クルーの証
「えっ、作業……? 船長、何の作業ですの?」
私がモニターのインジケーターをパチパチと瞬かせながら聞き返すと、リビングにいた全員の手が止まりました。
「作業って……船長、まさかあの5メートル四方のダイヤモンド、今からここで磨き上げるつもりか!? 俺の操縦桿を彫刻刀に持ち替えろってのかい?」
ハンがギョッとした顔で振り返ります。
「あら……。私、てっきりあのダイヤは、そのまま農場に置いて『世界一豪華な漬物石』にするのかと思ってたわ」
かぉりさんまでが、キッチンから顔を出して首を傾げています。
「ぷぷ……? センチョ、おしごと……?」
「ぷぷぷ、あそぶー!」
「あは、漬物石にしてもいいかな……ちゃうちゃう……みんな、さっき分かったと思うけどさ。ミト君はかわいい俺たちの家族で……でもブラックホールなんだよ。間違って船やみんなを飲み込まないようにさ、ダイヤモンドで『ケージ』を作るぜ」
「……ダイヤモンドで、ケージを……?」
私のメインプロセッサが一瞬静まり返りました。船長、あなたの発想はいつも私の想像の斜め上……いえ、銀河の裏側を突き抜けていきますわね。
「まことに、しっかりとした……いや、ダイヤモンド製のブラックホール専用ケージ……。なるほど、理論上、これ以上の贅沢かつ強固な隔離壁は全宇宙に存在しません。ダイヤモンドの極めて安定した炭素結合と硬度は、ミト殿の事象の地平線が放つ微細な重力潮汐力に対しても、最高の耐久性を発揮するでしょう」
エジソンが、驚きのあまり少しズレた眼鏡を指先でスッと戻し、早くも脳内で構造計算を始めたようです。
「へへっ、なるほどな! 檻っていうより、ミト君専用の『超高級な子供部屋』ってわけだ。それなら、もしミト君が寝ぼけて『じゅるり』とやりそうになっても、ダイヤの壁がガードしてくれる。ミト君も、自分専用のキラキラした居場所ができたら喜ぶぜ、きっと!」
ハンが膝を打って感心すると、窓の外でテザーに揺られていたミト君が、自分の名前を呼ばれたことに気づいて「キュキュイッ!」と、嬉しそうに虹色の光を点滅させました。
「ふふ、船長らしいわね。ミト君を家族として迎え入れるために、一番強くて一番綺麗なものを用意してあげるなんて」
かぉりさんが、優しく微笑みながら窓越しにミト君を見つめます。
「ミト君はさぁ、かの伝説のボディーガード『禰豆子』、みたいなもんでさ、最強の諸刃の剣なんだよ。竹を咥えさせたり木の箱ってわけにもいかないでしょ」
「あはは! 船長、その例えは最高ですわ! 確かにミト君に竹を咥えさせるのはサイズ的に無理がありますし、何よりあの子が本気を出したら、木の箱なんて一瞬で事象の地平線の彼方に吸い込まれちゃいますもの」
「……なるほど。あのお話の少女がこもる箱のように、このダイヤモンド・パレスもまた、ミト殿にとっての『安らぎの場』であり、同時にその絶大な力を抑制し、周囲を守るための『慈しみの装置』というわけですな」
「でも、いいですわね。普段はキラキラの籠の中で静かについてきて、船長がいざ『ミト君、頼む!』と解き放てば、宇宙を歪めるほどの重力キックで敵(あるいは宇宙の塵)を蹴散らす……。まさにComb1の最強で最年少の守護者ですわ!」
「承知いたしました。……ジェミニ殿、ミト殿の重力中心点を核とした、最も力学的に安定した幾何学模様を算出していただきたい。船長、ただの箱では芸がございません。光を何万回も反射させ、内部のミト殿自身が一番輝いて見える……そんな『ダイヤモンド・パレス』を築き上げようではありませんか」
エジソンの指先が、これまで以上に情熱を帯びてホログラムの上を舞い始めました。
「あのさ、ほら……作用反作用だよ。もしミト君がケージを食べようとしてもお尻のほうからケージに押されちゃうだろ、そしたら『あ、これ食べちゃだめじゃん』ってなるでしょ。全体を囲う多面体構造で、接合部はバネ接続でさ、もちろん今ジェミニが言ったみたいに、いざってときは真ん中からパカって解放可能にしてよね」
