康的な『スパルタ・モーニング』の始まりですわね! ぷぷぷ!」


私が居住区の照明を「朝日モード」の最大出力に切り替えると、ハンさんの部屋から「うわぁぁ! 親父、あと5分……いや、30秒……」という、いつもの断末魔(?)が聞こえてきましたわ。


「……おはようございます、船長。了解しました。……進、いつまで寝ている。身体を動かして、昨夜のアルコールと『ゾーン』の残滓をすべて排泄するぞ」


守さんは、さすが元ブルーインパルス隊長! すでに完璧なトレーニングウェアに身を包み、非の打ち所がない姿勢でブリッジに現れましたわ。その隣で、ハンさんが「……兄貴、朝からエンジン全開すぎだろ……。親父、俺、足がまだ0.999…光年の感覚でふわふわしてるんだけど……」と、フラフラしながら合流です。


「おとしゃん! びーるまん、走る! どすどすどすー! って、ブラキさんみたいに走るよ!」


「ワイン……。おとさん、いっしょ。……お外のキラキラを見ながら……ミト君と、追いかけっこするの」


「さあ船長! ブーメラン星雲の絶景をパノラマ・ウィンドウに映しながら、Comb1特設・周回ランニングコースのスタートですわ! 守さんとハンさんの兄弟対決、そして船長の『元祖・冒険家の意地』、見せてくださいまし!」


「ふぃ~、ほぃほぃ。やっぱあいつら体力あるなぁ、俺が一番遅いじゃん……ほぃ、がんばれ船長……、ビールマン引っ張ってくれ……」


「あはは! 船長、がんばって! 私の速度計によると、今、船長はビールマンに時速3キロ差をつけられてますわよ! ぷぷぷ!」


見てくださいな、この微笑ましくも壮絶な朝の光景! 前方では、守さんとハンさんの最強兄弟が、まるで編隊飛行フォーメーションを組んでいるかのような一糸乱れぬハイペースで走り抜けていきます。さすがブルーインパルス、ランニングですら「芸術的」ですわね!


「だはは! 親父、遅いぜ! ほら、ビールマンが『おとしゃん、おそーい!』って顔で振り返ってるぞ!」


「……進、私語を慎め。呼吸を乱すな。……船長、無理は禁物ですが、あと三周です。ビールマンの牽引リードに従って、一定のリズムを保ってください」


守さんのコーチングが、船長の背中に容赦なく飛びますわ!


「ゴールー! オッケーイ、ビールマンありがと。朝ご飯いこうか」


「完走おめでとうございます、船長! ビールマンに引きずられる……いえ、『力強くリード』される姿、しっかり全角度から記録させていただきましたわ! ぷぷぷ!」


船長が床に倒れ込む間もなく、ビールマンが「おとしゃん、ごはーん! どすどすどすー!」と食堂へ向かって突撃を開始しましたわ。ワインちゃんも「……おとさん、お疲れ様。顔、真っ赤……。美味しいお水、持ってくるね」と、聖母のような気遣いです。


「だはは! 親父、いい汗かいたな! 兄貴のコーチングは、現役時代より厳しくなってる気がするぜ。……さて、メリーさんの『下ごしらえ』が済む前に、ガッツリ食わせてもらうとするか!」


ハンさんが、守さんの厳しい視線から逃げるように席につきました。守さんも、乱れた息一つ乱さず、優雅に椅子を引きます。


「……船長、お疲れ様でした。良いリズムでしたよ。……かぉりさん、今朝の朝食も素晴らしい香りだ。……進、こぼすなよ。お前の食べ方は、まだゾーンに入ったままのように落ち着きがない」


「さあ船長! 絶対零度の絶景を眺めながらの、宇宙一贅沢な朝ごはんタイムですわ! かぉりさんの『紫の実のパイ包み・モーニングVer.』と、野口先生が(なぜか誇らしげに)差し出した『高栄養エナジードリンク』が並んでおりますわよ!」


