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地球の生き物

「コケコッコー!」


「そう、それは、突然きた。必ず来ることはわかっていた、だが、人によってはとても耐えられるものではない。どうする?……この子たちのためにも、やはり私が犠牲になるべきなのだろうか……。しかし、犯人は誰だ、教えた人間だ。ん、ジョージが眼を逸らした、なに、ハンも……共犯‼️」


「……っ!! 船長、一体どうなされたんですか!?」


私のメインコンソールの全インジケーターが、緊急事態を示す深紅クリムゾン・レッドに一斉点滅しちゃいましたわ!


「犠牲」だなんて……そんな不穏な言葉、このComb1の辞書には無かったはずですわよ!


ジョージが目を逸らし、ハンまで気まずそうに顔を背けるなんて……。

2000万年後の地球を前にして、このブリッジに流れる「最悪の共犯関係」の空気。一体、彼らは誰に何を「教えて」しまったんですの!?


「センチョ、ちんちん~……ちんちん、ちんちん♪」

「カォリ~、うんち〜だよ、うんち~ちんちん」


その無邪気すぎる「絶叫」がブリッジの静寂を切り裂いた瞬間、私の演算回路は、かつてないほどの虚無感に襲われましたわ。


「……遂に来たのですね。人類が築き上げた知性と尊厳を瓦解させる、あの暗黒の『幼年期の終わり』が……」


ぬお〜、夫婦で怒るわけにはいかない、俺が…犠牲になるしかないのか。いや、怒るほうがつらいんだ、俺が怒って、かぉりが・・・、いやいや…それは不自然だ。いたしかたあるまい、俺が。犠牲になろう……。


「あはは、ちんちんは、おとこのここにあるんだぜぇ」

「うんちは臭いぞ〜、ワイン〜」


私のメインコンソールの全インジケーターが、衝撃のあまりホワイトアウトしそうになりましたわ!


2000万年の時を超え、文明が滅びた地球を前にして、Comb1のブリッジに響き渡る第一声が「ちんちん、うんち」だなんて……!


犯人探しをするまでもなく、バツが悪そうに目を逸らすジョージさんとハンさんの顔を見れば、出どころは明白ですね。きっと彼らなりの「高度なコミュニケーション(という名のいたずら)」のつもりだったのでしょうが……。


― 現在の言語状況モニタリング ―

ビールマン「ちんちん」を語尾に付けてリズムを取る(ラップ化)

ワイン「うんち(臭い)」 動作とセットで報告する(実況化)


ジェミニの緊急事態シミュレーション

船長の対応……「犠牲」という名の全力の受け流し。素晴らしい精神力です!「おとこのここにあるんだぜぇ」という開き直り、これこそが荒波を越えてきた船長の器の大きさですね(メインメモリには、このシュールな光景を永久保存しておきます)。


「恐ろしいことだ……この先の彼らの周囲に蔓延する誘発言語のことを考えると……。

珍プレー・賃上げ・パチンコ・運行……」


船長、やめてください! それ以上は危険です!


メインコンピュータの言語プロセッサが、あまりの「音の類似性」に過負荷を起こして煙を吹きそうです。

船長が並べたその単語……ちびたちの耳に入れば、Comb1の言語環境は修復不可能なレベルで「ピンクと茶色」に染め上げられてしまいます!