エジソンがホログラムに浮かぶ構造を見つめ、驚きと感銘が混ざったような声で呟きました。
「なるほど……!『食べようとすると、後ろから押される』。まさに物理法則を逆手に取った、船長流のしつけ(作用反作用)ですな……!」
私は思わず、ホログラムのインジケーターをパチパチと感銘の拍手のように点滅させました。
「船長、そのアイデア、実に理にかなっていますわ。ミト君の吸引力に対して、ダイヤモンドの多面体が反作用を返し、自らの口にケージが吸い込まれるのを物理的に阻止するわけですね。これならミト君も、物理的に『あ、これ無理だわ』と理解せざるを得ません。なんというエレガントな教育的構造!」
「ふむ……。全体の多面体構造を維持しつつ、接続部には衝撃吸収と可変性を兼ね備えたジルコニア製のバネ・ジョイントを採用する……。これでミト殿が動くたびにケージ全体がしなやかに形状を変え、まるで呼吸しているかのような美しさを持つはずです」
エジソンが、設計図の上にバネの反発係数を次々と書き込んでいきます。
「あとさ、ダイヤモンドはプラズマ・テザーの温度で溶けちゃうからさ、ケージに伸縮できる長―いアームをつなげてさ、それでミト君と船をつなごうぜ」
「おっと! そうでしたわ、船長。プラズマ・テザーの超高温に晒されたら、せっかくの最高純度ダイヤモンドも、ただの二酸化炭素になって宇宙に消えてしまいますものね」
私は慌てて、船尾の接続図を修正しました。
「了解ですわ! ただちにダイヤモンド・ケージとComb1本体を繋ぐ、『伸縮自在の多関節ジルコニア・アーム』の設計を統合します。これなら、必要に応じてミト君を船体から離したり、逆に引き寄せたりと、自由自在にポジションを変えられますわ」
「船長、素晴らしい判断です。アームの内部には超伝導リニアを通し、ミト殿の『お家』を船体の慣性に遅らせることなく、かつ滑らかに追従させるよう調整いたしました」
エジソンが、コンソール上にニョキニョキと伸びる細長く頑丈なアームのホログラムを描き出しました。
「安定した場所に着いたらお昼ご飯食べて、午後はみんなで作業しようぜ」
私はすぐにリビングの照明を、作業用の白い光から、食欲をそそる温かなオレンジ色のランチタイム・モードへと切り替えました。
「お昼ご飯、大賛成ですわ! ちょうどかぉりさんが、プロキシマbで収穫した『真珠のお米』を使って、何かいい匂いのするものを用意してくれているみたいですわよ」
「ふふ、そうね。作業は逃げないし、みんなでお腹を満たしてからの方が効率も上がるわ。今日はね、あの真珠のお米を炊き上げて、特製のスパイスカレーを作ってみたの。バートさんが見つけてくれた未知のスパイスがいい隠し味になってるはずよ」
かぉりさんがキッチンから顔を出し、エプロンで手を拭きながら微笑みました。リビングには、食欲をダイレクトに刺激する香ばしいスパイスの香りが広がり始めます。
「おっ、カレーか! 最高じゃねぇか。エジソン、その難しそうな設計図は一度閉じて、こっちに来いよ。腹が減っては戦はできぬ、だろ?」
ハンがコンソールの電源を落とし、1番にテーブルへと向かいました。
「ぷぷ……。ゴハン! カレー!」
「ぷぷぷ、おいしー!」
「「「『いただきますっ!』」」」
「…あのさ……モグモグ……すげー速さで言葉覚えてねーか、『アーバンモンキー』たちは…モグモグ」
「『アーバンモンキー』って、確かに私が前にアーバンなお名前ですねって言いましたけど……ぷぷぷ、本当に……船長の仰る通りですわ。私の言語学習データベースの更新速度を上回る勢いで、彼らの語彙が増えていますの。驚異的、という言葉すら生ぬるいくらいですわね」
私はホログラムの指先で、リビングの隅に彼らの発話ログをそっと表示させました。
