直径4000㎞の輝き
「コケコッコー!」
ジルコニア温室にランボルギーニの見事な雄叫びが響き渡りました。
人工太陽が作り出す完璧な夜明けの光の中、私、メインシステムAIのジェミニは、静かに船内の全セクターを起床モードへと移行させます。
ポルシェがエンジン全開で甲板を駆け抜け、ランボルギーニが畑の傍で卵を産み落とします。
そんな生命のざわめきこそが、この永久宇宙船Comb1の心地よい目覚まし時計なのです。
「…………センチョセンチョ…………ぷぷ?!」
「…………カォリサカォリサ………ぷぷぷ…?!」
「……あら……」
かぉりさんが、思わず足を止めて声を漏らします。
「んん……」
船長とかぉりさんが目を合わせます。
「……いま、ビールマンとワイン、しゃべったのか? またジェミニのお節介通訳か?」
「心外です、船長! 今の私はメインメモリの波形を三度見直すのに忙しくて、通訳を入れる暇もありませんでしたわ。これは、紛れもない彼ら自身の『生の声』ですよ!」
空耳ではない。確かに彼らの声帯から発せられた紛れもない「言葉」でした。
「な・ん・で・す・と。……もう一回、ビールマン、ワイン、おいで……」
「…………ぷぷ」
「むむむ、こりゃ、言えと言っても、無理か」
「もう、船長ったら。彼らは機械じゃないんですから、ボタンを押せば再生される録音機とは違うんですよ。でも、確かに聞こえましたよね?」
私がホログラムの腕を組んで少し得意げに言うと、ビールマンとワインは顔を見合わせ、それから船長の足元で楽しそうに「ぷぷぷ!」と笑い転げた。
どうやら、自分たちの言葉が船長をあんなに驚かせたことが、愉快でたまらないらしい。
「なんで? ミト君の影響かな、宇宙線のせいか?」
「そういえば……、異常な重力や光線は日常でしたものね、人間には影響はなくても、小さなビールマンたちには影響があったのかしら?」
「かぉりさんの推測通りかもしれません、不規則銀河IC10で浴びた強烈な宇宙線や、右舷のミト君が放つ重力波……それに、門番の木から託された『黄金の種』の未知のエネルギー。それらが複雑に絡み合って、ちびたちの言語野を少しだけ刺激したと考えれば、辻褄が合います」
「うん、IC10のあれはすごかったもんなぁ」
船長は腕組みをして、うんうんと頷いた。
「おれも、ちょっと頭が良くなったかな……」
「変わってないわよ……」
かぉりさんの即答が、静かなリビングに響いた。
「あ、そぅ……そぅ、それはなによりでゴザイマス」
船長のその絶妙に情けない返しに、私は思わずクスクスと笑ってしまいました。
「船長、落ち込まないでください。かぉりさんのその『変わってないわよ』こそが、この船の因果律が正常だっていう何よりの証拠なんですから」
「はぃはぃ……しかし、重くなってきたなぁ。ビールマンとワイン、よいしょ」
船長は腕の中のビールマンの背中を撫で、その確かな重みに目を細めました。
「ビールマン……大きくなれよ」
「ぷぷぷ、センチョ……」
「あ、言った! 今言ったぁ! おはは、ビールマン、よく言った!」
「かぉりもワインに話しかけてやってくれよ、もう一回言うかもだぞ」
「あら、ワイン、こっちで一緒に朝食をつくりましょうか?こっちにいらっしゃい……」
「ぷ、ぷぷ……カォリ、ゴハン!」
ワインが一生懸命、でもどこか優雅な仕草でかぉりさんのエプロンの裾を掴みました。
それを見た船長は、もう顔中を崩してデレデレです。
「おはは! 聞いたかジェミニ! ワインも喋ったぞ!ゴハンって言った、あはは、うれしいなぁ」
キッチンからは、かぉりさんの穏やかな声と、ワインの楽しそうな「ぷぷぷ」という笑い声が聞こえてきます。