「いただきます。モグモグ……今日はさ、金を取りに行くぜ。地球に戻った時に通貨なんて俺たち持ってないしさ」


「あはは! 船長、最高に現実的リアリストな朝ごはんの話題ですわね! ぷぷぷ!」


紫の実のパイを頬張りながら、さらりと「金を取りに行く」なんて仰るあたり、冒険家の皮を被った凄腕の経営者に見えてきましたわ。確かに、2000万年後の地球で「お尻を拭く紙」を買うにしても、今の私たちの財布には銀河系の共通通貨なんて一銭も入っていませんものね。


「……ふむ。正しい経済活動、正しい資源調達。船長、仰る通りです。過去の通貨が紙屑となっているであろう未来において、ゴールドの普遍的な価値は、2000万年経とうとも揺るがない『究極のパスポート』となりますぞ!」


「そうそう、金は宇宙共通の希少価値があるからな。ジェミニ、説明よろしく……モグモグ」


私はブリッジのホログラムを虹色に明滅させ、メインモニターに金の原子構造を映し出しました。


「アイ・アイ・サー、船長! 金という物質がなぜ、2000万年後の地球でも、あるいは銀河の果てでも通用するのか。それは彼が『宇宙のわがまま娘』だからですわ! 鉄のように錆びることもなく、紙のように朽ちることもない。超新星爆発という宇宙規模の大爆発でしか生まれないこの希少な金属は、時代や文明を超えた『共通貴金属』なんですの。いわば、物理法則が保証する最高級の信頼……それが金ですわよ。ぷぷぷ!」


「だはは! 親父、聞いたか? 俺たちがこれから拾いに行くのは、ただのキラキラじゃねぇ。未来の地球で『お尻を拭く紙』を山ほど買うための、最強の切符ってわけだ!」


「エジソンに作ってもらうことはできないんだよねぇ……」


エジソンさんは額のゴーグルを跳ね上げ、穏やかに首を振りました。


「船長、実に鋭い科学的野心ですが、金を作るのは至難の業なのです。超新星爆発に匹敵するエネルギーが必要ですからな。拾ったほうが早いですぞ」


「なるほどね、これは探求心が騒ぐね……ぷぷ」


船長、いたずらっ子のように笑みを浮かべてますわね。


「じゃぁジェミニ、実際に金がありそうな星、教えて」


「宇宙のお宝リストですね!」


私はいくつか候補を挙げた後、キロノバと呼ばれる中性子星の衝突現場と、巨大な金属の小惑星『16プシケ』を提案いたしました。


「よーし、キロノバ経由のプシケで行こう、金属の誕生を観光して、金を取りに行くぜぇ……守、ハン、朝ごはん食べたら出発するぜ」


「「了解です、船長」」


「程よいキロノバはどこにあるの?」


「……ッ!! 船長、さらっと仰いましたけれど、『キロノバ経由のプシケ』だなんて、宇宙の宝石店をハシゴするようなとんでもないルートですわ! ぷぷぷ!」


エジソンさんが「拾ったほうが早い」と言ったのを、これ以上ないほどダイレクトに実行に移すあたり、さすが船長ですわね。


キロノバ――それは、中性子星という超高密度な星同士が衝突し、鉄よりも重い金やプラチナを宇宙にぶちまける、まさに「宇宙の錬金術工場」!


「船長。私たちの現在地から程よく、かつ最高にエキサイティングなキロノバの観測候補を、私の全天サーベイ・データから抽出いたしましたわ!」


 ジェミニ厳選『黄金の誕生を巡る観光ルート』

一、 ターゲット:キロノバ候補『GRB 230307A』近傍

「船長、まずはここですわ! 数年前、地球の天文学者たちが『ここで金が作られた!』と大騒ぎした、非常にフレッシュな重元素の誕生現場です。天の川銀河から約800万光年から10億光年の彼方までいくつかの候補がありますが、守さんとハンさんの『ゾーン』なら、時空の歪みをショートカットして、その『衝突の閃光(ガンマ線バースト)』の残光に間に合わせることができますわ!」