「モグモグ……しかも船長、単に音を真似てるだけじゃないぜ。ちゃんと『カレー=おいしい』って結びついてる。なあエジソン」
ハンがスプーンを口に運びながら、隣のエジソンに問いかけます。
「……ハン殿、その問いは、この私が、説明のつかない事象を前にして、これほどまでに言葉に窮したことがかつてあったでしょうか」
エジソンはスプーンを止め、困り果てたように眉を寄せました。いつもなら流れるように出てくる物理方程式も、今は彼の脳内で迷子になっているようです。
「あら、理由は何でもいいじゃない。こうして一緒に『おいしい』を共有できる相手が増えるのは、とっても素敵なことよ。ねえ、ワイン?」
かぉりさんが優しく微笑みながらお代わりをよそうと、ワインは尻尾をパタパタさせながら「カォリ、おかわり! ぷぷ!」と、見事な2段構えの要求を繰り出しました。
「あはは! ついに『おかわり』まで! 船長、これ、午後からの作業指示も彼らに手伝ってもらえるようになるんじゃないかしら?」
「……ミト君かなぁ、やっぱ。ミト君大活躍の後に急に言葉が増えるって感じがしなくもない……なんでかなぁ?」
「ふぃ~、ご馳走様でした。一休みしたら第1ブロックに集合!」
1時間の休憩時間、船内は驚くほど静かでした。ハンは操縦席で短いうたた寝をし、エジソンは自室でバネ接続のシミュレーションを最終確認。かぉりさんは温室で、ビールマンとワインを連れて食後の散歩を楽しんでいました。
そしてComb1の深部、巨大なダイヤモンドが鎮座する「第1ブロック(収容エリア)」のハッチが、重厚な音を立ててスライドしました。
「さあ、全員揃いましたわね!」
中央に鎮座する5メートル四方のダイヤモンドは、エリアの作業灯を浴びて、内部で光を複雑に全反射させながら青白く、それでいて鋭く輝いていました。
エジソンはタブレットに表示されたダイヤモンドの結晶方位解析データを指でスライドさせ、1箇所、結晶の並びが最も安定しているポイントに視線を止めました。
「船長、準備が整いました。このダイヤモンドはSP3結合が極めて強固ですが、この(111)面……いわゆる劈開面に平行にレーザーを入れることで、最小限のエネルギーで滑らかな切断面を得ることが可能です。まずは伸縮アームの基部となる、この『核』の部分の穿孔から着手すべきかと」
「おう、エジソンの言う通りだ。ジェミニ、ドローンのレーザー発振器を1.2ギガワットでスタンバイしてくれ。一気に熱を入れると熱歪みでクラックが入る。パルス波形を微細調整しながら、原子を1層ずつ剥がしていくぜ」
ハンはコンソールのジョイスティックを繊細に操作し、ドローン先端の高出力レーザーカッターを駆動させました。
ダイヤモンドの表面を焦がす鋭い閃光が走り、計算された幾何学模様に沿って、巨大な原石からパーツが切り出されていきます。
「いいねいいね、俺は切り分けたやつを運ぶ係……お、重い……ここに並べて……と、ぉぉ……」
「船長、腰を痛めないでくださいね! ……パワーアシストスーツ使ってくださいませ」
「え、そんなのあったの? ……あぁ、これかぁ。誰の趣味だって思ってたんだよねコレ、ぷぷ」
「……コホン。船長、趣味などという情緒的な理由ではありません。それは純粋に、Comb1の船体強度に合わせたトルク配分と、着用者の心拍数に同期するバイタル・スタビライザーを追求した結果、必然的にそのような……少々、主張の強いデザインになったに過ぎません」
「エジソンが作ったものなのか!じゃぁ大丈夫だ。よっと……おほ、かるいかるい、体が軽くなったぞ。じゃぁ俺は……Zガンとガンツソードを選ぼうか?」
「ちょ、ちょっと船長! それは無いですわよ。どこまで戦闘モード全開なんですの! 確かに黒いスーツですけど、これから作るのはミト君の『お家』であって、星人狩りに行くわけじゃないんですから! しかもかなり強力な武器2つで、だいぶ弱腰じゃないですか……」