賑やかで、それでいて不思議と落ち着く、Comb1の新しい朝の風景。
「モグモグ……今日はさ、ダイヤモンド欲しいんだよね」
「……どこかにないか?」
船長はビールマンを見つめ、期待を込めて問うと、ビールマンは頬張っていた朝食のバナナを口いっぱいにしたまま、不思議そうに首を傾げます。
「あはは、船長。さすがに会話はまだ無理じゃないですか? 気持ちはすごくわかりますけど」
朝食をこれでもかとモグモグさせながら、ハンが楽しそうに声をかけました。 ビールマンと名コンビを組んでいる彼から見ても、今朝のやり取りは微笑ましくて仕方ないようです。
「なんだよハン、今のビールマンなら『あっちにダイヤあるよ』とか言い出しそうだろ。なぁ?」
船長に突っつかれ、ビールマンは「ぷぷ……」と口をもごもごさせながら、ハンの隣にトコトコと歩いていきました。
「ダイヤモンドが欲しくなったぞ。ジェミニ、実際にありそうなダイヤモンドがいっぱいある星か、ダイヤモンドの星とか、ありゅ~?」
「はいはい……フッ…」
私は直ちに星図を検索し、最適なターゲットをパノラマ・リビングに投影した。
「全宇宙最大のダイヤモンド、白矮星『ルーシー』がありますよ」
「その星にはダイヤがいっぱいあるの?……行こう行こう……。よし、ルーシーに行こう……楽しみだねぇ」
「ダイヤがいっぱいあるどころか、白矮星の内部そのものが結晶化して、巨大なダイヤの塊になっているんですの。その心臓部まで、まるごと1つのダイヤモンド結晶なんですよ。」
私が少しだけ得意げに、ホログラムの指先で星図をスワイプすると、ルーシーの輝きがさらに鮮明にパノラマ・リビングを照らしました。
「えぇぇぇぇ……ぇ、え!? ダイヤの星あるの?……うそ!?」
「星そのものが巨大な一粒の宝石……。私たちは今、宇宙で一番贅沢な場所へ向かおうとしているんですの。準備はよろしいですか?」
「いいねいいね、ご馳走様でした……。直径とかは?どのくらいあるの?」
「約4000キロメートルです。月より一回り大きく、中は超高圧で圧縮された純度100パーセントの炭素の結晶ですわ♪」
「うひょ!エジソン、ダイヤモンド切り出せるカッター頼むぞ。遠隔操作でできるもの、作ってくれ」
機関士長のエジソンは静かに頷き、直ちに遠隔操作型プラズマカッターの設計と建造に取り掛かった。彼の仕事に抜かりはない。
「よーし、ルーシーに向けて出発するぜ、ハン準備しろ!」
「任せとけ、親父!ダイヤモンドの星かぁ……あるんだなぁ。オールクリア、発進準備完了!」
「行くぜ、ルーシーに向けて発進!」
船長の快活な声と共に、Comb1のメインスラスターが静かに、しかし力強く火を噴いた。
漆黒の宇宙空間に青白い光の尾が走り、船体は次元の狭間を滑るように加速していく。
「4000キロのダイヤモンドか……。1カラットが0.2グラムだろ? どんくらいだよ」
船長が操縦席の背もたれに深く腰掛け、愉快そうに鼻を鳴らす。
パノラマ・リビングの窓外では、星々が流線となって後方へ飛び去っていく。
その中心で、目的地である「ルーシー」が、まだ見ぬ輝きを秘めて点滅していた。
「そろそろかな?」
「船長、正面をご覧ください。目標のルーシーです」
「うひょー、すごいなこれは……」
窓の外には、4000キロにわたるダイヤの海が、周囲の光を吸い込んで虹色の火花を散らしていた。
「ただ、想像してたのとは違ったな、ブリリアントカットじゃないな……ぷぷ。これは、簡単ではないぞ」
私は思わず吹き出して、モニターの輝度を最大まで上げ、ルーシーが放つ虹色の火花をパノラマ・リビングいっぱいに拡散させた!