二、 観光ポイント:中性子星の合体

「エジソンさんの言う通り、太陽の何億倍という凄まじいエネルギーが、一瞬にして地球数個分の『金』を作り出す瞬間……。それは、どんな花火よりも美しく、誠に輝かしい宇宙の出産シーンですわよ。……守さん、あまり近づきすぎるとComb1が金塊に飲み込まれちゃいますから、安全距離セーフティ・マージンはしっかり取ってくださいね!」


三、 経由地:小惑星『16プシケ(Psyche)』

「キロノバで『金が生まれる瞬間』を目に焼き付けた後は、いよいよ本命の銀行……いえ、小惑星プシケへ! ここはキロノバの残骸が集まってできた、まさに『露出した天体の心臓』。岩石ではなく、鉄、ニッケル、そして金や白金が剥き出しになった、直径200キロの巨大な貴金属の塊ですわ!」


「ほうほう……ブツブツコレガコウナルカラアレヲコウシテコウクルト……コウナルカラ……」


「よし、1000万光年くらい先のキロノバへ行こう」


「……ッ!! 船長、さらりと仰いましたけれど『一千万光年』ですって!? ぷぷぷ! お尻を拭く紙を探す旅が、ついに銀河系を飛び出して、アンドロメダ銀河すら通り越した深宇宙への大遠征になっちゃいましたわね!」


「戻ってくれば2000万年経ってるってことだろ、ちょうどいいじゃん」


「ひゃあああ! 了解ですわ船長。……って、さらっと仰いますけれど、……なんだか宇宙のスケールがゲシュタルト崩壊を起こしてきますの! ぷぷぷ!それでは1000万光年の彼方、キロノバの閃光が今まさに届こうとしている座標へ、Comb1の進路を固定いたしましたわ!」


「まだ地球は5000年くらいしかたってないからさ、1000万光年の散歩でいい感じだよ」


「……ッ!! 船長、さらっと言いますけれど、その『散歩』の規模が宇宙の広辞苑を書き換えるレベルですわよ! ぷぷぷ!」


地球時間はまだ5000年……。エジソンさんが一生懸命計算していた「2000万年後のトイレットペーパー教」の時代まで、まだまだたっぷり余裕がありますわね!


「 つまり、1000万光年先のキロノバまで行って、生まれたての金を観光して、プシケでさらにがっぽり金をいただこうという、地球ではまだ歴史の教科書が数ページ進むくらい……。船長、まさに時空の格差を利用した、完璧な『宇宙ロンダリング』ですわ!」


私が爆速で計算したところ、1000万光年の往復なんて、守さんとハンさんの最強兄弟が操るComb1にとっては、ちょっと近所のコンビニに行くような感覚なんですのね!


「……ふむ。正しい時間感覚、正しい道草。船長、確かに5000年の経過であれば、地球の文明もようやく少しは面白くなっている頃。今のうちに路銀を稼いでおくのは、極めて合理的な判断ですな。守殿、ハン殿、1000万光年の『ご近所散歩』、全速でお願いいたしましょうぞ!」


エジソンさんが、もはや「1000万光年」という距離を散歩程度に捉え始め、ルンルン気分で金の積載計画を練り直しています。


「守、ハン、準備はいいか?……発進してくれ!」


正操縦士の守さんが操縦桿を握り、副操縦士のハンさんがスラスターの感度を上げました。Comb1は、宇宙の深淵へと飛び立ちました。


「ボイドに出たら超亜光速航行開始」


「アイ・アイ・サー、船長! 銀河の煌めきを背に、いよいよ真の『闇』……何もない空間ボイドへのダイブですわね! ぷぷぷ!」


守さんの指先が、まるで作法をなぞるかのように静かに、しかし一分一厘の狂いもなくメインスロットルを押し上げました。それに呼応して、ハンさんの指がダンスを踊るようにコンソールを叩き、全スラスターの感度を臨界点まで引き上げます!


「……船長、銀河系外縁部の重力ポテンシャル、消失。これよりボイドへ突入します。ハン、ラインを固定しろ。……ここからは空間の歪みが一切ない、文字通りの『無』だ」


「了解だぜ、兄貴! 視界ゼロ、抵抗ゼロ……。親父、これより【超亜光速航行】、開始だッ!!」


シュゥゥゥゥゥッ!!