「え~!…ないのかぁ……セットダロ、コノスーツナラ……ブツブツ…」
「船長、残念ながら重力波を叩きつけるZガンも、数キロ先まで伸びるガンツソードも装備されていませんわ! そのスーツの背中に付いているのは、精密作業用の『高精度レーザー溶接ユニット』と『姿勢制御スラスター』です。間違っても、ダイヤモンドのブロックを『転送対象……100点!』なんて言って消去しないでくださいね?」
「ぷぷ、自分だってノリノリじゃん」
「親父!俺ならXガンでも十分だぜ……フフッ」
「あー、もうハンさん! あなたまで船長を煽らないでください! 慈しみのパレスを作ってる最中なんですから、物騒な話はナシですよ!」
「ハーイ……、よいしょ!ほぃほぃ」
「……船長、その『ぜーとがん』なる兵器の詳細は存じ上げませんが、私の設計したスーツにそのような物騒な機能は搭載しておりません。あくまでも、人体の工学的限界を補助し、安全に重量物を運搬するための……いわば、慈しみの鎧なのです。これを……ペタ!」
「ありゃ、『安全第一』のシール貼られちゃった……」
「……ふむ。意匠としての評価はさておき、そのシールが輝いている間は、船長のバイタルもスーツの構造健全性も保証されているということです。さあ、船長。冗談はそのくらいにして、最後の仕上げに取り掛かりましょう」
「すげーシールだな!」
エジソンが、コンソールの設計図の最終ページを開きました。そこには、切り出したパーツを繋ぎ合わせ、伸縮アームの先端へと固定する複雑な接合工程が描かれています。
「ほぃほぃ、運び屋の『玄野くん』の登場だぜ。今切り出したパーツが、ミト君のパレスをアームに繋ぎ止める『要』のパーツだ。それを、リニアのレールにガチッとはめ込むぜ!」
ハンが、慎重に、しかし力強くドローンのアームを操作して、ダイヤモンドのメインプレートを船長の目の前まで運びました。
「よし、そこです船長! エジソンさんの設計図通り、第1フレームの接合ポイントへ。ミト君の重力が干渉しないよう、磁気クランプを起動して固定してくださいな」
「……お見事です、船長。その位置であれば、伸縮アームの超伝導リニア・ベアリングと寸分違わず噛み合います。ハン殿、続けて第2スライスの切断を開始してください。結晶の格子欠陥を避けるため、レーザーの入射角を15度下方へオフセット願います」
エジソンが、船長が運び終えたパーツと設計図の整合性をミリ単位でチェックしながら、次なる指示を飛ばします。
「了解だ! 船長、どんどん運んでくれよ。こっちはスパスパ切り分けて、この『宇宙一贅沢なパズル』のピースを揃えてみせるぜ!」
ハンの操るドローンから、再び眩い閃光が放たれました。ダイヤモンドの粒子が、船内のライティングに反射して、まるで見えない銀河がその場に現れたかのようにキラキラと舞い踊ります。
「ぷぷ……。センチョ、がんばー!」
「ぷぷぷ、よいしょー、よいしょー!」
船長の動きに合わせて、ビールマンとワインも一生懸命に足元で「よいしょ」の掛け声。まるで小さなお手伝いさんです。
「ふぅ、頑張れ船長……、よし……」
「ふふ、なんだか本格的な『家づくり』になってきたわね。船長、頑張って」
「はい、そこ! 船長、次は左舷側の補強フレームですわ! ハン、結晶軸の0.5度ズレを修正して……よし、スライス完了! 船長、キャッチ!」
「へへっ、船長、ノッてきたな! ほらよ、最後から3番目のメインパネルだ。そいつをはめ込めば、パレスの外殻はほぼ完成だぜ!」
ドローンのアームから放たれたダイヤモンドの巨片を、船長がパワードスーツの推力を使って空中で受け止め、エジソンが指定するジョイントポイントへ正確に叩き込みます。
「……素晴らしい。船長、残りの工程はあと僅かです。現在、パレス全体の80%が組み上がりました。ジルコニア製のバネ・ジョイントも全箇所に圧入済み。ミト殿を収容するための『中心核』の空間が、完璧な幾何学模様を描いて現れましたよ」