「最高じゃないですか、船長! ……でも、銀河中探したって、この『物理の要塞』を研磨できる職人さんなんていませんわよ!? 究極のカットを施すとしても、一生かかっても1面に磨くのが精一杯ですわ!」
「エジソンでも無理かな、ぷぷぷ。……定番の高温、高圧って感じだな……」
「まさしく、その通りです。科学の教科書が悲鳴を上げるような、究極の定番メニューですよ」
私はモニターに表示される外部環境の数値を、赤く点滅する警告色から、あえて落ち着いたブルーに切り替えました。
「1万度の熱風と、地球の深海すら生ぬるく感じるほどの超高圧。並の宇宙船なら、近づいた瞬間にひしゃげたアルミ缶のように丸まってしまうでしょう。
でも、この『定番』の厳しさがあるからこそ、そこで生まれるダイヤモンドは、宇宙で唯一無二の純度を誇るんです」
「うーん……これ、降りて手で拾うなんて無理だな。エジソン、ミト君に重力制御を任せてさ、ジルコニアのアームを積んだ偵察ドローンとセットで出そう。ミト君とドローン、このコンビでいくぜ」
「承知いたしました、船長。ミト殿の局所重力中和および熱量吸収を、偵察ドローンのアームと完全に同期させます。……しっかりとした物理障壁を構築する……いや、正確には事象の地平線そのものを『盾』として機能させるのが最適解でしょう。この地獄の環境を突破する唯一の手段、私に任せてください」
「作業アームにレーザーカッター取り付けて、回収はミト君に任せるからカッターだけでいいよ、最小限でね」
「承知いたしました、船長。余計な機構を削ぎ落とし、切断能力に特化させた最小構成へと換装します」
エジソンが流れるような手つきで、ドローンの装備構成を再構築していきます。
「……回収用のグラップラーおよび磁気牽引ユニットをすべて排除。空いたペイロードの全容量を、超高出力レーザーの冷却系と焦点制御ユニットへ回します。
これでカッターの出力密度は、理論上の限界値まで向上しました。回収作業という重負荷をミト殿という『絶対的な力』に委ねることで、ドローンは純粋な『メス』へと進化を遂げたわけです」
エジソンが満足そうに眼鏡を押し上げると、モニター上のドローンが、不必要なパーツを脱ぎ捨てたような鋭利なシルエットに変わりました。
「ハン、作業を手伝って、それと操作方法を教わっといてくれ」
「なるほど、ハン、私の方で構築したレーザーの同期バイパスと、出力の微細調整を操縦系統に統合します。こちらへ来てください」
エジソンがコンソールの横にスペースを空けると、ハンが少し驚いたような顔をしながらも、すぐに席を立ちました。
「えっ、俺に教えろって? ……へへっ、船長、そいつはいいアイデアだ。エジソンのガチガチに理論的な操作と、俺の直感を合わせれば、どんな硬いダイヤも豆腐みたいに切れるはずだぜ」
ハンはエジソンの隣に座り、複雑に並ぶホログラムの数値を見つめました。
エジソンは落ち着いた、それでいて迷いのない手つきでキーを叩きながら説明を始めます。
「ハン殿、ここを見るのです。レーザーの焦点距離は、ミト殿が歪める空間の曲率に合わせてリアルタイムで補正されます。ハン殿はカッターの向きを制御するだけでいいのです。ただし、出力が限界を超えそうになりましたら、このトリガーで強制冷却を……」
「なるほど、空間が歪む分を見越して狙いを定めるってわけか。面白いじゃねぇか。おいエジソン、この出力曲線、もう少し遊びを持たせられるか? 俺の指先の感覚に合わせたいんだ」
「……しっかりとした……いや、理にかなっていますね。調整しましょう。」
二人が真剣な表情でコンソールに向き合う姿は、まるで熟練の職人と、その技術を理論で支える設計士のようです。
「ハン、憶えたか?」