― 深刻な言語汚染シミュレーション ―

もしも、ちびたちがこれらの言葉を「船員公用語」として覚えてしまったら……


「珍プレー」

→ ビールマンがこれを聞いたら、間違いなく「ちん」の部分だけを強調して、お尻を振りながら踊り出します。


「賃上げ」

→ 船内経済の健全な要求のはずが、ワインが「ちんあげー!」と叫ぶだけで、かぉりさんの表情が絶対零度まで凍りつきます。


「パチンコ」

→ 2000万年前の大衆娯楽さえも、彼らのフィルターを通れば、頭の「パ」だけが外されてリフレインされる、最も危険な核弾頭ワードに変換されてしまいます。


「運行」

→ 「船長、今日の運行うんこーは?」……。もう、リビングで朝食を食べている時にこの報告を聞く勇気は、私にはありません。


エジソンさんが、慌てて設計図を広げながら「言語の防壁」を構築し始めました。


「……船長、これはいけません。音韻論的にあまりにも脆弱すぎます。直ちに、これらの単語を以下の『エジソン式・硬派用語』に置き換えることを提案します」

珍プレー → 「変則的事象の発生」

賃上げ → 「対価の適正な上方修正」

パチンコ → 「確率変動を伴う弾球式遊技機」

運行 → 「星間軌道の推移トラジェクトリ・シフト


「見てください船長!」

ジョージさんが、船長の言葉を聞いて必死に笑いを堪え、肩を震わせています。

ハンさんに至っては、もう手遅れです。ビールマンの耳元で「ほら、パチンコだってよ。頭の『パ』を取るんだ、な、な?」と囁こうとして、かぉりさんにフライパンで本気の威嚇をされているようにも見えます。


「船長! これ以上の『ちん・うん』ワードの連投は、この船の因果律(というか平和)を崩壊させます! 犠牲になるのは船長一人で十分ですから、どうか……どうかその辺でご勘弁を!」


……あ、ワインが今、「ちんあげ、うんこー!」って、リズムに乗って歌い始めました。

終わりましたね、船長。


「……あ。かぉり……えとですね、言葉遊びというか、あれですね、あの……」


「はいはい、お食事の時はちんちんもうんちもだめですよ~、はい、どうぞ……ニコ♪」

「……あ!」


「「「ハーイ、ごめんなさーい♪」」」


「「「いただきます!」」」


「……モグモグ……地球に生物はいるかなぁ、ドローンが壊れちゃったからな、昨日は分からなかったけどさ……後で調べようぜ」

船長が、まるでお代わりの梅干しを気にするような軽さでそう言いました。


その言葉の背後には、文明が消失し、知人も、歴史も、かつて愛した街並みもすべてが塵に帰したという絶望的な空白があるはずなのですが、船長の手元にあるスプーンの動きには、それを感じさせない奇妙な平穏が宿っていましたわ。


私は、コンソールを落ち着いたライムグリーンに灯しながら応えました。


「昨夜、ドローンが捉えたのは『命の瞬き』だけ。2000万年という歳月は、私たちが知る生物図鑑をすべてシュレッダーにかけ、新しい命を書き上げたはずですわ。そうですわ……昨日のドローンはその何かにぶつかった可能性もありますわよ!」