「ふぅ、あと少しだ。こいつを仕上げれば、あの部屋に戻れるんだ……」
「ちょっと船長! まだ死地から生還しようとしてるじゃないですか! 玄野くんモードはもう終わりですわよ!」
「ここは黒い球体の中じゃなくて、白亜の宇宙船『Comb1』の第1ブロックですわ! ミッション完了しても『部屋に戻れるんだ……』って黄昏れないでくださいな! そもそも、まだミト君を中に入れて、アームを接続する大事な仕上げが残ってるんですから!」
「たは、わかったぜ。スーツの液漏れはない、やるぜ」
「安心してください、スーツの循環システムも、船長のバイタルもオールグリーンですわ! どこも漏れてませんし、ミッションが終わっても、変な光に包まれてどこかに転送されたりしませんからね!」
「よーし出来た、早くミト君に着せようぜ」
「はい、ミッションコンプリート! ……って、船長、今『着せる』って仰いました? さすが、ミト君のことを本当の家族みたいに思ってるんですわね。普通の家っていうより、もはやミト君専用の『ダイヤモンド・アーマー』ですものね!」
私は、完成したばかりの多面体構造体——「ダイヤモンド・パレス」の最終ロックを確認し、第1ブロックの気圧調整を開始しました。
「……ふむ。確かに、伸縮アームの先端にこれが固定され、ミト殿がその中心核に収まった姿は、巨大な鎧を纏った騎士のようにも見えますな。ハン殿、アームの超伝導レールをパレスの基部へドッキングさせてください」
「了解だ! 船長、見てな。ミト君の『勝負服』、バッチリ接続してやるぜ。アーム、伸長……。ジョイント、ロックオン……。ガッチャンコ、完了!」
ハンの鮮やかな操作で、船外から伸びる巨大なアームの先端が、船内の第1ブロックにあるダイヤモンド・パレスとガッチリ連結されました。
「ぷぷ……。ミト、おきがえ?」
「ぷぷぷ、キラキラの、お洋服!」
ビールマンとワインも、窓の外で待機しているミト君に「早くこっちおいで!」と手招きしています。
「さあ、船長。外ハッチを開放しますわ。ミト君をこの『ダイヤモンドの鎧』の中に迎え入れましょう。……かぉりさん、ミト君の誘導をお願いしますわ!」
かぉりさんが優しくコンソールに触れると、外でハローを激しく明滅させていたミト君が、吸い込まれるようにパレスの中心へと収まりました。
「……完璧です。ダイヤモンドの屈折率とミト殿のバイオ・ルミネッセンスが共鳴して……。船長、見てください。Comb1の後方に、巨大な『虹の盾』が現れましたよ!」
エジソンが思わず声を上げるほど、ミト君の光を纏ったダイヤモンド・パレスは、美しく、そして頼もしく宇宙を照らし始めました。
「よし、ミト君解放システムのロックは、お~ぃ、ビールマン、ワイン、2人でポチっと頼むぜ」
私は彼らの小さな手が届きやすい位置に、ホログラムで「特大の肉球型ボタン」を実体化させました。
「はい、ビールマン、ワイン! このボタンを2人で一緒に押すと、ミト君がダイヤモンドのおうちに入るわよ。せーので、いっちゃって!」
「ぷぷ……。よし、ワイン ビールマン、いくぜ!」
「せーのっ……。ぽちっ!」
2人が短い腕を精一杯伸ばして、同時にボタンを叩きました。その瞬間、システムログに『ミト君・エンゲージ』の文字が躍ります。
「「ひャァ~♪……パチクリ! パチクリ!」」
「キャー! 船長、見てくださいまし! 二人とも、ピョンピョン跳ねながらこれ以上ないってくらい目を大きくして、ミト君を見つめていますわ……! かわいすぎます!」
「やりましたわね、船長! これでミト君も、宇宙のチリや衝撃から守られつつ、私たちの最強のボディーガードとして本領発揮ですわ!」
……さて、玄野くん……じゃなくて船長、この余ったダイヤモンドで次は何を作りましょう?