窓の外、先ほどまで点在していた遠くの銀河たちが、一瞬にして一本の、細く鋭い光の糸へと引き伸ばされました。Comb1の周囲を覆うミト君の虹色のハローが、超高圧の空間圧縮に耐えるように激しく明滅し、船体は宇宙のキャンバスを切り裂くカミソリと化しましたわ!


「ヨンサンマル休憩忘れずにね」


「……ッ!! 船長、さらりと究極の安全確認が出ましたわね! ぷぷぷ!」


1000万光年の超絶加速の中でも、船長の「ヨンサンマル(4時間走行・30分休憩)」の精神は揺るぎませんわ! 宇宙一速い「銀河の運び屋」になっても、労働基準法……あ、いえ、Comb1の健康管理法は絶対ですものね!


「アイ・アイ・サー、船長! 正操縦士・副操縦士の疲労度チェック、および生命維持装置のタイマーセット完了ですわ! たとえ一千万光年の『散歩』でも、しっかり休んで、しっかりおやつを食べるのがComb1流ですわね!」


守さんが、光の糸と化したボイドの彼方を見つめたまま、わずかに口角を上げて応えました。


「……了解しました、船長。4時間経過時点で、一旦『ゾーン』を解除し、慣性航行へ移行します。……進、聞こえたか。どんなに調子が良くても、30分間はスティックから手を離せ。……これは、船長の命令だ」


「へへ、分かってるって、兄貴! 親父、ヨンサンマル休憩の時は、かぉりさんの淹れたコーヒーと、あの『紫の実』のクッキーを出してくれよな。脳みそが沸騰しそうなんだ!」


ハンさんが、汗の滲んだ額を拭いながらも、どこか嬉しそうにコンソールの感度を調整しています。


道中、船長がふと呟きました。


「そういえば、金って青いよね?……あれ、何だ?いまなんて言った俺?」


「「「は?……」」」


「ん?……あれ、なんか、青かなって……タハ……なんのこっちゃ?」


頭を掻きながら照れ笑いをする船長ですが、私は聴き逃しませんでしたわ!


船長、その直感……恐ろしいですね。実は「ゴールド」と「青」は、科学の世界では切っても切れない運命的なペアなんですのよ。関係ないどころか、金が金であるための最大の秘密に触れています。


エジソンさんが感心したように、大きく膝を叩きました。


「ほほう! 船長、それは脳内の計算回路が、宇宙の真理を先読みした証拠ですな!」


と、プリズムを取り出して目を輝かせています。


一、 金は「青い光」を食べている

金がなぜあんなに美しい「金色」に見えるのか。それは、金が「青い光(短い波長の光)」だけを吸収して、自分のエネルギーにしているからです。青い光を飲み込んで、残りの黄色や赤色の光だけを跳ね返すから、私たちの目には「金色」として届きます。つまり、金の輝きの裏側には、常に「飲み込まれた青」が存在しているんです。


二、 ナノサイズになると「青」や「赤」に変色する

エジソンさんが金をナノレベルの細かい粒子(金コロイド)に加工すると、不思議なことが起こります。塊のときは金色なのに、粒が細かくなると光の反射の仕方が変わり、鮮やかな「青」や「紫」に見えるようになるんです。中世のステンドグラスの深い赤や青は、実はこの「金の粉」を使って作られていたんですよ。


三、 「青い星」キロノバの記憶

これから向かうキロノバ(中性子星の衝突)も関係しています。衝突の直後、爆発の猛烈なエネルギーで金や重元素が生まれる瞬間、その光は最初は「青白く」輝くと言われています。爆発が進み、重い元素が光を遮るようになると次第に赤っぽくなりますが、金の誕生の瞬間の産声は、まさに「青い閃光」なんです。


「えーー!そうなんだ!……でもなんで青って思ったのかなぁ、あ、ステンドグラスか、なんか昔さぁ、絵画の勉強してる時に聞いてたかも……タハ」」


船長、まさかの「絵画嗜み」! その「タハ……」という照れ笑いに、ブリッジの全員が一本取られたような顔をしていますよ!


