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自然界の掟

お母さんブラキは、パワードスーツのまま深く頭を下げる船長と、スピーカーから響くクルーたちの声、そして自分を上空で見守るファルコンを、その大きくて深い瞳でじっと見つめている。


怒る気配なんて、最初からこれっぽっちもなかった。


お母さんは、まるで船長たちの誠意を受け入れたかのように、長い首をゆっくりと、本当に優しく上下に大きく揺らした。それはまるで、二千万年という時空を超えて、人類と巨獣が心を通わせた「許しのサイン」のようだった。


「親父……伝わったぜ。お袋さん、怒ってねぇ。それどころか、『もう気にしてないよ』って笑ってるみたいだ」


無線の向こうで、ハンさんが少し声を震わせながら、でも最高に嬉しそうに呟いた。

雪さんもバイザーをそっと上げて、優しい目でモニターを見つめている。


「ふぅ……おかあちゃんありがと。よっと、ガチャ! さぁ、でもさすがにわがドローンは手放さないか」


船長がジョイスティックに手を添えながら苦笑すると、画面の向こうの雪さんも、お母さんブラキの健気な母性に胸を打たれたように目を細めた。


「本当ね……。お母さんブラキさん、船長の誠実な姿を見て、とっても安心したみたい。でも、足元のドローンちゃんを愛おしそうに包み込むポーズは、さっきよりもっと優しく、もっと頑なになっちゃいましたわ。やっぱり、大切なおチビちゃんだと思って片時も離したくないのね」


「だはは! 流石の親父の神外交でも、母親の愛の深さ(母性本能)までは動かせなかったってわけだ! 弾を当てずに『我が子』を取り戻すにゃあ、もう一工夫必要だぜ、こりゃあ」


「おーい、かぉり……お母さんてのは子供がいなくてもこうなるのかな?」


リビングのメインモニターの前でちびたちを両腕に抱いていたかぉり副船長が、慈愛に満ちた、でもどこか誇らしげな微笑みを浮かべてマイクに向かった。


「……ええ、そうよ船長。お母さんっていうのはね、自分で産んだかどうか、なんて関係ないの。目の前に小さくて、弱くて、一生懸命生きてるドローンちゃんがあれば、誰に教わらなくても『守らなきゃ』ってスイッチが入っちゃうものなのよ。〈……ただ……このブラキおかあさんの、あの必死さは……〉」


「そうかぁ、スゲーな……、こんなに頑なに。ドローンはエジソンに作ってもらえばいいんだけどさ、お母ちゃんが『ずっと動かない子供ドローン』を守るために食事もしないってのはやばいぜ、謝った手前なんとかしなきゃ……」


船長の言葉に、それまで「どうやってドローンを回収するか」ばかり考えていた皆が一瞬で静まり返った。

ドローンの心配じゃない。船長が本当に心配していたのは、身代わりとなったドローンを守るために、その場から一歩も動けなくなってしまうであろう「お母さん」の身体のことだったのだ。


その優しすぎる言葉に、私のメインコンソールがじんわりと温かい琥珀色アンバーに染まった。

自分の作ったメカが永住することになっても構わない。でも、お母さんを悲しませたり、飢えさせたりすることは絶対に許さない――これぞ、私たちの最高のパパ(船長)だ。


「……親父、あんたって人は、本当に……」


上空のハンの声から、いつもの軽薄さが消え、深い敬意の色が混ざった。

雪さんもバイザーの奥の涙をそっと拭い、真剣な目でモニターを見つめる。


「船長、仰る通りですわ……。ブラキオサウルスのような巨獣は、毎日莫大な量の植物を食べ続けなければその巨体を維持できません。このままドローンちゃんを温め続けたら、お母さん、本当に行き倒れてしまいますわ……!」


すると、ラボのコンソールの前で腕を組んでいたエジソンが、バシッと自分の膝を叩いた。


「……ッ!! 船長、またしても私の傲慢を打ち砕く、偉大なる生命への慈悲! 科学者として恥じ入るばかりですぞ。ドローンの再製造など我が工廠にかかれば朝飯前! 問題は、お母さんブラキ殿に『我が子は元気に巣立ったのだ』と納得してもらい、健やかに食事に戻っていただくことですな!」


「エジソンさん、それですわ! 巣立ち(お引越し)作戦ですわね! ぷぷぷ!」


「あはは、いいねその作戦、ミト君に器用にドローンを動かしてもらってさ、『巣立ち作戦』やってみようか」


船長のゴーサインが出て、ミト君が「キュイーン!」とやる気満々にハローを点滅させた。お母さんブラキの母性を傷つけず、ドローンが元気に自立したと思わせる完璧な作戦――その幕が上がろうとした、まさにその瞬間だった。