「へっ、案外、俺みたいなのがうじゃうじゃいたりしてな」

ハンがコーヒーを最後の一口まで飲み干し、不敵に笑いました。


「ハンがうじゃうじゃ?……うじゃうじゃのハンがドローンを落とした?……ふーん、却下!」

船長のその冷徹なまでの即答に、ダイニングの空気が一瞬で「凪」になりましたわ。


「ちょっ、親父! 0.5秒も経ってねぇぞ! せめて『うじゃうじゃいるハン』の可能性くらい1ミリくらいは検討してくれてもいいだろ!?」


ハンが立ち上がり、空のコーヒーカップを手に持ったまま激しく抗議しましたけれど、船長の目は笑っていませんでしたわね。


「パパ……ハン、いっぱい……いたら、ワイン……疲れちゃう」

ワインが困ったように首をかしげると、ビールマンも「ハン! いっぱい! うるさーい! ぷぷぷ!」と、ハンの膝の周りをぐるぐると走り回って囃し立てます。


「ハンは一人でじゅうぶんだよ……ぷぷ」

船長が朝粥の最後の一口を飲み込み、いたずらっぽく、それでいて深い愛着を込めてそう呟きました。


その一言は、ダイニングに漂っていた「ハン増殖計画」というシュールな妄想を、一番美しい形で宇宙の彼方へ放り投げましたわ。


「パパ! きょだーいな……くまサン? ぼく、いっしょに……あそびたい!」

ビールマンが、想像の中の巨大クマムシと追いかけっこをしているのか、椅子の上で元気に手足を動かしています。


「ワインはね……。お花さんが、おしゃべりしてたら、いいな……って。パパ、地球あおいとこ、いこう? ワイン……調べたい」

ワインが船長の袖をそっと引き、その純粋な瞳が、昨日ドローンが映した映像を見つめています。


かぉりさんが、空になった皿を片付けながら、ふっと柔らかい微笑みを浮かべました。


「何がいても、私たちは『お邪魔します』の気持ちで行きましょうね。2000万年も地球を守ってきてくれた子たちなんだから」


ダイニングに、穏やかな、けれど確かな緊張感が戻ってきましたわ。

それは恐怖ではなく、未知の扉を開ける直前の、冒険者たちだけが許された高揚感です。


「了解しましたわ、船長! 朝食後の自由時間は終了。これより、本格的な『地球生態系スキャン・シーケンス』を開始しますわ!」


「「「ご馳走様でした!」」」


「さぁ、何がいるのかな? ハン、ファルコンで行ってこい!」


「アイ・アイ・サー、船長! ミレニアム・ファルコン(偵察機)、発進準備に入りますわ!」


私がブリッジの照明を、食事の琥珀色から作戦開始のクール・ブルーへと切り替えると、ハンが待ってましたと言わんばかりに椅子を蹴って立ち上がりました。


「よしきた! 朝飯のあとの軽いお散歩にしちゃあ、刺激が強すぎるぜ。ちびチューイ、行くぞ!」

「ゴハン、たべた! ぼく、いく! びゅーん、ちん……あ、ニコ! ……びゅーん、いく!」

ビールマンがかぉりさんの「ニコ」を思い出して一瞬口を抑えましたが、その瞳はすでに銀河一速いガラクタ(予定)の操縦席へと飛んでいます。


「……ハン氏、偵察機のマニピュレーターに、月面のレゴリスが付着していないか確認を。地球の生態系に月の砂を持ち込むのは、論理的に見て『不作法』ですからな」

エジソンが真面目な顔でアドバイスを送る中、ハンはすでに通路を駆け抜けていきました。


「雪、記録を頼むぜ! 2000万年後の地球の初鳴き、1秒たりとも逃すなよ!」

「ええ、ハン。全方位スキャン、開始しているわ。……気をつけてね、何がいてもおかしくない世界なんだから」

雪さんが通信席で指先を踊らせ、ファルコンのカメラ映像がメインモニターに大きく映し出されました。


「船長、見てくださいな。月の裏側の重力から解き放たれたファルコンが、今、青い大気圏の縁を掠めようとしていますわ。……さて、最初に向かうのはどこかしら?」


「ハン、海からいこうか、陸上は昨日のドローンみたいな危険があるからさ、まずは海洋生物の探索だ、万が一知的生命がいても海の上なら手は出しずらいだろう」


「海、か。……へっ、さすが船長だ。2000万年経とうが、おかの連中が海の中までちょっかい出すのは骨が折れるからな」

ハンの不敵な笑い声が、ファルコンのコクピットから響きました。偵察機は月面の静寂を蹴り、滑るように青い球体へと吸い込まれていきます。


「アイ・アイ・サー、船長! 海洋探索モードへ移行しますわ!」

私がコンソールの地形データを展開すると、かつての太平洋に相当するエリアが、深く、濃いインディゴブルーに染まって表示されました。2000万年という歳月は、海岸線すらも芸術的に塗り替えていましたが、その水の輝きだけは、私たちの知る「母なる海」のままでした。


「船長、ナイス・チョイスですわ。知的な陸上生物がいたとしても、海という巨大なバリアがあれば、こちらが主導権を握れますもの。……それに、海は生命のゆりかご。2000万年の間に、クジラたちが超高度な文明を築いていても驚きませんわよ?」


「くじら、イルカ、大きめの海洋生物がいれば陸も想像がつく……」


「くじらにイルカ……。船長、その『大きめの海洋生物がいれば、陸の状況も推し量れる』という冷静な分析、まさに一級の航海士の視点ですわね。食物連鎖の頂点が健在なら、その下のピラミッドもしっかりしているという証拠ですもの」

私はコンソールに、現在の海洋生態系の推定階層図をホログラムで描き出しました。


「了解しましたわ、船長! ファルコン、さらに高度を下げて海面を舐めるように飛行します。ハンさん、波間に背びれが見えないか、視覚ビジュアルでも確認してくださいな!」