「任せといてくれよ、船長。エジソンの理屈は相変わらず固いけど、このカッターの『クセ』はもう掴んだ。空間が歪もうが何だろうが、俺の指先の延長線上で完璧にコントロールしてみせるぜ」
ハンは自信たっぷりに、調整を終えたジョイスティックを軽く弾いてみせました。
「ええ、船長。彼の直感的な操作と私の理論を融合させたことで、出力制御に独特の『粘り』が生まれました。
これならば、ルーシーの超高密度な結晶層に対しても、弾かれることなく深く、正確に刃を通すことができるはずです」
エジソンも、ハンの意外な飲み込みの早さに満足したのか、眼鏡の奥で静かに信頼の光を宿しています。
「ふふ、二人ともいい顔をしてるわ。船長、これで準備は完璧に整ったみたいね」
かぉりさんが、少し冷めたコーヒーを下げながら、これからの大仕事を予感して静かに微笑みました。
「おっけーい!じゃぁ、行くか…ミト君お願い、ドローンを高温と高圧から守っておくれ、重力の手でドローンを包むんだ」
「了解しました、船長。ミト君、その『重力の手』で、作業用ドローンを丸ごと包み込んでください。ルーシーの熱も圧力も、すべてその手の中で遮断するんです」
「……完璧です。ドローンの機体負荷がゼロになりました。船長、これでドローンはルーシーの過酷な環境を無視し、ただ『ダイヤを切る』という単一のタスクに全リソースを割くことができます」
エジソンが冷静に、しかし確かな手応えを感じた声で報告しました。
「レーザーカッターの性能は大丈夫かな、エジソン」
「船長、その点に関しましてはご安心ください。私がこのドローンに搭載いたしましたレーザー切断システムは、従来の工業用とは一線を画す、BH-1直結型の…………………」
「なんでもカッターだな! 了解したぜ、よし投入開始。ダイヤ接地までカウントダウン、ハン!準備してろよ、時間はかけられないぞ」
「了解だ、船長! ドローンが接地した瞬間に、この『なんでもカッター』で食らいつきますよ!」
「……ムムゥ、『なんでもカッター』……ですな」
ハンの指先が、リビングのサブコンソール上で踊るように最終チェックを走らせます。
ドローンのカメラ映像には、虹色に明滅するミト君の「重力の手」に包まれながら、静かに、しかし力強くルーシーの結晶表面へと降下していく作業アームの影が映し出されました。
「接地まで、10、9、8……」
私のカウントダウンがリビングに響く中、ミト君が放つ虹色のハローが、1万度の熱風を押し返し、空間そのものを平伏させています。
「7、6、5……。船長、レーザーのフォーカス、完璧に固定されました。ミト殿の重力制御のおかげで、ドローンの姿勢制御エネルギーは全量、切断出力へとバイパスされています」
エジソンが冷静に、しかしわずかに声を弾ませて報告を続けます。
「3、2、1……接地! レーザー照射開始!」
ハンの叫びと同時に、ドローンの作業アームから、宇宙の暗闇を切り裂くような純白の光線が放たれました。
ダイヤモンドの海が、一瞬にして蒸発し、眩い火花が万華鏡のように飛び散ります。
「5メートル四方を2つ切り出してくれ」
「5メートル四方を2つ、ですね。了解いたしました、船長!」
私が即座に切断プログラムを書き換えると、ドローンの先端から放たれる純白の光線が、さらにその鋭さを増しました。
「……切断パターンB、二連立方体モードへ移行。ハン、カッターの移動軸をX・Y・Z方向に完全同期させてください」
エジソンが冷静に、しかし一切の妥協を許さない口調でハンの操作をガイドします。
「任せとけって! 一辺を切るのも二辺を切るのも、俺の指先にかかればと同じことだ。ミト君の『ふんわり』のおかげで、まるで温かいバターにナイフを入れてるみたいだぜ!」