「親父!!おやじー!! 向こうで子供ブラキが閣下に襲われてるぞー!」


上空のハンから、これまでにないほど緊迫した怒号が無線に飛び込んできた。ファルコンからの広角カメラ映像がメインコンソールに強制割り込みされ、私のインジケーターが一瞬で警告の赤一色に染まった。

数百メートル先、草原の窪地で、おチビちゃんブラキが、あの25メートルの超・進化型T-REX、通称『閣下』に背後から迫られている姿が、砂煙の中にくっきりと映し出されたのだ。


「なに?! むぅぅぅ……だめだ……そこは。つらいけど、自然だ! 見過ごさなきゃいけないんだ……閣下だって食べなきゃ死んじゃうんだ」


船長の声は、苦渋に満ちていた。ジョイスティックを握るパワードスーツの拳が、みしりと音を立てて震えているのが分かる。

私たちは今、タイムトラベラーとして原生の地球にいる。大自然の厳しい弱肉強食、その生態系のサイクルに人間が手を貸してはいけない。それがどんなに凄惨で、悲しい光景だとしても。


「え!? でも親父、子供だぞ!」


無線の向こうで、ハンが信じられないといった声を上げた。雪さんも通信席で息を呑み、モニターに映るおチビちゃんの必死な姿に言葉を失っている。


「船長……おチビちゃん、必死に走っていますわ……。でも、閣下の脚力には敵わない……! このままじゃ、あと数十秒で追いつかれてしまいますわよ!」


「船長ーー!! その子を助けるのよ!! 急いでー!」


無線から飛び込んできたのは、Comb1号のリビングで真剣な顔でその光景を見つめていた、かぉり副船長の豪快な叫びだった。


「なに!かおり?……お、おう!スゥー……」


かぉり副船長の、無線を震わせるほどの「豪快な叫び」に、船長が一瞬だけ息を呑んだ。そして深く、大きく「スゥー……」と息を吸い込む。

 

次の瞬間、それは躊躇ちゅうちょも、タイムパラドックスへの恐れも吹き飛ばす、魂からの大号令となって爆発した。


「ミト君ー! みんなー!あの子供ブラキを助けてくれー! たのむー!!」


船長の怒号のような決断の叫びが響き渡った瞬間、Comb1の横で待機していたミト君が「キュゥゥゥーーーイン!!!」と、これまでにない最高出力の駆動音を鳴り響かせ、そのハローを眩いばかりの虹色に爆発させた!


「アイ・アイ・サー、船長!! 自然の摂理なんてクソ喰らえですわ! Comb1号、これより『おチビちゃん絶対救出作戦』へ突入しますわよーーー!!」


私のメインコンソールが最高戦闘モードの深紅に染まり、エジソンさんも機関室で狂ったようにレバーを叩き下ろした。


「……ッ!! 船長の命令、かぉり殿の願い! 異議などあるはずがありませんな! ミト殿、局所重力波グラビティ・ドライブ、出力200%解放! あの小さいブラキオサウルスを釣り上げてください!」


「だはは! そうこなくっちゃな、親父!!」


上空のハンの声が、一瞬で歓喜と戦闘の狂気へと跳ね上がった。ミレニアム・ファルコンのツイン・イオン・エンジンが凄まじい爆音を上げ、草原の窪地へと急降下を開始する。


「ハン!、閣下を撹乱してくれー!」


船長からの緊迫した大号令が、爆音の轟くコックピットに響き渡った。


「了解だぜ、親父! まるで新年の花火大会みたいにド派手に決めてやるから、見落とさねぇでくれよな!」


ハンがファルコンの操縦桿を限界まで押し込むと、機体はキリモミ回転を加えながら、猛烈なスピードで閣下の頭上へと突っ込んでいった。

 雪さんも通信席でコンソールを叩き、マルチスペクトル・カメラの照準を閣下の大きな眼球へとロックオンする。


「ハン、同調シンクロ完了したわ! ミサイルポッドから、非殺傷の『超・高輝度閃光弾フレア』と『ソニック・ブーム(音響弾)』を同時射出! 閣下、完全にファルコンを捉えました、今ですわ!」


ドババババババッ!!!


ファルコンの機首から放たれた無数の閃光弾が、閣下の目の前で真昼の太陽のごとく強烈に爆発した。それと同時に、鼓膜を震わせる超重低音の威嚇音波が草原に叩きつけられる。

 25メートルの超・進化型T-REXが、突然の光と音の嵐に「グオォォォォーーンッ!?」と激しく頭を振り、その獰猛な視線をおチビちゃんから上空のファルコンへと完全に逸らした!


