春、離界。大蛇の影の大雨の中へ
沖牟中市と静尾市の県境、在明。
この辺りにも、商業地区の景色と、そこに御木が絡み着く景色が見える。
姫華達は、在明地区のすぐ近くの所に辿り着いた。
「っと……雨の中には入らないんですか?」
「この泡を大蛇の影に攻撃されたら大変だから、大蛇の影と戦う場合はある程度近くで着陸するようにしているのよ~。」
「確かに、この泡じゃ炎とか避けれないかも……。」
姫華は納得しながら、その景色を見る。
夕日のオレンジ色の光、空には暗く輝く星々の光、そして、それを覆い隠そうとするかのように広がる分厚い雨雲と、土砂降りの大雨。
この不思議な離界の景色もだが、流石は水の神様の力だ。
この離界という不思議な空間の中で、こんな大雨を一匹の大蛇が起こしている、と考えると、大蛇の荒魂の力というのも恐ろしいなと、姫華は感じざるをえない。
「にしても大雨かあ……御木千代お兄さん、水も滴る良い女だからって、我慢出来なくなって襲っちゃ駄目だよっ?そういうのは時と場合が大事なんだからっ。」
「年下なら私と旭……同年代なら、光さんに姫華さん……年上なら玉姫さんに川白さん……御木千代お兄さん、いろどりみどりのハーレムですよ……?」
「わ、私はそんな破廉恥な事を言われても困りますっ!」
「わ、私も恥ずかしい……です。」
「私も……流石に、そういう風に見られたら恥ずかしいかな。」
「ふふ、皆仲が良いわね~。お姉さん嬉しいわ~。」
大雨に慣れているからか、旭が冗談を言い始めて女性陣は各々の反応をする。
強い否定をしない辺り、全員御木千代への好感度の高さはいまいち隠せていない気がするが。
「ふふん、君達こそ、水に濡れた僕が美しすぎて見惚れちゃ駄目だよっ!」
それに対して、好感度に気づいているのか気づいていないのか、相変わらずナルシストを発揮する御木千代なのであった。
そんなこんなで、ゆっくりと大雨の領域……大蛇の影のテリトリーに踏み込んでいく里守と姫の一行。
雨の中には、姫になったばかりの姫華でも分かるくらいに穢れによる淀んだ空気を感じるのであった。
そして、それと同時に、文字通り蛇に睨まれるような威圧感のある視線も、そして、上の方から敵意ある視線も感じる。
大雨の領域に入る前の和やかな会話とは一変、御木千代達は真剣な表情で辺りを警戒しながら歩く。
この領域内では、どこから襲われてもおかしくない、という事なのだろう。
姫華も、役に立とうと御木の根や蔦に触れて情報を集めようとするが、まるで電波ジャックを食らったテレビやスマホのようにノイズの混じるかのような、断片的な情報しか頭の中に入ってこない。
玉姫もそれを分かっているからか、玉姫の周囲には蔦や泡がどんどん現れていく。
情報が少ない状況だからこそ、どんな細かい情報でも逃さないようにしようとしているのだろう。
そして、状況の変化は起きた。
「グゥオオオオオオオオオッ!!!」
「……っ!!今のは……!」
「大蛇の影の叫び声です。どうやらまだ御木に向かっての移動はしていないみたいですね……今のうちに仕留めなければいけません。」
「そっか、まだ雨雲が動いていないって事は、まだ大蛇も動いていないんですね。」
「そういう事です、恐らく、まだ発生したばかりの個体なのでしょう。これからしばらくすると移動を開始すると思いますので、パトロールの間に発見出来たのは幸運だったと言えるでしょうね。」
「ああいう大蛇の影を倒すなら、里守が集まったりはしないんですか?」
「基本的には大蛇の影の討伐には複数人の里守達での作戦が推奨されていますが……恐らく、ツガネ様達も私達がこうやってパトロール中なのを把握しているから、私達に任せている、という状況なのでしょう。」
「ツガネ様やオロチ様も把握しているんですね。」
「オロチ様は、お酒を飲みに何処かに行っている事もありますけどね……。」
姫華の言葉に川白はため息をつきながら答える。
確かに、いかにも厳格で真面目に見えるツガネ様と違って、オロチ様は一見すると、どこかちゃらんぽらんというか、ふらっと現れてはふらっと何処かに行く飄々としている所があるように感じるであろう。
川白も基本的に真面目な雰囲気を見せる辺り、オロチ様の態度にはやれやれ、とため息をつきたくなる所もあるのであろう。
「まあ、そういうわけで、実質私達での作戦行動というわけです。もちろん、姫である姫華さん、玉姫さんを危険に晒すわけにはいかないので、安全第一を考慮した作戦になるわけですが……それでも、姫達にも手伝ってもらうのが里守には不可欠になるので、どうかよろしくお願いいたします。」
「は~い、もちろん、皆を安全に導くわ~。」
「私も、何が出来るか分からないけど……頑張りますっ。」
「ありがとうございます。……まあ、特に姫華さんの桜形代はまだ使わせるわけにはいかないですからね。」
「あ、あはは……。」
そうこう話している間に、変化が起きた。
玉姫の周りに浮かぶ泡が、赤く変色してきたのだ。
「あら……そういっている間に、来たわね~。皆、気をつけてね~?」
「わかりました、全員、戦闘態勢へ!!」
先程と同じく、川白が指揮をするという方針は変わらないまま、戦闘指揮を始める。
御木千代達は、全員獲物を構えて、戦闘態勢に移る。
「シャアアアアア!!」
いつの間にか現れた蛇の影が、先を塞ぐように道を塞いでる。
大蛇の影にどれほどの知能があるのかはわからないが……。
恐らく、この先に大蛇の影が居るのであろうと考える里守達。
「時間をかけるわけにはいかない、さっさと倒そうじゃないか!」
御木千代の言葉に里守達が頷くと、一気に駆け出した。
陣形は崩さず、しかし、今回は時間を考えて勢いも加えて。
大蛇の影討伐の為の戦いが始まった。