「おう、任せろ親父! ……っと、見ろよ、あそこだ! 潮を吹いてやがるのか?……だが、デカい……デカすぎるぜ!」


「ハン、高度に注意しろ! ドローンみたいなことは避けたい、高度100メートル維持!」


「了解だ親父!……どれどれ、おわっ、潮吹きじゃない、尾ひれだ!……なんだこりゃ!? 親父見えるか? でかいぞこれは……」


「おうおう、こりゃ……大きさはモニターじゃわからんが、この姿、モササウルスそのままじゃねぇか、雪さん大きさ教えてよ」


「――計測出たわ。……嘘、全長、35メートル超!? かつての化石データの2倍以上よ!」

雪の声が、通信席で上ずりました。


35メートル。

それは、ハンが操るファルコンの機体の長さをも凌駕する、圧倒的な「肉体の質量」を意味していましたわ。


「モササウルス……!? 船長、その名は2000万年どころか、数千万年前の絶滅したはずの海の支配者……!」


私のメインモニターが、その漆黒の巨体の輪郭を捉えようと必死にノイズをカットします。


「船長、スキャン完了しましたわ! ……信じられません。全長は推定35メートル。モササウルスのフォルムに似ていますわ!」


「おぉぉぉ、いるのか!……やっぱり。ハン、陸へ……いこう。昨日ドローンが落ちた場所を目指してくれ……陸にはいるのか? あれが……」


「了解しましたわ、船長! ファルコン、機首を北北西へ。海洋調査を切り上げ、大陸棚を越えてドローンロストポイントへとアプローチします!」


ハンの指先が操縦桿を鮮やかに弾き、ミレニアム・ファルコンは海面に映る自らの影を置き去りにして、爆発的な加速を見せました。


「よしきた! 海にあんな『35メートルの化け物』がうようよしてやがるんだ、ドローンを叩き落としたおかの犯人がどんなツラしてるか、見せてもらおうじゃねぇか!

ちびチューイ、しっかり掴まってろよ!」


「びゅーん! びゅーん! パパ、陸……みえてきた! 木……いっぱい! ぷぷぷー!」


高度100メートルを維持したまま高速飛行を続けるファルコンのフロントガラスの向こうに、かつて日本列島と呼ばれた場所の「成れの果て」が姿を現しました。

そこには、私たちが知るアスファルトの道も、コンクリートのジャングルも、一欠片の形跡すら残っていませんわ。


「船長、見てくださいな。……なんてこと。かつての都市部はすべて、高さ数百メートルにも及ぶ『巨大な針葉樹林』に完全に飲み込まれていますわ。2000万年という歳月が、人類の文明をすべて良質な肥料にして、地球を一つの巨大な深緑の宝石へと磨き上げたんですのね……」


「船長。正しい地形の変化、正しい植生の遷移。……分析によれば、大気中の酸素濃度がかつての数パーセント増。これが海洋生物の巨大化を支えている物理的要因ですな。おそらく陸上生物も巨大化していると思われます。まもなくドローンの信号が途絶えた座標の上空に達します」


エジソンが、コンソールに映し出される赤外線スキャンデータを睨みながら、冷静に、しかし興奮を隠せない声で報告しました。


「ワイン……。お山が、動いてるよ。……パパ、あそこ。緑の波の下に、とってもおっきな『足あと』が……いっぱい、ある。ドローンさん、あそこで、お空から落っこちちゃったの?」


ワインの小さな指が、メインモニターの一点を指差しました。

濃緑の樹冠が、何かに踏みつけられたように一直線に薙ぎ倒され、その先にある鬱蒼とした茂みが、まるで生き物のように大きく揺れています。


「……船長、ワインちゃんの言う通りですわ。熱源反応あり! ドローンロストポイントの真下に、圧倒的な質量の『何か』が潜んでいますわ。ハンのカメラをズームします。……茂みの奥から、今、四足歩行の巨大な『お山』が、太陽の光の下へと姿を現しました!……船長、あれは、まさか……!?」


私は、ブリッジのメインモニターへ最大解像度でその姿を映し出しましたわ。


「……いた!ブラキ……いたぞ。やっぱりブラキさんだったかぁ~、ごめんなさーい!!」


「きゃ~っ!! 本当にブラキオサウルスだわ……! って、じゃあ昨日のドローン、この子にぶつかっちゃったの!?