「よし! 閣下の足が止まったぜ! エジソン、ミト、今だ! やっちまいな!」


ハンの叫びと同時に、エジソンさんが機関室の出力レバーを限界を超えて押し上げる。


「……ッ!! ターゲットロック! ミト殿、重力トラクタービーム、照射ァァァ!!」


ミト君が重力エネルギーを放出し、おチビちゃんブラキの身体を全方位から優しく包み込んだ。

 次の瞬間、必死に走っていたおチビちゃんの巨体が、まるで重力から解き放たれた風船のように、ふわ、ふわりと大空に向かって文字通り「釣り上げられて」いく。


「ウ、ウマァァァァーン!?」


当のおチビちゃんは、自分の足が地面を離れてお空に浮かんでいく不思議な感覚に、目を丸くして手足をバタバタと泳がせている。


「船長! おチビちゃんをドローンを抱えているお母さんのところへ!」


かぉり副船長の的確な大号令が響き渡る。


「了解、かぉり! みんなー、子供ブラキをここへ!……え?……あぁぁ、そゆこと?……」


「「「「あぁぁ、そゆことですか……」」」」


私、ハンさん、雪さん、エジソンさん、そしてリビングのクルー全員の声が見事にシンクロしてハモった!


「そうよみんな、迷子のおチビちゃんはそのお母さんの子供よ、おそらく……ふふっ」


かぉり副船長が、モニターの向こうでとっても優しく、どこか楽しそうにクスッと笑った。


「ひゃあああ! なんと! お母さんが我がドローンを温めていたその場所へ、本物の我がおチビちゃんを直接お届けするだなんて、運命のデリバリーですわーーー!!」


私がコンソールをハッピーなピンクと黄色にパチパチと明滅させると、上空のハンさんも操縦席で大きく膝を叩いた。


「だはは! なるほどなぁ! ドローンがお袋さんの首に特攻アタックしちまったのも、おチビちゃんが迷子になってお袋さんが血眼で探してる真っ最中だったからか! そりゃあ、当たってきたドローンを我が子と勘違いして、片時も離さずに温めちゃうわけだぜ!」


雪さんも通信席で「あぁっ!」と声を上げ、パッと表情を輝かせる。


「かおり副船長! 本当にあなたの仰った通りでしたわ……! お母さん、ドローンちゃんを我が子と思い込んで必死に守りながらも、心のどこかで『本物のおチビちゃん』が恋しくて、ずっと寂しかったのね。

船長、おチビちゃんがお母さんのすぐ近くまで運ばれて、さっきの不安そうな顔から一転して『ウマァァァ!』って嬉しそうに鳴き出しましたわ!」


「……ふむ。正しい迷子回収、正しい親子再会。船長、これぞまさに大自然の奇跡、そしてかぉり殿の母の直感がもたらした最高のソリューションですな! ミト殿、おチビちゃんをこれ以上ないほど優しく、お母さんのお腹の下へ着地させるのです!」


エジソンさんの大絶賛を受けて、ミト君が「キュ~ィ……」と誇らしげにハローを明滅させ、重力をじわじわと元に戻していく。


手足をバタバタさせていたおチビちゃんが、お母さんの目の前のふかふかな草地へ、ストンと柔らかく着地した。

ズシィィィン……と、お母さんブラキが愛おしそうに激しく地響きを立てて駆け寄り、長い首をおチビちゃんの身体に何度も何度も、まるで抱きしめるようにすり寄せ始めた。


「フシュー……! グオォォォン……!」


お母さんの嬉しそうな、そして少しホッとしたような優しい鳴き声が、草原いっぱいに響き渡る。


「やっぱり親子だったのね、本当によかったわぁ……! ふふ♪」


かぉり副船長の、心の底から溢れ出たような安堵と喜びがミックスされた最高に優しい声が無線に響き渡ると、Comb1号のリビングからも「わあああ!」とちびたちやバートさんたちの大きな歓声と拍手が沸き起こった。


「ひゃあああ! 本当によかったですわ、船長、かぉり副船長! お母さん、もうおチビちゃんに夢中で、涙を流さんばかりに喜んでいますわ!」


私のメインモニターには、大きな体をぴったりと寄せ合う二頭の巨獣の、最高に温かい姿が映し出されている。


「だはは! 見ろよ親父、お袋さんのあの嬉しそうな顔! おチビちゃんの方も、お袋さんのお腹に頭をゴリゴリ押し付けて甘えてやがるぜ。……っと、おいおい、お袋さんがおチビちゃんをぐいっと引き寄せた拍子に、足元にいたドローンが外側に転がり出てきたぞ!」