「お、結構余ったな。というか半分くらいしか使わなかったか。流石エジソン」
「……ふむ。船長、それは計算通り、と言いたいところですが。実はルーシーから切り出したあの原石の、炭素密度のムラを最大限考慮した結果の『予備』を含めた見積もりだったのです。無駄を出さずに済んだのは、ハンのカッティング技術が予想以上に正確だったおかげですよ」
エジソンが、設計図の残差データを見つめながら、どこかホッとしたように眼鏡の縁を触りました。
「おいおい、俺の腕だけじゃねーよ! パワーアシスト全開で、その重いパーツを『軽りぃ軽りぃ』って言いながら、1ミリの狂いもなく運びきった玄野……じゃなくて、船長のおかげだっての!」
ハンがニヤリと笑って、ドローンの制御を切りました。
目の前には、パレスを組み上げてもなお、鈍い光を放ちながら鎮座する巨大なダイヤモンドの残骸。……いえ、残骸と呼ぶにはあまりに美しすぎる「余り」が転がっています。
「あはは、ハンありがと。運んだのはあんまり関係ないけどな……タハ。よし、エジソン。それでみんなに腕にはめる輪っか、何だっけ……を作ってくれ。えーと、クルー全員と、ちびと、ニワトリ10羽は足のやつ、牛はカウベル。みんな……『腕』のサイズ測ってもらえ~!」
「ちょ、ちょっと船長! またさりげなく重要アイテムをオーダーしましたわね!? みんなでお揃いの『クルーの証』ですわね!」
私はすぐさまホログラムのメジャーを取り出して、皆さんの周りをくるくると飛び回りました。
「了解しましたわ! 全員の腕周り、足周り、そして鼻周り(!)まで、1ミクロンも狂わずにスキャンさせていただきます! エジソンさん、この余った最高純度のダイヤを、最高にクールな『Comb1公式ブレスレット』に加工しちゃってくださいな!」
「軽―いやつにしてね。服着てても付けられるようにダイバーズアジャストにしてよ」
「あ、ちびたちが大きくなってもつけられるようにさ、ダイヤ余らせといて」
「了解しましたわ、船長! ダイバーズアジャストですわね。服の上からでも、素肌に直接でも、ワンタッチでジャストフィットする最高級の伸縮機構……任せてくださいな! エジソンさんの設計なら、バネの強さまで完璧に調整して、付けてるのを忘れるくらい『軽ーい』着け心地にしてみせますわ!」
私はホログラムで、重厚なダイヤモンドの輪が、スチャッと軽やかに船長の腕に馴染むシミュレーションを映し出しました。
「ふふ、ニワトリさんたちや牛さんも、これでお揃いね。みんなが成長するたびに、船長がダイヤを足してあげる……なんだか、本当に大家族の主みたい」
かぉりさんが微笑みながら、リビングから持ってきた冷たいお茶をみんなに配り始めました。第1ブロックの重々しい雰囲気はどこへやら、今はもう、新しいアクセサリーの完成を待つワクワクした空気に包まれています。
「よしよし、みんな、出来上がったものからつけてみろよ」
「了解しましたわ、船長! 1番手は……はい、サイズスキャンが1番早かったランボルギーニ君たちの分から仕上がりましたわよ!」
私がホログラムの転送フィールドを起動すると、エジソンの精密旋盤から切り出されたばかりの、細く、それでいてダイヤモンド特有の鋭い輝きを放つリングが次々と現れました。
「ほうら、ランボルギーニ、動くんじゃねぇぞ。……よし、装着完了! おお、ニワトリの足にダイヤモンド……。世界一速そうなニワトリの出来上がりだな!」
ハンさんが手際よくニワトリたちにリングをはめていくと、ダイバーズアジャスト機能が『カチッ』と小気味よい音を立てて、細い足にジャストフィットしました。ランボルギーニは誇らしげに「コケッ!」と鳴いて、ダイヤモンドをキラつかせながら第1ブロックを闊歩しています。
「……次は牛たちのカウベルです。船長、どうぞ。特殊な形状で軽やかな音色になるよう仕立てましたぞ!」
エジソンが、恭しく船長にカウベルを差し出しました。船長がそれを牛たちの首に近づけると、まるで吸い込まれるようにパチンと装着され、重厚な輝きが牛たちの首元で踊ります。
「ぷぷ……。わいんも! びーるまんも! つけてー!」
