山犬の妖怪
夜の見回りを始めてから、もう十日近くになる。今夜もいつものように町を歩いていた。
人間への被害は聞かなくなったが、相変わらず出歩いている人間の姿は見当たらない。
しばらくすると、路地から出てきた人影に声をかけられた。
「夜中、妖怪を殺し回ってるのは、お前か?」
姿を見るに、山犬の妖怪……人に近い姿をしているが、口元から牙が覗き、指先には鋭い爪が伸びている。……確か、前に一人殺した気がする。
「夜警の陰陽師……には見えねぇな?ただの人間か?」
「ただの人間なら、それはそれで食わせてもらおうぜ。」
「でもこいつ、刀持ってるぞ。」
どこに潜んでいたのか、路地からわらわらと人影が現れた。十人ぐらいいるだろうか。
「陰陽師じゃないなら、こんな大勢でこなくても良かったなァ」
いつの間にか、妖怪達に取り囲まれている。
「一応聞くが、三日前にうちのもん殺したの、お前か……?」
話す気はなかったので、代わりに俺は小さくため息を漏らした。
「……殺せ!」
その叫びを合図に最初に飛び込んできた一人の首を落とす。その身体が地面に倒れるより先に、横から来た二人目の攻撃を避け、首をとばした。
さっきまで気配を隠していたくせに、戦いが始まれば惜しみなく妖気を使ってくれている。こうなれば位置を探るのは簡単だ。
背後と左から続けて襲ってきた二人も、妖気を辿って攻撃をかわし、そのまま斬り伏せる。
「な、なんだこいつ……」
「怯むな!相手はたった一人だ、全員で囲むぞ!」
残った妖怪達から一斉に妖気が膨れ上がった。
人の形をしていた身体が大きく歪み、全身を黒い毛が覆っていく。四肢は地面につき、口元は大きく前へ伸びた。次の瞬間、そこにいたのは人の姿をした妖怪ではなく、巨大な山犬の群れだった。
一頭が大きく顎を開いて正面から飛びかかってくる。身体を横へ滑らせてかわした直後、右から別の山犬の前脚が振り下ろされた。内側へ踏み込み、そのまま喉元へ刀を突き上げる。刀を引き抜くと、山犬はその場で崩れ落ちた。
姿が変わったところで大した違いはない。
背後から地面を蹴る音がした。
振り返ると同時に、もう一頭が俺の腹を抉るように爪を横薙ぎに振るう。体を引く。爪は腹部のほんの僅か手前を通り過ぎた。
その時……
腹が焼ける感覚がした。
「っ……!?」
一瞬何が起こったか理解できなかった。
懐から突如燃え上がった炎を見る。
爪が纏っていた妖気が、懐にしまっていた札に流れ込んで暴発したようだ。一枚燃え上がった瞬間、束ねていた別の札にも燃え移った。
爪を振るった妖怪にも炎が燃え広がり、一瞬で動かなくなった。
俺も炎から身を守ろうとして妖気が漏れ、人間の姿も保てなくなってしまった。
「こ、こいつ……まさか烏天狗……!」
妖怪であることが露見してしまった。何頭かの山犬達は俺に背を向けて走り出した。
もう妖術を隠す意味はない。
ここにいる妖怪達を一人残さず、一秒でも早く始末する。一人でも逃がせば、今度こそ烏天狗の一族まで巻き込む。
朦朧とした意識を集中させ妖気を辿り、妖怪達の位置を把握する。そして、左手をかざす。
——“拘束の呪い”
鋭い妖気を纏った黒い鎖のような影が、妖怪達の頭上に現れ、そのまま一瞬で心臓に突き刺さり、鼓動を止めた。逃げようとしていた者達までその場で崩れ落ち、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
息が上がっている。立っているのがやっとだ。こんなことは何百年ぶりだろうか。
……なんとか家に帰ってきた。
家に入ると気が抜けたのか、そのまま床に突っ伏してしまった。考えが巡る。俺がこのまま死んだら陰陽師ちゃんの怪我は……そろそろ幻術が途切れても、人間の治療で回復できるだろうか。そんなことを考えているうちに意識を手放してしまった。