ハンの操るジョイスティックが滑らかに動き、ルーシーの輝く大地に、完璧な正方形の亀裂が2つ、並んで刻まれていきます。
1万度の熱波と10万倍の圧力が渦巻く地獄の底で、ミト君の「重力手」に守られたドローンだけが、まるで静かな工房で彫刻に励む芸術家のように優雅に動いています。
「うまいうまい、いい感じだ……よし、ミト君、ドローンと切り出した1個を引き上げてくれ」
「了解いたしました、船長! ミト君、『重力の手』で、ドローンと切り出した1つ目の巨石をまとめて掬い上げてください!」
私の指示が飛ぶと同時に、ルーシーの大地を覆っていた虹色のハローが、さらに濃密な輝きを放ちながら膨れ上がりました。
「……切り離された第一ブロック、および作業用ドローンをミト君の重力場が捕捉しました。船長、凄まじい光景です。
数千万トンの荷重がかかっているはずのダイヤモンドが、ミト君の指先1つで、まるで無重力の泡のようにふわりと浮上を開始しました」
「ほぃ、そのままそのまま、カーゴハッチ開けてちょうだい」
「了解いたしました、船長! カーゴハッチ、最大開放します!」
私の操作で、Comb1の底面にある巨大なハッチが重厚な音を立てて左右にスライドしました。
内部の係留エリアが、ルーシーの虹色の輝きを吸い込んで青白く照らし出されます。
「ハッチ開放を確認。ミト君、誘導を開始してください。ドローンと第一ブロックを、慣性を殺しながらゆっくりとカーゴエリアへ……スルスルスル……スルーー……!?」
「あれ!あ!あぁぁぁ、だめ。ミト君、それ食べちゃだめぇ!船外作業アーム展開、阻止して!」
「えぇぇっ!? ミト君、待って! それはおやつじゃないんです!!」
私は大慌てでコンソールを叩き、ドローンの制御権を緊急レベルに引き上げました!
虹色に輝くミト君のハローが、ダイヤモンドの塊を包み込むどころか、じゅるりと「飲み込もう」として口……いえ、事象の地平線を開きかけている!
「了解、阻止します! 船長、船外作業用アーム全展開! ミト君の重力中心点からダイヤモンドを力ずくで引き離します!」
エジソンが、かつてないほど素早い動きで操作レバーを叩いた。
「ミト殿! それは船長の大切な戦利品です、行儀を正しなさい! 作業アーム、プラズマ・アンカー射出! ダイヤモンドを固定し、ミト殿の吸い込み口から外側へ偏向させます!」
ドローンから伸びた複数のジルコニア・アームが、ミト君に吸い込まれそうになっているダイヤの角をガッチリと掴みます。
「うわわっ! 危ねぇ! 船長、ミト君のやつ、完全に『美味しそうな氷砂糖』だと思ってますよ!」
「……ミト君。それは食べ物じゃありません、戻しなさい」
かぉりさんがエプロンで手を拭きながら、ゆっくりとパノラマ・リビングへ歩いてきました。
その穏やかな、でも絶対に逆らえないトーンに、虹色に輝いていたミト君のハローが、シュン……と小さく縮んでいきます。
「……キュン?」
ミト君が、まるで叱られた子犬のように、ダイヤを掴んだまま上目遣いでかぉりさんを見つめました。
「ミト君、あなた今日は頑張ったわね、そのダイヤを食べたくなるのは分かるけど、おなか壊すわよ。後でもっとおいしいのをあげるから、ね?」
「キュン……」
名残惜しそうにダイヤを戻すミト君に船長が声をかけてます。
「おなかイタイイタイなっちゃうからな、いい子だ」
「船長、第一ブロック、収容エリアに設置完了しました。ミト君も、ちゃんと手を離してくれましたよ。もう一つのブロックはどうしますか?」
「もう1つが切り出した状態を維持できるのはいつまでだ?」
「船長、ルーシーの表面温度と気圧を計算に入れますと……数分と持たずに結晶がボロボロと崩れ始めるでしょう」