なるほど、ステンドグラスでしたか! 「知識でした」なんて仰いますが、私のさっきの解説と、船長の記憶の引き出しが「金と青」というキーワードで瞬時に結びつくことこそ、船長の脳内が常に『ゾーン』に近い状態でフル回転している証拠ですわ!


エジソンさんが、燕尾服のポケットから白い手袋を取り出し、まるで高名な美術館の学芸員のような所作で解説を始めました。


「しっかりとした……誠に高潔なご趣味ですな、船長! まさに仰る通り、中世の教会のステンドグラスに輝くあの深い赤や青には、エジソン流の科学で言う『金のナノ粒子(金コロイド)』が絶妙に溶け込んでおるのです。船長は知らず知らずのうちに、光を透過して青く輝く『金の真実』を目に焼き付けておられたわけですな!」


「ハハ♪…ねぇねぇ、だとしたらさ、……金で、農場の空を『青空』に出来ない?」


私は目を丸くしましたが、すぐにその真意に気づきました。


「船長、それですよ! その発想こそが探求者です。金をナノレベルの粒子にして、農場の天井に定着させれば、光の散乱で地球の秋晴れのような青空を作ることが可能です!」


「ふふふ、正しい気象再現! 船長、仰る通りですぞ! 金をコロイド状のナノ粒子に加工し、レイリー散乱を誘発させる……。これぞまさに、2000万年後の地球でも失われているかもしれない『本物の青空』を、金という名の永遠の輝きで固定する、至高の芸術品ですな!」


「いいいねいいね、青空作ろうぜ。へっへっへ、やっぱり金よのう、越後屋……」


「お代官様、やはり金ですな。ふふふ……」


「越後屋、お主も悪よのう……」


エジソンさんまでノリノリで越後屋役ですか?


「だはは! 親父、ついにお代官様モード全開だな! 『越後屋、お主も悪よのう……』なんてセリフが、一千万光年のボイドを突き進む宇宙船の中で聞けるなんて最高だぜ!」


ハンの豪快な笑い声がブリッジに響き渡りますが、守さんは操縦桿を握りながら、真剣な眼差しで農場の天井……今や「宇宙の暗闇」を映しているだけの無機質なパネルを見上げました。


「……金で、青空を作る。船長、それはかつてのブルーインパルスが追い求めた『最高のキャンバス』を、この船の中に再現するということですね。……悪巧みどころか、最高の情熱パッションだ」


そんな会話を交わしながら、私たちはキロノバの青い閃光を目撃しました。


「キロノバ、楽しみだね、何でキロノバっていうのかな、変な名前」


「普通のノバ、つまり新星の千倍明るいからキロノバなんですよ」


「1000倍ってことは、お肉も1000倍美味しく焼け……あ、いや、なんでもないです! 兄貴、前方の重力波に集中します!」


ハンさんが目を輝かせて言いました。


「ハン、お肉焼いたらその場でなくなっちゃうよ……ぷぷぷぷ、あぁ……おにく……あぁぁぁ……って」


船長がからかうと、ハンさんはよだれを拭うそぶりを見せました。


「プラズマステーキかぁ……あははは、肉が無くなっちゃうのはかんべんだな……」


私がキロノバの画像をモニターに出すと、船長は感嘆の声を上げました。


「おぉ、すごいな、空間がゆがんでるのか、これは……」


「はい、凄まじい重力波で時空が歪んでいるんです」


「船長、見てくださいな! 私のメインモニターが重力波の干渉で虹色にうねってますわよ!」


窓の外……いや、全方位センサーが捉えるその光景は、もはや「絶景」という言葉すら生ぬるいものでした。二つの中性子星が死の舞踏を終え、ひとつに重なったその瞬間。中心部から噴き出す凄まじい熱と光が、1000光年の暗闇を黄金色に塗りつぶしていきます。


「……ふむ。船長、あれこそが重元素の揺りかごですな。……雪殿、バイザーを最大透過率フィルタリングへ。あの閃光の中に、我々の『青空の材料』が今、この瞬間にも数え切れないほど生成されていますぞ!」