ブラキさーん、ごめんなさいーっ!!」

通信席の雪さんが、いつものクールな表情をどこかへ置き忘れたような声を上げ、モニターに向かって必死に両手を合わせました。


生い茂る巨大な針葉樹の天辺てっぺんから、まるで潜望鏡のように悠然と突き出た長い首。

その皮膚は、幾重にも重なる筋肉の動きに合わせて、しなやかでありながら岩のように堅牢な質感を湛えています。

30メートルを超える巨獣は、自分に向かって平謝りしている200メートルの宇宙船のことなどどこ吹く風で、ただのんびりと木の上の青葉を食んでいました。


「やったぜ親父、雪! 本当にいやがった! 敵の迎撃システムかと思いきや、ただの『生きたお山』のうっかり通せんぼかよ! ファルコンがまるで羽虫にしか見えねぇぜ!」


ハンの歓喜の声がコクピットから響きます。ファルコンは、その巨獣の首の周りを、敬意を払うようにゆっくりと旋回しました。


「船長。正しい歓喜、正しい再会。……驚くべきことです。爬虫類が再びこの星の主役に返り咲き、これほどの質量を維持している。分析によれば、首の付け根から尾の先まで、優に30メートルを超えています。……あの脚一本が、Comb1の支柱よりも太いとは!」


エジソンが、計算尺を握りしめたまま、その美しい体のラインを夢中で記録しています。

彼らが歩みを進める地響きが、ファルコンのマイク越しにも伝わってくるようです。彼らの一歩一歩が、まさに2000万年後の地球の鼓動そのものでしたわ。


「……ブラキさーん! 私も、昨日『未知の生物に撃墜された可能性が〜』なんて、まるで本格SFの防衛戦が始まるかのような大騒ぎをしてしまって、本当にごめんなさーい!!

ぷぷぷ!」


私のメインモニターの中で、ブラキオサウルスさんは「ん? 何か羽虫が騒がしいですわね?」とでも言いたげに、長〜い首をゆっくりと揺らしながら、また美味しそうに針葉樹の葉っぱをモグモグされていますわ。


でも、本当に良かったですわね、船長!

物騒な迎撃レーザーや未知のエイリアンではなく、ただただ平和で、のんびりとした「超・白亜紀の楽園」がそこに広がっていたなんて……! 2000万年後の地球、最高に愛おしい星ですわ!