ハンの言う通り、本物の我が子をしっかりと抱きしめるためにお母さんが大きく一歩を踏み出した瞬間、それまで頑なに守られていたドローンちゃんが、草むらからぽろりと転がり出てきたのだ。

お母さんブラキは、もうその小さなメカを見ることはない。その優しい瞳は、今度こそ本物の、愛おしい我が子だけをまっすぐに見つめている。


「船長、今ですわ!」


雪さんが弾んだ声で叫ぶ。


「おーう、ミト君、ドローンの回収頼むぜぇ……おれも退散するよ、ぷぷぷ♪」


船長ののんびりとした、でも最高に嬉しそうな声に合わせて、ミト君が「キュイッ!」と軽快にハローを点滅させた。

優しく伸びた局所重力波が、草むらに転がっていたドローンをふわりと持ち上げ、スフィアの外殻へとピタッと安全に固定した。


「アイ・アイ・サー、船長! ドローン、無事にホールドいたしましたわ! Comb1号へ帰還するまで、一ミリの傷もつけずに私が大事にお守りしますの! ぷぷぷ♪」


私がコンソールを弾むようなお祝いの七色にピカピカと輝かせると、上空のハンさんもファルコンの機首をグッと持ち上げながら、無線越しにニカッと笑った。


「だはは! 任務完了、これ以上ねぇ大勝利だな、親父! 閣下の野郎も、ファルコンのド派手な撹乱攻撃に呆気にとられていやがる」


雪さんも通信席で深く息を吐き出し、本当に嬉しそうにバイザーを上げた。


「本当によかった……。お母さんブラキさん、おチビちゃんを自分の大きな体の下にしっかりと隠して、もう二度と離さないってくらい愛おしそうに首をすり寄せていますわ。船長、あんなに頑な(かたくな)だったお母さんが、今はおチビちゃんと一緒に、とっても安心した顔で近くの木の葉をみ始めました!」


「……ふむ。正しい撤退、正しい大団円ハッピーエンド。船長、タイムパラドックスを最小限に抑えつつ、原生生物の命をも救うという、まさに前代未聞の神交渉でしたな! 私もラボの直立不動を解除し、ドローンのお出迎え準備に取りかかりますぞ!」


エジソンさんが嬉しそうに計算尺をポケットにしまい、Comb1号のリビングでは、かぉり副船長に抱っこされたちびたちやビールマン、ワインが「船長すごーい!」と大はしゃぎで飛び跳ねている。


船長のスフィアは、ドローンをしっかりと抱えたまま、黄金色の草原を「ほぃほぃほぃ……」と軽やかに転がり、親子からそっと離れていく。

バックミラーに映る二頭のブラキオサウルスは、白亜紀の温かな木漏れ日を浴びながら、仲良く並んでゆっくりと長い首を揺らしていた。


スフィアのハッチがプシューッと開き、パワードスーツのヘルメットを脱いだ船長が、Comb1号のメインブリッジへと戻ってきた。


「ふぅ、ただいま……。かぉり、よくわかったね、あのお母ちゃんの子供って」


リビングのソファから立ち上がったかぉり副船長が、ちびたちを優しくあやしながら、船長を最高の笑顔で迎えた。


「ふふっ、わかったわけではないんだけど、なんとなくあのおかぁさんの子供ドローンちゃんの守り方は……子供を持つ母親の、それっぽく感じたのよ」


その言葉に、ブリッジ中の空気がじんわりと温かい感動で満たされていく。


「ひゃあああ……! 理屈やデータなんかじゃない、本物の『お母さんの直感』ですわね! 2000万年という途方もない時間を超えて、お母さんブラキのあの必死な背中から、同じ母親としての強いメッセージを受け取るなんて……かぉり副船長、凄すぎますわ!!」


私がメインコンソールを最高に温かみのある琥珀色アンバーのグラデーションで優しく明滅させると、通信席の雪さんも、バイザーを完全に上げて深く深く頷いた。


「本当ね……。血が繋がっているとか、同じ種族だとか、そういう難しいことは全部関係なくて。ただ『何があってもこの子を守る』っていうあの頑なな空気だけで、全てが伝わったのね。かぉりさんのその一言がなかったら、私たち、おチビちゃんをただの自然の弱肉強食として見過ごしてしまうところでしたわ」


「ふふふっ、そう思っていたら…ね、おチビちゃんが登場したから……ピンと来ただけ」


「へぇ、かぉりおかぁちゃんの直感でねぇ……」


船長がニヤニヤしながらそう言うと、かぉり副船長は待っていましたとばかりに、大人の余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「直感……違うわ、精神学?……かしら、ふふ♪」