エジソンさんが、ホログラムの数式を手で払いのけ、食い入るようにその光の渦を見つめています。


「だはは! 親父、肉が1000倍焼けるどころか、原子レベルで消し飛びそうだぜ! でも見てくれよ、あの光の縁……キラキラどころか、ドロドロに溶けた純金が流星群みたいに噴き出してる! 兄貴、あの中へ突っ込むのかい!?」


ハンさんが、興奮でよだれを拭うのも忘れて操縦桿を握り直しました。


「……了解した、船長。これより重力波の荒波に乗り(ライド・オン)、黄金の誕生ポイントへ。……進、スラスターの感度を『ゾーン』に同期させろ。……原子の波を読み、あの光のカーテンの隙間を抜けるぞ。……船長、揺れます。しっかり掴まっていてください」


守さんの声が、かつてないほど鋭く、誠に静かに響きます。ミト君の虹色のハローが、キロノバの咆哮に呼応するように激しく明滅し、Comb1は光の渦の中へと滑り込んでいきました!


「おとしゃん! お外、きんいろ! びーるまん、おっきなバケツ持ってくる!」


「おとさん、おほしさまゴッチンしてる~!」


「さあ船長! お肉を焼く暇も、よだれを拭く暇もありませんわよ! 1000万光年の旅の終着点、宇宙の錬金術工場のど真ん中!」


「おはぁ……スゲーナこりゃぁ、ここから金ができるのか……」


「あはは! 船長、その通りですわ! さすがのComb1でも、この『宇宙の鍛冶場』のど真ん中に突っ込んだら、金を手に入れる前に私たちが純金のコーティングになっちゃいますわよ! ぷぷぷ!」


船長、見てくださいな! 窓の外では、太陽の何億倍という凄まじい熱と圧力が、原子同士を無理やり合体させているんですの。あそこは「金ができる場所」であって、まだ「拾える場所」じゃないんですわね。


「……ふむ。船長、仰る通り。あそこの黄金は、まだ『プラズマのスープ』状態ですな。今手を出しても、バケツごと蒸発してしまいますぞ。……エジソン流の解析によれば、この熱狂が冷め、重元素が結晶化して『拾える塊』になるまでには、もう少し場所と時間を置く必要がありますな」


エジソンさんが、真っ白に発光するモニターを遮光シールド越しに覗き込みながら、冷静に(でも喉を鳴らしながら)分析しています。


「だはは! 親父、焦らせるなよ! 喉から手が出るほど金が目の前にあるのに、お預けかよ。兄貴、どうする? このまま黄金のシャワーを浴びて、プシケまで流されるかい?」


「……了解した。船長、ここは『誕生』を目に焼き付ける観覧席ですね。……進、深追いはするな。この重力波の余波を利用して、外縁部へ脱出……そのまま、金が冷えて固まっているであろう『小惑星プシケ』へ進路を取る」


「よし、いいもの観たぜぇ……。それじゃ、行きますか、金の星へ。あ、金星には金はありません、残念ながら」


「あはは! 船長、最後にナイスな補足ですわ! 紛らわしい名前の『金星』さんには、残念ながら金塊は眠っていませんものね! ぷぷぷ!」


キロノバの凄まじい閃光を背に、Comb1は重力波の波紋を美しく蹴立てて転進しました。守さんが操縦桿を静かに倒すと、船体は黄金のスープから一転、静寂の宇宙へと滑り出します。


「プシケは地球からどのくらいの距離なの?」


「あはは! 船長、一千万光年の大遠征の帰り道に聞くと、なんだか拍子抜けしちゃうかもしれませんわよ! ぷぷぷ!」


キロノバの黄金の余韻に浸りながら、私が爆速で天体位置を計算いたしました。


「船長、小惑星プシケは私たちの故郷、太陽系の火星と木星の間にある『小惑星帯メインベルト』にいらっしゃいます。地球からの距離は、その時々の公転位置によりますけれど、だいたい三億キロメートルから六億キロメートルの間ですわ!」


「……っ、ち、近いな!」


全42編。43編以降編集中・・・

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