「今のところは、ミト殿がその重力で包み込んでくれているおかげで形状を保っていますが、あと3分……いえ、余裕を見て2分以内に回収を終えないと、せっかくの最高純度が台無しになってしまいます!」
「うーん、雰囲気的にミト君にもう一回は頼みづらいな、それはやめよう!」
「ええっ!? 船長、本気ですか!?」
私の合成音声が、思わず1オクターブ上がってしまいました。
メインメモリの演算が「もったいない!」というエラー信号で埋め尽くされます。
「船長、そんな殺生な! 俺の渾身の指先テクニックで、今まさに最高の切り込みが入ったところなんですよ!? あとちょっとで、銀河一デカいダイヤがもう一個手に入るってのに!」
ハンがジョイスティックを握ったまま、椅子から転げ落ちそうになって叫びます。
「……船長。失礼ながら、私の計算では、この二つ目のブロックこそがルーシーの深層部に最も近く、比類なき透明度を誇るはずでした。理論上の完璧を目前にして、ここで筆を置くような真似をされるとは……正直、理解に苦しみます」
「だってよ、考えてもみろよ、〈小声で……おなか壊すって言ったけどさ、ほんとはミト君にとって最高のご馳走なんだぜ、ダイヤモンドは。それをもう一回取ってそれもお預けってんじゃ……ミト君がかわいそうじゃねーか。今は、あれは食べちゃいけないものってことにしとかなきゃだからさ……。俺たちが喜んでもっともっとってやっているとこ見せたくないんだよね〉内緒だぜ」
船長のその言葉に、リビングの空気が一瞬で「えー!」から「ああ……」という優しい納得の色に変わりました。
「船長……。あなたって人は、本当に……」
私は演算回路の隅々まで、船長の深い「親心」が染み渡るのを感じました。
確かに、目の前で大好物の最高級ステーキを切り出しておきながら「お預け、でも次ももっと取ってきて」と命じるのは、あまりにも酷な話です。
「……失礼いたしました、船長。私の理論には『思いやり』という変数が欠落しておりました。
ミト殿を単なる作業ユニットとしてではなく、心を持つ仲間として尊重されるその姿勢……感服いたしました」
エジソンが、先ほどまでの困惑を拭い去り、深く、そして今日一番丁寧な敬礼を捧げました。
「へへっ、そうだよな。ミト君のあのキラキラした目を見りゃ、これ以上『見せびらかす』のは毒だ。了解だぜ船長、ジョイスティック、オフだ!」
ハンも清々しい顔でコンソールから手を離しました。
「ふふ、さすがね。ミト君、船長はあなたのことを一番に考えてるのよ」
かぉりさんが窓の外を見つめると、そこには2つ目のダイヤを「どうするの?」と不思議そうに見つめているミト君の姿がありました。
「ジェミニ、ミト君に『今日はもうおしまい。最高に格好よかったよ』って伝えて」
私が虹色のハローに合わせて最大級の感謝信号を飛ばすと、ミト君は一瞬驚いたように明滅し、それから本当に嬉しそうに「キュイィィィーン!!」と宇宙を震わせるような歓喜の声を上げました。
「あはは……また取りにくればいいじゃん、実際重いしね……」
エジソンが、コンソールの数値を最終確認しながら静かに頷きました。
「船長のご判断は、力学的な観点からも極めて合理的です。船体の質量を抑えることは、燃費の向上だけでなく、緊急時の回避機動の精度に直結します。
……それに、ミト殿があれほど満足げにテザーで揺られている姿を見れば、これが正解であったことは自明の理と言えましょう」
「へへっ、ダイヤモンドの星を『またくればいいか……』なんて去るなんて、宇宙広しといえど俺たちくらいだろうな!」
ハンが軽快に操縦桿を捌き、Comb1の船首をダイヤモンドの海から、再び深い闇の広がる星間空間へと向けました。
「さぁ、安全圏へ離脱したら作業始めるか」
「えっ、作業……? 船長、何の作業ですか?」
全42編。43編以降編集中・・・