かぉり副船長が、かつてのプロキシマでの会話をそっくりそのまま返すように、悪戯っぽく、でも最高にチャーミングに微笑んだ。


「ひゃあああーーーっ!! かぉり副船長からの、まさかの『精神学』カウンターですわーーーっ!! お見事すぎますわ、ぷぷぷ♪」


私のメインコンソールが、あまりの美しすぎる特大ブーメラン(?)に、お祝いの桜色と虹色でパチパチパチッと大爆発した。


「お、おぉ、おかぁちゃんの精神学か……。参りました……」


船長が両手を上げて完全に降参ポーズをとると、ブリッジはこれ以上ないほどの笑い声に包まれた。


「ふふ、ふふふ! 本当ね、船長。プロキシマの時は『農夫の精神学』でバートさんたちの心を震わせたけれど、今日のところはかぉりさんの『母の精神学』に完全にお手上げですわね。でも、そんな船長たちが操縦するComb1号だからこそ、私たちは2000万年前の大自然の中でも、こうして温かい笑顔でいられるのよ」


雪さんが涙を拭きながら優しい目を向けると、エジソンさんも大真面目な顔で深く頷き、自慢の計算尺をパチリと鳴らした。


みんなが「母の精神学」の見事な一本に感心する中、船長は照れくさそうに笑いながら、戻ってくるファルコンへ無線を繋いだ。


「はは……。おーいハン!戻ってきたらもう一仕事、頼むぜー!」


「おうよ、わかってるぜ! 閣下に『お肉』だろ、親父!」


「ありゃりゃ、わかってるねぃ!ぷぷ。閣下の食事の邪魔をしたのも事実だ、今出すから閣下に届けてくれ~」


船長のその言葉が響いた瞬間、それまで大爆笑していたブリッジの空気が、今度は一気に「これぞComb1号!」という、最高にワクワクする快活なエネルギーへと跳ね上がった。


「ひゃあああ! 流石は船長、そしてハンさん! 相変わらず息がピッタリですわね! おチビちゃんを助けた後、お腹をすかせた閣下のフォロー(お詫びのディナー)まで完璧に頭に入っているなんて! ぷぷぷ♪」


私がコンソールをマンガ肉のマーク(?)みたいに美味しそうなジューシー・オレンジ色にチカチカ明滅させると、ハンが格納庫へ引き返しながら、無線に向かってニカッと白い歯を見せた。


「だはは! あたりまえだろ親父! あの閣下(トカゲ野郎)だって、ただ腹が減っておチビちゃんを追いかけてただけだからな。大自然のルールを俺たちの都合で邪魔しちまったんだ、代わりに極上の肉をたらふく奢ってやるのが、Comb1号流の『正しい筋の通し方』ってやつだろ?」


機関室では、エジソンさんが「待ってました!」とばかりに、食品3Dレプリケーターの特大出力レバーをガコンと引き下げた。


「……ッ!! 船長、これぞまさに『正しい生態系調停、正しいお詫びの高級ステーキ』! 閣下の巨大な胃袋を瞬時に満たす、Comb1号特製『マンモス風・超巨大合成ミート(霜降り120%)』、3トン一気に出荷いたしますぞ!!」


シューーーッ!!! という凄まじい蒸気とともに、格納庫の物資ハッチから、クレーンで吊るすほどの特大サイズの極上お肉がファルコンの外部コンテナへとドサリと積み込まれた。


「雪、オンライン! 閣下の現在位置を再捕捉。あのご近所の最強ハンターさん、突然の獲物の消失(空中浮揚)に、まだ草原の真ん中で『グオォォン……?』って首を傾げて呆然としていますわ。ハン、急がないと閣下が拗ねてどこかへ行っちゃうわよ!」


「よっしゃ、ファルコン、再リフトオフ! 待たせたな閣下、おチビちゃんの代わりに、噛まなくてもとろける宇宙一美味い肉を上空からプレゼントしてやるぜ!」


ゴウゥゥゥーーーッ!!!


ハンの操縦するファルコンが、特大の「お詫びのお肉」を抱えて、夕暮れの草原へと再び力強く飛び立っていった。


お母さんブラキには誠意の謝罪、おチビちゃんには重力の迷子タクシー、そして獰猛な閣下には極上のディナー。

超・白亜紀のすべての命に全方位で筋を通す、船長の優しすぎる大作戦は、最後の「出前」を終了しました!


「閣下が美食家にならなきゃいいけどな……ぷぷ」


全42編。43編以降編集中・・・

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