愚痴
烏天狗さんに助けられてから、半月以上が経った。ここ最近、烏天狗さんが見せてくれる新聞は、妖怪の襲撃に関する記事ばかりだ。焦りばかりが募るが、その度に烏天狗さんに諭されている。
今日の新聞にも、やはり妖怪の襲撃の記事が載っていて、気分が沈む。ただ今日は、烏天狗さんの方が元気がない……ように見える。
向かい合って夕食を食べる間、食器の音だけが響く。
「はあ……」
烏天狗さんがため息をつくのは珍しく、思わず顔を見つめた。
「あぁ、ごめん……」
「何かありました?」
「うん……ちょっと酒でも飲もうかな。」
そう言って烏天狗さんは徳利を運んできた。
「君も飲む?」
「私、怪我人ですけど……」
「ごめん、そうだった。」
烏天狗さんは猪口にお酒を注ぎ、口に運ぶ。
「……愚痴聞いてもらってもいい?」
「はい、どうぞ。」
今日の昼、勤めている料理屋で妖怪騒ぎがあったらしい。
「昼間に妖怪が……?」
「うん。まさかあんな大勢の前で堂々と人間を襲うとは……おかげで俺が処理する羽目に……」
夜警の陰陽師が殺されたことで、妖怪達が陰陽師を恐れなくなっているのかもしれない。
「店主に言われたんだよ。お前もう厨房立たなくていいぞって。」
「えっ。もしかして、妖怪であることが……」
「刀持って店の入り口立ってろって。」
「確かに、その方がお客さんは安心かもしれないですね。」
「君もそっち側だったか……」
烏天狗さんの冷たい目線が刺さった。
「い、いえ……店主さんも冗談だと思います。」
「このまま昼間も妖怪騒ぎが続いたら、本当に用心棒にされかねない。」
「嫌なんですか?」
「嫌だよ。」
烏天狗さんの声が低くなった。
「用心棒なんてやるんだったら妖怪社会にいるのと変わらない。」
「ご……ごめんなさい、私、料理はさっぱりできないので、私だったら店の前で刀を持って立ってる方がいいなって……」
「あー、ごめん。君に当たるつもりはなかったんだ。」
烏天狗さんは気まずそうに、慌てて言葉を返した。
「君は……得意なこととやりたいことが一致してるなら、陰陽師は天職だね。」
烏天狗さんの言葉で、家での扱いを思い出す。
少し沈黙した後、答えを返した。
「……そうだったら、良かったんですが。」
烏天狗さんの表情が曇った。
「女の私がいくら強くても、それが火吹家で評価されたことはないですし。家では女らしく振る舞うことを求められていますから。」
喋り終わった途端、私情を話しすぎて恥ずかしくなった。私は烏天狗さんに何を言ってるんだろう。
「すみません、ちょっと私も愚痴が……」
烏天狗さんは少し困ったように徳利を持ち上げた。
「飲む……?」
「えっ、あの怪我人なので……」
「一口ぐらいいいでしょ。」
「そ、それじゃあ一口だけ頂きます……」
烏天狗さんは猪口にお酒を注いでくれた。
「あ、多分人間には強いと思うから水で割った方がいいかも。」
烏天狗さんがそう言い切る前に私は既に猪口を口に運んでいた。一口飲んだ瞬間、喉が焼きつくような感覚がして少しむせてしまった。
「……言うのが遅いですよね。いつも。」
「ごめんね……」
少し間をおいて烏天狗さんは話を続けた。
「それで……君も怪我で動けないし、昼間にまで妖怪が人を襲うようなら、流石に俺も放っておけないかなって。」
「放っておけないというのは……」
「陰陽師達の真似じゃないけど、俺も夜、町を見回ってみようかなと思ってる。」
「烏天狗さんが……?」
「うん。夜のうちに妖怪の対処ができるならその方がいい。……妖怪の事件が減れば君も安心できるでしょ。」
確かに、そうなればこちらとしても願ったり叶ったりだ。
「あの……烏天狗さんにこんなお願いをするのは、おかしな話なんですけど……その夜警、火吹家がやったように見せられませんかね……?」
烏天狗さんは黙ってこちらを見つめる。
「火吹家の陰陽師がやったとなれば、火吹家を恐れて町に現れる妖怪が減ると思うんです。」
「そんなことができるなら俺としても助かるけど、どうやって?」
「私を助けてくださった時に、お札を見つけませんでしたか?」
「あぁ……確かにあったな……」
「あのお札、妖気が流れ込むと燃えるんですよ。妖怪を倒したあと、お札を燃やせば火吹家の仕業に見えるかもしれません。」
「なるほど……やってみる価値はありそうだな。試してみようか。」
「ありがとうございます。」
「……それじゃあ早速行ってこようかな。腹ごしらえも済んだし。……あ。」
烏天狗さんは空の徳利を見つめて静止した。
「酒飲んじゃったな……」
小さな呟きが聞こえた。
「まいっか。」
夕食を片付けた後、烏天狗さんは部屋に置いてあった札を持ってきた。
「これだよね。」
「はい、それです。」
「じゃあこれ、借りていくよ。」
烏天狗さんは札を懐に入れて玄関へ向かった。
「……お気をつけて。」
烏天狗さんの後ろ姿に小さく声をかける。
「うん、行ってきます。」
そう言って烏天狗さんは出かけて行った。