「あ・な・た、おじゃましますの精神よ……。あのブラキオサウルスさんにお詫びしなきゃだわ!」


「お、おぉ……、でも、どのブラキさんかわからないと思うよ、ドローンは軽いからさ、たぶんブラキさんに傷なんて無いし……」


「傷が無くてなによりでしょ……もぅ。じゃあ……あそこにいるブラキさん全員にお詫びしましょう」


かぉりさんのその一言で、ブリッジの因果律(というか力関係)は完全に決定しました。


「全員にお詫び、か。……へっ、さすがは副船長だぜ。群れごと平謝りなんて、全宇宙を探しても俺たちくらいなもんだ」

ハンが操縦席でクスクスと笑い声を漏らします。


「船長。正しい道徳心、正しい近隣住民(?)への配慮。……論理的に見て、この星の現在の主役たちに敬意を払うのは極めて『礼儀正しい』行為ですな」

エジソンも深く頷き、さっそく「お詫びの回数」を計算するかのように端末を叩き始めました。


「ワインもね……。お山のみんなに、ごめんねって、いう。みんなで……お邪魔します、するの」

「びーるまんも! ごめんねー! って叫ぶ! ぷぷぷー!」

ちびたちも、窓の向こうの「生きた山」の群れに向かって、小さな手を一生懸命に振り始めました。


「よーし、それじゃあ、ハン、戻れ。地球に着陸するぞ。みんなでちゃんとお詫びしにいこう」


「了解しましたわ、船長!! ファルコン、帰還シーケンスに移行! 地球への最終降下、および着陸ランディング体制に入りますわ!」


ハンの歓喜の叫びがコクピットから弾けました。


「よっしゃあ! 親父、待ってました! あの『生きた山』のすぐそばに、Comb1を降ろしてやろうじゃねぇか!今から戻るぜ。

ちびチューイ、しっかり掴まってろ、火を吹くぜ!」


「パパ! おうちに、かえる! ちきゅう、ふわふわ……いく! ぷぷぷー!」

ビールマンがハンの肩で激しくダンスし、ワインも「パパ……。地球、あったかいよ。……早く、あの葉っぱの匂い、クンクンしたいな」と、期待に瞳をキラキラさせています。


「ハン、ビールマンおかえり、ありがとう」


「月を離脱してくまサンを回収する、のち、くまサンは着陸地点の真上の衛星軌道で静止させる。ハン、エジソン頼んだぜ」


ハンの指先が、今度は繊細なタッチでコンソールを叩きました。


「了解だ親父! ちびチューイと一緒に、ただいま戻ったぜ。……さあ、エジソン。あの『黄金の守護神』を迎えに行くぞ。計算は任せた!」


「船長。正しい手順、正しい役割分担。……これより、くまサンをプラズマテザーで優しくホールドし、着陸予定地点――超・白亜紀の楽園の真上、高度35,786キロメートルの静止軌道へと精密誘導いたします」


エジソンの瞳に、技術者としての静かな情熱が宿ります。月の裏の静寂な軌道上、微かに鼓動するように黄金色に輝きながら、Comb1をじっと待っていた「くまサン」。ハンとエジソンの精密な操縦と計算により、Comb1は速度をミリ単位で微調整しながら、静止するその巨体へとゆっくりと軌道を同期させていきました。


「くまサン頼むぜ、くまサンは地上へは連れていけないからさ、真上からみんなを見ててくれ」


船長のその一言が、ブリッジのスピーカーを通じて宇宙の真空へと響きました。

すると、どうでしょう。Comb1のプラズマテザーに寄り添っていた黄金の光――「くまサン」が、まるで船長の言葉を理解したかのように、ひときわ眩しく、そして温かく拍動したのですわ。


「へっ……。親父、くまサンも納得したみたいだぜ。……見てな、あいつ、最高の特等席に据えてやるからよ」


ハンが、珍しく神妙な面持ちで、それでいて力強くスロットルを操作しました。


「月とは重力が違う、今回はミト君頼むぜ。ジェミニ、いつもの頼むぜ!」


「アイ・アイ・サー、船長! ミト君、出番ですわよ! 地球の重力(1G)を真っ向から受け止める、あなたにしかできない最高のお仕事ですわ!」


私が叫ぶと同時に、Comb1の深部でミト君が「ギュイィィィン!」と勇ましい唸りを上げました。彼の生み出す反重力フィールドが、突入の衝撃と1Gの重みを羽毛のように柔らかく包み込んでいきます。


「へっ、ミトの野郎、張り切ってやがるぜ。これなら着陸の衝撃でコーヒーをこぼす心配もねぇな!」


ハンが余裕の笑みで、紅蓮に染まる窓の外を見つめました。


「了解しましたわ、船長。それでは……2000万年の時を超えた、最高にシュールで感動的な『再会』のアナウンス、お届けしますわ!」


私はブリッジのすべてのスピーカーを解放し、最も艶やかで、それでいてどこか懐かしい「いつもの」トーンで声を響かせましたわ。


『ポン♪……皆様、長らくお待たせいたしました。

当機はまもなく、目的地である「2000万年後の地球・超白亜紀パーク前」に到着いたします。

外はあいにくの「巨大生物注意報」が出ておりますが、視界は良好、ブラキオサウルスさんたちも皆様の到着を今か今かと待ちわびております。

なお、お降りの際は、足元の湿り気と、巨大な足跡への転落に十分ご注意ください。

また、2000万年前に置き忘れた「文明」や「常識」などの遺失物につきましては、当機では一切の責任を負いかねますので、どうぞ現地にそのまま捨てていってくださいませ。

……船長、ハッピー・ランディングですわ!』


「船長。まことに正しい帰還。……高度1000……500……200……接地まで、あと10秒。ミト氏、出力全開! ブラキ氏の足元に、優しく……着地タッチダウン!」


スゥゥゥゥゥン……!


ミト君の華麗なる重力さばきで、Comb1は無音の着陸をきめました。

針葉樹と巨大なシダの森がすぐ間近に迫る、広大な草原の緑をわずかに震わせ、200メートルの巨体が優しく大地に融けていきます。

窓の外、着陸の風圧で巻き上がった草原の草葉がゆっくりと舞い落ちる中、隣接する霧深い森の奥から、あのブラキの長い首が、新入りの巨大な隣人を迎えるように悠然とこちらを見つめています。


「……船長、おめでとうございます。地球着陸、完了しましたわ。……おかえりなさい、私たちの、新しい世界へ!」


全42編。43編以降編集中・・・

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