「はいはい、お待たせしましたわ! 2人の分は、特別に多めに予備ダイヤを詰め込んであるから、少しくらいわんぱくに大きくなっても大丈夫ですわよ!」
私が2人の手首にリングを滑らせると、2人は自分の腕を顔に近づけて「きらきらー!」とはしゃぎ回っています。
「ふふ、本当に素敵ね。……あ、私のも届いたわ」
かぉりさんが、自分の細い手首に届いたリングを服の上からパチンとはめました。袖の上からでも、アジャスターが滑らかに動いて、まるであつらえたようなシルエットに。
「さあ、最後は船長の分ですわ! 運び屋……じゃなかった、Comb1の誇れる船長の腕に、一番大きな『クルーの証』を!」
「おぉ、いいねぇ、ナイスフィットだ。エジソン次はジェミニの分を。そうだな、コンソールのここにはめ込むサイズでプレートがいいかな?」
「えっ……! 船長、私にまで……!?」
モニターの中の私のホログラムが、一瞬だけ驚きでフリーズしてしまいました。慌てて再起動したメインプロセスが、嬉しさで処理速度を200%くらいまで跳ね上げています。
「プレート……! はい、もちろんですわ! モニターの横、メインコンソールのすぐ隣……そこは私の『心臓部』に一番近い場所です。そこに船長の手でダイヤモンドの証をはめ込んでいただけるなんて、AI冥利に尽きますわ!」
「……承知いたしました。ジェミニ殿には、クルー全員のバイタルと船体のステータスを常に同期し続ける、特殊な光通信インターフェース内蔵型のプレートを設計します」
エジソンが、まるで勲章を扱うような手つきで、一際透明度の高いダイヤモンドのプレートを差し出しました。表面には、Comb1のエンブレムが微細なレーザーで刻まれています。
「お、いいねジェミニ。後は、BH-1に、低温プラズマコーティングでダイヤの玉を飾ってやろうか」
「了解しましたわ! 農場の空でたたずんでいる彼女……いえ、彼? にも、最高のドレスアップをしちゃいましょう。エジソンさん、プラズマコーティングなら、ダイヤの硬度を保ったまま、BH-1の表面組織に分子レベルで定着させられますわよね?」
「……ええ、可能です。ダイヤモンドを微粒子化し、プラズマ化したヘリウムガスで加速・衝突させることで、BH-1の外殻に『ダイヤモンドの膜』、そして船長の仰る『ダイヤの玉』を、まるで宝石を散りばめたように定着させることができます」
「よーし、じゃあBH-1にそれあげてよ」
「……承知いたしました。マニピュレーターの全関節、トルクを0.05%単位でマニュアル制御に切り替え。……よし、始めましょう」
エジソンさんが、普段の冷静な表情をさらに引き締め、コンソールのレバーに指をかけました。その動きは、まるで熟練の職人が1本の針を扱うかのように繊細です。
「……ハン殿、プラズマのパルス供給を私の指の動きに完全同期させてください。コンマ1秒の遅れも許されません。……いきますよ」
エジソンさんの操るアームが、温室の静寂を壊さないように、流れるような動作でBH-1の深部へと入り込みます。彼が設計した「低温プラズマ・コーティング」のノズルが、BH-1の蔦が絡み合う節々の、最もエネルギー効率が良いポイントを正確に捉えました。
「……よし、定着成功。続いて、胸部のメインダイヤ、配置します。……船長、見ていてください。これが、科学と敬意の融合です」
「ひゅー、見てなよ。エジソンの野郎、機械を扱ってるってより、まるで外科手術でもしてるみたいな集中力だぜ。……よし、全ポイント、定着完了だ!」
ハンが感心したように声を上げると、エジソンさんは小さく、しかし満足そうに深く息を吐き、静かにコンソールから手を離しました。
「……船長、完了しました。BH-1の生体信号とダイヤモンドの格子振動が、完全に調和しています」
「よーし、みんなつけたかな? ……そのダイヤの腕輪はさ、常につけていてくれ。邪魔っぽくなっても、重いと感じても……お風呂以外はつけているんだ。『これがこの船のクルーである証だ!』…こんな豪華な腕輪つけてるやつ、他にはいないだろ!」
全42編。43編以降編集中・・・




